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2.空は青い。




──突然だが、『生きている』とはどういうことであろうか。


心臓が動いている?それとも脳が死んでいない状態?

まあ、その辺りが一般的な“解”に違いない。


しかし、だ。


心臓が停止した状態でも、心配蘇生によって活動を再開すると聞く。

しかし、世界の法則から言って、生物が死から生へ帰還することは無い。これは摂理なのだ。

では、心停止の状態は本当に死なのか?

脳についても同じようなことが言えるだろう。つまり、人によって生と死の境界が曖昧であるのだ。



──まあ、当然だ。生と死の概念なんて目に見えるものでは無いのだから。



話を戻そう。

結局のところ、解は『人それぞれ』なのかもしれない。



答えは一つではない。



それぞれがそれぞれの認識を持っている。ある人は上記のように答える人もいるだろう。またある人は全く受け入れてもらえない解を見つける。



そんな俺も、その中の一人に過ぎない。



俺は─────。






***





「おはよ。遼」

「……ああ、なんだマサか」


思考の海に沈没していた俺を釣り上げたのは、すぐ真横に立つ優男だった。


寺内(てらうち) 雅也(まさや)

高一の頃からこんな根暗な俺に話しかけてくる物好きだ

俺の返答に若干の苦笑を浮かべているが、そんな表情まで様になるイケメン

である。


「『なんだ』はひどいよ。それより、その肩どうしたの?」


そう言って、俺の左肩を指差す。


ここは俺たちが通っている学校、私立蘭青(らんせい)学院、その一角にある2ーCの教室だ。

俺の席は窓側最後尾、雅也はその右隣の席に位置する。


今は春。

ポカポカとした陽気が気持ちよく、授業中はよく学習できる。もちろん睡眠学習ではあるが。


俺はもう一度自分の左肩に巻かれた包帯を一瞥した。


「……その様子だと、また(・・)絡まれたみたいだね。今度は何処のバカなんだい?」


「今回は前回のやつらと同じみたいだったぞ」


あれから少し思い起こしてみたのだが、あの光源(ハゲ)には少しだけ見覚えがある。他の連中にしても僅かながら記憶に残っていた。


自慢ではあるが、俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手である。自慢する程に。


よって、会ったとしても一週間以内──つまり、その時に絡まれた連中と昨日の連中は同じであったということなのだろう。自慢する程に素晴らしい覚えの悪さである。


「それはまた……本当にバカだったんだね」


この際引き攣った笑みを浮かべている雅也は無視しよう。



その後、すぐにチャイムが鳴った。

と、言っても俺たちに変化は無く、担任が来るまでダラダラと喋り通していただけだ。





──これが俺、佐野島 遼の日常である。


表層だけ見れば、真面目とはとても言えない、しかし普通の生活だ。何も特別なことは無いし、何か変化があるわけでもない。


平凡ではあるが、劇的とは呼べない。そんな普通の生活。


しかし。



──佐野島 遼という人間には、ある欠陥を抱えている。


それは今後埋めることのできない、人間として致命的な欠陥。


一見普通の少年に見えようと、人それぞれ抱え込んでいるものがある。



俺の場合は、それが人より少し変わっているだけに過ぎない。






***








6限目。


特にやるべきことも無く、教師の延々とした話にそろそろノックダウンされかけていた頃、それはまるで砂漠の中に現れた楽園(オアシス)のごとく俺たちの心を震撼させた。



つまり、ただ授業が終わったのである。



担当教師の号令でクラス中、もっと言えば全学年のクラスが授業中には無かった活気を取り戻す。

何処かの誰かが「学生の本分は勉強だ」と言ったようまが、この喧騒を聞いても同じことが言えるのか甚だ疑問だ。放放課後こそが学生にとっての至福の時である。



HRが終わり、そこから取る行動は様々だ。


部活に行く者。

図書室で勉強する者。

教室で友人たちと談笑する者。

何処かに遊びに行こうとする者。


そして、



「あ、遼。もう帰るの?」

「ああ」

「待って。僕も行く」


俺たちは、即帰宅組であった。


クラス替えが終わってすぐのこの時期、既に何人かのグループが構成され始めてはいるが、俺は未だに誰かと定形文でのやり取りしか行っていない。いや、例外はこの隣にいる優男ぐらいだ。


高校に入ってからそんな毎日。

恐らく周りから俺への評価は『根暗』であろう。わかっている。


そんなこと、誰かに言われずともわかる(・・・)のだ。



教室を出て目の前にある階段を下る。

すでに吹奏楽部が練習を始めているようで、トランペットのような音が校舎の喧騒に拍車をかけていた。生憎、楽器には詳しくないので、これが本当にトランペットなのかはわからないのだが。


最近慣れ始めたこの階段を昇り降りする怠さを乗り越え、少し廊下を行くと

生徒玄関へと到達する。

そこで靴に履き替え、ガラスドアをくぐり抜けると春らしい少し温かい風が吹き抜けた。


「もう春かー」


隣で同じことを考えていたのか、雅也は感慨深げに呟いた。


空は青い。

別にかっこつけているわけでは無く、もう少ししたら夏の日差しがウザいなー、などとくだらないことを思っていただけだ。


玄関前にある正門をくぐる。

正門前の道は正面、右、左と別れている。俺たちは左の道を辿った。

道中たわいない会話を繰り返す。と、言っても雅也の話に俺が適当に相槌を打つだけだ。


いつも使うちょっとした小道に入る。

そこは民家の間にある自転車やバイクなどしか通れない道で、近道として良く利用していた。


変わらない毎日。変わらない光景。


そう、だったのだ。今日この日までは。




「……ん?」


不意に、ナニカ(・・・)を感じた。


「遼?どーしたのさ」


急に立ち止まったことに訝しげな視線を向ける雅也。しかし、何か返答するでも無く、指を口元にやり「静かに」のジェスチャーをする。


「……誰かいる」


それだけの言葉で、雅也の笑みが固まった。


「……ちなみに、不良が溜まってるだけというのは?」


どちらかと言えばそうであることを望んでいると、案に表現しているようである。

これから起こることを避けたいがために。


が、しかし、現実とは非情だ。



「距離が遠い。普通の“感情”ならここまで届かねーよ。十中八九いいことじゃねーだろうな」


話しながら自然と口元が吊り上る。

それを見て、雅也はうな垂れるようにため息を吐いた。


「それもそうだね……できれば穏便に済ませたいんだけど……で、何人絡まれてるの?」


「……一人だ(・・・)


微かに空を見上げ、そう答える。

それに雅也は首を傾げた。


「イジメ?いや、この場合カツアゲかな?」


「いや、絡まれてんのは女子みたいだぞ」


短く訂正すると、雅也の眉間に皺が寄ったように見えたのは、恐らく気のせいではあるまい。


「ナンパ?まったく、一人相手に……」


「まあ、行けばわかるだろ。これたのむ」


これ以上ここで話をしても拉致があかないと判断した俺は、多少強引に話をぶった切り、ギブスを外して渡してから足を進めた。

後ろから聞こえたため息に知らん顔をして。




俺の先導で道を進むと、目的の“モノ”はすぐ見つかった。


五人組の男。格好からして、まあ不良なのだろう。ピアスをジャラジャラつけ、いかにもという格好なので間違えてはいないはず。

そして案の定、男たちに民家の壁付近で囲まれた少女(・・)が居た。


少女の容姿は良く見えない。

ただ、栗色の長い髪は綺麗で、簡単に美人なのだろうと推測できた。


俺たちが来たことに気付いたのか、全員がこちらを向く。そして、俺らを見るなり下品に笑った。


「なんだあ?文句あんのか」

「俺らは今からお楽しみなんだよ、どっか行け」

「あ、財布は置いてけよ」


ギャハハハ、と喧しいことこの上ない。


「マサ、手だすなよ?」

「元からそのつもりだよ」


雅也の了承を受け取り足に地からを込め、解き放つ。

距離を一気に詰め、一番近くに居たやつの顎を蹴り上げた。


「なッ!?」

「んなろッ!!」


仲間が一人、宙を舞ったのを半ば呆然としながら、我に返ったふたちは一斉に襲いかかって来た。


「ハッ!」


四人の男たちが拳を握りながら近づいてくる光景を鼻で笑い飛ばし、顎を一撫で(・・・・・)殴る。殴られる。


殴っては殴られ。

蹴っては蹴られる。


殴って殴って殴られて。

蹴って蹴って蹴られて。



左腕が使えない状況で一見不利に見えて、でもやはり結果は同じ。



──俺は、ある欠陥(・・)を抱えている。


──それを埋めようとして、異常(・・)が身体の中に巣くっている。



結局のところ、例えどんなに殴られようと、『俺が喧嘩で負けることは無い』のだ。



不良たちは、呻きながら地に伏した。



「くそっ、化物が……!」

「黙れよ」


一人、何か言ったやつの顎を踏み抜いて外す。

声にならない絶叫が響いたが、どうでもいいことだった。



「帰るぞマサ」

「え、あ、うん。そういうことだから

、君も早く帰ったほうがいいよ」


先程の少女と何やら話していた雅也に一言声をかけ、歩き出す。

やることはやった。もうこの場所に用は無かった。



もう一度()に触れて、その場を後にする。







背中に、少女の視線を感じながら。









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