警察隊入隊早々
首都東京。人の声と電子の音が重なり雑音を生み出す場所で、
一人戸惑った顔をした少女がいた。
「…都会とは、なんと恐ろしいのだろう」
そう呟く少女はセーラー姿で、右手には電子地図を広げている。
少女は決して好き好んで大都会に来たわけではない。というか都会嫌いである。
この都会の独特とした喪失感は、田舎でお互い助け合い過ごしていた少女にとっては耐え難い空間だった。
少女はポケットから手紙を出す。――白い紙に書かれた文字は、悪筆過ぎて何が書いてあるかわからない。
「誰じゃこのヘタクソな字!なんで本文ワープロで最後の住所だけ悪筆なんだよ!」
『何かお困りですかぁー?』
ふいに後ろから聞こえる電子音。後ろを見るとそこには宙に浮いた警備隊マスコットキャラの映像が心配そうに少女を見つめていた。
東京住民のキャラデザインコンテストで選ばれた、電車のかぶり物をする女の子。警察隊駅警備担当電子案内「電子ちゃん」。そのまんまの名前じゃねぇかと馬鹿にしていたが、今その馬鹿にしたのを撤回する。
「あの!この字なんて書いてあるか知りたいんですけど、わかりますか!?」
電子ちゃんは眉間にしわをよせて、悪筆をじっと見る。
『下手くそな字ですねぇー!でもコレどぉーっかで見たことありますぅー』
「マジで!?」
『なぁーんか、このナナメに傾くまるで原始時代のような字を――――――アダダダダダダダダダダダダ!!!!!!』
電子ちゃんが悲痛な叫びをしたと思ったら、後ろで男がペットボトルに入っている水を電子ちゃんの頭から大量にかけている。
「誰の字が原始時代だって?」
少し低いその声は、苛立っているらしい声色だった。
『あ、ああ東さんやめてくださぃぃぃ!!壊れる!私が壊れますぅぅ!』
必死に電子ちゃんはその男に叫んで、ようやくその男も水をかけるのを止めた。
電子ちゃんが慌てて少女の後ろに隠れてしまう。
男は少女向かう場所の制服を着ていた。
「えーと、…警察隊の方ですか?」
「東陽一。黒木シガツ隊員だな。お前を迎えに来た」
そう言いながら胸ポケットから警察隊手帳を見せる。
第一級警察隊員。……第一級と言えば、何千といる警察隊の中でも5%弱しか昇格できないといわれる、スーパーエリートではなかったか。
「…一級隊員って新隊員の迎えも受け持っているんですか?」
「んなわけないだろ、お前だけだ」
「え、なんでですか?」
「お前が新人の一級隊員だからだろ」
「へー………え?」
*
「はじめまして黒木シガツさん」
目の前にいるのは警察隊総隊長である葛城昌造総隊長らしい。
らしいというのは私が全く警察隊の資料を読んでいないからで、高級感あふれる机のプレートに「葛城昌造総隊長」と振り仮名までお優しくかかれていたからで、微笑む総隊長の周りには私を品定めするかのように威圧的な目線を向ける隊員達が並んでいる。
「警察隊の適合テスト、結果を見せていただきましたが素晴らしい能力です。本来なら5級の警察隊員から新人隊員は始まりますが、貴方は飛び級で一級警察隊員になっていただきます」
「はい!」
「未成年での一級隊員は異例ですが、頑張ってくださいね」
「はい!頑張ります!」
頑張れるのか、と、自分で言っておきながら疑問だ。
一番端に並んでいる東は、少し目を伏せた事をシガツは知らなかった。
*
「男ばっかの一級隊に若い女が入ってきて結構。黒木…なんか変な名前だったよな」
「黒木シガツです!」
一級隊長である日比野静隊長は大柄で左目に斜めに大きく傷がある強面の顔だった。悪いと少し苦笑してそのまま話を続ける。
「そうだったな、黒木シガツ隊員はこれから分からないことは東隊員に聞いてくれ。あいつも五級からとんとん拍子で一級に来たエリートだから。エリートはエリートに何でも聞いとけ。おい東!」
「分かりました」
駅まで迎えに来てくれた男が手を挙げる。
大柄な男たちがデスクに座っている中、東だけ小柄なのでよくわかる。
というより、私の身長と同じに見えるので、一六〇ほどしかないのだろう。
一般論で言えばチビである。
私は手を挙げた東の方へと小走りで向かう。
殺人などの資料が机の上に並べられており、目を通していたのだろう。
「俺の隣がお前のデスクだ。座れ」
言われるがままに隣のデスクの椅子に座ると、少し仏教面の顔の東が私をじっと見つめる。
…私はこの人に何かしただろうか。しばらく沈黙していたが、東はゆっくりと口を開き始める。
「お前、何で警察隊になんか入ろうと思ったんだ」
「え?」
「警察隊が、何で「隊」なんて呼ばれている事を知っているんだよな?」
「は、はい」
今の警察隊は、警察官と同じく同じではない職業。
五十年前、ある科学者が開発した情報処理端末により、日本は劇的に変化した。
人の脳に直接情報を送信することのできる新世界の始まりともいえる端末。
人はそれを「アカシックレコード」と名付けた。
便利性が強くなり、日本は経済大国一位となるが、その代償としてアカシックはテロ組織にも大きな反映と恵みをもたらせた。
テロ組織はどんどん大きくなり、やがて普通の警察官では対応できない所にまで至る。
そこで設置されたのが警察とは別に、テロに対抗するための特殊防衛警察官。それが警察隊である。
アカシックからの恩恵を一番に受け、アカシックと法律の為に法律に背く隊。
東はそこに私が入ってきたのが疑問なのだろう。
――私がこの隊に入ってきた理由など、言えるわけがない。
「すいません…言えません」
「何故だ」
「言いたくないからです」
「言いたくないほどの馬鹿な理由なのか」
「馬鹿じゃないです!あ、…東さんには言いたくないんです!」
「それは俺を馬鹿にしているのか!?」
「馬鹿にしてないですよ!言いたくないだけです!」
「だから何で俺には言いたくないんだと言ってるんだ!」
「はぁああ!?何でアンタに教えなきゃなんないんですか!?」
「はぁあああ!?お前年上に向かってなんて言葉を――――」
東が途中で言葉を止めた。
私も周りを見ると、聞いていたのであろう隊員達が声を押し殺して笑っている。
東の向かいにいる長身の男が手を口に当ててまぁまぁ、と私達をなだめる。
「東、気になるからって食い入りすぎ。黒木ちゃんにだって色々あるんだから」
「このチビに色々なんてもんはないだろう。貧乳だし」
「貧乳関係ないわ!着やせだわ!アンタにチビ言われたくないわ!身長そう変わらないわ!」
思いっきり嫌な顔をした東は私の頭を思いっきり叩く。思いっきり。
長身の男が思いっきり吹いた。それにつられて周囲が全員吹き出す。
「はははははは!!く、黒木ちゃ、…な、ナイス!」
「おい三鷹!!お前はコイツの味方する気か!?」
「いやーするもなにもお前が全面的に悪い」
ばつが悪そうに舌打ちをする東を見て、私はしてやったりの顔になる。
しばらく笑いが止まらなかったが、日比野が図太い声で、
「お前ら静かにしろ!今からドラマの再放送やるんだからな!」
と、テレビを付けながら一喝しておさまった。
*
一日の業務、というより今日は見学だけだったが。それを終えて女子寮へと足を運ぶ。
事務職に就く女子隊員も合わせても百人ほど。男子隊員の六百人と比べたら微々たる人数である。
割られていた部屋番号へ向かうと、案の定一人部屋だった。
一級警察隊員の優遇というのは、人恋しい私にとっては酷なものである。
「…貴女、黒木シガツさん?」
可愛らしい声が聞こえたと思ったら、横の部屋のドアの前に荷物を持って立っている女子が私に声をかけていた。
声と同じく可愛らしい容姿である。
「…黒木です。よろしく」
「へぇー、超飛び級で一級警察官になった女子隊員がいるって聞いてたけど、もっとごついのかと思った。案外普通の子なんだ」
「…ご期待に添えず申し訳ないです」
その言葉に吹き出した女子隊員は、「面白い子なんだね」と言い、右手を差し出す。
「私は宮田紗代。紗代でいいよ。貴女の事もシガツでいい?」
「う、うん!」
差し出された右手をためらいがちに自分の右手で握る。
「よろしくね」
紗代はとても可愛らしい笑顔で微笑んだ。
*
「うっわぁ。適性検査の結果がオールS以上って、俺見たことないんだけど」
「機械壊れてたんじゃないのか?」
「アカシックが壊れてたとでも言うのお前は」
「…だよな」
三鷹と東は一級警察隊事務室の端末で新隊員の適正テスト結果を見ていた。
その中で一番驚いたのは、他でもない黒木の結果だ。
適正テストで全てS以上判定。下手したら化け物レベルとも言える結果だ。
「そう言えば、お前黒木ちゃんの志願理由聞きたかったみたいだけど、なんで?お前にしては珍しいよな。他人のプライベート聞きたがるの」
「…あいつに心当たりがあったんだよ」
「へぇ?振られた女の妹とか?」
「んなわけあるか!……ほら、「無音の始まり」の」
それを聞いた途端ふざけていた三鷹の顔が強張った。
「…まぁ、思いこみかもしれないけどな」
東はそのまま下を向いた。
それと同時に警報の音が大きく鳴る。
『警報、警報。テロ組織の一部が二分前に新宿駅山手線電車に乗客駅員を人質に取った模様。直ちに警察隊は各隊事務室に急行してください』
「三鷹行くぞ!」
「分かってるって!」
東と三鷹は一級隊事務室へと走り出した。
「東さん!三鷹さん!」
女子寮の前を通ると玄関から黒木が出て来る。
「黒木!来い!」
「はい!」
その二人のやり取りを見て、三鷹は少し笑った。
*
「人質は深夜の電車だったため三十人。駅員合わせて三十二人だ。標的は十人。電子ライフルを持っているらしい。俺達の隊は三つに分かれて標的を捕獲か抹殺することが目的だ。人質の確保は2級と3級隊が行う。…それと黒木、お前は東と三鷹にひっ付いてろ。東は黒木に武器を渡せ」
全員が敬礼をすると、東は武器庫に私を連れていく。
黒く重い扉を開けると、そこには金属のチェーンに青い石がアクセントなだけのネックレスだけがあった。
「俺達一級は他の隊と違ってアカシックの情報規定第五五条のアカシックの武器情報禁止を否定する行動が許されている。これはファイヤーウォール。武器能力発動装置と取ってくれていい」
「どうすれば発動するんですか?」
「持ち主の意志によって、としか言えない」
なんて適当な説明だと思ったが、困ったような顔をしている東にこれ以上追及はできない。
右手でそのネックレスを受け取ると、急いで戦闘服に着替えてトラックに乗り込んだ。
*
『こちら竹川班。電車の中の人質を確認。拳銃を持ち立ち上がっている標的十人も同時に確認』
『こちら東班。竹川班から射撃をすることは可能か?』
『こちら竹川班。可能範囲だ。すぐに取りかかる。合図は赤』
『こちら東班。了解』
標的が居る電車から五〇メートル先の草むらに隠れる東班十人は、反対の二〇メートルの竹川班に無線で報告を受けた。
「東京はテロが多いと聞きましたけど、…まさか初日からこうだと思いませんでした」
隣にいた三鷹さんがそれにこたえる。
「テロの多くの目的は大量拉致か殺人だからね。只今回の電車は俺も驚いた。セキュリティ情報端末が拳銃を察知できなかったなんてね」
私達の話を聞いていた東が不機嫌そうな顔をする。
「あの電子ちゃんかなんだかのセキュリティなんざがそんなもんって事だろ」
「東さ…東班長電子ちゃんに対して酷くないですか?」
「俺の字を原始時代と言うあいつに言え」
どうやら今朝の事をまだ気にしているらしい。だが、あの文字は私でもそう思う。
するといきなり銃声が複数鳴り響き、慌てて電車を見るとそこでは銃撃戦が繰り広げられていた。
目を凝らして銃撃戦を見るが。――おかしい。何かがおかしい。
隊員側は遠慮なく銃声を鳴り響かせているが、標的の十人は逃げ回っているだけだ。その手に銃を握り締めているにもかかわらず。
――まさか、東の方を振り向くと、東も目を見広げて私を見つめた。
東はそのまま急いで無線をつなげようとする。が、無線がこんな時に繋がらない。
私は居てもたってもいられなくなり、勢いよく立ちあがって走り出す。
「黒木!?お前なにしてっ!」
「あの標的は人質だと伝えに行ってきます!!」
「馬鹿かお前は!あんな銃撃戦の中を走る気か!?」
東の声も聞かずに私は走り出す。
「クソッ!!三鷹班長代行頼む!」
「え!?」
東は三鷹に無線を投げ渡し、黒木の後を走っていく。
「辞めて下さい!辞めてください!撃つのを辞めてください!」
私は精一杯の大声を出して竹川班に向かって走っていく。
どうしても途中で電車を通り過ぎなくては竹川班には迎えず、電車の横を走っていく。まだ血は見えないため、今はまだ竹川班は非常時用に電車の車輪を壊しているのだろう。
しかし、何時標的に向かうかは時間の問題だ。
「黒木!!」
後ろから聞きなれた声が聞こえ、後ろを振り向くと東が付いてきていた。
「東班長!?」
「単独行動する馬鹿がいるか!?」
今にも殴られそうな怒った表情を見せる東に驚きつつ、そのまま走り出す。
「だって!早く助けてあげたいんです!」
「それでも順序があるだろ!?一人で向かうなんて死にに行くようなもんだ馬鹿!!」
「馬鹿で結構です!私は、私はもう私のような人を作りたくないの!!」
「黒木!!」
名前を呼ばれるとすぐにすぐ近くで銃声の音が聞こえる。さっきまでのマシンガンの音ではない、もっと鈍い音だった。
横を見ると、そこにはマスクを付けていない男が私に向かって拳銃を向けている。
「お前らァ警察隊の奴らかァ?」
酔っているような舌足らずな声。けれど一般男性と比べても明らかに細すぎる体を見れば、それは酒でそうなっているわけではない事が分かる。
「女ァ、死にてぇのかァ?」
下品な笑みを浮かべて私に銃口を向け、そして引き金を引く。
恥ずかしい話だが、私は全く体を動かせなかった。けれど体に何かが当たる感触もしない。
目の前を見ると、――東が居た。
そして東の周りには、炎がたちのめる。
「死ぬのはお前だ」
低い声を出し威嚇する東は、左手を天高く上げる。
金属のすれる音が聞こえるのは、左手に私に渡したものと同じネックレスを巻きつけていたからだった。
私はそのまま、辺りが暗くなり意識が遠のいていった。
*
「軍隊の上下関係を完全に無視した行動だな。だが面白い」
「面白い!?寿命縮みそうになった俺の身にもなってくださいよ!!」
昨日の任務の報告で、各班長と副班長が事務室に呼ばれた。
任務は標的十人が一名重症の火傷と九名軽い火傷で現行犯逮捕された。味方側の怪我人はなし。――ただし一名黒木だけが気絶している。
「でも凄いよなぁ黒木ちゃん。肝っ玉座ってるというか。けどあの子が走っていかなきゃ竹川班も気付かなかったんだから初めてにしては上出来だと思うけど」
顎に手をつけながら苦笑をする三鷹と同じく、竹川も笑った。
「いやー。まさか標的と人質が入れ換わってたなんてな。危うく俺は人質撃ってたってかもな」
「だが黒木は規律を乱したんだぞ!?」
「まぁまぁ東。そんな真面目になるな。お前は終わったら黒木の状態を見て来い。隊長命令だ」
理不尽な隊長命令を受け、東はそのまま不機嫌な顔で医務室へと足を運ぶ事になった。
医務室に付くと黒木はまだ寝ていた。窓が開いていたからか桜の花びらが少女の顔に付いている。
それをそっと取るが、黒木は全く気付かず寝ている。
案外、可愛い顔をしているんだなと思った事を振り払う。
十八のガキに何思ってるんだ。
段々苛立ちが出てきたので、思いっきり頭を叩いた。
「いっ!!」
勢いよく目を覚まし上半身を上げる黒木は。すぐに東に気付く。
「あ、東さん!?火傷は!?」
「何で自分で出した炎に火傷するんだ馬鹿!」
「え!?」
嗚呼、そうかコイツにはまだファイヤウォールの詳しい説明をしていないんだったと今更気付く。
「俺達の武器である「ファイヤーウォール」は、持ち主個人の演算力に応じて様々な能力を発動させる。俺は炎を操る能力だから、何処でも炎を出せるし攻撃も可能だ」
「そ、それって…」
超能力みたいじゃないですか、と黒木が小さく呟く。
「そうだ。演算力で作りだされた超能力だ。アカシックレコードの恩恵とも言うな」
「恩恵すげぇ!東さん炎って似合わない!」
「…だから、お前はもっと年上を敬え!!」
最後拳を今度は腹にぶつける。
同じ場所にしなかったのは優しさだ。
「あと!俺は東班長だ!第一級警察隊Bグループ班長!東班長と呼べ阿呆!!」
「はっ、はい!東班長!!」
慌てて敬礼する黒木が少し微笑ましくなった。が、それを顔に出さないのが東である。
「お前は上下関係と規律をわきまえた行動をしろ!何で銃撃戦の中走るんだ馬鹿!」
「すいません気をつけます本当にすいません!!」
「謝るのは一言でいい!」
「申し訳ございません!!」
医務室から聞こえる男女の叫びは、噂の的になった。
了