6 【サイド】ゲオルク
リリアーナが風呂に入ったのを確認して、俺はほっと息をついた。
「すまない。お前に気を使わせて」
グレイはため息をつく。
珍しい。
謝られるのも初めてだが、嫌いな奴の前でも表情を一切崩すことなくいつも腹黒笑顔のグレイなのに。
「珍しいな。俺なんかよりも女性に優しいお前が、実の妹にはあんなに厳しいなんてな……同じ髪の色、目、顔立ち。完全に兄妹だよな」
「ああ、そう言ってるだろう。あれは妹だ。」
グレイは、硬い表情を崩さず、ずっと何かを考えているようだった。
それなら、もう少し愛想良くしたらいいのに。
いや逆か。身内だから顔に出るのか?
「だが、お前は母親の髪色や目を受け継いでいるんだったよな。オルランド侯爵の髪はブラウンで、お前みたいな金髪じゃない。目のブルーもそうだ。リリアーナ嬢も同じ髪色、目の色だな」
「......」
言い返さないところを見ると、あの船にリリアーナを乗せた母親というのは、グレイの母でもあるわけか。
あの乗船券を持つ者は、少なくとも一見客ではない。
母親、もしくは相当近しいものがあの船に出入りしていないと乗船券の購入は不可能だ。
「母親があんな船に出入りして、しかも娘に愛人か自分を囲ってくれる男を見繕わせようとするなんてそりゃショックか。だが、お前のその態度は、捜査にも今後影響を及ぼしかねない。」
俺は氷のように冷たい声をグレイに向ける。
正直、今日の船の爆破だって彼女を助けに行ったことで俺の存在がバレたからなのか、それともそろそろ潮時で証拠を消させる予定だったのかわからない。
俺はどちらにしてもリリアーナを助けたことで運良く助かったのだ。流石にあの船の爆破を目の前で見せられるとゾッとした。
そんなリスクを抱える仕事なんだから、身内の出入りぐらいで心を揺らされているようなグレイは邪魔だ。
「いや、そっちはそこまで気になってはいない。最近、両親の様子がおかしいことは知っていた。船に出入りしていたとしても、そうかという感想しかない。」
グレイは、見当違いだというように眉をひそめて否定する。
こいつとは寄宿舎時代からの関わりだが、そういえば両親との関係が良くなくて家に帰りたがらなかったことを思い出す。
「俺はオルランド家の嫡男ではあるが、父も愛人を後妻にしたらしいし、不仲の俺より理由をつけて今後生まれる後妻の子を後継にしようと画策するだろう。正直、そういう権力闘争にも巻き込まれたくない。侯爵の身分にすら固執していないんだ。」
「家や親を守るためじゃないなら、何の判断で苦しんでいる?お前らしくもない」
そう言いつつも俺はもう頭の中ではわかっていた。
グレイと同じ両親のもとで生まれたリリアーナ
それなのに、戸籍はない。
そのくせ、綺麗なカーテシー、世間知らずな様子といいまるで大切な貴族の娘として育てられたような形跡がある。
小さい時から両親と関係が悪く、家に立ち寄りたがらないグレイ。
先ほど姉の作香師の力の発言で顔色が変わったリリアーナ。
「力か? お前が動揺しているのは?」
「......そうだ」
「ということは、管理対象レベルの力ってことだな。」
「ああ、あの船が爆破した時、リリアの様子はどうだった?」
グレイは観念したように俺を見る。
その目は、すがるような、どうか想像するようなものでないようにと祈るような表情をしていた。
ぷっ!
思わず噴き出してしまう。
「な、なんだよ!」
「いや、どっちかというといつもお前の方が冷静に論理を組み立てるのに、そんな顔初めて見たな」
「い、妹の様子を心配するのは当たり前だろ」
グレイは顔を赤くして口を尖らせた。
「大丈夫だ。お前が心配しているような管理対象の能力を発揮させている様子はないよ。船から落ちた現場を見たが、どう見ても事故に近いし、わざとじゃない。
助けなかったら溺れて死んでたし、助けた後、船が爆発したのを見て驚き怯えていた。」
「そうか……船の爆破は、彼女の意志ではなかったのか」
グレイは脱力したようになる。
「そうだな。ただ、沈んでいく船を見て、自分のように意図せず乗ったものはいないかとか亡くなったであろう人たちのことを気にしている様子はあった。だから、船の目的のことを伝えるとショックを受けていたな」
俺はそこまで話して、どんな管理能力かを想像する。
グレイに聞いてもいいが、力の話はあまりにセンシティブな話で、姉のように職業にするもの以外は口にすることはまずない話だ。
流石に、どんな力があるの?とは聞きにくい。
だが、今グレイが漏らした船の爆破は彼女の意志ではなかったのか?という言葉。
そして、先ほどリリアに、「求めるものが思い通りになるとしたら怖すぎる」って話したらリリアーナの顔色が変わったんだよな。
求めるものが思い通りになる力ーー
管理する側、時の権力者が誰もが手にしたがる黄金の果実をリリアーナが持っていたとしたら?
当時の侯爵夫妻が隠し育てようとする理由もわからなくもないが……でも、そんな力を持った人間なんて存在するのか?
俺も思わず戦慄し、冷や汗が流れる。
「まさかとは思うが、求めるものが......思い通りになる......なのか?」
グレイはハッとしたかのように顔を上げ、唇を噛み締め力なく「ああ」と消えるように答える。
それを聞き、思わず俺は、口にしつつも愕然とし、湯気の中にいるであろうリリアーナの存在を、初めて脅威と感じてしまうのだった。




