『花冠を編むと願いが叶う』——そう言って義妹に技術を奪われ処刑された私、転生してもう一度花を編みますわ〜ただし今度は、あなた方の破滅を願いながら〜
「花冠の魔女セレスティアを処刑する! 王家に呪いをかけた大罪人だ!」
断頭台の冷たい木肌に頬を押しつけられながら、わたくしは思いました。
——ああ、この人。最後まで一度も、わたくしを見なかったわね、と。
第二王子アルベルト・レーヴェンフェルト。わたくしの婚約者。輝く金髪に、整った甘い顔立ち。けれどその瞳には、真実を見極める光など一かけらも宿っておりませんでした。
その隣で、義妹リゼットが涙をぬぐっています。
蜂蜜色の髪を揺らし、大きな瞳を潤ませて、いかにも心を痛めた健気な妹を演じて。
——けれど、わたくしは知っております。
あの子が高々と掲げている『聖なる奇跡の証』の花冠。
あれは、わたくしが三年前に編んだ旧作ですわ。
すり替えたのね、と気づいたのは、もう手足を縛られた後でした。
「お姉様……どうか、安らかに」
リゼットが小さく囁きます。周囲には届かない声で。ただ、わたくしにだけ。
その唇が、たしかに弧を描きました。
勝ち誇った、嘲笑の形に。
民衆が石を投げます。魔女め、と。呪いの令嬢め、と。
わたくしはただ、真心を込めて花を編んできただけでしたのに。
豊作を願い。病を癒し。人々に加護を。
王国唯一の『祈祷ギフト』——真心を込めて花冠を編めば願いが叶う、その本物の奇跡を、わたくしはこの国のために使ってきたつもりでした。
前世の記憶があったから。
現代日本で編み物と園芸をこよなく愛した、ごく普通のOL・河合芹だったころの知識が、わたくしの花冠を国宝級へと押し上げていたから。
それなのに。
——刃が、落ちる音を、わたくしは聞きました。
最後に見たのは、わたくしの花冠を掲げて笑うリゼットと、それに拍手を送る王子の姿。
(報われませんわね。前世も、今世も)
そう思いながら、わたくしの意識は闇に呑まれ——
***
……あら?
目を開けると、見慣れた天蓋がありました。
淡い薔薇色の刺繍。窓辺に揺れる白いカーテン。
わたくしはゆっくりと身を起こします。首に、刃の感触はありません。あるべき痛みも、断絶も、何もない。
鏡台に歩み寄り、そこに映る自分を見つめました。
銀糸のようなプラチナブロンド。湖水を思わせる青灰色の瞳。氷の彫像めいた美貌——けれど、ずいぶんと若い。
十七歳。
社交界デビュー前夜の、わたくし。
机の上には、明日のデビュー用のドレスが用意されています。壁の暦を確認して、わたくしはすべてを理解しました。
処刑の、五年前。
「……なるほど。今度こそ、ですわね」
前世で一度死に、この世界へ転生し。そして一度目の人生でも断頭台へ送られ、こうしてまた戻ってきた。
三重の記憶。三度目の生。
普通なら混乱して泣き喚くところなのでしょうけれど——生憎、わたくしはもう充分に達観しておりますの。
(うん、これはあれね。ソシャゲでいう強くてニューゲーム。前世でも今世でも報われなかった分、二回分の未回収、きっちり利子つけて回収させてもらうわ)
令嬢の面を保ちながら、内心では前世のOL感覚が辛辣に稼働します。
わたくしは喚きません。泣きません。
ただ、静かに微笑みました。
花冠は、真心を込めて編むと願いが叶う。
ならば——
真心を込めて。
あなた方の『正しい報い』を、願いましょう。
そのとき、扉が控えめに叩かれました。
「お嬢様、お目覚めでしょうか」
そばかすの散った赤毛の侍女——ハンナ。
一度目の人生で、わたくしが処刑される瞬間まで無実を信じ、涙ながらに見送ってくれた、たった一人の忠義の人。
「……ハンナ」
わたくしはその名を呼びました。喉の奥が、少しだけ熱くなります。
「はい? どうかなさいましたか、お顔の色が……」
「いいえ。おはよう。今日から、少し忙しくなりますわ」
首を傾げるハンナに、わたくしは微笑みました。
(この子だけは。この子だけは。今度こそ、報われる側に連れていきますわ)
さあ、始めましょう。
二度と、奪われないための五年間を。
***
「お姉様! また新しい花冠を編んでいらっしゃるの? わたくしにも教えてくださいませ!」
蜂蜜色の髪を揺らし、リゼットが花園に駆け込んできました。
潤んだ瞳。すり寄る仕草。庇護欲をそそる可憐な妹の演技。
(ええ、ええ。存じておりますわ。一度目も、あなたはこうやって少しずつ盗んでいったのですものね)
「もちろんよ、リゼット。ご覧なさい。指はこう、花の茎はこの角度で。ほら、丁寧に見ておいてね」
わたくしは今回、技術を惜しみません。むしろ丁寧に、これ見よがしに、指の動かし方を教えて差し上げます。
リゼットの瞳が、獲物を見つけた猫のように光りました。
「まあ……! お姉様、なんてお優しいの」
(そうそう、その目。盗んで盗んで、全部盗んでいきなさいな。……ただし)
わたくしが決して見せないものが、ひとつだけあります。
——魔力の織り込み方。
花冠に願いと魔力を編み込む、その核心の一瞬。それだけは、指先を花の陰に隠し、決して悟らせません。
なぜなら、リゼット。
あなたには『祈祷ギフト』がない。
どれだけ完璧にわたくしの手つきを真似ても、あなたの編む花冠は、ただの飾りにしかならないのですから。
「うふふ、覚えましたわ。お姉様のおかげですわ!」
「まあ、リゼットは覚えが早いのね。素晴らしいわ」
「……ふふ。ええ、そのうち、お姉様よりずっと上手になってみせますわ」
二人きりになった瞬間、リゼットの唇が嘲笑の形に歪んだのを、わたくしは横目で確認しました。
(その嘲笑、一度目でも見ましたわ。ですが、リゼット。あなたの花冠は、永遠にただの飾りですのよ)
——夜。
わたくしは温室の奥、ハンナだけが知る一角で、小さな種を土に埋めていました。
「お嬢様……夜分に、温室で。それは、なんの種でございますか?」
「秘密の花よ、ハンナ。『真実の花』——嘘をつくと枯れ、そして被った者に、真実を語らせるの」
前世の園芸知識を総動員した、品種改良。
「真実を、語らせる……そのような花が」
「五年かけて、じっくり育てますわ。これから起こることを、あなたはただ黙って見ていてくれればいいの」
ハンナは、少しだけ目を伏せて、それからきっぱりと言いました。
「……かしこまりました。何がありましても、わたくしはお嬢様の花冠を、あんな方々に汚させはしません」
この子は、わかっていないでしょう。
それでも、信じてくれる。
(ああ、やっぱりこの子だけは。……ありがとう、ハンナ)
わたくしは、静かに微笑みました。
***
その男を見つけたのは、王城の花園の隅でした。
身の丈六尺を超える偉躯。漆黒の角。血のように紅い瞳。
——竜人将軍ジークハルト・ドラッヘンベルク。
戦場では『冷酷無比の死神竜』と恐れられる、無敵の武人。その名を聞けば、屈強な兵士すら震え上がるという。
その死神竜が。
花壇の前で、三角座りをしていました。
巨大な指先を震わせながら、小さな一輪の花に手を伸ばし——けれど触れる寸前で引っ込め、また伸ばし、また引っ込め。
「……枯れたら、どうする。触れたら、枯れてしまうかもしれん」
ぼそり、と呟く声。
本気で怯えていらっしゃる。花を、枯らすことに。
(え、何この生き物。花壇の前で三角座りする死神竜……可愛すぎでは?)
前世のOL感覚が、思わず素で叫びました。
わたくしは足音を立てないよう近づき、静かに声をかけます。
「摘まずとも、そのままでも愛でられますわよ」
びくり、と巨躯が跳ねました。
紅い瞳がこちらを向き——そして、みるみる耳と角の付け根が赤く染まっていきます。
「っ……! レーヴィン、公爵令嬢……」
「セレスティアと。花がお好きなのですね、将軍」
その瞬間でした。
ぶっきらぼうだったはずの彼が、急に早口になったのは。
「……この花は、朝露に弱い。だが西日には強い。土は乾き気味がいい。植え替えは秋。押し花にすれば、色が長く保てる。特にこの品種は花弁が薄いから、和紙を挟むと——」
「まあ。将軍、花のことになると止まらなくなるのですね」
「……っ、す、すまない。つい」
わたくしは思わず微笑んでしまいました。
そして、ふと気づきます。
彼の胸元。鎧の下から覗く、小さな革の包み。
その中に大切そうにしまわれているのは——一枚の、押し花。
見覚えのある、花。
(……それ、わたくしの花冠に使った花では?)
心臓が、とくりと鳴りました。
「セレスティア殿。……あんたの編む花冠は、世界で一番美しいと、聞いた」
「まあ。まだ一度も、お見せしていませんのに」
「一度、見てみたい。……ずっと」
(ずっと? まだ見せていないのに、なぜ『ずっと』なのかしら)
わたくしは首を傾げながら、けれど、なぜか胸の奥が温かくなるのを感じていました。
「ええ。いつか、あなたのために編みましょう。将軍」
死神竜が、ぱっと顔を上げ——それから、慌てて俯きました。
耳まで、真っ赤にして。
(この方、いったい何を知っていらっしゃるのかしら)
***
五年の月日が、静かに流れました。
そして迎えた、王家主催の『豊穣祭』。
国中の民が集う、花冠の奇跡を披露する大舞台。
中央の壇上で、リゼットが花冠を高々と掲げていました。
「皆さま、ご覧ください! わたくしが真心を込めて編んだ、聖なる花冠を! この花冠が、この国に豊穣の奇跡をもたらすでしょう!」
蜂蜜色の髪を風に揺らし、可憐に微笑む義妹。その隣には、誇らしげに立つアルベルト王子。
「見よ、民よ。これこそ王家に嫁ぐにふさわしき、真の聖女の御業だ」
(さあ、リゼット。願いなさいな。……もっとも、あなたに祈祷ギフトはないのですけれど)
リゼットが目を閉じ、願いを込める仕草をします。
民衆が、固唾を呑んで見守ります。
……。
………。
何も、起きません。
花は咲かず、光も差さず、風も凪いだまま。
リゼットの笑顔が、じわりと引きつっていきます。
「……あ、あら? もう少し、時間が……もう一度、願いを込めれば……」
(何も咲かない。光も差さない。一度目は、この後わたくしの花冠とすり替えて手柄にした。——けれど今回は、そうはいきませんわ)
ざわめく民衆。焦る王子。真っ青になるリゼット。
そこで、わたくしは静かに前へ進み出ました。
「わたくしの花冠も、ご覧になりませんこと?」
手にしているのは、色とりどりの花で編まれた、美しい花冠。
——『真実の花』で編んだ、花冠。
「セレスティア……! お前、何をしに——」
「王子とリゼット。お二人で、被ってみてくださいませ。真心を込めた花冠なら、きっと願いが叶いますわ」
「そ、そんなもの、被る必要は……」
「あら? まさか、被れませんの? これほどの民の前で、姉の贈り物を拒むなんて。……やましいことでも?」
リゼットの顔が、引きつりました。
「っ……! け、結構ですわ。被らせていただきます……!」
民衆の前で断れば、疑いを招く。
リゼットは追い詰められ、震える手で花冠を受け取りました。
王子と義妹が、そろって花冠を頭に載せた——その、瞬間。
かさり。
花が、枯れ落ちました。
二人の嘘に、反応して。
「な、何だこれは……! 花が、枯れて……!」
枯れた花びらが、はらはらと舞い散ります。
そして——枯れた花冠から、淡い光が立ち上りました。
『真実を語らせる』加護の、発動。
リゼットの喉が、勝手に震え始めます。
「わ、わたくしは……お姉様の花冠を、すり替えて……盗んで……ち、違う、口が勝手に……!」
「リゼット!? 何を言って……! ……私は、知っていた……リゼットの花冠が偽物だと知りながら、セレスティアを魔女に仕立て……! くそ、止まらない、なぜ口が……!」
民衆が、どよめきます。
わたくしは、あえて何も言いませんでした。
沈黙の、一拍。
(何も言いませんわ。ただ、静かに見つめて差し上げましょう。あなた方が、あなた方自身の口で暴いていくのを)
「そ、そんな……わたくしは悪くない! お姉様が、お姉様が全部……! ……ちがう、盗んだのは、わたくし。姉を陥れたのも……わたくしですわ……!」
自らの口で、自らを断罪する義妹。
アルベルトは、真っ青な顔で後ずさりました。
「ちがう、私は……いや、私は知っていて……くそ、口が、止まらない……!」
哀れですこと。
わたくしは、ゆっくりと二人の前へ歩み出ました。
喚きません。怒鳴りません。
ただ、静かに。
「わたくしは、ただ真心を込めて花を編んだだけですわ」
青灰色の瞳で、二人を見下ろします。
「豊作を願い、病を癒し、人々に加護を。そして——真心を込めて、あなた方の『正しい報い』を願いました」
わたくしは、手を汚してなどおりません。
報復をしたのは、わたくしではなく——『花冠の伝承』という、運命そのもの。
わたくしはただ、花を編んだだけ。
「セレスティア……許してくれ、私は……! 私は騙されていただけなのだ……!」
今さら、すがるような目を向けるアルベルト。
「一度目の人生で、最後まで一度もわたくしを見なかった、あなたが。今さら、すがるような目を向けるのですね」
「い、一度目……? 何を言って……」
「失ってから気づいても、遅いのですわ、殿下」
わたくしは、そっと微笑みました。
そして、告げます。
決めの、一言を。
「願いは、叶うのですわ。真心を込めれば、ね」
———。
その日のうちに、すべては決しました。
アルベルトは廃嫡。真実を見極める知性も持たず、共犯であったことを民の前で自白した王子に、王家は容赦しませんでした。
リゼットは修道院送り。姉から盗むことしか知らなかった義妹は、静寂の中で己と向き合う日々を課せられます。
「お嬢様……! おめでとうございます……! 王子は廃嫡、リゼット様は修道院送りと……! ようやく、ようやく報われましたね……!」
ハンナが、涙をこらえながら駆け寄ってきました。
「ありがとう、ハンナ。あなたがいてくれたから。……あの子は、最後までわからないでしょうね。なぜ、自分の花冠が咲かなかったのか」
「盗むことしか知らない方には、わからない答え……ですね」
「ええ。それが、あの子への一番深い報いなのかもしれませんわ」
この子だけは、二度、報われる側へ。
わたくしの願いは、ちゃんと叶いました。
***
豊穣祭の喧騒が去った、静かな夕暮れ。
わたくしが花園にいると、大きな影が近づいてきました。
漆黒の角。紅い瞳。竜人将軍ジークハルト。
「セレスティア殿。……見ていた。あんたの、花冠を」
「まあ。いかがでしたか?」
「世界で、一番、美しかった」
言い終えるや否や、彼は耳まで真っ赤にして、視線を泳がせました。
巨躯の死神竜が、花壇の前の少年のように。
そして——胸元から、あの革の包みを取り出しました。
そっと開くと、中には一枚の押し花。
色褪せぬよう、丁寧に、丁寧に保管された、花。
「これを……あんたに返したかった。いや、返さなくてもいい。ずっと、持っていたいから」
わたくしは、その花を見つめます。
見覚えがある。とても、見覚えが。
「その押し花……見覚えが。とても、見覚えが。その花は……」
「妙な話だ」
ジークハルトが、ふと、遠くを見るような目をしました。
「俺には、覚えのない記憶がある。あんたが、白い台の上で……笑って、俺を見た気がする。そのとき、あんたが編んでいた花冠が——これだ」
心臓が、跳ねました。
一度目の人生。
わたくしが処刑された、あの断頭台。
最後に、たった一人。
民衆の後ろで、ただ静かにわたくしを見つめていた、紅い瞳があった——ような、気がしていた。
「あなた……覚えて、いらっしゃるの」
「わからない。だが、この花を見ると、胸が痛む。もう二度と……あんたを失いたくないと、思う」
死神竜が、震える手で、わたくしの前に膝をつきました。
「セレスティア殿。……いや、セレスティア。俺のそばに、いてくれないか。花を、一緒に育てたい。ずっと」
不器用な、けれど誰よりも真っ直ぐな求婚。
わたくしは——前世でも、一度目でも、二度目でも、報われなかったわたくしは。
ようやく、微笑みました。
本物の、笑顔で。
「ええ、喜んで。ジークハルト」
そして、そっと囁きます。
「今度は、あなたのために花冠を編みますわ。真心を込めて。——幸せになる願いを、ね」
「……っ、ああ。……ありがとう」
***
遠い修道院で、リゼットが今もひとり、咲かぬ花冠を握りしめて泣いているそうです。
なぜ咲かないの、と。
(……さあ、わかりませんわね。盗むことしか知らなかった、あなたには)
わたくしは竜人将軍の隣で、新しい花の種を土に埋めます。
次は、この花冠で国を癒しましょうか。
聖女と呼ばれるのも、悪くありませんわね。
願いは、叶うのです。
真心を込めれば、ね。




