23 未来への願い
カリーナ様のお店を出てから、私とゲオルクは、手を繋いだままトボトボと無言で歩いていた。
ゲオルクは、まるで子供のように背中が丸くなり、いつもの飄々と何でも楽しげにこなす姿と違い、今にも泣き出しそうだった。
きっとあの日お母様が亡くなった時の気持ちなんだわ。
王宮では、侍女も貴族の娘が多い。
踊り子だったお母様とゲオルクはおそらく肩身が狭かっただろう。きっとお互い励まし合って支え合っていたんだろう。
第一王妃を恨むことで、ここまで生きてきたのかもしれない。それが、恨む相手はいないのだと言われたら......
「ゲオルク......」
わたしは歩みを止めた。
夕暮れになっていた。長い影が2本、石畳の上に伸び、お互いの顔が夕暮れに赤く染まって見えた。
ゲオルクも、力なく歩みを止める。
わたしは、ゲオルクをぎゅぅっと力強く後ろから抱きしめた。
「ゲオルク、私ね、今日初めて外に出て本当に楽しかったの。あなたのおかげよ。外の世界はこんなにキラキラしているのね。あなたが私のことを思って、いろいろ考えてくれたデートだったからとっても楽しかったのよ。あなたはとても優しい人だわ」
丸くなったゲオルクの背中から暖かい体温と肌の弾力と、少し冷たい風が顔に伝わってくる。
「ごめん...楽しい思い出で...終わらせてあげられなかった.....ご...ごめん...」
ゲオルクは、肩を震わせ、その声はまるで風に溶けてしまうのではないかと思うほどか細い。
「ううん、そうじゃないの。あなたに本当に感謝しているって伝えたかったの。
船から溺れているわたしを救ってくれた。舞踏会ではお父様から私を守ってくれたわ。そして、今日はお母様から私を守ってくれた。」
わたしは抱きしめる腕に力を込めた。
どうか思いが伝わりますようにと願いながら──
「でも、今日、わたしは、小さかったゲオルクを守ってあげられなかったわね。
貴方の中の小さなゲオルクは、あの日のまま苦しんでいるのに、どうしてあげたらその苦しみを分かち合えるのかわからないの」
ゲオルクは首を横に振り、私の手に手を添えた。
「そんな...ことな..い。一人で...カリーナ姉さんから...聞かなくてよかっ...た。ぐずっ...くっ」
ゲオルクは肩を震わせていた。
確かに、一人で聞いていたらカリーナ様は、ゲオルクの鬼気迫る雰囲気に怯えていたかもしれない。
そのぐらい、いつもの仮面を被れていないことをゲオルクは気づいていないわ。
わたしは言葉を選びながら、ゲオルクを大切に思っている人はいることを告げることにした。
「わたしにとって、ゲオルクはグレイお兄様と一緒よ。出会った期間は短くても、血のつながりはなくても、本当の家族だと思ってる。そうね、もし貴方にいい人ができたら、きっと私はヤキモチを焼くわ。本当に貴方にふさわしいのかしら?って第一王妃並みの意地悪するくらいあなたの家族だわ」
「そ...それは...最強の...家族だな」
ゲオルクの鼻混じりの声が聞こえ、頷きながら、私はふふっと笑って、額をゲオルクの背中につけた。
「ゲオルク、何もわたしはできないけど、でもどうか貴方の未来に向けて祈らせてちょうだい。」
背中からは、ほんの少し、それはゲオルクも気づかないぐらい微かなカリーナさんのアメニティの香りがする。
たしか本当は、女の子が寄ってくる香りなのよね。
ひとりぼっちのゲオルクを心配して、カリーナさんは、ゲオルクに良い出会いがないかを願っていたんだわ。
私も......願うわ。
わたしは息を吸い、ゲオルクに告げる。
「わたしの求める結果は、あなたの未来の幸せよ。ギフトを未来に向けて使ったことなんてないから、原因となるものすら未知だけど、貴方の過去がこれまで苦しかった分、最高に幸せに満ちている未来があることを願うわ」
ゲオルクはハッとして、一瞬、顔を上げる。
わたしのギフト───それは、自分の願う方向に少しだけ結果を変えること。
わたしの願いは、わたしを大切にしてくれたゲオルクが、未来に向けてこれからは幸せな人生を送れるようになること。
神様、どうかゲオルクの未来をお願いします。
ゲオルクに抱きついたまま祈っても、見た目や周辺に何か変化が起こるということはなかった。
それでも、涙を必死に堪えていたゲオルクが声をあげて泣き始めたので、わたしはそのまま後ろから抱きしめ続けた。
きっと、何も変わらないけど、何かが変わるわ。
わたしは根拠はないけど、そう確信していた。
だって、こんなに泣いたゲオルクの話を聞いたことがないもの。
しばらくして、ゲオルクの震えも、丸くなった背中もなくなり、わたしの手を握り振り向いた時には、すでに周りの景色は闇に溶け込み、お互いの顔はもうはっきりと見えなかった。
「リア......今日はそばにいてくれてありがとう。もう...大丈夫だ。本当にありがとう」
そう私に言った声は、今まで聞いたことがないほど、優しく柔らかいゲオルクの声だった。
◇
「で??どうしてこうなった」
「どうしてこうなったんでしょうか?」
私とゲオルクは二人揃ってヤコブさんに詰められていた。
机の上にはゴシップ紙があり、私がゲオルクを後ろから抱きしめた痴女になっている。
「これって、完全に失恋した女が、別れて去ろうとする男に縋ってる写真じゃないですか?」
わたしは唖然として、そのゴシップ紙を握りしめて、凝視する。ゲオルクの涙までは見えてないようだ。
それにほっとしたら、呆れたようにヤコブがわたしを見た。
「あとは、リリアがゲオルクを襲ってるかのどちらかにしか見えない」
銀縁のメガネがきらりと光り、ヤコブの目の奥が凍てつくような冷たさになっている。
「い、いや、これはリアが俺を慰めようとしただけで......」
ゲオルクが慌ててヤコブからわたしを庇おうとするが...
「リア...ね。ゲオルク、お前たちは偽装カップルなんだってこと忘れてないか?
お前は王子だ。リリアはレストニア国の公爵家が協力しているだけで、公爵家の養女になったわけではない。作った戸籍自体が偽造なんだ。仮に、恋に落ちても、お前たちの恋は成就しないと伝えておこう。」
「.........わかっています」
ゲオルクは、目を伏せて珍しく真面目な口ぶりで答えている。
でも、そんな心配がそもそも無用でしょうに。
「そんな関係じゃないってわかってて言わないでください」
ぶすっとわたしは返答する。
「ゴシップはゴシップだからゴシップなんです。」
わかっているわよ。
偽デートだったとしても物語のヒロインになったような気がして、すごく楽しかったのに、そこまで現実に落とし込まなくったっていいじゃないの。
わたしだって...分かってる。
少し胸がチリチリと痛い。
そんな私の返答を聞いて、ヤコブは困ったように信じていないという顔で小さく息を吐いた。
「更にはもう一つだ。リリア、お前何勝手に仕事を増やしてるんだ?」
そこには蜜蝋で固く閉じられた封筒が開封された状態で、机の上に置かれていた。
「何がわかるか?」
「えっ?何でしょう?」
皆目見当もつかない。
困ったように、わたしはヤコブさんを見つめた。
なんだろう?調査課の解雇通知とか?
何をやったんだろう?首を傾げてみる。
「第五王妃からの私的な案内だ。体調を気遣ってくださったお礼を兼ねてという招待状だ。お前、リアランス夫人から、勝手に案内を受けただろう?」
「お母様から?受けてませんよ!主人がお招きしたいと言っていたのを、きちんと伝えましたからねと言われたけど、いわれただけです」
そう言って、わたしは行動が止まる。
身分の高い王妃からのお誘い。
伝えられた段階で......行きますも同意。
わたしはツーッと額に汗が流れた。
やられた!
再びお母様にやられたわ。
「今度は俺は行けないからな。第一王妃のお茶会は会場が広く、声をかけられることもないから男だとバレない。だが、第五王妃の場合、おそらくはサシで話したいということだろう。その場合の距離感だと、化粧や綿ぐらいで男だと隠せない」
ヤコブは苛立たしげに机に指をトントン打っている。それだけで、静かな怒りが伝わってくるわ。
だけど、私が行きたがった訳じゃありませんからね。
お店の恋が成就する香りで、明らかに動揺していたのは認めるけれど...不可抗力だわ!
「そんなの無理すぎだわ。第五王妃とお母様のタッグを一人でかわせる訳がないじゃないですか!」
私は思わず座っていた椅子から立ち上がる。
カリーナ様の店でも、ゲオルクが庇ってくれたから何とかなったのだ。
「すでに、エリザベス王妃の元に走って行った段階で、リアランス夫人は俺が男だとわかったはずだ。あの場は見逃してくれただけだと思うぞ。次は無理だ」
確かに、一対一で後ろに付かれたら、侍女に話しかける可能性もある。
かといって、一人で行ったら、先日みたいに陥れられる可能性もないとは言えないのだ。
今度はゆっくり話しましょうって、ゲオルク抜きでってことだったのね。
本当にかつて優しかったお母様と同一人物なのかしら?
「何とかならないんですか?何とかして!そうだ!ギフトを使えば....」
わたしはひらめいたとパッと表情が明るくなる。
そして、送られてきた紹介状を握りしめた後......止めた。
だめだわ
それをしたら、お母様と話した後に起きた出来事──ゲオルクがカリーナ様から過去のことを聞いた出来事も消えてしまうかもしれない。
やっと涙を流し過去と決別しようとしたゲオルクの気持ちが変わるのは嫌だ。
といったものの嫌だけど...どうするよ。
ダメだ....わたし.....詰んだわ!
明日、明後日は12時10分といつも21時20分の2回更新をします




