表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

第4話 女王の反撃準備と、胡散臭い老魔術師

 ──二日目の朝。


「……ふぅ。ごちそうさま、シルヴィア、クロエ」


 ルゼリアの自室に差し込む鋭くも柔らかな朝陽の中で、ちょっとした驚きを伴うどよめきが起きていた。


「驚愕。栄養価の摂取量が昨日の同時刻比で約2.4倍に達しています。この急激なマインドの変化……我が主ながら実に見事な成長です。本日の評価、文句なしのプラス査定とさせていただきます」

「ありがとう、『アダリン』」


 銀髪を几帳面にまとめ上げ、懃懃無礼ながらも鋭い観察眼を光らせる評価官メイド――アダリンが、手元の分厚い革綴じの手帳にさらさらとペンを走らせる。

 その硬質なペンの音が、ルゼリアの心臓に微かなプレッシャーを与えているのが見て取れた。

 アダリンの点数は、この城におけるルゼリアの女王としての価値を冷酷に数値化するものだという。


「あぁ〜ん、ルゼリア様がこんなに一生懸命食べてくれるなんて〜!もう感動です〜、クロエ、あまりの嬉しさに今すぐお赤飯を炊きに行きたくなっちゃいます〜。んふふ〜」

「状況を確認。陛下の顔色に劇的な改善。頬の血色、および魔力循環の安定化を認定しました。このまま継続的な栄養バランスの維持、および睡眠時間の確保を強く推奨します」


 大袈裟にハンカチで目元を拭いながら感極まって見せる赤髪のクロエと、対照的に、まるで精密機械のように脈拍や魔力をチェックしながらも、その瞳の奥に確かな安堵を滲ませるシルヴィア。

 ルゼリアは昨夜、俺と交わした秘密の約束通り、用意された朝食を――震える手で匙を持ち、少し苦しそうではあったが――しっかりと胃に収めていた。


『うんうん、偉いぞルゼリア。腹が減ってはなんとやらだ。女王としての威厳以前に、人間は食わなきゃ頭も回らねぇからな。少しずつその細い体に体力を付けていこうぜ』


 王座代わりのベルベットクッションの上から、クラウンは宝石を微かに明滅させて念話を送る。


『さて、ルゼリア。感傷に浸るのはここまでだ。御前会議……事実上の決戦に向けて具体的な詰みの形を作ろう。あの脂ぎったタヌキ――バレストロ侯爵の化けの皮を剥ぐには、ただの正論じゃ足りない。ヤツが絶対に否定できない物理的な証拠……税逃れをして隠し持っている現物か、あるいは裏の取引を記した金の流れ……このどちらかを確実に引きずり出す必要がある)』

「(うん……わかってる。でも、どうすればいいの?お城の外のことは、先生たちの講義で習ったことしか知らないもの……。バレストロ侯爵がどこに何を隠しているかなんて魔法で見つけられるかな?)」

『やり方は俺の知識の中にある。なぜその場所にあるのかという論理さえ組み立てれば、自ずと答えは見えてくるはずだ。だが、いかんせん俺はこの世界の詳細な情勢や、貴族たちが使う隠し場所の定番に疎くてな。この国で後ろ暗い物を隠すならどこがセオリーか、あるいは公的な記録を誤魔化すためにどんな不文律が使われるのか……その辺の裏の常識に精通している協力者はいないか?)』


 ルゼリアはしばし、匙を置いた手を膝の上で握りしめて黙考した。

 そして、渋々といった様子で一人の人物の顔を思い浮かべた。


「(……凄腕の魔術師で隠密行動も得意……それに、このお城の構造や歴史にも、たぶん宰相より詳しい人が一人だけいるよ。いつもメイドさんたちが悲鳴を上げるたびにお灸を据えられてばかりのお尻を追いかけるおじいちゃんなんだけど……)」

『よし、その変態じいさんを呼ぼう。能力が本物なら多少の性癖には目をつむるしかねえ。ルゼリアに手を出そうとしたら、その瞬間に俺が魔力で床に埋めてやるから安心しろ』


 小一時間後。

 朝食後の片付けが終わった私室に極秘の呼び出しに応じて召喚されたのは、何年も洗っていないようなボロボロの魔道衣に身を包んだ、腰の曲がった老人だった。


「はぁ〜ぁ。やれやれ、朝も早くから呼び出しとはこれいかに。老人がみな早起きだとは思わんでください、陛下。こんなことなら女の子しかおらん魔導師団の宿舎にでも居座って、寝顔の鑑賞でもしておればよかったなぁ。……で、陛下。この老体『ギルギアス』をわざわざお呼び立てになるとは、よほど解決するのが面倒な厄介極まる事態なんでしょうな?」


 口を開くや否や、溜息まじりに不平不満を垂れ流す。

 その濁った視線は、隙あらばクロエやアダリンのウエストのくびれ、あるいはメイド服の絶妙な膨らみを「ふむふむ」とねっとり観察しており、鼻の下が見る見るうちに伸びていくのがわかる。


『(うわぁ……想像以上にスケベジジイの気配だ。だが……なるほどな。老いて枯れているようでいてその実、底が見えないほど冷たく深い)』


 クラウンの直感が、このギルギアスという男の価値を瞬時に見抜く。

 その知識は、バレストロのような凡俗な貴族の隠蔽工作など、児戯に等しく見えるほどだ。


「ギルギアス。そなたの不平を黙らせるほどの大役を与える。……バレストロ侯爵の屋敷、その最深部にある秘密の金庫から本物の帳簿を抜き取ってきてほしい。手段は問わない」


 クラウンのカンペ通り、ルゼリアが単刀直入に、女王としての冷徹さを装って言い放つ。

 するとギルギアスは、眉間にこれでもかと言うほどの深い皺を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をした。


「えぇ……嫌ですよ。どうせヤツのことじゃ。金庫には強欲の呪い付きの魔力封じがベタベタと張られた、最高に寝覚めの悪い趣味の悪い代物になっとるに決まっとる。そんな命と名誉を削るような面倒な泥棒稼業、誰か他の血気盛んな若者にでもやらせてくれんかのぅ。儂はおなごの尻を追いかける以外で汗をかくのは御免じゃい、不健康極まりない。誰か代わってくれ、誰か」

『完全なやれやれ系の鑑だな。よしルゼリア、次はなぜ彼でなければならないのか、その自尊心をくすぐってやれ。平凡な魔術師には、ヤツの隠蔽は解けぬのでしょう?ってな』

「(わかった……)」


「……ふむ。ギルギアス、断るというのか?バレストロのあの杜撰な魔力封じ、平凡な宮廷魔術師たちには確かに荷が重い。だからこそ隠密と解呪の双方において王国最高峰の稀代の天才と呼ばれたそなたにならば、欠伸をしながらでも成し遂げられる造作もないことかと思っていたのだが。……もしかしてそなたの衰えた腕では、解けぬほどの高度な術だとでも認めるのか?」


 少し背伸びをした、どこか小馬鹿にするような、だが根底に絶対的な信頼を混ぜ込んだルゼリアの言葉。

 ギルギアスはピクッと太い白眉をひくつかせ、ねっとりとしていた視線を初めて真っ直ぐルゼリアへと向けた。


「……フン。まぁ、あの程度の防衛陣、儂の手にかかれば解呪まで十秒もいらぬがな!……いや待て待て、危うく乗せられるところじゃった。解けるのとやるのは別の話じゃ!儂はもう、定時で上がりたいんじゃ!深夜に女の子の部屋へ忍び込む気力を残しておきたいんじゃ!」

『しぶといジジイだ。じゃあ切り札を切るぞ。コイツにとって最強の天敵は誰か、設定を確認しろ。そう宰相だ。「言うことを聞かないなら、宰相にあなたがもっと刺激的な仕事を欲しがっていると伝える」ってハッタリをかますんだ』

「……そう。ならば仕方あるまい……本当に残念だ。断るというなら、今から宰相のところへ行って伝えておくことにしよう。『ギルギアスが不平不満ばかり溜まっていて怠惰に溺れている。かつての修練時代にそなたらが受けた、あの愛のある地獄の扱きで彼の情熱をもう一度呼び覚ましてやってほしい』……とな」


 ルゼリアがわざとらしく、心底同情するように視線を伏せる。

 その瞬間、ギルギアスの顔色が一瞬にして土気色――いや、禍々しい色に変色した。


「ばっ、あ、あいつだけは……あいつだけは、それだけは勘弁してくれ!あの冷徹眼鏡、同期のよしみどころか、儂を実験台にする気満々じゃからな!ああっ、もう!分かった!分かったからその話は無しじゃ!今日中にあの豚侯爵の恥ずかしい秘密を全部ひん剥いてきてやるわい!」


 そう叫ぶが早いか、ギルギアスは指先でパチンと音を鳴らし、怪しげな紫の霧を発動させた。

 腰が曲がった老人とは思えぬ軽やかな挙動で、窓枠から虚空へと霧散するように消えていく。

 その消え際、彼は一瞬だけ王冠に向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべたような気がした。


『よし、あの胡散臭い爺さん、案外チョロいな。移動魔法ってやつか?空間ごと曲げてやがった。腕は確かに化け物だ』

「(ふふっ、クラウンの言うとおりだったね。すごいや)」

「ルゼリア様……。あの誰の言うことも聞かない不遜な顧問殿をあんなにも見事に掌握されるとは。……認定します。本日の陛下は、獅子の如き威厳に満ちておられました」

「すごいです〜!ルゼリア様、とってもかっこよかったですよ〜!今の一手で、クロエの中の陛下大好きポイントがカンストして溢れ出しちゃいました〜!んふふ〜」


 一部始終を目にしていたシルヴィアとクロエが、揃って目を丸くして感励の声を漏らした。

 女王の反撃に向けた第一歩は、こうして不敵に、かつ鮮やかに踏み出されたのであった。


誤字と修正を行いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ