24 それぞれの旅立ち
「それなら、第五王妃との面談は俺が護衛としてついて行くのはどうだ?」
部屋に戻るとグレイお兄様が、恋愛小説を買って帰ってきて、私の机の上に置いてくれた。
わたしの顔は自然に綻ぶ。
初めての外出に新しい本、本当にお母様さえ邪魔しないでくれたらわたしは幸せなのに...
そのお母様と第五王妃が何か仕掛けてくる可能性がある。
「うーん、男性だから王妃のお部屋に入るのは難しいんじゃないかしら?」
わたしは、戸惑い気味に視線を彷徨わせる。
「それなら、俺が一筆書いて、第五王妃に護衛騎士の同室面談を依頼するよ。この間のように、何かの罪をなすりつけられてもいけないし、侍女であるリアランス夫人の息子だから、グレイは全く知らない他人ではない。第五王妃にとっても受け入れやすいだろう」
ゲオルクが少し考えながら提案してきた。
「よし、今度は俺とタッグを組む番だな」
グレイお兄様は、ふふっと嬉しそうにしている。
「せっかく長年距離があった妹と気軽に話せる関係に戻れたのに、妹は同居の男といい仲になっちゃうんだもんな。お兄様はさびしいぞ」
そういって、バッグハグの真似をする。
私とゲオルクに対しての当て擦りだ。
「お兄様、何もないのを分かってて嫌がらせしないでください。ヤコブさんなんて、真面目に『君たちの恋は成就しない』とか言っちゃって!
ヤコブさんが、私とゲオルクを偽装させたのに酷いわ」
ねぇ、とゲオルクに視線を送り同意を求める。
だが、ゲオルクの歯切れは悪く、再び何かに悩んでいるようだ。
「ゲオルク、どうしたの?何を悩んでいるの?」
私は眉を寄せて、ゲオルクの顔を覗き込もうとするが、グレイが、ゲオルクに近づけたわたしの顔をぐいっと押し戻す。
「ゲオルク、お前今なんか抱えこんでるだろう」
グレイが、険しい顔でゲオルクを見つめる。
「えっ?そうなの?」
第三王妃が第一王妃から何かされた訳ではなかったことを聞いたこと以外にまだ何かあるの?
わたしは驚いてゲオルクを見つめる。
「抱え込んでないよ。今回のことで色々...自分を見つめ直したいというか.....冷静に...今後のこととか考えたいんだ。だから、母上の遺品...そろそろ片付けようと思ってさ」
突然の報告にわたしとグレイお兄様は言葉をなくす。
でも......そうか──
ゲオルクはやっと次に向かって行こうと思ったんだわ。
ただ、亡くなった時のものもあれば、気持ちが苦しくならないかしら?
「遺品はどこにあるの?」
「母上の部屋をそのまま俺の部屋として残してくれているから、部屋全てが遺品だね。長く部屋を開けてないから、きっと埃まみれなんだ。全然出入りしてなかったからね。」
ゲオルクは苦笑いするが、その笑いすら解き放たれたような、過去のものになっている様子だった。
「そうなの?じゃあ、手伝うわよ。一人で片付けるのは大変じゃないの。それに、あなたを一人にしたくないわ。」
王妃の荷物となると相当量になるはずだわ。
それに、またゲオルクもつらいことを思い出すかもしれないし、ついていてあげたい。
わたしはそう思って声をかけたけど、ゲオルクは柔らかく笑って首を横に振った。
「婚約者候補のリアが一緒に片付けたら、周りからいよいよだと更に思われてしまうよ。荷物の廃棄は王宮の侍女に依頼するし、自分の心の整理も含めてだから大丈夫だ。」
その目は、今まで見たことがないぐらい穏やかで、彼の戦いが終わったことを告げていた。
心の整理──それは第三王妃のことだけじゃないのね。
これから王族として生きていくのか、この今の隠密的な仕事もどうしていくのか考えているのかもしれない。
「そうね。確かにこれ以上噂になったら、ゲオルクの元に本当に来る方に申し訳ないわ」
わたしも微笑み返したが、王子として生きるなら、そういう女性が来る日は近い。
なんだか足元から崩れそうで、今までが何も確約のない幸せだったんだとガクガク震えていた。
私がゲオルクを家族のように思っても、家族じゃない。
ゲオルクは、お母様のことがあって結婚はしないと決めていたけど、これから縁談をきちんと受けたら、本当の家族を今度こそ手に入れられるのだもの。
ヤコブさんの忠告は、お前たちのそれは疑似世界なんだと改めて突きつけられたに過ぎない。
深入りしすぎたんだわ。
兄弟のように、恋人のように、家族のように...
それは本当の関係の人たちが思う気持ちで、偽装関係の私が感じていい気持ちではなかった。
「だから、しばらくこの部屋を空ける。ヤコブには伝えておくけど、今更兄妹二人になることを不安視しないだろう。むしろ、俺との《報われない恋》に落ちることがなくなって安心するだろうからね」
ゲオルクがそう冗談めかして笑うので、笑い返してみたが、今度は報われない恋という言葉とこれからゲオルクが迎える現実に胸が引っかかってしまう。
「そうね。ヤコブさん本当に真剣に怒ってたわ。もしもって、心配してるのよ。そんなんじゃないってわかってるのにね」
わたしはゲオルクを直視できなくなり、グレイに視線を向けた。
存在しないはずの私が仮に戸籍を作っても、それは偽物なのだと念押しされたのは、結構キツかった。
平民のゲオルクのお母様が王妃になれても、わたしは存在しないのだから、平民にもなれない。
お兄様もゲオルクも、こんなに近いのにそれだけ遠い存在なのだと言われているようだ。
「そうか。ゲオルクもお母上のことで整理をつけるんだな。実は俺もリリアの護衛が終わったら、一度オルランド侯爵邸に戻ろうかと思っている。」
「お兄様も?」
わたしは、思わず目を見開いた。
グレイお兄様のこれからのことも、もちろん心配よ。
こっちは、戸籍上は違っても本当の血のつながった兄なのだ。
「侯爵邸で危険な目に遭わないかしら?」
「大丈夫だ。父上とシルビアが正式に離婚することになったんだよ。その後始末もあってね」
「お父様は、その後は?」
お父様は、社交界からは完全に認知症扱いになり、爪弾きにあっている。
ゲオルク王子を怒らせ、そのパートナーである私に危害を加えそうになったというのも大きいらしい。
「父上は静かな場所で療養することを名目に屋敷からすでに離れている。だが、シルビアはそれがつまらないらしくて、激しい喧嘩が更に絶えなくなったそうだ。」
「子供はどうするの?」
出産予定日はもう過ぎているはず。
そういえば出産の話を聞かないが......
「子供は神殿にいれることになった。俺は結婚していないから、将来の相手のことを考えると面倒を見るのは難しいし、父上は......子供に関心があまりない」
グレイは、父が、一度ならず二度までも子供に愛情を向けない事実に怒りを感じているようだ。
「そう......あの...シルビアは?引き取りたいとは?」
「ないな.......実家の伯爵家に連れて帰る提案をしたが、拒否だった。神殿の提案はシルビアの実家からだ。」
わたしは頷いた。
「シルビアは出産できるほどにまだ若いものね。」
グレイも渋そうな顔で同意するが、納得がいかない様子だった。
「父との不貞はシルビアの10代の頃から始まっていた。
初めての大人の男性である父に一時的にのぼせ上がったのか?もしくは奪うまでが楽しみだったのかもしれないな。だが、戻って彼女に声をかける男性がいるとは思えないんだが...」
それを聞くゲオルクが、
「うーん、どうかなぁ」
と首を傾げて話す。
「離婚理由が、相手が認知症で瑕疵のある男性との結婚だったからということで結婚が破綻したなら、まだ、彼女を欲しがる人はゼロではないかもよ。同年代以外の男性もOKだとすでに分かっているわけだからね」
お父様は40代後半。
王や第一や第二王妃たちとまさに同じ世代。
王が若い第五王妃にのめり込むように、シルビアを嫁にしたいこの年代はまだいるのかもしれない。
「それなら、子供は神殿にいく方が幸せなのかもね。
衣食住は保障されているし、神殿で生まれたという戸籍を持って、新しい縁組も多いし、新しい家族も見つかるかもしれないわね」
冷たい判断だと思うかもしれない。
でも、わたしには、そういう道も与えられなかった。
中途半端な愛情で、後からあの愛は嘘だったと言われるぐらいなら、神殿という選択肢だってわたしには残されていたはずだった。
神殿は、学業のレベルも高く、成人してから優秀な子供が養子として取られるパターンも多いという。
「それで、いよいよ俺が侯爵を継ぐ方向で話が動き始めたんだ。後継は俺しかいないし、父上が侯爵の仕事をしないなら、俺がやらないと仕事が滞る」
「それはそうよね」
せっかくお兄様と一緒にいられるようになったけど、これからは本来の貴族としての仕事をすることが増えるのだろう。
この仕事も、本来貴族がする仕事ではない。
「お前もこの仕事を辞めるのか?」
ゲオルクが衝撃を受けたように、私の考えていたことを言葉にする。
グレイも、楽しかった日々は終わりだというように頷いた。
「この立場じゃないと入れない仕事をたくさんしてきたからヤコブから依頼されたら、援護射撃ぐらいは続けるだろう。だが、今までのようには無理だな」
その二人の声は遠くで私の耳に響いてくる。
ゲオルクもお兄様も、いなくなるんだわ...
今度こそ私は本当にひとりぼっちになるのね。
第五王妃の面談の日は近づいている。
そこで、わたしはまたゲオルクの婚約者候補の仮面を被る。
その次の仕事は?
まだゲオルクの婚約者候補かしら?
それとも、違う男性の偽装パートナー?
今度はそのパートナーと、ゲオルクやお兄様が本当の家族を見つけて幸せそうに社交界で笑う姿を見てきちんと二人の幸せを祈れるのだろうか?
《不安があっても、それをおくびにも出さず美しく洗練した動きをするの。》
それが淑女だと教えてくれたのは、皮肉にもお母様だった。
わたしは、最高の淑女になれるかしら?
いえ、なるしかないわね。
二人を心配させてしまうもの。
お兄様やゲオルクが騙されるくらいの最高の淑女を、その時にはきちんと演じるわ。
わたしは、偽装でも私にとって本当の家族だった二人のために、そう心に固く誓ったのだった。




