3 兄との再会
「そうか、リリアーナ嬢、私はゲオルクだ。まあいい。貴族なら、君のことは調べればすぐわかるだろう」
ゲオルクに淡々と言われ、私の身体はびくっと跳ねた。
燃えあがる船は海に沈み、あたりは、ぼんやりわかる白煙へと変わり、焦げ臭い匂いがたちこめていた。
本当にこれでよかったの?
運命に逆らわない方がいいのよ。
私の中で迷いと肯定が渦を巻く。
「あなたは?その、どうして私を助けてくださったの?」
どう聞くのが正解?
でも聞かずにはいられない。
そもそもゲオルクは、なぜあんな場所にいたのだろうか?
「君を追っていた男性の名前は知っているか?」
彼はその問いを逸らし、私に質問を投げかける。
名前と一緒ね。
ギフトのことは言わない。
でも、言える範囲内で嘘もつかない。
私は、震える声で言葉を紡いだ。
「あの人たちのことは何も知らない。昼に迂闊に世間話で、この船に一人で乗った話をしてしまっただけの関係よ」
ゲオルクはそれを聞き怪訝な顔をした後、小さく息を吐いた。
「そりゃ、そうだ」
「えっ?」
「この船は、違法な取引や男女の関係を楽しむための船なんだからな。」
私は思わず口に手を当てる。
「知らずに乗った感じだな。どんなお貴族様だよ。ったく、一人で過ごしてますなんて、襲ってくださいと誘っているようなもんだ。」
私はその言葉が胸に突き刺さっていた。
◇
今日の昼のことだ。
「あなたのことは、誰にも今まで見つからないように隠してきたわ。でも、もう限界なの」
そう言って私にこの船のチケットを渡して来たのは母だ。
「私も、実家にもあなたの存在は伝えてないの。伝えたとしても、きっとお父様は、あなたのことを知らないふりをする。私は認められない子供を産んで、しかもギフトを隠していたことになるわ。」
それは困るでしょう。
そう私に冷たい微笑みを見せた母の顔は、もう私の知っている母ではなかった。
私は、そのチケットを恐る恐る受け取る。
「お父様も離婚した時に、お兄様は後継として求めたんだけどね。あなたのことを引き取ろうとはしなかった。あなたの存在が世間にばれたらお父様だって困るものね」
「私、みんなに迷惑かけないように一人で暮らすわ。どうしたらいい?」
「この船は隣のブロア国行きの船よ。別の国に行って、記憶喪失のふりをするの、そして保護してもらいなさい。そうしたら、戸籍も作ってもらえるわ」
これは自分からは離れてほしいという母の最後の言葉だと思った。
だから母にうなずいた。
これは母の最後の優しさだと思っていた。
この船は、隣国ブロア国への切符のはずなのに!
わたしの凍りつく顔を見て、ゲオルクは
「騙されたんだな」
と呟いた。
だが、実の母親に騙されたなんて思いもしなかっただろう。
「これは隣国行きのフリをした偽装船だ。ここの船のチケットを持つもので意図を知らないものはいない。」
声が遠くに聞こえ、体だけじゃなく心が冷えていく。
「一人だと言えば、キープされていない商品で、嫌だと言って暴れるのも、お互いのひとつの楽しみか、そうされても良いと貴族のお墨付きがあっての乗船だ。助けようとした奴がいなかったのも、まあ、納得だ。」
私が助けを呼ばなかったのかと聞いたのは、私が意図して乗ったのかどうかを確かめたかったからなんだ。
ゲオルクは、最初から、助けなんてないと知って聞いたのね。
「いろんな違法取引がある船だから、潜入調査に入っていたんだ。今夜は一網打尽の予定だったんだがな、予定が狂った」
「それは、私を助けてしまったから予定が狂ったのかしら?」
「まあ、言いにくいが、君を助ける姿を見られてしまったからね。証拠隠滅のつもりかもしれない。主犯格も逃亡ボートで逃げただろう。」
ゲオルクは、腹立たしそうにもう見えない船の残骸を見つめていた。
「でも、目の前で溺れる女性を放置できるほど私は残酷ではないからね」
ゲオルクはふーっとため息をついたが、私は少しその言葉に救われた。
「それは...この船に乗っている人間は私のように騙されて連れてこられているものも多くいるのよね」
今ならまだ結果を変えられるかもしれない。
ギフトの力が頭をよぎる。
「今回の便は奴隷はいない。違法な取引物の方だ」
ゲオルクはキッパリと言った。
「女は愛人探し、男も遊びや君みたいに船に投げ込まれた掘り出し物を引き取って楽しみたい奴もいる。
あの船は表向きは隣国に行くと見せかけて、数日クルージングして戻ってくるそういう目的の船だ。切符も貴族たちの中でも普段から取引しない人以外には売られることはない」
それを聞いて、力が抜ける。
悪気はあったのかしら?
普段から切符を買う人間以外には売られることのない切符。
それはお母様か、身近な方が買っているということよ。
お母様は、私が一生誰かの慰み者になることで生計を立てていくことが私自身の身を守ることになると思ったんだわ。
呆然とする中で遠くから近づいてくる船がある。
「味方の船だ。とりあえずは助かったかな」
ゲオルクの声が遠くに聞こえる。
私は、あまりのショックと、とりあえず助かった安心感で意識が遠のきそうになった。
◇
私は気づけば、服を着替え、温かい飲み物をもらい、ある建物の一室で尋問を受けていた。
「こちらのお嬢さんは?」
「貴族だと思う。リリアーナと名乗った」
ゲオルクは、助けに駆けつけた人たちに、そう告げる。
集まった者は身なりもきちんとして、少なくとも、あの怪しい船の人とは大違いだ。
「どちらの家のご令嬢か伺っても良いだろうか?」
その部屋の責任者と思われる男性が、目の奥を光らせて聞く。
答えられない
その時ーー
「ゲオルク、お疲れ、無事でよかったよ」
そう言いながら扉が開き、室内に入ってきたのは
ーーお兄様!
互いに行動が止まり、自然と視線が絡み合う。
時が、まるで止まったかのような錯覚を覚えたのだった。




