序話「北の人魚国」
とある深海の王国。辺り一面に闇の世界が広がり、まるで別次元にいるかのようだった。
この深海地帯は赤道より北半球にある、北の海”ノール・メール”と呼ばれる地帯。反対側の南半球は南の海“スュド・メール”と、それぞれ『海の世界』の住人達に呼ばれている。
そして海の世界には、不思議な力を持った住人が住んでいた。“人魚族”と呼ばれる、上半身が人で下半身が魚の姿をした一族達が存在し、それぞれの海に住んでいるという。
赤道より北半球の北の海「ノール・メール」に住む『白の人魚族』が、同じく赤道より南半球の南の海「スュド・メール」には『黒の人魚族』がいる。
この二つの人魚族はある宝玉をめぐっては幾度も戦い、お互いに敵視するほど、仲が悪かった。
宝玉は海の世界全体を守る秘宝というべきもので、海の世界に住むすべての人にとって、神のような特別な存在でもあった。
――その宝玉の名は、夢石。
その海の世界で事件が起きようとは、誰も知る由がなかった。
*
――これは海の世界にある、三百年前まで存在した北の海の人魚国で、実際に起きたことである。
きっかけは、夢石が何者かにより狙われたことだった。
夢石の所有権は誰のものでもないが、白の人魚族も黒の人魚族も、その所有権欲しさにあらそっている。
そのためか、誰が狙ってもおかしくはないのだ。
夢石が狙われた時期が、北の海にある人魚国の王女の成人式とかぶってしまったことが問題となっていた。王女の名前はラリア・ホワメールという。
白の人魚族たちは北の海の国王に、今年の成人式は取りやめにするよう願い出た。
国王は拒んだ。今年の成人式は自分の娘が大人と認められる、晴れの舞台。どんなことがあっても、取りやめにはしたくないのだ。
「すまない、今年の成人式は取りやめには出来ない」
と、返答するも、白の人魚族たちが納得するはずもなく、
「念のために、何かの対策は必要だ。ラリア王女様は狙われている」
国王に言い返した。
国王は白の人魚族たちのその意見には、賛同するなり対策本部のようなものを立ち上げた。
立ち上げたのはよかったが、肝心の成人式に向けた対策のアイディアは何一つ出てこない。
しかも敵対する黒の人魚族のスパイが紛れ込んでいることに気づかず、会議している内容を盗み聞きされただけではなく、王女の成人式の日取り決めまで漏れてしまう。
そのことに気がついたのは、情報が漏れてから数日経った後だった。
*
さらに数日後。北の海城内にて、王女ラリアの成人式の日取りが発表された。
成人式の日取りは王女の安全を守るために、おおやけにはせず、ラリア本人にのみ、明かされる。
城内にある寝室で男が一匹の人魚に話しかけていた。人魚はソファーに座ってくつろいでいる。
「……ということになりました。ラリア様、成人式の日取りはこれでよろしいですね?」
どうやら、成人式の日取りを伝えるためにやってきた、国王の使いのようだ。
「はい、それで構いません」
水色の長い髪をなびかせる少女。この少女こそ、北の海人魚国の王女ラリアその人である。まだ十四歳にして大人びた口調で話すラリアは、大人顔負けだ。尾に取り付けられている様々な貝殻で作られた、ラリア特製の尾飾りがラリアの美しさを引き立てていた。
国王の使いらしき男は部屋から早々に立ち去っていく。
男の後ろ姿を見つめながらラリアはつぶやいた。
「今年の成人式は私なのね。黒の人魚族達が何かしてこないといいけれど……」
*
その日の夜、深海はひかりが閉ざされ闇の世界と変貌した。
北の海の城内で国王は、夜中一人で王座の間にいた。一人で考え事をしたかったのである。国王の数倍はあるかと思われる、大きないすにもたれかかり、両手を組み伏せていた。
「ラリアの成人式を取りやめにならずには済んだが、あの黒の人魚族たちが妨害をしないはずはない。ラリアは海の世界で唯一、夢石を扱うことの出来る人魚。あやつらがラリアを利用したいと思わないはずはない」
頭の中で「けれど……」と言うと、眉間にしわをよせる。
「ラリアもそれには気がついているだろう。だからこそ、何か対策を考えておかないと。娘、ラリアの身を守れる安全策を」
脳内で対策を練りながら、まぶたを下ろした。
*
太陽が空から顔を出し、朝を迎えた。海の中にも光が差し込んでくる。魚たちも目覚めてくるころだろうか。
ラリアも朝を迎えて起き上がると、気持ち良さそうに伸びをする。一面は海の中。したの地面が海の向こうまで、果てしなく続く。
「ん~。今日も良い朝ね。今日も一日、がんばらなくっちゃ」
ラリアは朝起きると城から飛び出し、城の外で朝日を浴びるのが日課となっていた。城の外といっても、城とは数百メートルしか違わないため、誰かに襲われたとしても、安全なのだ。
ラリアが今日もいつもの場所で朝日を浴びていたときだった。
地面の砂が何かに踏まれるような奇妙な音が、ラリアの背後から耳にする。
(誰っ……!?)
ラリアは心臓を跳ね上がらせながら振り返った。誰かに襲われやしないか、そんな考えを巡らせて。
そこにはラリアがあったこともない男性が突っ立ている。男は身長が約百八十センチほどで、見た目は二十八歳そこそこだろうか。明るい栗色の短髪が水中のためか、ふわりと浮き上がった。
口元で微笑みかける男にラリアは尋ねる。
「あの、どちら様でしょうか? 私に……何か用ですか?」
馬鹿にしたような顔で意味あり気に薄笑いを浮かべながら、
「えぇ、用なんですよ。ラリア王女に」
男は淡々と答え、さらに言葉を続けた。
「必要なんですよ……夢石を使えるお前がな!」
男の顔がくしゃくしゃに歪み豹変していく。ラリアを無我夢中で捕まえようと手を伸ばした。
「俺の名前はシャルロット・ブロウド! 気軽にシャロットと呼んでくれ!」
ラリアはシャルロットの行動でシャルロットの目的を一瞬で見抜いた。
「あなた……まさか、狙いは夢石なの!?」
「あぁ、そうさ! 黒の人魚族様達に頼まれたのさ! お前を捕まえてこいってね!」
この男から『黒の人魚族』という単語を聞き入れ、シャルロットの手を避ける。
「黒の人魚族の仲間!? ここは私たち、白の人魚族の区域のはず。黒の人魚族がそう簡単にはいって来れる訳が……」
ラリアの言葉をシャルロットの声が遮る。
「それが出来るんだよ。ある手段を使えばね」
「ある、手段?」
耳をそば立て、首をかしげるラリア。そんな手段があるのだろうか?
そのすきにシャルロットがラリアの右手首を掴む。
しまったとラリアが思った時にはすでに遅い。ラリア一人では男の手からは逃れられない。力の差がありすぎるのだ。
シャルロットは右手首を掴んだまま引っ張ると、今度は勝ち誇った笑みに変わる。
「俺の勝ちだな、ラリア王女。さて、俺と一緒に来てもらうぞ!」
ラリアの頭に捕らえられた後のことが想像され、顔がみるみるうちにこわばっていく。
「いっ、いやあぁぁっ!」
海の中全体にラリアの悲鳴が響いた。その悲鳴は城内にも届きそうな音量だ。
しかし、抵抗するラリアに気にも止めないシャルロット。
「抵抗するだけ無駄だ、ラリア王女」
「離してよー!」
とラリアが大声で叫びながらも、必死でシャルロットの手から逃れようと試みていた時。
「ラリア様――! どうかなされましたかー!」
城の中から数十人の兵隊たちがラリアの元と駆けつけ始めた。
「ラリア様! ご無事ですか! 一体何があったのです!」
兵隊たちは「ラリア様!」と名前を呼んで、王女の無事を確認する。
ラリアはうっすらと涙を見せながらも、にこやかな表情で頷いた。
「私は大丈夫よ。それよりも、この男を……」
ラリアはシャルロットに視線を向ける。
「ちっ! 邪魔が入ったんなら仕方ないな」
シャルロットは悔しさをにじませながら海の中へと消えていった。
*
ラリアを寝かしつけた後、会議部屋と呼ばれる薄暗い室内で、国王と白の人魚族達による緊急会議が行われた。国王は一人しかいないのは当然だが、白の人魚族の数は会議部屋に入りきれないほどの人数で、数えただけでも十五人はいる。それほど話し合いをするには狭い部屋なのである。
十五人の内一人が国王に向けて声を上げる。
「やはり、黒の人魚族達に王女の成人式を知られた今、早急に成人式を取りやめにすべきです!」
残りのメンバーも「そうだ、そうだ」と激しく同意。
「襲われてからでは遅いんです、国王!」
今度は違う者が喋り始めた。
「現に、ラリア様はシャルロットとかいう男に襲われたではありませんか!」
国王は白の人魚族達に罵声を浴びまくる。国王の判断は甘いと。
国王は納得する他なかった。
白の人魚族達の意見はあっている。襲われてからでは遅いのだ。襲われる前に対策を練って行動に移さないと意味はない。
それは国王も分かっていることだ。襲われる前に対策をしないと意味はないことは。
「それは分かっていることだ。ラリアに危険が及ぶことも。だからこそ、対策を練るのだ」
国王の声が低くうわずっていた。ラリアが襲われたことにショックを受けているよう。
「そのために、君たちにお願いがあるのだ」
「お願い……?」
白の人魚族達は互いに顔を合わせていた。
*
「シャルロットです。お呼びでしょうか?」
南の海、どこかは分からない洞窟の中。しかし洞窟の周辺地形はやや谷底になっており、一般の住人は立ち入りしない区域であるため、誰かに目撃されることはない。しかも、南の海は海底火山が多くあるため、洞窟が数多く存在している。住人達に問いただされても言い訳は出来るのだ。
顔の判別が出来ないほどの暗闇でひざまづいたシャルロットはそのまま顔を下げた。
「ラリア王女の捕獲に失敗したようだな」
洞窟の奥に誰かいるようだが、それはシャルロットにしかわからないほど、姿は確認できない。
声からすると男性のようだ。中年男性のような声である。
シャルロットから話題を投げかける。
「申し訳ありません。邪魔が入りまして……」
悔しさをにじみ出し返答するシャルロットを中年男性は咎めることはしない。
「それを承知の上で頼んだのだ。仕方あるまい」
「次は何を致しましょうか?」
シャルロットが質問を投げかけると、奥にいる男性はひと呼吸間を開けてから答えた。
「そうだな……では、あれを頼もうか」
「はっ! なんなりとお申し付けください!」
洞窟からはシャルロットの声だけが響いていた。
*
ラリア王女の成人式当日を迎えた。時刻は朝の八時頃だろうか。
成人式の準備は着々と進み、何事もないような時間が過ぎていく。
これから、なにが起こるか知らないままに。
ラリアは専用の控え室で自身の名前が呼ばれるまで、ホタテ貝で作られた椅子に座って待機していた。珊瑚で縁取られた長方形の鏡が端から端まで壁に取り付けられている。鏡とラリアに挟まれるように鏡同様、端まで設置されていた。ただ待つだけに用意された部屋は寂しさを感じる。
一方、ラリアは成人式の主役とあって豪華絢爛に着飾っている。真珠、海の涙と呼ばれる、深海のような深い青色の宝石をちりばめた髪留め、髪留めにも使用されている青い宝石の腕輪、そして、珊瑚の口紅をつけた化粧。大人っぽいラリアがさらに美しさに磨きをかけたような容姿もしていた。住人達が見ても一瞬ラリアだとは気づかないぐらいだろう。
成人式当日者は呼ばれるまで会場には入れない。それは昔からの取り決めのため、逆らうことは当然許されない。
ラリアが考えているのはそれではない。シャルロットとかいう男についてである。
襲われたあの日から、仲間に引き入れようと何度も襲ってくるのだ。
しかも今日は成人式だ。絶対何かやろうとするはずだ。
今日、何も起こらなければいいのだけれど。
そこに扉をあけてきたのは伝達係の女性であった。
「ラリア王女様。そろそろ出番ですので、準備をお願いいたします」
ただそれだけ話すと扉を閉め、部屋から消えていった。
……いよいよなのね。
ラリアは椅子から立ち上がり部屋から出て行った。
*
いよいよ、成人式の幕開けである。成人式の会場は白の人魚族だけではなく、全国民も出席する一大イベントなのだ。緊張しない者なんていない。会場にはラリアの成人式を目に焼き付けようと星の数ほどの国民達で溢れていた。国民達は左右にそれぞれ待機し、ラリアに道を作ったようにも見てとれる。
「ラリア王女様。前へ」
成人式を進行する大臣がラリアに対し前に出てくるよう声かけると、ラリア王女は赤いじゅうたんを踏みながら前へと進んだ。
ラリアはうれしいような、後悔のような、複雑な気持に駆られる。
大人になるのはうれしい。海の上にいけるし、どんなところか見て見たい気もする。それに、外の空気も吸ってみたいし、光も浴びたい。
そして何より、王国から出ることを許可される。他の魚や住人の暮らしぶりも気になる。
けれど…………まだやり残したことがたくさんある。
やるべきことが残っているのだ。特にシャルロットのことが。
そんな状態で大人になっていいのだろうか。
出来ることなら、すっきりとした気分で成人式に望みたかった。
顔をしかめたままたどり着くラリア。
大臣はネックレスを乗せた盆を運んできた。
「では、ラリア王女様。このネックレスお納めください」
目の前に差し出された盆に乗ったネックレス。これを取れば大人と認められ、大人の仲間入りになれる。
――――でも、やっぱり……。
ラリアは静かに見つめ、躊躇する。
大臣がラリアが手に取らない様子を見て、心配そうに覗き込んだ。
「ラリア王女様? どうかなさいましたか?」
大臣の言葉で、ラリアが思い出したようにハッとする。
「い、いえ……。なんでもありせん……」
冷や汗をかきながら視線を逸らしたラリア。
大臣は小さく頷き、盆に乗せられているネックレスを指した。ネックレスは今か今かと待ちわびている様に見える
「では、改めまして。ラリア王女様。ネックレスをどうぞ」
ラリアは意を決して、ネックレスに手を伸ばした――――その時だった。
地震が起きたような轟音が木霊する。城の壁が無残にも崩れ落ち、巨大な穴が出来た。その穴からは人魚の数倍の大きさの巨大な海蛇が現れる。
成人式を傍観していた住人達が海蛇の姿を確認した瞬間、突如、顔色を急変させた。
「メール・モンストルだ!」
「た、食べられる~!」
「私達を襲いに来たのよ!」
「もうこの国はおしまいだわ!」
慌てふためく住人達。悲鳴をあげる者もいる。
「メール・モンストル……。どうしてここに?」
ただただ呆然と見つめたまま、驚きの表情が隠せないラリア。
メール・モンストル。別名リヴァイアサン。
海を大暴れする厄介者で、海に住むすべての者が恐れているといっても過言ではない。住人達を関係なく襲う危険な魔物、それがメール・モンストルなのである。
何度も海の世界を荒らし、何度も何百もの住人が死んできた。その為に、数々の先代人魚達が全身全霊で悪戦苦闘封印した、人魚にとって厄介な魔物なのだ。
本来ならばここにいない。封印されていたはずだった。
ということは誰かが封印を解いたということしか考えられない。
考えられるのは…………。
考えを巡らせていたラリアは、封印を解き放ちそうな、心当りがある人物の顔を思い浮かべた。
メール・モンストルは室内を荒らし、食べ物――――つまり餌がないか嗅ぎまわっている。
住人達はその場で逃げ惑い、床にはメールモンストルによって倒された住人達が倒れ付す。その数は百倍ごとに次々と増えていく。
「このままじゃ、 この人魚の国が……」
ラリアは「自身が育った国が滅亡してしまうのでは?」という恐れで溢れていた。見つめることしか出来ない自分を呪う。
そこに一人の男が声かける。ラリアを一番知っている、ラリアの理解者だった。
「ラリア」
振り返ったラリアは、男を一見するとつぶやく。
「お父様……」
ラリアの父親であり、北の海の人魚国の国王、その人である。
ラリアの父親は、深刻な顔つきで、娘に言う。
「もうこの人魚の国は終わりを告げる。滅亡まで時間の問題だ。それよりも、そのネックレスを持って逃げなさい」
国が終わると告げられた娘は、驚愕の声を発する。
「そんな……!? じゃあ、お父様はどうなるの!? 国のみんなは!?」
ラリアに国を捨てて逃げるということはあまりにも酷過ぎた。王女として国のこの先が心配だったためその選択は取れるほどじゃない。
ラリアの父親が微笑みながら話す。
「心配することはないさ。命は生まれ変われるもの。またどこかで会えるさ、必ず」
父親の言葉に対し、ラリアは「でも……」と心配そうな顔をしながら躊躇った。
躊躇している娘を、ラリアの父親は国王として叱咤するように言い放つ。
「ラリア、お前はこの世界でたった一人、人魚石――――夢石を扱うことが出来る人魚だ。お前が死んでしまったら、誰があの黒の人魚族から夢石を守れるんだ? その事にラリア、もう既に気がついているのだろう?」
ラリアは図星をつかれたのか、ビクリッと反射的に反応を示した。
「そっ、それは……!」
その時、メール・モンストルがラリアに目を留める。今度はラリアに標的を絞ったらしい。それに気づいた国王。
「早く逃げるんだ!!」
国王はラリアに強引にネックレスを持たし、海に押し出す。
そして、優しい目つきで一言。
「強く生きるだよ、ラリア」
*
間一髪、ラリアが城から出た直後、城はゆっくり崩れ去っていく。
思わず後ろを振り返る。
「お父様……」
生まれ育った城が崩れている。お父様達は大丈夫なんだろうか……。
前を向いた時、見覚えのある男が立っていた。
「シャルロット……」
シャルロット・ブロウドその人だ。
「なんの用なの、 シャルロット。まさかと思うけれど、メール・モンストルを解き放ったのはあなたの仕業?」
ラリアの質問にシャルロットはあっさり答える。
「その通り。すべては黒の人魚族様方の命令。俺はその命令従っただけさ」
やっぱり、そうだったのね。
「それでもあなたの味方にはならない。私にはやるべき事が残っている。それが終わるまではあなたの味方にはならない。たとえ、やることが終わっても一生あなたの味方にはならない。決して!」
ラリアの強い意志表示が読み取れた。
シャルロットがギリッと歯ぎしりを立てる。
「そうか、ならば……ここで死ね! 自分の国と一緒にな!」
シャルロットから強烈な海風が吹き荒れる。ラリアの体をバラバラにしそうな勢いだ。
「そうそう。夢石はちゃんと我々共で有効に使いますから、ご心配なく」
ラリアは夢石を守るため水の盾を作り出した。
「夢石は……絶対渡さない!」
ラリアは水の盾で海風を防ぐが今にも壊れそうで、保つのは約五分程度だろう。このままでは盾が破壊されるのも時間の問題だ。
それでも負けたくはないのだ。
シャルロットの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「私の国は私自身の手で、守る!」
ラリアが叫んだとき、シャルロットの姿が当たらない。どこに行ったのだろうか?
「あの男は……?」
「ここだよ、ラリア王女」
シャルロットは既にラリアの背後に回っており、ラリアを後ろ手で首を締める。
――しまった、油断した!
ラリアが後悔した時には遅過ぎた。
「さて、夢石はいただくとして、用のないラリア王女には消えてもらう。仲間になったところでどっちみち消すがな」
シャルロットがようやく化けの皮をはがすが、ラリアは最初から見抜いていた。
「やっぱり、最初からそのつもり……だったのね」
ラリアは首を締められているせいか、声がかすれまともに声が出ない。それどころか、視界も霧のようにぼんやりと薄れてきた。風がラリアの体にあたり、体力を減らしていく。
――もう、ここで終わりなのね。
ラリアが諦めかけた、その時。
ラリアの体を直撃していた海風が爆発により消滅、シャルロットの腕の力も緩んでいく。
ラリアは何が起こった理解できていなかった。
「くっ。最後の最後でとんだ邪魔が入ったな。王子だか知らないが、この代償はいつか払ってもらうからな!」
シャルロットの捨て台詞だけが耳に残る。
ラリアがその王子とやらの恩人にお礼をしようとした時には誰の姿も見えなかった。
悩んだが、再び前に進むことを選択する。数秒後にはラリアの姿はなかった。
*
その後、メール・モンストルは生き残った国王と僅かな住人の手により、ノール・メールの底に封印されることになった。
「もう、二度と暴れないよう、強めに封印しよう」
国王と住人達は再び海に解き放たれないことを願った。