表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『花冠を編むと願いが叶う』——そう言って義妹に技術を奪われ処刑された私、転生してもう一度花を編みますわ〜ただし今度は、あなた方の破滅を願いながら〜

作者: uta
掲載日:2026/08/20

「花冠の魔女セレスティアを処刑する! 王家に呪いをかけた大罪人だ!」


断頭台の冷たい木肌に頬を押しつけられながら、わたくしは思いました。


——ああ、この人。最後まで一度も、わたくしを見なかったわね、と。


第二王子アルベルト・レーヴェンフェルト。わたくしの婚約者。輝く金髪に、整った甘い顔立ち。けれどその瞳には、真実を見極める光など一かけらも宿っておりませんでした。


その隣で、義妹リゼットが涙をぬぐっています。


蜂蜜色の髪を揺らし、大きな瞳を潤ませて、いかにも心を痛めた健気な妹を演じて。


——けれど、わたくしは知っております。


あの子が高々と掲げている『聖なる奇跡の証』の花冠。


あれは、わたくしが三年前に編んだ旧作ですわ。


すり替えたのね、と気づいたのは、もう手足を縛られた後でした。


「お姉様……どうか、安らかに」


リゼットが小さく囁きます。周囲には届かない声で。ただ、わたくしにだけ。


その唇が、たしかに弧を描きました。


勝ち誇った、嘲笑の形に。


民衆が石を投げます。魔女め、と。呪いの令嬢め、と。


わたくしはただ、真心を込めて花を編んできただけでしたのに。


豊作を願い。病を癒し。人々に加護を。


王国唯一の『祈祷ギフト』——真心を込めて花冠を編めば願いが叶う、その本物の奇跡を、わたくしはこの国のために使ってきたつもりでした。


前世の記憶があったから。


現代日本で編み物と園芸をこよなく愛した、ごく普通のOL・河合芹だったころの知識が、わたくしの花冠を国宝級へと押し上げていたから。


それなのに。


——刃が、落ちる音を、わたくしは聞きました。


最後に見たのは、わたくしの花冠を掲げて笑うリゼットと、それに拍手を送る王子の姿。


(報われませんわね。前世も、今世も)


そう思いながら、わたくしの意識は闇に呑まれ——


***


……あら?


目を開けると、見慣れた天蓋がありました。


淡い薔薇色の刺繍。窓辺に揺れる白いカーテン。


わたくしはゆっくりと身を起こします。首に、刃の感触はありません。あるべき痛みも、断絶も、何もない。


鏡台に歩み寄り、そこに映る自分を見つめました。


銀糸のようなプラチナブロンド。湖水を思わせる青灰色の瞳。氷の彫像めいた美貌——けれど、ずいぶんと若い。


十七歳。


社交界デビュー前夜の、わたくし。


机の上には、明日のデビュー用のドレスが用意されています。壁の暦を確認して、わたくしはすべてを理解しました。


処刑の、五年前。


「……なるほど。今度こそ、ですわね」


前世で一度死に、この世界へ転生し。そして一度目の人生でも断頭台へ送られ、こうしてまた戻ってきた。


三重の記憶。三度目の生。


普通なら混乱して泣き喚くところなのでしょうけれど——生憎、わたくしはもう充分に達観しておりますの。


(うん、これはあれね。ソシャゲでいう強くてニューゲーム。前世でも今世でも報われなかった分、二回分の未回収、きっちり利子つけて回収させてもらうわ)


令嬢の面を保ちながら、内心では前世のOL感覚が辛辣に稼働します。


わたくしは喚きません。泣きません。


ただ、静かに微笑みました。


花冠は、真心を込めて編むと願いが叶う。


ならば——


真心を込めて。


あなた方の『正しい報い』を、願いましょう。


そのとき、扉が控えめに叩かれました。


「お嬢様、お目覚めでしょうか」


そばかすの散った赤毛の侍女——ハンナ。


一度目の人生で、わたくしが処刑される瞬間まで無実を信じ、涙ながらに見送ってくれた、たった一人の忠義の人。


「……ハンナ」


わたくしはその名を呼びました。喉の奥が、少しだけ熱くなります。


「はい? どうかなさいましたか、お顔の色が……」


「いいえ。おはよう。今日から、少し忙しくなりますわ」


首を傾げるハンナに、わたくしは微笑みました。


(この子だけは。この子だけは。今度こそ、報われる側に連れていきますわ)


さあ、始めましょう。


二度と、奪われないための五年間を。


***


「お姉様! また新しい花冠を編んでいらっしゃるの? わたくしにも教えてくださいませ!」


蜂蜜色の髪を揺らし、リゼットが花園に駆け込んできました。


潤んだ瞳。すり寄る仕草。庇護欲をそそる可憐な妹の演技。


(ええ、ええ。存じておりますわ。一度目も、あなたはこうやって少しずつ盗んでいったのですものね)


「もちろんよ、リゼット。ご覧なさい。指はこう、花の茎はこの角度で。ほら、丁寧に見ておいてね」


わたくしは今回、技術を惜しみません。むしろ丁寧に、これ見よがしに、指の動かし方を教えて差し上げます。


リゼットの瞳が、獲物を見つけた猫のように光りました。


「まあ……! お姉様、なんてお優しいの」


(そうそう、その目。盗んで盗んで、全部盗んでいきなさいな。……ただし)


わたくしが決して見せないものが、ひとつだけあります。


——魔力の織り込み方。


花冠に願いと魔力を編み込む、その核心の一瞬。それだけは、指先を花の陰に隠し、決して悟らせません。


なぜなら、リゼット。


あなたには『祈祷ギフト』がない。


どれだけ完璧にわたくしの手つきを真似ても、あなたの編む花冠は、ただの飾りにしかならないのですから。


「うふふ、覚えましたわ。お姉様のおかげですわ!」


「まあ、リゼットは覚えが早いのね。素晴らしいわ」


「……ふふ。ええ、そのうち、お姉様よりずっと上手になってみせますわ」


二人きりになった瞬間、リゼットの唇が嘲笑の形に歪んだのを、わたくしは横目で確認しました。


(その嘲笑、一度目でも見ましたわ。ですが、リゼット。あなたの花冠は、永遠にただの飾りですのよ)


——夜。


わたくしは温室の奥、ハンナだけが知る一角で、小さな種を土に埋めていました。


「お嬢様……夜分に、温室で。それは、なんの種でございますか?」


「秘密の花よ、ハンナ。『真実の花』——嘘をつくと枯れ、そして被った者に、真実を語らせるの」


前世の園芸知識を総動員した、品種改良。


「真実を、語らせる……そのような花が」


「五年かけて、じっくり育てますわ。これから起こることを、あなたはただ黙って見ていてくれればいいの」


ハンナは、少しだけ目を伏せて、それからきっぱりと言いました。


「……かしこまりました。何がありましても、わたくしはお嬢様の花冠を、あんな方々に汚させはしません」


この子は、わかっていないでしょう。


それでも、信じてくれる。


(ああ、やっぱりこの子だけは。……ありがとう、ハンナ)


わたくしは、静かに微笑みました。


***


その男を見つけたのは、王城の花園の隅でした。


身の丈六尺を超える偉躯。漆黒の角。血のように紅い瞳。


——竜人将軍ジークハルト・ドラッヘンベルク。


戦場では『冷酷無比の死神竜』と恐れられる、無敵の武人。その名を聞けば、屈強な兵士すら震え上がるという。


その死神竜が。


花壇の前で、三角座りをしていました。


巨大な指先を震わせながら、小さな一輪の花に手を伸ばし——けれど触れる寸前で引っ込め、また伸ばし、また引っ込め。


「……枯れたら、どうする。触れたら、枯れてしまうかもしれん」


ぼそり、と呟く声。


本気で怯えていらっしゃる。花を、枯らすことに。


(え、何この生き物。花壇の前で三角座りする死神竜……可愛すぎでは?)


前世のOL感覚が、思わず素で叫びました。


わたくしは足音を立てないよう近づき、静かに声をかけます。


「摘まずとも、そのままでも愛でられますわよ」


びくり、と巨躯が跳ねました。


紅い瞳がこちらを向き——そして、みるみる耳と角の付け根が赤く染まっていきます。


「っ……! レーヴィン、公爵令嬢……」


「セレスティアと。花がお好きなのですね、将軍」


その瞬間でした。


ぶっきらぼうだったはずの彼が、急に早口になったのは。


「……この花は、朝露に弱い。だが西日には強い。土は乾き気味がいい。植え替えは秋。押し花にすれば、色が長く保てる。特にこの品種は花弁が薄いから、和紙を挟むと——」


「まあ。将軍、花のことになると止まらなくなるのですね」


「……っ、す、すまない。つい」


わたくしは思わず微笑んでしまいました。


そして、ふと気づきます。


彼の胸元。鎧の下から覗く、小さな革の包み。


その中に大切そうにしまわれているのは——一枚の、押し花。


見覚えのある、花。


(……それ、わたくしの花冠に使った花では?)


心臓が、とくりと鳴りました。


「セレスティア殿。……あんたの編む花冠は、世界で一番美しいと、聞いた」


「まあ。まだ一度も、お見せしていませんのに」


「一度、見てみたい。……ずっと」


(ずっと? まだ見せていないのに、なぜ『ずっと』なのかしら)


わたくしは首を傾げながら、けれど、なぜか胸の奥が温かくなるのを感じていました。


「ええ。いつか、あなたのために編みましょう。将軍」


死神竜が、ぱっと顔を上げ——それから、慌てて俯きました。


耳まで、真っ赤にして。


(この方、いったい何を知っていらっしゃるのかしら)


***


五年の月日が、静かに流れました。


そして迎えた、王家主催の『豊穣祭』。


国中の民が集う、花冠の奇跡を披露する大舞台。


中央の壇上で、リゼットが花冠を高々と掲げていました。


「皆さま、ご覧ください! わたくしが真心を込めて編んだ、聖なる花冠を! この花冠が、この国に豊穣の奇跡をもたらすでしょう!」


蜂蜜色の髪を風に揺らし、可憐に微笑む義妹。その隣には、誇らしげに立つアルベルト王子。


「見よ、民よ。これこそ王家に嫁ぐにふさわしき、真の聖女の御業だ」


(さあ、リゼット。願いなさいな。……もっとも、あなたに祈祷ギフトはないのですけれど)


リゼットが目を閉じ、願いを込める仕草をします。


民衆が、固唾を呑んで見守ります。


……。


………。


何も、起きません。


花は咲かず、光も差さず、風も凪いだまま。


リゼットの笑顔が、じわりと引きつっていきます。


「……あ、あら? もう少し、時間が……もう一度、願いを込めれば……」


(何も咲かない。光も差さない。一度目は、この後わたくしの花冠とすり替えて手柄にした。——けれど今回は、そうはいきませんわ)


ざわめく民衆。焦る王子。真っ青になるリゼット。


そこで、わたくしは静かに前へ進み出ました。


「わたくしの花冠も、ご覧になりませんこと?」


手にしているのは、色とりどりの花で編まれた、美しい花冠。


——『真実の花』で編んだ、花冠。


「セレスティア……! お前、何をしに——」


「王子とリゼット。お二人で、被ってみてくださいませ。真心を込めた花冠なら、きっと願いが叶いますわ」


「そ、そんなもの、被る必要は……」


「あら? まさか、被れませんの? これほどの民の前で、姉の贈り物を拒むなんて。……やましいことでも?」


リゼットの顔が、引きつりました。


「っ……! け、結構ですわ。被らせていただきます……!」


民衆の前で断れば、疑いを招く。


リゼットは追い詰められ、震える手で花冠を受け取りました。


王子と義妹が、そろって花冠を頭に載せた——その、瞬間。


かさり。


花が、枯れ落ちました。


二人の嘘に、反応して。


「な、何だこれは……! 花が、枯れて……!」


枯れた花びらが、はらはらと舞い散ります。


そして——枯れた花冠から、淡い光が立ち上りました。


『真実を語らせる』加護の、発動。


リゼットの喉が、勝手に震え始めます。


「わ、わたくしは……お姉様の花冠を、すり替えて……盗んで……ち、違う、口が勝手に……!」


「リゼット!? 何を言って……! ……私は、知っていた……リゼットの花冠が偽物だと知りながら、セレスティアを魔女に仕立て……! くそ、止まらない、なぜ口が……!」


民衆が、どよめきます。


わたくしは、あえて何も言いませんでした。


沈黙の、一拍。


(何も言いませんわ。ただ、静かに見つめて差し上げましょう。あなた方が、あなた方自身の口で暴いていくのを)


「そ、そんな……わたくしは悪くない! お姉様が、お姉様が全部……! ……ちがう、盗んだのは、わたくし。姉を陥れたのも……わたくしですわ……!」


自らの口で、自らを断罪する義妹。


アルベルトは、真っ青な顔で後ずさりました。


「ちがう、私は……いや、私は知っていて……くそ、口が、止まらない……!」


哀れですこと。


わたくしは、ゆっくりと二人の前へ歩み出ました。


喚きません。怒鳴りません。


ただ、静かに。


「わたくしは、ただ真心を込めて花を編んだだけですわ」


青灰色の瞳で、二人を見下ろします。


「豊作を願い、病を癒し、人々に加護を。そして——真心を込めて、あなた方の『正しい報い』を願いました」


わたくしは、手を汚してなどおりません。


報復をしたのは、わたくしではなく——『花冠の伝承』という、運命そのもの。


わたくしはただ、花を編んだだけ。


「セレスティア……許してくれ、私は……! 私は騙されていただけなのだ……!」


今さら、すがるような目を向けるアルベルト。


「一度目の人生で、最後まで一度もわたくしを見なかった、あなたが。今さら、すがるような目を向けるのですね」


「い、一度目……? 何を言って……」


「失ってから気づいても、遅いのですわ、殿下」


わたくしは、そっと微笑みました。


そして、告げます。


決めの、一言を。


「願いは、叶うのですわ。真心を込めれば、ね」


———。


その日のうちに、すべては決しました。


アルベルトは廃嫡。真実を見極める知性も持たず、共犯であったことを民の前で自白した王子に、王家は容赦しませんでした。


リゼットは修道院送り。姉から盗むことしか知らなかった義妹は、静寂の中で己と向き合う日々を課せられます。


「お嬢様……! おめでとうございます……! 王子は廃嫡、リゼット様は修道院送りと……! ようやく、ようやく報われましたね……!」


ハンナが、涙をこらえながら駆け寄ってきました。


「ありがとう、ハンナ。あなたがいてくれたから。……あの子は、最後までわからないでしょうね。なぜ、自分の花冠が咲かなかったのか」


「盗むことしか知らない方には、わからない答え……ですね」


「ええ。それが、あの子への一番深い報いなのかもしれませんわ」


この子だけは、二度、報われる側へ。


わたくしの願いは、ちゃんと叶いました。


***


豊穣祭の喧騒が去った、静かな夕暮れ。


わたくしが花園にいると、大きな影が近づいてきました。


漆黒の角。紅い瞳。竜人将軍ジークハルト。


「セレスティア殿。……見ていた。あんたの、花冠を」


「まあ。いかがでしたか?」


「世界で、一番、美しかった」


言い終えるや否や、彼は耳まで真っ赤にして、視線を泳がせました。


巨躯の死神竜が、花壇の前の少年のように。


そして——胸元から、あの革の包みを取り出しました。


そっと開くと、中には一枚の押し花。


色褪せぬよう、丁寧に、丁寧に保管された、花。


「これを……あんたに返したかった。いや、返さなくてもいい。ずっと、持っていたいから」


わたくしは、その花を見つめます。


見覚えがある。とても、見覚えが。


「その押し花……見覚えが。とても、見覚えが。その花は……」


「妙な話だ」


ジークハルトが、ふと、遠くを見るような目をしました。


「俺には、覚えのない記憶がある。あんたが、白い台の上で……笑って、俺を見た気がする。そのとき、あんたが編んでいた花冠が——これだ」


心臓が、跳ねました。


一度目の人生。


わたくしが処刑された、あの断頭台。


最後に、たった一人。


民衆の後ろで、ただ静かにわたくしを見つめていた、紅い瞳があった——ような、気がしていた。


「あなた……覚えて、いらっしゃるの」


「わからない。だが、この花を見ると、胸が痛む。もう二度と……あんたを失いたくないと、思う」


死神竜が、震える手で、わたくしの前に膝をつきました。


「セレスティア殿。……いや、セレスティア。俺のそばに、いてくれないか。花を、一緒に育てたい。ずっと」


不器用な、けれど誰よりも真っ直ぐな求婚。


わたくしは——前世でも、一度目でも、二度目でも、報われなかったわたくしは。


ようやく、微笑みました。


本物の、笑顔で。


「ええ、喜んで。ジークハルト」


そして、そっと囁きます。


「今度は、あなたのために花冠を編みますわ。真心を込めて。——幸せになる願いを、ね」


「……っ、ああ。……ありがとう」


***


遠い修道院で、リゼットが今もひとり、咲かぬ花冠を握りしめて泣いているそうです。


なぜ咲かないの、と。


(……さあ、わかりませんわね。盗むことしか知らなかった、あなたには)


わたくしは竜人将軍の隣で、新しい花の種を土に埋めます。


次は、この花冠で国を癒しましょうか。


聖女と呼ばれるのも、悪くありませんわね。


願いは、叶うのです。


真心を込めれば、ね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ