26 ギフトを見る力
ゲオルクがいなくなって数日──
「一人いないだけでこんなに静かになるのね。」
わたしは、寂しさと心細さをぐっと抑えて、なんてこともないようにグレイお兄様に話しかけた。
「あのさ、俺が家を継いだら、リリアが我が家に戻れないかヤコブに相談してみようと思うんだ。前も言ったように俺と偽装結婚して、シルビアの子供を俺たちの子供として後継にしてもいいしな」
グレイは顎を指でポリポリ掻きながら、迷ったように提案してきた。
「何いってるの、お兄様。さすがに実の兄と結婚はないわ」
わたしは呆れたように、グレイお兄様を見つめたが、もちろんお兄様からは、わたしに恋愛感情は全くなさそうだ。
わたしをなんとか普通の貴族令嬢にしてやりたいという思いからの提案のようだった。
「まあ、抵抗あるなら、前みたいに母上の親戚だといって屋敷で暮らしたらいいじゃないか?管理されるといっても、国の思惑に背かなければいいだけだ。きちんと手順を踏んで、我が家に帰って来いよ。」
グレイは片眉を下げて、わたしに必死に呼びかけてくれる。
それだけで、胸が熱くなる。
でも、それでわたしやお兄様は良くても、お兄様に嫁いで来る方は嫌だろう。
「お兄様ってばシスコンだわ。それに、ゴシップ写真に公爵令嬢として顔が出てしまったんですもの。屋敷のものにお母様の遠縁と言ってきたのにおかしいわ。これ以上ごまかせないわよ。」
ゲオルクの幸せを祈ったら、あんなゴシップが出てしまうなんて思わなかった。
でも、あれが別れ話のシーンだと思ってくれたら、この後のカップル解消があっても周囲は納得してくれるわよね。
わたしは自重気味に微笑んで、ふと思いついた。
「そうだ!お兄様にも、わたしのギフトを贈るわ。ゲオルクにも贈ったの。未来が幸せであるように祈ったのよ。そこを激写されてしまうなんて思わなかったんだけどね。」
わたしはそういって、グレイお兄様に抱きつこうとすると、グレイの顔つきが変わり、抱きつこうとしたわたしの手を持ち、首を横に振った。
「知ってたよ。でも、それはダメだよ。」
そして、悲しそうにわたしの顔を見る。
「どうして?お兄様にも幸せになってほしいのに」
「幸せの形はみんな違うからだよ。そのギフトは、幸せを希望しないことが本人の幸せだったらどうする?幸せにならないことを排除しようとしてしまうよ。」
「幸せを...希望しない?」
グレイは頷いた。
「例えば、俺の幸せはリリアが本来得られる立場で、笑顔で侯爵邸に戻ってきてくれることだ。でも、その結果を選ばず、別の人や別の場所でリリアが心から幸せになれるなら、兄としては複雑で幸せではないが、良かったと思える。」
「もし、わたしがお兄様の幸せを祈ったら.....わたしは強制的に屋敷に戻るのかしら?」
「というよりは、今までと一緒で、原因を消すかもしれないね。君は、ゲオルクが幸せであれば、ゲオルクの周りの人や大切なものが消えていいかな?」
わたしはとんでもないことをしたことを、今悟った。
冷や汗というレベルではない大失態だ。
「ど、どうしよう。お兄様、私ゲオルクの未来が明るくあって欲しかったの。辛いことがこれ以上ないようにと思ったの。それなのに...ゲオルクの幸せが.....」
グレイはうんうんと相槌をうっていた。
「そうだね。リリアにとっては、あの日はとても楽しくて、それと同時にゲオルクのことを心から思った日だったんだね。帰ってきた時の顔を見て、今まで見たことがないリリアの笑顔で俺もうれしかった。」
わたしは、涙交じりに頷いた。
「楽しかったわ。ゲオルクはわたしのことをたくさん考えてくれたのよ。わたしができないと諦めていた恋愛体験をたくさんさせてくれたの。
世の中にはたくさん、ドキドキしたり楽しいって気持ちが溢れているのね。その気持ちがとてもうれしかったの。それに、お母様と出会って震えるわたしを庇って守ってくれたのよ。それなのにゲオルクにはつらいことがあったわ。だから...だからゲオルクが、本当に偽装じゃなくて幸せになれたらいいって.....」
焦るわたしに、グレイは頷きながら大きな温かい手で、わたしの頭を撫でた。
その温かさは、責めるものではなく優しさにあふれているのがわかった。
「わかっている。リリア、ヤコブから念を押された理由はわかるかい?
疑似恋愛にも関わらず、二人で過ごした時がとてもドキドキ、楽しい気持ちだったんだよね。そして、彼の幸せを祈り、今はその祈りが彼に悪い影響を与えないか心配しているんだよね。そんな気持ちは本当に偽物かな?」
「えっ.......疑似恋愛でもドキドキ楽しくしてくれたのは、ゲオルクのおかげよね?」
わたしは、頭が混乱する。
「偽装ではないデートや恋愛を、もしゲオルクと出来たら、きっともっともっとドキドキして楽しいと思うわ。だから、ゲオルクがこれから出会う人と本当に...」
そう想像したら、胸がぎゅっと苦しくなる。
あれ?そうしたら、わたしは良かったって、社交界でその人とゲオルクが二人でいるところを見ても、ゲオルクが騙されるぐらい、上手になにもないふりをするって決めてたのよね。
なんで?何で大切な人の幸せをわたしは喜べないの?
「そろそろその感情に気付いたようだね。」
グレイはほっとしたようにわたしを見つめた。
「実はね、俺のギフトは、「ギフトを見る力」なんだよ。見えるだけだから、管理対象ではないんだけどね。
かけられたギフトが見える力があるからこの組織に就職したんだ。」
「そうだったの。だから家には戻らず政府系組織に就職を...」
てっきり両親やわたしと不仲で家に帰りたくないからだと思っていた。お兄様のギフトも、こういった仕事で活用できる少し変わり種だったのね。
お兄様の話を聞きながら相槌を打つ。
「いや、帰ってお前の顔を見ることに罪悪感があったんだ。実は、リリアが生まれた時、リリアの持っているギフトが見えてそれを両親に告げてしまったのは俺なんだ。」
「お兄様が...」
ギフトは戸籍登録の時に、水晶にかざし、初めてわかる。
我が家は侯爵だからその機器を特別に家に取り寄せたのだと思っていた。
「あの時、俺がギフトを見る力なんてなければ、リリアは戸籍を作りに行ってそのままギフトを診断されて管理対象となるはずだった。でも、管理するものが欲しがって悪用するようなギフトだから隠さなければならないと言われて、幼心にそうかと思ってしまった」
「それは....小さい時のことですもの。仕方ないわ。それにね、騙された環境であっても、わたしは屋敷で幸せに暮らしていたのよ。だからそれで良かったとわたしは思ってる」
わたしは心からそう思っていた。
砂糖菓子のような溶けてなくなる生活でも、両親の愛が偽物でも、わたしを心配してくれる人たちはいたんだから。
「デートから帰った日、ゲオルクがリリアにギフトをかけられた内容が見えたんだよね。だから、余計にね。リリアが自分の恋を願いにしなかったことも、ゲオルクや俺の幸せだけを祈ろうとするのもつらいんだ。
俺の幸せは、リリアが本来いるべき侯爵邸で、無邪気にゲオルクに恋をしている姿をみることなんだからね。」
「お兄様...」
わたしは絶句した。
お兄様はずっと自分のギフトでわたしの将来を変えてしまったと苦しんでいたんだわ。
そして、わたしは.......ゲオルクに...恋をしている。
「リリア、君は存在しない子であったとしても、恋愛をしてはいけないことはないんだよ。そして、成就しなくても、素敵な恋はあると思う。俺が侯爵邸にもどっている間にふたりになることもあるだろう。ゲオルクに想いを告げてその恋を終わらせておいで。相手は王子だ。叶わないってわかってるなら、想いも笑って告げやすいだろう」
そう、悲しそうに両眉を下げてわたしの頭を撫で続けるお兄様は、わたし以上に苦しくてつらそうだった。
わたしは、ゲオルクが好き...
だけど、ゲオルクは、わたしを仕事仲間で友人の妹としかみてないわ。
むしろわたしが無遠慮に踏み込みすぎたから、ゲオルクの方から一線引かれたわけだし。
「そうね。お兄様のいう通りよ。『好きでした』って告げて振られて、後で泣いてスッキリする話はよくあるわ......その、心まで嘘にしなくても...いいのよね、あと、謝らないと。とんでもないギフトを贈ってしまったわ。」
ゲオルクはこれから、本当の妻を迎え、本当の家族を得る。そのことをどうか幸せに思ってほしい。
その前に少しだけ、本当の私の心を知ってもらおう。
ゲオルクは、優しいから──
とても、冷たく跡が残らないように振ってくれるかしら?
それとも、極力傷つけないように優しく振るのかしら?
わたしはこの苦しい気持ちが恋なのだと初めて知った。




