39 第一王妃の復讐
カリーナ様のいる離宮は、厳重な警備をされていた。
王妃、王子、そして夫や子供であっても、入れていない。
外部のものとの接触を今日まで完全に遮断しており、対外的にはカリーナ様を狙っているものがいるので、命の保護をしているとみんなには伝えている。
第二王妃はカリーナのした事を告げられ、第三王妃、第五王妃の件も含めて聞き取りを受けたことで知らされた。
そのショックは凄まじく、今回は国王が、第二王妃がどんなに国王を罵っても、怒鳴っても、泣いても、そばでずっと話を聞き、何度も二人で涙し、付き添い続けたそうだ。
「もう少し早く二人の関係が戻ればよかったんだろうけどね。でも、今回のことがあったから、和解できたのかもしれないんだけど...」
ヤコブは、ため息混じりに低い声でつぶやいた。
私たちはボディーチェックを受けて、中に入る。
部屋に近づくにつれて、その警備は厳重になっていく。
そこには国王がいたからだ。
私はカーテシーで挨拶をしようとするが、手で制止された。
「リリアーナ、わざわざここまで来てくれてありがとう」
「いえ、あのカリーナ様は?」
「落ち着いて覚悟を決めているよ。取り調べの間、私も彼女といろんな話をした。私は第二王妃だけではなく、子供たちも顧みることがない酷い父親だった。詫びて済むことではないが、詫び続けるしかない。もう、彼女は子供には戻れない。大切にしなければならなかった時はもう、戻ってこないんだ」
国王は、以前より痩せ細ったように見える。
ヤコブは、国王の肩をポンポンと叩く。
まるで、お前は一人じゃないというように──
二人はやっぱり兄弟なんだわ。
父親が違っていても、グレイお兄様が私を見守ってくれるように、ヤコブさんも国王様のお兄様なのよね。
部屋の扉を開けると、目隠しをされて、口布を覆われたカリーナ様が座っていた。
全く姿勢が崩れることもなく、真っ直ぐに、見えないはずの私を射抜いていた。
「カリーナ、第一王妃から嘆願書を預かっている」
国王がそうカリーナに告げると、初めて体がびくっと動いた。私とゲオルクは、国王がカリーナに語りかける姿を、後ろから見つめ続ける。
「第一王妃は、君のことを恨んではいない。どの王妃の子供も、王の子供であれば、正妃の私の子供であるのと同じ。子供が失敗をすれば、親である私の責任。
君が自害を選ぶなら私も自害する。
君が、身分を剥奪されるなら、自分も責任を取り国王と離縁を申し出る。自分の行動は、カリーナと共にあると言っている。」
カリーナ様は口布を当てていて、何も話せない。
匂いから私たちの存在を知られたら困るからだ。
「そうなると......被害者は第五王妃だけになるんだが、第五王妃は自分が狙われたことにまだ気づいていない。ここの幽閉も、カリーナが誰かに狙われて守っていることにしてあるから、第一王妃と第二王妃しか知らないことだ」
国王は、優しくカリーナの手を握った。
「第三王妃のことも、ゲオルクと私も話し合いを続けている。自分たちは被害者だと思っていた記憶が、加害者でもあったことを理解し始めている。原因は私にあり、お前が意図的にしたことではないとみんな理解しているよ」
カリーナ様の体の震えが大きくなる。
ゲオルクも音を立てず涙を流しながら、そのカリーナ様の様子を見つめていた。
「でも、君には人を殺めてしまうほど強いギフトがある。これは国の管理対象になるものだ。わかるね?」
国王が手を握ったまま、カリーナに聞くとカリーナは頷いた。
「だから、今日をもって、君のギフトを消すことができる人の力を借りる。君のギフトは前のような効力はない。香りを仕事にしているから、今までのような効果を発揮することも、もう出来ない。でも、香りの仕事は続けて大丈夫だそうだ。」
カリーナはえっ?というように顔を上げる。
目を隠した布が、涙で濡れているのがわかった。
「ギフトがなくなったら、何も心配せず前と変わらない普段の生活を続けなさい。心配をかけた第一王妃と第二王妃には、よく謝っておくんだよ。心が揺れ動くことがあっても、何も変わらない生活を送り、今まで通り社交で第二王妃の娘として振る舞うんだ。君はアニスの娘だから、苦しい時も、おくびにも出さず、素晴らしい淑女を演じられるはずだよ」
国王はそういって、そっと手を離し、私にバトンタッチした。
私はそのカリーナ様の手を取る。
ビクッとしたあと、カリーナ様はそっと私の手を握った。
もしかしたら、誰なのかわかっているのかも......
私は祈る。
《カリーナ様のギフトが、人を傷つけない優しいものにかわりますように》
力を込めて、願いを込める。
神様、どうかお願いします。
見た目は何も変わらない。
ギフトを確認する機器を使い確認すると
《香りで人を癒すことができる力》
に変わっていた。
私とヤコブ、ゲオルク、国王は、顔を見合わせて涙ぐみながら微笑んだ。
ギフトの力は限定されたが、きっとカリーナ様なら上手にこのギフトを活かしてくれると信じている。
私は、またゲオルクと一緒にカリーナ様のお店に行くことができることを楽しみにしている。
今度は堂々と、イチャイチャしながらゲオルクとお店を見ることができるわね。
私はその日を心待ちにするのだった。
◇◆(ここからは第一王妃視点)◇◆
冷たくなった廊下を第一王妃である私は歩いていた。
カリーナの件は無事に収まって良かった。
第二王妃やカリーナが思うほど、第一王妃の立場なんてなるものではないと思うのだけどね。
私は一人ため息をつく。
その先は王太后のいる部屋だった。
「遅いわよ!ほんとにこの国の人は頭が緩いのね。正妃でこれなの?だからお前はアレクから目もかけてもらえないのよ」
「ご指導感謝致します」
息子である夫もヤコブも知らない。
他の王妃も知らない。
恐怖の王太后から、現在の正妃に行うご進講という名の陰湿な虐めだ。
結婚して一週間に一度、時には王太后の気分がのれば二、三日に一度行われる。
大体はこの国を貶し、夫を貶し、自分を裏切ったヤコブを貶し、最後に正妃がこんなだから、息子たちは私に歯向かうのだと言い始める。
それをひたすら聞く。
お茶を投げられたこともある。
若い頃は鞭で叩かれたこともある。
だからわかっている。
夫がああなってしまったのも、ヤコブが影に隠れたまま苦しんでいるのも、この王太后のせいだ。
かつては、王太后に同情する気持ちもあった。
だが、彼女は王妃としての仕事も母としての仕事も放棄している。
それが、息子や他の王妃、次の世代に影響を与えてしまった。
「早くマッサージしてちょうだい。ここのベッドは質が悪すぎるわ。ご飯も美味しくないし、まともに口がきける侍女すらいないじゃないの」
「私の指導が至らないためです。申し訳ありません。すぐに準備します」
手には布に包まれた、カリーナが第五王妃に送った練り香水がある。
先ほど、合鍵で証拠保管室に取りに行ったものだ。
近いうちに、証拠隠滅のためリアランス夫人にギフトの中身を消してもらうと報告を受けていた。
リアランス夫人には借りを作ったわね──
私はその練り香水と、マッサージオイルを混ぜる。
もちろん、後でそっと証拠保管室に戻すつもりだ。
「すいません、今日はゆっくりお休みになれるオイルを使用させていただきます。マッサージの滑りを良くするために手袋をつけますね」
賢い子供達が、神殿には多くいるという。
樹脂から色んなものを作り出せる技術をもっているらしいのだ。その中には、樹脂で作れる家具もあれば、日用品もあり、その中に手袋もある。
私はそーっと王太后の体にオイルを伸ばしていった。
「へえ、いい香りじゃないの。この国の人間は、家畜の糞も食べ物も同じ香りに感じるのかと思っていたわ」
「恐れ入ります」
念入りにいつものように一時間ほどマッサージをする。
王太后はその間ずっと文句を言い続けている。
「終わりました。オイルは少し置いたほうが吸収が良いようです。紅茶を淹れますので、少し飲みませんか?」
「そうね、あなたの指導は手がかかるわ。ずっと話し続けるのは喉が渇くわ」
私は手袋を外し、王太后に、そっと紅茶を淹れる。
王太后は、一口お茶を飲み、そのまま、音もなくベッドの上で倒れ、第五王妃が起こした症状と同じになった。
それを横目で見ながら、手袋を暖炉に投げ、灰にする。
私は、練り香水を再び布に包み、すでに息が止まった王太后を見下ろしていた。




