1.異常者である。
──人には言えない秘密なんて誰にでもあるものだ。
“俺”のような碌でなしにとってもそれは例外では無かったらしい。
秘密というのは本人にとってはプラスのものもあるが、大抵は人には言えないような何かしらの弱みである場合が多い。
人間にそんな重みを背負わせるというのだから神様という者はつくづく物好きだ。もしくはドSだと言い換えてもいい。
例えばそうだ、鉄パイプを持った十数人の集団を前にしてなお、俺がこんなことを考えられるのはその秘密が原因だったり。
いや、俺自身も反応に困っている。
とは言え、別に助けを求めてるー、という感じでは無い。そもそもそこまで他力本願では無いつもりでいる。流石にそれに首を傾げられると俺自身多少凹むのだが、困っているのは何かしらのリアクションを取るべきなのか否かについてだ。
そもそも他人がこの光景を見れば関わり合いを持たないように通り過ぎて行くのではないだろうか。誰だって見知らぬ人間に命をかけたくないというのは当然の防衛本能であり、危機回避能力でもある。
仮に、そんなやつが居たとすれば素直にお帰り願う所存だ。命を大事にしなさいと口添えして。
……まあ、この入り組んだ路地裏の中では意味の無い心配であるのだが。
今の俺は、他人から見れば織田信長に立ち向かう蚊のように見えるかもしれない。手でパチンとすれば潰れてしまうだろう。哀れなり。
そう思った瞬間、不覚にも吹き出してしまった。
「おいおい、人形ヤロウが。随分余裕かましてくれてんじゃねーか」
何が気に食わなかったのか、先頭でガンを飛ばしているハゲが威嚇するように唾を飛ばした。顔には何故かガーゼが貼られている。
よく見れば、取り囲んでいる人数の約半分は何処かしらに処置済みの後が見受けられた。
何か大きな喧嘩でもしたのか、そうであるなら別に絡んでこなくてもいいのに。わざわざご苦労様である。
「この怪我見る度になぁ、テメェのツラ思い出してムシャクシャすんだよ。このイライラ、返品してやんぞッ」
「…………」
すみません。覚えてないです。人違いです。いらないです。
そう言ってみようかと思ったが、言ったところで意味の無いことだと呑み込んだ。
それにしても眩しい。既に日が暮れているというのに目の前に光源があるせいで目がチカチカするのは気のせいではあるまい。光源とはもちろん先程のハゲのことなのだが。
「聞こえてんぞコラァ!!」
どうやら口に出していたらしい。
別に意識してやった訳では無いので気にしないで欲しいのだが。どうやら、蛍光灯程度には頭が堅いらしい。いや、この場合は単にバカと言えばいいのか。
まあ何にしても、ハゲである。
「聞こえてるっつてんだろがッ!!」
ハゲが吠えたのを合図に、鉄パイプ集団が襲いかかってきた。
それをどこか呆然と見ながら、唇を動かした。
まったく──。
「──こんな挑発に引っかかってくれるなんて」
気のせいか、自分の口の端が吊り上がったような気がした。
最初に到達したのは、やはりハゲの男。
先頭に居ただけあって真っ先に飛び込んできた。振り上げられた鉄パイプを蹴りで横に払い、そのまま回し蹴りで横腹を思い切り蹴り飛ばす。
ハゲはくの字に折れて壁にぶつかった。起き上がろうとしない所を見ると気を失ったのかもしれない。
横腹を抑えながら俺は次の男の鳩尾に右の拳を振り抜く。
──ガアァァン。
不意に左肩に衝撃が走った。
振り向けは、鉄パイプがを振り抜いた男か驚愕に目を見開いていた。
殴った体勢から無理矢理裏拳を叩き込む。
「こんの、化物がッ!」
「失礼な」
叫んだ男の頬に回し蹴りを入れて黙らせた。
左肩は恐らく折れているか、動かせないのでだいたいそれに近い感じである。
まるで他人事のように思いながらも、やはり痛みは感じなかった。
それから約数十分。
殴り殴られながら、最後はやはり同じ結果になった。
つまり、俺以外に誰も立ってはいないということ。
色々すっ飛ばしてはいるが、あえて結論から言おう。
──俺、佐野島 遼は異常者である、と。