38 貞操ラインはどこまで?
それから、しばらくの時が経った。
「カリーナ姉さんは全面的に自供したらしい。ヤコブがいうには、暴れたり興奮することもなく憑き物が落ちたような感じだったらしい。」
ゲオルクは、私を後ろからぎゅっと抱きしめながら、耳、首筋と唇を落としながらそう話した。
今日からグレイお兄様が、オルランド侯爵家に戻っていった。
更に、第五王妃の調査のため、ヤコブはカリーナ様を離宮に幽閉し、他の職員と聞き取りを行なっている。
私たちは当事者ということで、みんなが出払っているのに留守番。
「誰もいないなんて!かわいい妹の貞操が心配だ!ああ、侯爵家に連れて帰りたい!いや、ずっとは無理でも連れて行く算段をヴァンやマーサと相談するから待っていてくれ!」
そういいながらお兄様が去っていったと同時に、ゲオルクは、待ってましたといわんばかりに、私に犬のようにじゃれてくる。
私としては、ドキドキもするけど、真面目な話をしている最中はやめてほしいけど......
不安を隠すための行動かもしれないから止めていいのか、されるがままがいいんだか?
「第三王妃のことは、やっぱり事故だったのよね?」
「みたいだね。姉さんも幼くて、ギフトの力も弱かったらしいし.......父さんが、第二王妃と大喧嘩を始めたのをみて、第三王妃さえいなければ...そう思って願いを込めてしまったそうだ。結局、間接的に俺のせいだったんだ」
そういいながら、私を求めるゲオルクの力が強くなる。
やっぱり不安の表れかもしれない。
しばらく、様子を見ていると、降り注ぐ軽いキスの嵐だったはずが、いつのまにか私の耳はゲオルクの口の中に入っていたり、軽く噛みつかれたり、押し倒されたり......
ん?押し倒されたり??
ゲオルクの呼吸が私の耳元で聞こえ、首筋には軽く噛みつかれたり吸われる痛みが繰り返される。
彼の手は、顔や首筋だけではなく、私の服の背中のフックに手がかかり、動き始めている。
ちょっと待って!!慰めるはどこまで?
「だ、ダメよ!ゲオルク!!落ち着きなさい!ステイよ!シットでもいいわ。まずは離れて落ち着きなさい!!」
私は慌てて、ゲオルクを私から引き剥がす。
これは、お兄様からきいた、これ以上のことをしたら殴り倒して俺に報告せよという貞操ラインを乗り越えてしまっているわ。
ゲオルクは、軽くチッと舌打ちをした。
「はあ、リリアーナの純粋な心がすでに手折られている。
俺は悲しいよ。今までのリアなら、ヒロインはこのまま俺とハッピーエンドなのに」
ゲオルクはシュンとシットの真似をして、大袈裟にがっかりした声を出すが、私はサラッとそこを流した。
「ゲオルク、話を戻すわ。誰かのせいにするなら、国王様のせいよ。そして、その国王様を追い詰めた王太后様のせい。そして、その王太后様をこの国に追いやったレストニアのせいなの。
だから、あなたのせいになるのは、かなり下だと思うの。でも、あなたも、第一王妃や第二王妃も自分たちのせいだと思ってしまったから第五王妃のことが起きているのよ?」
「そう言われればそうかもしれないが......」
ゲオルクは、再び私の肩に頭をぐりぐりと私に押し付ける。
やっぱり、ゲオルクは、悲しみや怒り、苦しみをうまく言葉で表現できないのかもしれない。
私は再び彼を受け入れてしまう。
お兄様、ごめんなさい。
私は、貞操ラインを何度も超えています。
なんだかんだとゲオルクから触れられることが嬉しいのだ。
私は心の中でお兄様に懺悔する。
ゲオルクは再び、私にところ構わずキスを続けながら、今度は、さわさわと私の衣服の下から太ももを掠めるように指を這わせて行く。
む、ダメダメダメ!
「ゲオルク......真面目に話しているのよ」
「俺も真面目にやってるんだ」
今日はその繰り返しだ。
「でも、第五王妃の時のことは疑問も残るの」
あのギフトは《紅茶を口にしたら永遠の眠りにつく》だ。
紅茶をサーブしたのは私。
「カリーナ姉さんは第一王妃に罪をなすりつけるつもりだったんだ。結果的に君が紅茶をサーブしたから、君のせいにしようとしたみたいだけどね」
ゲオルクが私を愛撫する手は止まり、その部分ははっきりさせておきたいと言う感じに話を続けた。
「といっても、君に敵意はない。君が第五王妃を助けるためにかけだして押さえ込まれた時、俺に渡したアメニティの香りがしたそうだ。俺が本当に大切にしている人だと思って、動揺したと言っているそうだ」
「じゃあ、私のサーブは偶然?」
「そうだ。カリーナから過去の侍女の件で相談を受けた第一王妃は、その様子から、第五王妃にカリーナが何か仕掛けるかもしれないと焦っていた。
だから、いつものお茶会の流れをとにかく予定外に変えようとしたらしい。君をお茶会に招待したこともだし、サーブをさせたのもその一環。ついでに俺のパートナーにするものは、礼儀やマナーがなっているものが新たな不幸を生まなくていいという思いもあって、アピールに使ったようだ」
その第一王妃の気持ちはわからないでもない。
ここで、第三王妃のように貴族の世界に慣れていない人をゲオルクが妻にしたら、ゲオルクにはまた新たな不幸が降りかかりかねない。
ただ......マナーはともかく、身分は偽造で平民以下という問題が残るんだけど。
「第一王妃は、私の素性も知っているのよね?」
「知っている。だが、元々侯爵令嬢というのともあり、意外にもそこは重要視していない。貴族同士を釣り合わせるための結婚なら、養子で身分を整えることもあるからね。」
それは...あくまでも戸籍があってのことよね。
まあ、お前はダメだと言われるよりはよっぽどいい。
「それで、カリーナ様はどうして、助けてくれた第一王妃まで今回巻き込もうとしたの?」
第三王妃のことを庇ってくれたのは第一王妃なのに──
第一王妃は、第二王妃を虐めていたような話はなかったし、お茶会でも二人の関係は良かったと思うけど。
「第二王妃の不安定な立場を慮ったそうだ。
かつて、第二王妃は、正妃に選ばれなかった妃と見られていた。だが、父さんは第二王妃の元で過ごしていたし、社交界でも第一王妃より第二王妃を優遇していたと話していただろう。だから、第二王妃のプライドは守られていたんだ」
私は頷いた。
だが、その関係は第三王妃を迎えることで壊れていく。
ああ、そうか──
「母さんが第二王妃の役割は全て奪っていった。それも平民で、自分より礼儀も学もなかった。認めたくはないけど、俺の母さんが王妃二人を煽っていたこともあって、第二王妃のプライドはボロボロだった。
一方で、第一王妃は、夫の寵愛などなくても正妃の立場は揺るぎない。王宮内の人脈も掌握し、国は第一王妃を中心に回り始めていた。今でも最高の権力を持っているからね」
「それは、第三王妃がいなくなった今も続いているわね」
第三王妃の死後、国王は、第四、第五王妃に対しては、過去の反省からか、そこに愛はなくても大切に関わっていると聞く。
一方で、国王は、第二王妃に何度も謝ろうとしたが、自分のした事を理解するまでに、時が経ちすぎていた。
第三王妃の件で大喧嘩をして以後、第二王妃と社交の場で、国王と連れ立って歩く姿は目撃されていないという。
だから、国王は、第四、もしくは第五王妃を連れて歩くしかない。
政治的な結婚なのに、親子のような歳の差の王妃ばかり娶る愚王と言われ、第二王妃は、ただの寵愛を受けない妃だ。
「だが、第二王妃は、結局王宮で力を持って生きて行くには、第一王妃のような権力か王の寵愛がなければ軽んじられても文句が言えない場面が多くあったようで、苦しんでいたようだ。
第一王妃には感謝しているが、なんとか母を正妃にしてあげられないかと思ったようだね。」
「それは、第一王妃様も第二王妃様もつらいわね。」
二人の間に沈黙が落ちる。
王太后から始まり、国王が妻たちに与えた傷は、子供にまで広がっていた。
第一王妃の息子である皇太子も、一度も自分たちを顧みなかった国王とは一言も口を聞かないそうだ。
ゲオルクもカリーナ以外、他の兄弟とは接点がないという。
「父さんの自業自得と言いたいところだけど、俺もその原因に噛んでいるわけだから...」
そういいながら、再び止まっていた手は、私の太ももの外側からそーっと内側に近寄りつつある。
「く、くすぐったい」
私はゲオルクのその手を押さえる。
「そうそう、私、大切なことを伝えてなかったんだけど.....」
私は顔を赤らめて、ゲオルクを見つめた。
「私、戸籍がなくて結婚なんて無理だったし、人と出会うこともないでしょ。だから......物語しか恋愛も知らないのよ」
「そうだね。知ってる。それが、なんか、またいいんだよね」
ゲオルクは嬉しそうに、私を見つめる。
そして、私が押さえている手を早く再開させたがる。
「でね、物語のハッピーエンドは、告白をして、障害があっても報われ、結婚して、キスをして終了」
ゲオルクはうんうんと頷き、そんなことはどうでもいいという雰囲気で、再び私に唇を這わせる。
そんなゲオルクを私は再び止める。
「なんなの?リア!これから、その後が始まるところじゃん」
ゲオルクがステイは飽きたと騒ぎだす。
「そうなんだけどね、私、出会う必要がないから閨教育もないのよ。そして、物語の続編は、必ず、みんな勝手にいつのまにか子供が誕生しているの」
ゲオルクの手と唇が止まり、唖然とした顔をする。
「で、でもさ。なんとなくはわかるだろう?なんとなく!」
私はうんうんと頷き、じっとゲオルクを見つめる。
「わかるわ。だってお兄様が、ここまでっていう貞操ラインを教えてくれたもの。
でも、それをもう超えちゃったから気になっているの。
ねえ、私もしかしたらもう子供ができたことをしたのかしら?それとも、もっと撫でられたらできるのかしら?」
「えっ、貞操ライン?どこが??.......撫でられるだけで、子供が...」
ゲオルクが突然焦りだす。衣服の下の太ももから手をさっと抜き、目の前に正座する。
「だ、大丈夫。子供は絶対できてない。保証する。ええと、あの......恋愛小説もいいんだけど...官能小説もいいかも...うん、一緒に読もうか?」
「官能.....小説?そんな本は、侯爵家の図書室にはなかったわ」
「うん、大体執務室の戸棚の裏とかにある。ああ、リア、これは俺とリアの秘密ね。二人で読む約束をしたとか、買ってきたとか買ってきてくれとか外で言ったらダメだからね!」
ゲオルクは、私の両手を握りしめて、なぜか
「大丈夫!大丈夫だから!」
と繰り返すのだった。
◇
しばらくして、カリーナ様の聞き取りは終わり、最終的な判断が決まった。
私たちの馬車はカリーナ様の幽閉された離宮に向かい走りだす。
「お疲れ様です。ヤコブさん」
共に馬車の席に座る私とゲオルクをみたヤコブさんは、不思議そうに首を傾げていた。
「気のせいか?ゲオルクがなんかやつれているような...もっと、充実感に満ちた顔つきになっているかと思ったが?ははぁ、さてはお前頑張りすぎ......むごっ」
ヤコブの口を当然ゲオルクが押さえつける。
「ヤコブ、頼むから、頼むからリアに余計なことを吹き込まないように。リアも仕事以外余計なことを聞かないように。いいね」
「わかったわ、あ!もしかして、官能小説のことかしら?大丈夫、二人だけの秘密だものね。誰にも言わないわ」
二人で一緒に読むことや、買うことを言ってはいけないのよね。ふふっ、秘密ってドキドキするわね。
私はニコニコする横で、ヤコブとゲオルクが固まっていることに気付かなかった。




