21 恋が成就する香り
「ゲオルク......私たち、ご推薦になってるわよ...」
私は、本日の恋が成就する香りに、くらくらと目眩に襲われそうになった。
「あら素敵、私も恋がしたいわ」
そう言いながら、すーっと伸びる手。
掴むスティック。
恋が......成就ね。トホホ...するわけないじゃないの。
「そんなに、愕然としていてはお顔が周囲にバレてしまうんじゃなくて?」
そのすーっと伸びる手からは聞き慣れた声が聞こえる。
えっ?その声は──
私は、ぞくっとして顔を上げることが怖くなる。
その様子と、声をかけた女性を見たゲオルクは私の異変に気づき、反射的に私を背後に隠す。
思わず私も、ゲオルクの背中のシャツを握りしめる。
お母様──
口に出さなかったのは、過去の訓練の賜物。
「あ、あなたは...エリザベス王妃の......侍女...ですね」
「リリアーナ様、先日は私の主人がご迷惑をおかけしました。」
静かに微笑み、侍女の鏡のようなお辞儀をする母
だが──
目は全く笑わず、ゲオルクに隠れた私を射抜いている。
見えていない。
でも、見られている。
このゲオルクに身を隠されている行動すら──
息を吸おう。
私は、もうあなたの娘ではない。
すーっと息が入ると、先ほどの恋が成就する香りが香ってくる。
「いえ。エリザベス王妃のご加減は落ち着かれましたか?」
私は、守ろうとしてくれるゲオルクに大丈夫だと目線を送りながら、なんとか普通に会話をしようとした。
だが、ゲオルクのシャツを握りしめる手は僅かに震える。
悔しい
勝手に震える手を叩きたくなる。
「エリザベス第五王妃の侍女がここで何をしている?」
ゲオルクはどこから自分たちの行動を見られていたのか気になっているようだ。
「ご存知の通り、エリザベス様は今は香りが体につらい状況ですの。ですけど、カリーナ様のお店には妊娠中でも使える商品も取り扱っていると伺いまして探しにきたところですわ」
「こんな一般人側の店舗にか?」
ゲオルクは、釈然としないといった顔つきで、視線で圧を送り、お母様を問い詰めていく。
「そこはご容赦くださいませ。私自身のものも一緒に買いに来たのです。そうしましたら、素敵な香りを感じたものですから......カリーナ様の香りのおまじないはすごいですわね」
そうしてスッと前に出したのは──
先ほどの恋が成就する香りのついたスティックだ。
それを、軽く薫るようにスティックを振りながら私たちの前に見せる。
ギョッとしたのは、私たち二人。
そんな私たち二人を、まるで嘲笑うかのように、上品に香りを嗅ぐふりをしながら
「素敵な出会いが羨ましいですわ」
にっこり微笑む。
やっぱりお母様は私より数枚上手だわ。
やられて嫌なことが何かをよく知ってらっしゃる。
そこまでされると、むしろ気持ちは落ち着いてきた。
「ええ、情熱的に船上で恋に落ちましたの」
あなたが、誰かの慰み者として生きていけと渡してきた乗船券で出会ったのよと暗に伝えてみる。
「ゲオルク王子も船旅がお好きなのかしら?存じ上げなかったわ」
あの船は、認められない売買や男女の遊びを楽しみたい人たちの船だ。
ゲオルク王子はそんな船に乗るの?と挑発しているのだ。
「いえ、彼女もですが、私も本来なら決して乗ることがない船に誤って乗船してしまい、運命的な出逢いをしてしまったようです。私は一目で彼女の虜になってしまった。」
そんなわけがないだろうが。
リリアと一緒で意志とは無関係に乗せられたんだよと暗に伝える。
更に、ゲオルクは演技がかったように、私の手を握り、その手を自身の口元によせる。
何をする!と私はギョッとするが、ここはその演技にのるしかない。
何が楽しくて、お母様の前でラブラブを演じなきゃいけないのよ!
「リアランス夫人がお美しいのはかねがね聞いていたが、私のリリアーナも、夫人と似て同じぐらい美しいと思わないかい?」
ゲオルクの嫌味が、極めている。
親子ですからね。
私の代わりに、ガンガン攻め立てる。
もしかして、怒ってる?
冷たい冷気すら感じる。
「まあ、お上手に言われますこと。私の主人のエリザベス様が、いつも王から受けている甘い言葉と同じですわ。やはり血は争えませんのね」
母、リアランスも極めている。
私と母が似ていることも、ゲオルクと王の行動が似ていることも、親子であることを絡めて伝える離れ技!
ゲオルクもきっと王と良い関係ではないんだわ。
私を握る手が汗ばんでいる。
その時──
「あら?やっぱりゲオルクね。あらリリアーナ様も。」
後ろから、カラッとした声がかかり、買い物をしていた一般人たちにどよめきが走る。
カリーナ様だ。
しまった。
一気に、周りが
「王子だわ」
「まあ、お忍びかしら?手まで握られて...」
「あの方がリリアーナ様?」
「片時も離したくないのね」
そしてそれが大きくなり、
「私もあの香りが買おうかしら?」
「私も欲しいわ!」
と騒ぎ出す。
わざとね!
わざと大きな声を上げましたね!カリーナ様!
そばにいるお母様がくすっと笑う。
「では、ゲオルク様、リリアーナ様、これで私は失礼しますわ。主人がお茶会ではお話しできなかったので、またリリアーナ様とゆっくり話がしたいと申しておりました。お伝えしましたからね。次はゆっくりお話ができるのを楽しみにしておりますわ」
そう言い、私の顔をもう一度じっと見つめる。
わかってはいた。
だが、その視線の冷たさに、過去、娘に向けた愛情はもうないのだ。
いや、最初から私に対する愛情は演技だったのだと私は悟った。
この中で一番強かで最強の淑女はカリーナ様、私に心理的なダメージをしっかり与えたのはお母様だった。
リアランスはカリーナにもお辞儀をして去っていく。
しかし、次は殺されかけた第五王妃からのお誘いか......
私はお母様の冷たい微笑みが忘れられなかった。




