第15話 女王のあさげと、炸裂するロジック
「失礼いたします、陛下。……お呼びと聞き、ただちに参上いたしました」
ルゼリアの寝室兼、私的な居間。
そこになだれ込んできたのは、重厚な法服を纏った宰相と、磨き抜かれた甲冑を鳴らす騎士団長の二人だった。
二人の表情には、隠しきれない困惑と焦燥が張り付いている。
「陛下、このような朝早くに、しかも寝室へ呼び立てるとは何事でしょうか?」
「陛下のご命令とあれば、どこへでも馳せ参じます」
二人は円卓を囲むようにして立ち尽くした。
そこには給仕を終えたクロエと、冷静に控えるシルヴィア。
さらに扉の脇には、彼らを呼び寄せた立役者であるアダリンが凛と控え、厳しい視線で場を査定していた。
部屋の隅で気怠げに壁に寄りかかっているのは、昨夜の功労者である魔術顧問のギルギアス。
そして、椅子に座って不敵な笑みを浮かべている商人ファンドラの姿。
部屋には香ばしいパンの香りと温かなスープの匂いが満ちているが、漂う空気は戦場と間違えるほど重い。
「座れ、ヴォルデン。ルシアン。食事を摂りながらこれからの話をしよう」
「食事を?陛下、そのような悠実な時間を──」
「食べよ。戦うには体力が必要だと教わったのだ」
ルゼリアの静かな有無を言わせぬ断定。
二人の重臣は顔を見合わせ、戸惑いながらも女王の向かいへと腰を下ろした。
幼き主が自分たちを呼び出し、同じテーブルで食事を摂る。
それだけで、彼らにとっては天変地異に等しい衝撃だった。
『よしよし、いい雰囲気だ。あの老人が宰相ヴォルデンで、こっちの堅物そうなのが騎士団長のルシアンか。覚えたぞ。さあルゼリア、まずは胃袋を落ち着かせてから、一気に脳天をぶん殴ってやろうぜ』
「うん!ぶん殴るっ──あ」
思わず、脳内に響いた物騒な激励にそのまま言葉を返してしまった。
ルゼリアは慌てて口元を押さえたが、ヴォルデンとルシアンは「ぶん殴る……?」と顔を見合わせ、信じられないものを見るような目で固まっている。
普段の彼女からは絶対に出ないであろう過激な言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
「……ん、んんっ!こ、公明正大に、処断せねばならぬという意味だ。よいな!」
顔を真っ赤にして、無理やり女王の威厳を取り繕うルゼリア。
ヴォルデンたちは「お、おお……。陛下の正義の追求は、かように苛烈なものであったか」と、妙な納得をして冷や汗を拭い、居住まいを正した。
***
「な、なんですと?それは本当か、ファンドラ殿!」
「はいー!穀物強奪の段階は既に終わっています。この瞬間もバレストロ侯爵の息のかかった者たちが、買い占めた麦を『慈悲深い侯爵からの施し』として民に配り、同時に陛下の悪評をばら撒いていますよーっ!」
ヴォルデンが机を叩いて立ち上がろうとするが、ルゼリアがそれを手制止した。
「落ちつけ。彼らがなぜ、このタイミングで防疫などという無茶なカードを切ってきたのか、理由が分かったのだ」
ルゼリアはシルヴィアから受け取った資料を二人の前に広げた。
「これは……納税記録と物価の比較表……。陛下、これをお調べに?」
ヴォルデンが資料を手に取り、その鋭い眼光を走らせる。
だが、その表情に驚きはなかった。
むしろ、苦いものを噛み潰したような、深い納得が滲み出ている
「状況を確認。東部領の五年分のデータです。不作を訴えながら彼の領地周辺だけが不自然に物高騰しています。認定。これは領主による市場操作、および穀物の隠匿です」
「……やはり、そうでございましたか。陛下、実は儂も、この数年の東部領の納税記録には、吐き気を催すほどの不自然さを感じて精査しておりました。収穫が減ったという報告の割に、バレストロ侯爵が納める関税以外の雑所得が、計算に合わぬほど微増していたのです」
「宰相閣下の疑念は正当です。公式の納税記録には現れぬ浮いた穀物の影を閣下も追っておられた。認定。不作報告は虚偽であり、これは組織的な市場操作です」
ヴォルデンの言葉を受け、シルヴィアが淡々と補足する。
「不作ならば領地全体が不景気になるはず。だが、侯爵はこの一ヶ月で特大の指輪を三つも買い換えている。これはクロエが集めた城下の噂だ。だが、ヴォルデン。そなたが掴んでいたのは数字の矛盾という影に過ぎぬ。その実体を暴くのが、これだ」
ルゼリアが示したのは、ギルギアスが命懸けで奪取してきた『真の帳簿』であった
壁際で欠伸をしていたギルギアスが、面倒そうに鼻を鳴らして口を開く。
「はぁ〜ぁ、全くじゃ。ヴォルデンが帳面を睨んで唸っておる間、この天才的な儂がわざわざデブ侯爵の寝室まで忍び込んで、この真っ黒な証拠を拝借してきてやったというわけじゃよ。おかげで腰が痛くてかなわん。陛下、あとでメイドさんに揉ませてくれんかのぅ?」
そこには民を飢えさせ、国を欺いて得た血に塗れた金の流れが刻銘に記されていた。
「これ……これは……っ!儂が追っていた納税記録の空白が、これほどまでに醜悪な形で埋まるとは……!」
ヴォルデンの震える手が、ページを追うごとに怒りで白くなっていく。
ルシアンもその内容に言葉を失い、拳を握りしめた。
「彼らは余の沈黙を待っていたのではない。証拠を隠滅し、都を干し上げ、自分たちの影響力を誇示するための時間を稼いでいたのだ。最初の謁見で、余が交易路の要求を突っぱねたからな」
『(おっと、ルゼリア。それはカマかけ……まあいい、二人とも完全に目がさめたみたいだな)』
あ、とルゼリアが僅かに顔を赤らめた。
クラウンに突っ込まれたのが嬉しいのか、恥ずかしいのか。
彼女は気恥ずかしさを隠すように、少しだけ早口になってスープを一口飲んだ。
重臣たちは顔を見合わせているが、それすらもルゼリアには秘密を共有している高揚感に変わる。
「ヴォルデン、そなたは国庫と法規の面から。ルシアン、そなたは騎士団を動かし、バレストロの愚息──レオナールの私兵を賊として認定せよ。民を飢えさせる臣を野放しにするのであれば、王家など不要である。明日の御前会議、余は逃げも隠れもしない」
その言葉は、宰相の魂を貫いた。
彼は椅子の横に膝を突き、その場に伏した。
「……恐れ入りました。我ら陛下が幼きゆえに、どこかでお守りせねばと考えておりました。ですが、あまりにも無礼であった。陛下はとっくに我らの先を見ておられたのだ」
ルシアンもまた、胸に右手を当て、深く頭を垂れる。
「……騎士団長ルシアン、不覚。この剣、この瞬間より、亡き王の面影ではなく目の前の真の王へ捧げます。レオナールの私兵など、一刻で蹴散らして見せましょう」
二人の重臣に走った戦慄。
それは絶望ではなく、希望。
ようやく自分たちが仕えるべき中心が見つかった、武者震いだった。
「ふふ……いいお返事だね、お二人さん。これで投資先は確実になったってわけだ」
ファンドラが満足げにパンをかじる。
側近たちの間に、かつてない強固な団結が生まれた瞬間だった。
『やったな、ルゼリア。これで信頼を手に入れた。あとはあの太っちょを舞台の上でどう料理するかだ』
「うん……みんな、ありがとう。朝食、冷めないうちに食べて。美味しいから」
ルゼリアは少し照れくさそうに笑い、再びスプーンを握った。
緊迫した政治劇の真っ只中。
たった一杯の温かなスープを囲みながら、幼き女王と最強の側近たちは、王国を浄化するための最初の一歩を固く踏み出したのだった。




