19【サイド】ゲオルク②
第一王妃のお茶会──
それは、俺にとっては今でも忘れられない生々しい負の記憶だ。
◇
「母上、ここにいて!行かないで!」
第一王妃主催のお茶会がある日、母はいつも心細そうに今にも壊れるのではないかと思うような顔で部屋を出て行く。
そして、帰ってきたら、震えながら俺を抱きしめる。
俺がいないところでは、泣き声がいつも聞こえていた。
それが俺の第一王妃のお茶会の記憶だ。
その声は、今も覚えていて、今回、リリアが帰ってから大泣きする姿が母と重なって苦しくなった。
「大丈夫だよ。もう第一王妃のところなんていくなよ」
そう抱きしめてやりたくなった。
だが、冷静に考えて、自分はただの偽装彼氏にすぎない。
それは実兄のグレイの役目だった。
「行かなければいいじゃないか?あんなところに行くなら、この部屋に俺と一緒にいよう!出て行けと言われるなら俺も一緒にいくよ。俺は母上の味方だよ」
かつての俺は、何度も母にそう言って、出て行こうとする母のドレスの裾を掴んで離さなかった。
でも、優しかった母は、笑顔で首を横に振る。
「ゲオルクの立場が悪くなってしまうわ。お母様も頑張るから、ゲオルクもお勉強頑張ってね」
そう言って抱きしめて部屋を出て行くのだ。
母上が、俺の立場のために我慢している。
そんな立場、俺には必要ないんだ。
だってどんなに頑張っても母上は平民上がりだ。
だから、俺は他の王子や姫とは立場が違う。
でも、それを伝えたら母は悲しむだけのような気がして言えなかった。
父上は王だ。それなのに、母の元に通い詰めの父が、自分の妻からの陰湿ないじめから、母一人守れない。
王妃にしなければ良かったんだ。愛人なら、あんな部屋に呼ばれることはなかったのに。
俺はある日決断した。
まだまだ子供過ぎたのだ。
それがどんな結果になるかわからなかった。
「父上、母上が第一王妃のお茶会でどれだけ辛い思いをされているかお気づきですか?母一人守れない方が、国を守れるのでしょうか」
俺は父が母の部屋を訪れる夜にあわせて、部屋に突入して直談判したのだ。
父であっても王に意見するなんてとんでもないと周囲から怒られるし、しばらくは謹慎。
けれども、その謹慎はとんでもない出来事で破られることになる。
直談判した次の第一王妃のお茶会で母が突然倒れたのだ。
口から泡を吹いて倒れたというから毒ではないかと疑った。
だが、結局何も証拠はなく、病死ということになった。
母は俺の前で二度と笑いかけてくれることがない状態で帰ってきたのだった。
その時の、母の体の冷たさと、腐臭を防ぐハーブの香りが、今も俺の頭の中に残っている。
「俺が...俺が言わなければ!なんとかしてくれって父上に言わなければ母上は殺されなかったのに......」
嘆き悲しみ、憔悴し切った父を見ても、母を守れなかった男としか思えなかった。
いや、自分も同じだ。
「第三王妃のことは、私の開いたお茶会での出来事で、私にも体調に配慮出来なかった責任があります。ゲオルクは私が面倒を見ます」
状況的に母を殺したとしか思えない第一王妃が俺を引き取ると希望していると父から伝えられた時──
「第一王妃が俺の面倒を見る?とんでもない!顔すら見たくない。」
声をかけた父上に俺は怒りをぶつけた。
父上は俺の頭を撫でて「わかった」と一言答えた。
それが、俺と父の最後の二人きりの会話だ。
俺は、寄宿舎付きの学校に入れてもらい、王妃たちとは関わらないようにした。
身の回りのことやマナーなど王族として最低限のことは父が必要な使用人や教育係をつけてくれたので、恥をかくこともなかった。
そして、長期休暇中に父から預けられたのがヤコブだ。
しかも、俺以上に曰く付きの身分だった。
ヤコブのギフトは、毒を消すことができる力──
もし、母が飲まされた毒を証拠隠滅したのがヤコブだったら?
だが、長い付き合いの中で、ヤコブへは疑いより信頼にシフトしようとしていた。
そうであって欲しくないと願っている。
だから俺は、学校を出てから、ヤコブの元で働けるように父に頼み込んだ。
王位継承には、俺は関わることはない。
妻を持てば、その妻は王妃たちから逃れることが出来ない。
だから結婚はしない。
後継も不要だし、身分もいらない。
ヤコブの元で働くことは、多くの王族の義務と引き換えにする取引だ。
危険は伴うが、高い身分でなければ出入りできない調査を俺は担当することになった。
◇
そんな俺が、ガツンと久々の衝撃を受けた。
お茶会の後、リリアがアメニティの香りの突き上げで、大泣きしている姿を見て、責任を取らないとダメかな?と渋々思った俺は馬鹿だった。
「ゲオルク、あなた、自分が王族の優良物件だと勘違いしてないかしら?結婚にもれなくあの王妃たちと娘たちがセットでついてくるのよ?ついでにいうなら、第五王妃にはお母様がね。膝をついてお願いされても、あなたと結婚は、い•や•よ!!」
あんなに妻は不要と決めて過ごしていたのに!
結婚していただけないでしょうか?とお願いしても断られる立場だったとは!
なんだかんだで、必要な舞台は王族として顔を出すから、周囲からチヤホヤされすぎていた。
母の身分が低くても王子の俺の元には結婚の打診が絶えない。
だから、本当に俺は、不良債権もいいところの物件だとリリアに言われるまで、忘れていたのだった。
泣き続けるリリアと母が重なった。
しかし、同じ泣きでも、リリアはヤコブにお茶をいれさせ、俺が買ったチョコレートはしっかり食べ、俺の渾身のプロポーズをあっさり蹴り飛ばす逞しさだった。
しかも、その後、落ち着いて聞いていけば、お茶会では、どんな物語のような嫌がらせが待っているのかワクワクしていたという。
「物語でも知らない女の香りがするわ!ってヒロインが恋人の心変わりを知るシーンがあるのよ。それなのに、香りを想定していなかった私は痛恨のミスだわ」
そう言いながら、風呂のアメニティのボトルを開けて、鼻をくんくんさせている。
みんなのお茶のサーブをしろと格下だと扱われて、更には、毒殺犯に仕立てられそうになったのだ。普通は蒼白だ。
それなのに、そんなヒエラルキーや嫌味とかどうでもよくて、ショックなのは俺と一緒の風呂を使っているとみんなに思われたことだなんて......
しかも、それを指摘したのは第一王妃ではなく、唯一俺とは関係のいい、第二王妃の降嫁したカリーナだとは──
その後カリーナに真意をきくと...
「あら?リリアーナさん、そんなにショックを受けてるの?じゃあ、あなた早く責任取らないとね。
ふふっ!援護射撃してあげたのよ。ゲオルクはそんなことでもないと、結婚に踏み切れないんじゃないかと思ってね。今度はもう少し情熱的な香りにしましょうか?」
カリーナ姉さんも全く悪びれない。
それどころか、俺の援護射撃だと?
カリーナもリリアも母とは違う。
王家に嫁ぐ女はこのぐらい逞しくないと、やっていけないのかもしれない.....
って、俺リリアを嫁にすることを前提にしてないか?
いやいや、膝つかれてもあなたとは嫌といわれたんだが。
彼女が嬉しそうにしている姿を見ると、母にしてあげられなかったことを叶えてあげたような気持ちに陥るんだ。
あの頃無力だった罪悪感が少しだけ消えるような...
俺はそう心の中で言い訳する。
やばい。
今度のデートは汚名返上だ。




