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第12話 闇を暴く魔力の手と、毒舌のナビゲーター

 ──三日目の朝。

 爽やかな朝の光が、王城の分厚い窓ガラスを透過して広大な寝室へと差し込んでいた。

 宙を舞う微かな塵が金色の粒子のように煌めき、豪華な天蓋付きベッドを優しく照らし出している。

 その中では、この国の幼き女王ルゼリアが、まだ夢の続きを泳いでいるのか、規則正しい小さな呼吸を繰り返しながら布団をぎゅっと抱きしめていた。


『(ふむ……。昨夜は刺客は来るわ、胡散臭い魔術師は窓から不法侵入してくるわで散々だったが……ルゼリアがこうして安らかに眠れているなら、夜な夜な夜警の真似事をした甲斐もあったもんだ)』


 ふかふかのクッションの上に鎮座しながら、存在しない目を細めるような感覚で彼女の寝顔を見つめていた。

 昨夜、ルルーシュカが円卓の上に置いていった一冊の帳簿──バレストロ侯爵の不正が凝縮されたその爆弾を、ルゼリアが起きる前に予習しておかなければならない。


 俺は王冠全体から静かに魔力を汲み出した。

 意識を集中させ、実体を持たない、空気の揺らぎのような魔力の手を空間に形成する。

 それはかつて人間だった頃の形を模した、半透明の淡い輝き。


 俺はその見えない手をそっとベッドの中のルゼリアへと伸ばした。

 そして、淡い桃色の頬にかかった柔らかな金髪を指先で優しく払う。


「……むにゃ……あまいの……もっと……」


 ルゼリアが心地よさそうに身をよじり、寝言を漏らす。

 どうやら夢の中で山盛りのお菓子に囲まれているらしい。


 あまりに無防備で年相応の幼い反応に、王冠の芯がじんわりと温かくなるのを感じた。

 俺はそのまま、彼女の頭をゆっくりと撫でてやる。


『(頑張ってるな、ルゼリア。その小さな肩に国の命運を背負わされているのは理不尽だが……。せめてその重荷を半分くらいは軽くしてやりたいもんだ)』


 ひとしきりルゼリアの寝顔を堪能した後、俺は意識を切り替え、円卓の上に置かれたバレストロの裏帳簿へと向き直った。

 魔力の手を器用に操り、分厚い表紙を音もなく捲る。


『(さて、どれどれ……。ほう、これはこれは。なるほど、そういうことか)』


 ページを捲るたびに、俺の思考回路は急速に冷徹な分析機械へと変貌していった。

 帳簿に記されていたのは、吐き気がするほど露骨な数字の羅列だった。


 東部領の収穫高。表向けの報告では「三割減の深刻な不作」となっているが、この裏帳簿に刻まれた真実の数字は「過去最高水準の四割増し」だ。

 つまり、バレストロはあぶれた大量の小麦を隠匿し、意図的な供給不足を作り出していたことになる。


『(なぜバレストロは、不作を偽装してまで民を飢えさせる必要があった?……答えは簡単だ。国から多額の救済金を引き出すための名分が必要だったからだろう。そして、その引き出した救済金を原資にして、隠しておいた小麦をさらに高値で他国の商人に売り捌く……まさに、人の命を金に換える錬金術じゃないか)』


 帳簿の後半には、隣国の商人たちとの取引記録も網羅されていた。

 本来なら国民の胃袋を支えるはずの神聖な麦が、侯爵の私欲を満たすための金貨に姿を変え、国境を越えて消えていく。

 その裏で何も知らない民たちが「女王の失政による食糧難」だと煽られ、ルゼリアへの不満を募らせているのだ。


『(……ただの汚職かと思ったらこれ、国家転覆級の真っ黒な爆弾じゃないか。バレストロ一人の頭で回せる規模じゃない。下手すりゃ背後にもっと巨大な大物が潜んでいそうだな)』


 宝石の芯が、怒りと冷徹さでチリチリと痺れる。

 これだけの情報を、あの魔術顧問のギルギアスは頼んだその日に入手してきた。

 そしてそれを無造作に読み、ゴミのように放り投げたメイドのルルーシュカ。

 この陣営、やっぱり表に出ている以上のバケモノしかいない。


 帳簿を閉じ、俺は魔力の手を霧散させた。

 そのタイミングを見計らったかのように、ベッドの中の小さな王女が「んぅ……」と小さく声を上げた。


「んぅっ……おは……よう、ごじゃます……クラウン……」


 目をこすりながら、のろのろと起き上がるルゼリア。

 寝癖で髪をふわふわと跳ねさせ宝石のように潤んだ瞳でこちらを見つめる姿は、女王の威厳とは程遠い、ただの愛らしい子供だ。


『おはよう、ルゼリア。気分はどうだ?昨日は一日中、頭を使いっぱなしだったからな。どこか体がだるかったりはしないか?』

「ん……平気。クラウンが夜の間もずっと隣で頭をなでなでしてくれてた気がするから。……とってもあったかくて、よく眠れたよ」


 ルゼリアはそう言って、花がパッときたように明るく微笑んだ。

 実体のない魔力の手だったはずだが、彼女にはその温もりが伝わっていたらしい。


 これまでは、冷たい静寂の中で一人、重圧に押し潰されそうになりながら目覚めるのが当たり前だった。

 孤高の女王として、側近たちの前では弱音も甘えも許されない日々。


 そんな彼女にとって朝一番におはようと呼びかけ、心配してくれる相手がいる。

 ただそれだけのことが、今の彼女には何物にも代えがたい救いのようだ。


 ルゼリアは緩みきってしまいそうな頬を両手でむぎゅっと押さえ、布団の中で小さく足をバタバタとさせた。

 そのまま、もぞもぞと王冠が置いてある円卓へ近づき、宝石の滑らかな面に自分の頬をまるで猫のように摺り寄せてくる。


「えへへ、あったかい。あのね、クラウン。自分から挨拶をして誰かがそれに応えてくれるのがこんなに嬉しいことだなんて、わたし知らなかったよ」

『お、おう。そんなに喜んでもらえるなら俺も王冠冥利に尽きるよ。ほら、そんなにスリスリすると綺麗な肌を傷めちゃうぞ?』

「いいもんねー。クラウンは痛いことなんてしないって、わたし知ってるもん」


 なんておませなことを言って、彼女はクスクスと笑う。

 女王としての重圧から一瞬だけ解き放たれ、一人の少女として無邪気に甘えるその姿は、見ていてこちらまで角が取れてしまいそうなほどに愛らしかった。


『さて、幸せな時間に浸っているところ悪いが……ルゼリア、プレゼントが届いているぞ。目の前のテーブルを見てごらん』


 俺の言葉に促され、ルゼリアが名残惜しそうに頬を離し、眠たげな視線を円卓へと落とした。

 そこには、昨夜まではなかった一冊の重厚な帳簿が鎮座している。


「これ……帳簿?ギルギアスが約束してくれてた……証拠?」

『ああ、そのとおりだ。中身はざっと予習しておいた。バレストロを奈落の底に叩き落とし、民の生活を取り戻すための特大の爆弾だ。……さあ、顔を洗ってシャキッとしな。今日という日は、忙しくなるぞ』


 ルゼリアの瞳に、女王としての鋭い光が宿った。

 彼女が恐る恐るではあるが、確かな意思を持ってその帳簿に手を伸ばそうとした、その時──。


 コンコン、と。

 扉を短く叩く、控えめながらも急を告げるようなノックの音が響いた。


お読みいただきありがとうございます。

展開のテンポとルゼリアを可愛く書けているのかと湯船に沈みながら考える日々です。

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