18 お茶会の記憶
「泣くな、リリア。どうしてもダメなら、俺と偽装結婚してまた侯爵邸でみんなと暮らせばいいじゃないか。跡取りは養子をもらおう」
グレイお兄様は、帰ってから泣き続ける私を抱きしめながら、どうやって慰めたらいいかと困惑している様だった。
ゲオルクも、帰ってきて無事だったことに安堵したと思ったら私がずっと泣き続けるので、ヤコブから起こった出来事の一部始終を聞いたらしい。
ずっと、懺悔の様に私の目を冷やし続けながら、なぜか私以上に蒼白だった。
「よく頑張ったんだがなあ。まさか伏兵にやられるとは思わなかった」
ヤコブは、まさか第二王妃の娘から香りを嗅ぎつけられると思わなかったらしい。
「いいの。もう結婚は諦めてるわ。戸籍を作ってもらったと言っても偽の戸籍ですもの。ただ、悔しかっただけよ。第五王妃が退場した後は、すっかり油断していた自分にね」
どのみち、外の世界で生きられなかった段階で、普通の貴族女性の様には生きられない。
ただ、もし好きな人ができた時に、相手に過去、深い関係がある人がいたと誤解されるのはつらい。
「そんな俺のせいで.......結婚を...諦めるなんて。そ、それなら、俺が責任を...とる」
ごくっと唾を飲み込んで覚悟を決めた様にゲオルクが話すと、私はやめてくれと叫んだ。
「ゲオルク、あなた、自分が王族の優良物件だと勘違いしてないかしら?結婚にもれなくあの王妃たちと娘たちがセットでついてくるのよ?ついでにいうなら、第五王妃にはお母様がね。膝つかれても、お願いされても、あなたとは、い•や•よ!!」
第五王妃の震えっぷりの理由がわかったわよ。
あの恐ろしいお茶会で間違いなくターゲットにされるのは、若い第五王妃だ。
母親の力が弱い王子の婚約者候補ですらこんな目にあうのだから。
しかも、王の寵愛を受けているのも第五王妃なのよね──
「まあ、毒が盛られるお茶会なんていやだよな」
グレイも、それを聞き、当然という顔で見るが、ゲオルクの蒼白感はより強くなり、ずーんいう音が聞こえてきそうなほど落ち込んでいる。
あっ、そうか。
ゲオルクのお母様は、お茶会で毒殺されたんだったわ。
流石にゲオルクがなにかしたわけじゃないものね。
私は、目でグレイに、それ以上言わない様に諭す。
「とにかく、私は、王妃たちとその娘にしてやられたのよ。やっぱり毒を盛ったのは、第一王妃なのかしら?」
私がお茶会に行っている間にゲオルクがチョコレートを買ってきてくれたらしい。
少し悔し涙も止まって、目をしょぼしょぼしながら箱を開けると宝石のような一口大のチョコレートが並んでいる。
それを見るだけで思わず、うわぁと口角が上がっていくのが自分でもわかった。
「美味しそうだわ。撤回よ。少なくともゲオルクは女心のわかる素敵な男性だわ。きっと、第一王妃にザマァできる様な女の人を好きになったらあなたはいい夫になるし、王妃たちも大喜びだと思うわ。
あっ、ヤコブさん、ぜひそのメイド姿でサーブをお願いしたいです」
ざまぁできる女って何??
そんなゲオルクの呟きを無視して、私はドレスの皺を直した。
もう、大好きなチョコレートをやけ食いだわ!
帰って早々泣き出した私は、ドレスもグジャグジャで、着替えてないし、ヤコブもメイド姿のままだ。
「仕方ないわね、今日だけよ」
ヤコブは本日使うことがなかった女性声をわざと出して、目の前で、お茶の準備をする。
「あの時のワゴンには、すでに熱されたお湯と、茶葉、シュガーボールとミルクポット、クロス、ティーストレーナーだったか?」
「ええ、カップやお皿、スプーンは最初から置いてあった」
私も、顎に指を添えながら、あの時の様子を思い浮かべる。
ワゴンの上は、どこの家も大体配置は同じ。
「第五王妃は、ストレートティーだったの。砂糖は頼まなかった。ミルクは、ワゴンに用意してあったけど、小さなミルクポットが各自置いてあって、私が淹れることはなかったわ。」
ヤコブが、美しい手つきでお茶をサーブしながら、私の前に出してくる。
ふわっと白い湯気が天井に向けて溶け込んでいく。
わたしは、それをそのまま飲んだ。
ホッと体の緊張が解けていく。
「お茶菓子には手を付けず、第五王妃はミルクだけを入れた。カップかミルクだか、ミルクポットは銀だったからな。とりあえず触れて解毒したが、銀に変色は見られなかった。
変色しない毒か、カップに付着していたかだろうが、俺は解毒はできるギフトはあっても、毒がどこにあるかはわからないんだよ。」
「私が、変えたいものに触れないといけないのと一緒でギフトって万能じゃないんですよね」
ヤコブの話を聞いて頷きながら、私はそのまま、ゲオルクが買ってくれたチョコレートに手を伸ばす。
美しい何層にもなったチョコは、口に入れた瞬間、ほろりと溶けて甘さと苦味が広がっていく。
んーっ!幸せだわ。
王妃のお茶会では、毒で倒れた第五王妃を見た後だけに、お菓子を食べる気持ちにもならなかったもの。
「私たちが来た時には、全員着席済み。毒を仕込むことは、誰にでも出来たんじゃないかしら?だって、それぞれの王妃に仕えるのは、みんな王宮の侍女だもの。買収されるか脅されたら一緒に準備するフリをして、カップに毒をつけることも可能よ。」
それなのに、カップに触れることもない、お茶をサーブしろと命じられたのすら予想外だった私が疑われたんだから勘弁してほしいものだわ。
甘いチョコレートと温かい紅茶は、予想以上に心が凍りかけていたものを溶かしてくれた。
「リリアもエリザベス様も無事で良かったよ」
ゲオルクが呟く様に言いながら肩を落とすのを、私たち三人は顔を見合わせながら見つめた。
誰よりも、私よりもゲオルクのダメージが大きい。
「ゲオルク、アメニティの香りの話を上手くかわせなかったのはあなたのせいじゃないのよ。私が自己嫌悪に陥っただけよ」
「トラウマなんだよ。第一王妃のお茶会から帰ってきた母は、いつも落ち込んで塞ぎ込んでいた。声をかけても、無理して笑うのがつらくてさ。」
「たしかに、お茶を淹れた時には、第五王妃も震えていたわね。可哀想に。いつも虐められているのね」
ゲオルクのお母様の話も上がったが、あんなふうに亡くなった今でも蔑まれる立場であることは心に秘めておくことにした。
第三王妃が王から寵愛を受け嫉妬されていたとしても、結局はその後、二人の若い妻を娶ったのだ。
王の戯れとしか思えない。
「一応、第五王妃も公爵家の令嬢なんだがな。やっぱり第一王妃と第二王妃にかかると、赤子の様なものだ。そういう点では第四王妃やリリアにお眼鏡がかかる理由もわかる。」
「お、お眼鏡にかかってないわよ。やめてほしいわ」
私は露骨に嫌な顔をして、とんでもないという顔をヤコブに向ける。
「でも、不思議なのよね。第三王妃までは年齢も同じくらいだから競い追い落とす関係はわからないでもないの。
でも、第四王妃以降は彼女たちからしたら子供だわ。毒を盛ろうとするかしら?」
「いいところをついているな。」
ヤコブは、私の反応を楽しんでいる様に笑っている。
「あら?もう誰が毒を盛ったか想像がついてるの?」
私は驚いてヤコブを見る。
「そんなの、第一王妃以外いるはずないだろ」
投げやりな声でゲオルクが叫ぶ。
彼の中で、第一王妃は悪なのだ。
でもそんなあからさまなことをするかしら?
「俺は第四王妃、もしくは最悪のシナリオは...第五王妃の自作自演の可能性もあると思っている。第五王妃には、リアランス夫人がいるんだぞ。リリアが、毒を飲んでも助けに来ることは予想がつくだろう。お前があの船から助かっている段階で、メイドの俺が普通のメイドじゃないことだって想像ついているだろうからな。」
まさか?
あの弱々しい、明らかにあのお茶会の中でヒエラルキーが下っ端で震えている王妃が?
「そんなことをして第五王妃は何が得するの?」
「お前のサーブはイレギュラーな出来事だ。第一王妃に毒殺されそうになって、御子を流されそうになったとなれば、まず第一王妃失脚を企むことができる。
第四王妃は身分が自分より下。そうなると、敵は第二王妃だけで王子は一人だけになる。やったとしたら、実家の指示だろうが...恐ろしい世界だよ」
さらっとヤコブは話すが、登場人物がみんな怪しい状態になってしまったじゃないの!
「恐ろしい世界に思いっきり片足突っ込んだのはいいんですけど、ちゃんと王室からの退場の仕方も早めに考えてくださいよ。
今回はゲオルクのチョコで手を打ちますけど、次はヤコブさんのおごりですからね」
私はヤコブを睨みながらも、ポリポリとチョコレートに手を伸ばし続ける。
あまりの話の衝撃に、ゲオルクからのチョコレートはすでに残りが少なくなっていた。




