27 制御不能系王妃
第五王妃の部屋の扉が見えてくる。
今日は、行きたくもない母との対決の日だ。
心臓と震えでが同時にくる。
「いよいよだな」
わたしはごくんと唾を飲み込み、小ぶりの送信機付きの真珠イヤリングに思わず手を当てた。
グレイが私の耳元で囁いた。
「リリア、一人じゃない。兄妹で、産みの母親の顔を拝みに行ってやるんだ。」
「そうね。久しぶりにお母様の淑女ぶりを間近で見ようかしら?」
そういって二人でくすくすと笑うと少し緊張がほぐれる。
わたしは大きく息を吸った。
ヤコブチョイスのデイドレスは、相変わらずセンスがいいというかなんというか。
どこで手に入れてきているのかしら?
薄灰色の目立たない、主張しない、貞淑な婚約者を現した抜群のセンスだわ。
その扉が開き、中に進もうとするとグレイが止められる。
「ゲオルク王子からの案内はいただいておりますが、王妃が私的な話をしたいと言っておりますの。護衛騎士の方は前室でお待ちいただけますか?」
その声は......
お母様──
わたしは負けずに母を睨み返す。
「ゲオルク王子が書面で依頼した件で、護衛騎士の同室を依頼は了承されたと認識しております」
わたしは冷静にそう伝える。
「そうはいわれても......いくら公爵家ゆかりの方と言われても、王妃が望んでいないのに、男性騎士を入れたいというのはどうでしょうか?」
感情を表さないお母様の顔に、こちらも無感情でやり返す。
お兄様も無表情で後ろに控えてくれている。
わたしは一人じゃない。
「王子の依頼を了承した旨の返答をしておりながら態度を変えられるような王妃様と、二人でお話しするなんて......それは信用に欠けるのでは?グレイ、帰りましょう」
わたしはツンとした態度で接する。
わたしが望んだ面談でもなければ、そもそも第五王妃と二人きりでの話なんて、第一王妃たちに結託していると思われても困る。
わたしにとっては、何らメリットはないけど、第五王妃が、当て逃げのようなご招待をしてきたから、渋々来てやってるのだ。
わたしがくるっと向きをかえると、遠くから
「リアランス夫人、せっかくだから、息子さんにはいってきてもらったらいいじゃないの」
そう鈴の鳴るような声が聞こえた。
お母様の顔が、一瞬だけ、眉ぴくっとレベルだったが動いた。
どうやら第一ラウンドは、私たちに軍配が上がったようだ。
◇
「ごめんなさいね。一緒に入ってもらうようにわたしは伝えたのだけど、息子さんと一緒に過ごすのはリアランス夫人も恥ずかしいみたい。」
そばで母が完璧なサーブで紅茶を注ぐ。
口にしないでおこうか迷ったが、全く手をつけないのも礼儀違反だろう。
エリザベス王妃が口をつけた後、私もカップに口をつけた。
なつかしい味ね。
かつては当たり前のように飲んでいたのに...
目の前で楽しそうにくすくすと笑うエリザベス王妃の声は、まるで、かつての私だ。違うのは、王妃のゆったりとした大きなお腹。
「ご加減はいかがでいらっしゃいますか?」
「大丈夫、お茶会の雰囲気に予想外に緊張しちゃって。リリアーナ様はすごいわね。第一王妃の嫌がらせに、あんな上手に対応されるんですもの」
「嫌がらせですか?」
あったかしら?そんなもの?
そんな雰囲気ですっとぼける。
そんなもの肯定したら、明日には私が何を言ったと言われるか?怖い怖い。
「ふふ、そういうところが上手なところよね。同年代の方が、ゲオルク様の奥様になるかもと聞いて楽しみにしていましたの。同じ年代だからわかる話や社交界の話をしたかったのだけど......でも...残念だわ」
ちらっとみて、嬉しそうににんまりと笑うエリザベス王妃に薄寒い、腹黒いものが見える。
砂糖菓子のようで、さすが王妃ね。
やっぱり、ただやられて震えているのも、無邪気にみえるのも演技か.....
「残念......ですか?」
「ええ、リリアーナ様とゲオルク様はどうして破局なさったの?」
えっ?
わたしはピクッとこめかみが動き、ゆっくり扇子を口元に当てる。
「どうして......ですか?困りましたね?」
なんのこと?
あのゴシップ写真からついた尾ひれかしら?
肯定も否定もせず、どこからそのような話題になったのかを探ってみる。ただ、ひたすら口元を引き締めて、せつなそうな微笑みのみ残す。
ただ、こんなのお母様にはモロバレだろうけどね。
「ゲオルク王子がリリアーナ様とは上手くいってないので、第一王妃に新しい良縁をお願いしたと聞きましてよ」
その瞬間、ガタンと後ろにいるグレイが動く。
わたしも、血の気が引き、手足の感覚をどこかに置いていったようなスーッと体温が下がっていくような感覚に陥っていく。
しっかりしなさい。
近い将来、その人と仲良く歩くゲオルクをみて平気な顔をしなくちゃいけないんだから──
わたしは、ぐっとこらえて、動こうとしたグレイをスッと手で止める。
「ご、ごめんなさいね。護衛騎士は王子の友人ですの。プライベートなことなので動揺したみたい」
私はそう言いながらも、自分の扇子を持つ手が震えていることに気づいていた。
悔しい......
きっと、エリザベス王妃もお母様も気づいている。
すごく心配そうに、「本当ですの?」と無邪気に聞くエリザベス王妃の声は、ワクワクしているようにしか思えない。
最悪だわ。
ゲオルクとのことを突きつけられると、私にはなんの耐性も出来ていない。
「わたくし...は......ただの...候補です...から」
落ち着こう。
少し目を閉じると、涙が滲みそうになる。
「すいません。ゲオルク様とのことは色々口止めされていて、今は話せないことも多いんですの」
そういうのがやっとだが、滲んでしまった涙と震える手で、明日には、いや今日すでに私との破局は事実だと回るに決まっている。
「そうなのね。ごめんなさいね。リリアーナ様とは仲良くできると思っていたから、ゲオルク様との恋のお話を聞きたいと思っていたのよ」
エリザベス王妃が、「そうよね?」と同意を求める先は、侍女であるお母様だ。
無邪気な微笑みは、鋭い刃となって私を切り刻んでいく。
「せっかくですので、王と王妃様の恋の馴れ初めを教えてくださいませ」
わたしは話をすり替えることしかできなかった。
だが、瞬時にぶすっと不満気な王妃の声に変わる。
「やだぁ、私たちの年齢を考えてみて。恋の馴れ初めなんてあるはずがないじゃないの」
あ.....しまった。
動揺のあまり、地雷を踏んでしまったらしい。
「え..えと、それでも御子も近いうちと伺っておりますし、お茶会でも王からのご寵愛を受けていると伺いましたので」
嘘は言っていない。
ただお腹の子は王の子か?と言われているので、ご寵愛を受けた結果の御子かどうかは知らない。
そして、王はあんな子のどこがいいのか?
若ければいいのかとみんなが文句を言っていただけだ。
「はぁー、なんだかリリアーナ様がゲオルク様に振られた理由が納得できましてよ。何、甘いお菓子見たいな恋愛を想像なさってるんだか?」
エリザベスが、呆れたような声を出しながら、ずけずけと、馬鹿らしいと言わんばかりに私を見る。
どうやら話し始めるとこっちが地、第四王妃と似たタイプに見える。
「私の出産は、王家の忠誠を現す役割みたいなものよ。だから愛とは無関係。もちろん王の子供よ。そうしないとこの結婚の意味がないもの。
ただ、第四王妃だけは気の毒よね。第三王妃が亡くなって、王の気落ちがひどいからって、身分的に釣り合って歳が若いという理由だけで、あてがわれた妃ですもの。」
「そ、そうなのですか?」
私と変わらない歳で、家のつながりのためだけに親子ほど離れた夫婦で愛がなくても、平気な顔でいられる第五王妃。
亡くなった第三王妃の代わりに、王を慰めるために、若くして嫁いだ第四王妃。
たしかに物語のような恋愛を夢見るわたしは、甘いと言われても仕方ない。
悔しさで唇を噛み締める。
エリザベス王妃はその様子を見て、軽くため息をつく。
「あなたって、本当に腹芸が無理なタイプね。ああ、わかった!箱入りタイプね。上品だし、マナーとかは完璧だけど、周りから出し抜かれるタイプよ」
目の前でそう言われたからってシュンとはしないけど、なぜか今度は、お母様のこめかみが今度はピクピクし始める。
どうやら制御不能系お嬢様。
お母様でも手こずることがあるのね。
お兄様を前室で待たせたかったのは、極力このエリザベス王妃の性格を外に漏らしたくないからだったんだわ。
そう思えると少し肩の力が抜ける。
「そうですね。わたしは男女の機微や駆け引きには長けておりませんの。ゲオルク様は物語のような素敵な男性ですし...」
そう、ゲオルクを想像しながら話すと不思議と胸がぽかぽかして、切なさと共に自然と笑みがこぼれた。
「いいじゃない、次の恋よ。リリアーナ様にはもっと素敵な...そうね、その後ろの護衛騎士なんて、リアランス夫人の息子さんなら侯爵よね。いいじゃない。あなた、ああいうのを、優良物件っていうのよ」
エリザベス王妃はしたり顔で、
「リアランス夫人、どう?息子の嫁にわたしが縁組をお願いしてあげる。リリアーナ様は嫁としてはどう?」
そう迫っている。
お母様に初めて動揺が見える。
表向きはうふふと笑ってやり過ごしているが、まぶたのあたりに痙攣が走っている。
あれ?
お母様にやられる予定が、天然系王妃が代わりにやっつけてない?
私は嫁である前に実の娘だし...
箱入りなのはお母様のせいだし......
マナーは完璧でも、カリーナ様たちに出し抜かれるのもお母様のせい。
挙句にはお兄様と私を結婚させろって......
間接的にエリザベス王妃がお母様を攻撃しているわ
思わずおかしくなって、くすくす自然と笑いが出た。
「あら?おかしいかしら?」
「いえ、ですが、わたしの護衛も困っておりますので、勘弁してやってくださいませ。」
わたしがそういうと、エリザベス王妃はつまらなそうに、
「仕方ないわね。まあ、リリアーナ様の笑い声が聞けてよかったわ。そうそう、もしよかったらカリーナ様の練り香水をもらってくれない?元気になれる香りなんですって。妊娠中は笑っていた方がいいからっていただいたけど、お茶会で倒れてしまったでしょ」
エリザベス王妃は、お母様に手招きで持ってくるように伝える。
「勝手にカリーナ様からいただいたものをお渡しするのは...」
そうたしなめるお母様の話などエリザベス王妃は聞きもしない。
「あら、いいじゃない。ゲオルク王子はリリアーナ様に自分のアメニティを分け与えたんでしょ」
「そういうことではございません」
お母様も、声を荒げたりして、だんだんなりふり構わなくなってきたわね。
わたしは呆気に取られつつもそういえば、自分は一度も反抗したことがなかったと気づく。
わたしは、お母様とエリザベス王妃のまるで親子のような会話をぼんやり聞いていた。
明日は祝日なので、12時10分、21時20分の二回更新予定です




