9 仕組まれた罠
「まさか、あなたのフロアまで行くとは思わなかったわね」
母は、人の家の中を勝手に歩くなんてと怒っている。
「迷ったから、上へ行けば誰か使用人を捕まえられるんじゃないかと思ったそうだよ」
父も、困ったように眉を下げた。
そこにあるのは二枚のオペラの招待券。
それもかなり良い席だ。
「いっそメイドの姿をしていたら良かったですね」
私もしゅんと落ち込んでしまう。
私がマナーを学んでいると言っていたから、善意のプレゼントだったのだろう。
「仕方ない。リリアは楽しみにしていたが、当日体調を崩したことにして、私と行くかい?」
父が母に聞くと、残念そうに母も頷いた。
「本当はリリアを連れていってあげたいわ。だって、リリアのマナーは素晴らしいし、オペラは素敵だもの。だけど、あなたは贔屓目に見ても顔立ちがいいから、目を引いてしまうわ」
「お母様、贔屓目過ぎだわ」
私は思わずくすっと微笑む。
父が顔を振り、
「そんな事ないぞ!今日みたお茶会では、お母様の次にお前が一番美しいと思った!」
そう言って笑うので
「お父様、それも親バカだわ」
私は、真っ赤になって反論して笑ったのだった。
そのまま仲良く二人を送り出したのに。
出ていった二人はオペラを見ることはなかった。
出てまもなく、馬車の整備不良で大事故にあい、帰らぬ人になってしまったのだ。
「うそっ!!お父様!嘘よ」
「リリアーナ様、私がすぐに確認に行って参ります。状況を把握したらすぐ戻りますので」
執事のヴァンが、慌てて声をかける。
「ううん、ヴァン!お願い、私のギフトのことを知っているでしょ。間に合うならなんとかしたいの。私も連れていって!」
私は使用人の服に着替え、ヴァンと一緒に事故現場に向かった。私にとって初めての外だった。
すでに暗闇になり、大勢の野次馬たちが集まっていた。
そこに見える変わり果てた馬車の中から流れて見えるおびただしい血、そして変わり果てた二人。
「あ、ああ!あ」
お父様、お母様!叫びたいのに叫べない。
こんな時にも呼べないのですか?
どうして?
仲良く二人で出ていったばかりじゃないの?
わたしが、あの女性と出会わなければ良かった。
オペラのチケットなんてもらわなければ良かった。
ううん、わたしがこんなギフトを持ってなければ。
そうすれば、こんなことはそもそも起きてない。
私は、今こそその原因のギフトを使う時だと判断する。
変わり果てたその姿は、もう肉塊に近かった。
そのそばで、わたしはその塊に触れながら強く祈った。
二人がここで死ぬことがないようにーーー
結果を変えて!
気づけば、そこは玄関。
私は、えっ?と目の前の状況を見つめる。
「すいません!事もあろうにいただいたオペラのチケットが、窓を開けた途端に風で暖炉の中に」
「まあ、どうしましょう!」
「お前!なんてことを!」
「ああ、どうすれば...本当に申し訳ありません」
ヴァンが必死に頭を下げている。
私は、はっとした。
結果が変わったんだわ。
これが求める結果に変えるギフト!
ゾッとするのと同時に、二人を止めないといけない。
「ち、違うのよ!お父様、お母様、ごめんなさい。私、ギフトを使ってしまったわ。」
◇
私は、ふとあたたかい手を感じて目を開けた。
「グレイ兄様......」
「手荒にしてすまない」
「リリアーナ嬢、すまない。仕事上の癖で、相手の嫌がることを言って反応を見てしまうんだ」
しゅんとグレイとゲオルクが、お互い落ち込んでいる。
「ヤコブさんからも、怒鳴られた。休ませるつもりが、尋問して殴ってどうするって」
「俺もだ。色々あった日にさらに追い詰めてどうするって怒鳴られた」
そういえばゲオルクから色々言われた挙句、兄にお腹を殴られたのだ。
痛い。
でも、結果的に自暴自棄にならなくて済んだ。
「もう少し眠ったらいい。」
私は、握ってくれる兄の手を握りしめる。
「あたたかいわ」
触れた記憶もないのに、兄からは懐かしい香りがした。
二人に今まであったことを告げた。
「父上と母上が事故?」
「それは......そんなことがあったなら、むしろ使わなかったら後悔したさ」
目覚めた後の二人はやさしくて、夢かな?と思う。
だから、いっそ夢の中で起こったことを告白したかった
「助かって良かったはずなのに、急激に二人は不仲になったの。」
私は遠い天井を見ながら、涙をこぼした。
それを急いでゲオルクが指で拭う。
「馬車には、馬と馬車をつなぐ金具に不備があって、あのまま乗っていたら間違いなく事故になっていたと二人からは感謝されたのよ」
「君の力を信じざるを得ないよね。」
ゲオルクがそういってくれたので頷いた。
「でも、二人で話をすることが増えて、言い争いになることが多くなった。お父様に愛人がいることがわかったの」
グレイが、少し考えるように唸っている。
「リリア、そのチケットをくれた女性の名前は覚えているかい?」
「ええと、名乗られてないわ。でも、確かお礼状に名前があったような.....確か、伯爵家のシルビア様だったような...」
私は遠い記憶を引っ張り出す。
そうだ。間違いないわ
「お礼状とチケットが届いた時に、お母様が『シルビアの嫌がらせは凄まじいわね』ってすごく不機嫌だったもの。メイドのマーサも、リリアーナ様を外に引きずり出して恥をかかせようとしているんですわって言ってたから覚えてる」
私は、お兄様を見つめてそう答えた。
グレイの眉間の皺が深くなる。
すごく不愉快そうだ。
「お兄様の......お知り合い?」
私は恐る恐る聞く。
「父上の愛人はシルビアだよ。今の後妻だ」
「えっ?」
その衝撃の言葉に、私は握りしめていた兄の手を持つ手が震える。私がギフトを使う前から、父とあの女性には関係があったの?
仕組まれていた事故?
私はぞっとして、手先が冷たくなるのを感じていた




