17 王妃たちの真意
急いで第五王妃に触れて、毒を飲む前の状況に戻さないといけない。
だけど、王妃に触れたら原因もうまく消えてくれるかしら?
またサーブするところから始まったら、どうしたらいいのだろう?
迷いながらも、とにかく王妃に触れて結果を変えようと考える。
だが、
「第五王妃に近づけさせないで!」
「リリアーナ嬢が第五王妃に毒を盛ったわ」
叫び声がする。
第一王妃は、席から離れることもなくそばにあったベルを鳴らす。
「衛兵、リリアーナを取り押さえなさい」
叫び声が聞こえたと同時に、私はガツンと床に叩きつけられる。
「何をなさるの?離して!」
「その人が犯人よ!」
「エリザベス様!しっかり!しっかりなさって!」
お母様が、第五王妃の体を揺さぶっているのが視界にうつる。
その時、ヤコブが目にも止まらない速さで、第五王妃に駆け寄り触れる。
唇から泡を吹いていた第五王妃は、むくっと起き上がり
「あら?一体どうしたことかしら?」
目をぱちぱちしながら、起き上がったのだった。
◇
結局、侍医が診察して、第五王妃は毒による痕跡はみられないし、妊娠中によくあるただの貧血だろうということになった。
ヤコブさんが触れたので、第五王妃も、食器や砂糖、ミルク、全てのものは解毒された。
よって、体調を崩す原因の毒となる証拠のものはなし。
「妊娠中はよくあることだわ。お大事になさってね」
周囲に見守られながら、第五王妃は退室した。
紅茶を飲んだと同時に、不運にも意識を失ってしまい、リリアーナは誤解されたのだろうということになったのだが......
「突然の事態が起きたからって、第五王妃の元に走るなんて。はぁ、やっぱりゲオルクの選ぶ人は野蛮ですこと。侍女も、主人じゃなくて、別の王妃の心配に走るなんて、あなた主人としても認められてないのねえ」
第一王妃が嫌味を投げかけると、周囲からもくすくすと笑い声があがる。
人を犯人扱いして叫んだ人たちがよく言うものだわ。
いらっとして、こめかみが動くが、絶対に表情に出すものか。
私は小首を傾げながら恥ずかしそうなふりをする。
「失礼いたしました。私の愛するゲオルク様は、何をおいても人命を大切にせよと言われる方ですの。つい、私も侍女も同じように動いてしまいましたわ。」
私も、第一王妃のように、扇子を最大限に利用して、口元を隠す。
あとはいびられるだけだ。
我慢!!
覚悟を決めて、腹に力を入れる。
お母様の前で嫌味を受けたら流石に泣いちゃうかもしれないけど、ここに残る人たちは、私には縁もゆかりもないまま終わる人たちだもの。
さあ、好きにしたらいい──
と思いつつ、扇子でふんっと開く鼻の穴を隠しながら、腹に力を入れる。
だが、私は密かに、『事実は小説より奇なり』っていうけど、どんな嫌がらせがあるのかしらと実は心の中でワクワクしていた。
もう第五王妃のことは考えなくていいし、毒をもう一回仕掛けるとは思えない。
だが───
「あら、仲睦まじいこと。うふふ、私リリアーナさんのことが気に入ったわ。もう少し、ゆっくりあなたとお話ししたくなったわ。みなさん、今日は第五王妃のおかげで、出鼻をくじかれてしまったわね」
第一王妃は、面白くなさそうに第二王妃に同意を求める。
どうやら素直にしゅんとしてないので、話題を移したらしい。
「第五王妃はダメね。若い以外取り柄がないんでしょうね。せっかく公爵家から久しぶりに妃がきたというから楽しみにしていましたのに」
顔を顰める第二王妃も、お母様ぐらい?
40代後半から50代前半?
第一王妃よりは、見た目はふんわりした雰囲気で、すごく優しそうに見えるが、コレは見た目だけで、絶対優しくない空気がする。
というか、お茶に何かがと叫んだのは第二王妃のあたりじゃなかったかしら?
笑顔の裏の腹黒さに、ぞわっと薄ら寒いものを感じる。
「そういえば、エリザベス様の侍女にリアランスさんがおられましたわね。相変わらずの美貌だこと。第五王妃はお若いけど、リアランス様をそばに置いたら、霞んでしまうんじゃないかしら?」
「リアランスさんほど美しい方がいても、オルランド侯爵みたいに若い子に飛びついてしまうのよねぇ。まあ、ボケておられるということだから、妻と愛人の顔すらわからなくなってしまったんでしょうね」
くすくすと、第一、第二王妃は笑う。
私はお父様やお母様の名前が出てどきっとする。
そういえば、ヤコブさんが、母は社交界で話題を攫うので、同年代は煮湯を飲まされたと言っていたわね。
この二人は、ほぼドンピシャな年齢だ。
この第一王妃と第二王妃の話をただ頷くでもなく、明らかに退屈そうにしながら聞くのが第四王妃だ。
30代後半ぐらいだろうか?
思わずギョッとして顔に出そうになる。
コレはコレでなかなか肝っ玉が座っていらっしゃるわ
「アルデリア、あなた相変わらずね。」
第二王妃が、露骨に嫌そうな顔をする。
もう、これはこれで関係性が出来上がっているのだろう。
「正直リリアーナ様に興味があっただけですもの。お二人の昔話を聞いてもわかりませんわ。エリザベス様も子供すぎて......話し相手にもなりませんし。リリアーナ様と大して年が変わらないのでは?息子の婚約者候補と変わらない歳の娘を妻にするなんて王もお元気ですこと」
今日のお茶会には、第一王妃や第二王妃の娘も参加していた。
確かに、第五王妃よりも年が上だろうと思われる娘の姿がある。
「本当ね。お父様がお元気なのはいいことだけど、流石に娘としてはね」
「でも、ちょっと噂になっているじゃない?お腹の子はお父様の子なのかって」
「だとしたら、お相手は誰かしらね?」
みんなが好き放題騒ぎ出した。
もうマナーもへったくれもないわね。
王宮マナーが泣くわよ。
私は、肯定も否定もしない顔で、ただ話が行き交うのを眺めていた。
この中で圧倒的な力を持つのは第一王妃と第二王妃──
第五王妃に危害を加える機会があるのは第一王妃よね。
誰もティーカップにも、ワゴンのものにも触れていないんだから。
でも、第五王妃なんて、第一王妃からしたら敵にすらならない気がするけど。
第四王妃の方がまだ、若くて、自分より身分の高い公爵家出身の第五王妃に対して面白くない気持ちを持っている気がする。
私の敵にすらならないといった顔をしているけど、家柄もこの中で一番下になる。
ただ、第五王妃と第四王妃は接触機会はなかったわね。
そう思いながら、そーっと参加者の顔ぶれを見ていく。
その時、今まで言葉を発さなかった第二王妃の娘に、第一王妃が声をかけた。
「そういえば、先日いただいたカリーナの練り香水はとても良かったわ。顔色がよく見える香水だったわね。つけていると、香りもいいし体も暖かい気がしたわ」
「恐れ入ります。王妃様が気に入っていると伝えたら、一気に周りの方から要望が増えそうです」
カリーナと呼ばれた女性はにっこりと微笑む。
「私はこれからいいご縁がある香水をいただいたのよ。お母様。私にも効果があるかしら?その時にはご報告するわね。楽しみだわ」
第一王妃の娘も嬉しそうに笑う。
第四王妃も、カリーナの香りのファンなのだろう。
「私もカリーナ様の練り香水をつけると、化粧のノリがよくなりましたのよ」
今までの退屈そうな顔と違い、そう伝える声に嬉しそうにしている様子が見える。
カリーナは他の王妃や姫とはまた違う気品があった。
背筋が伸びて、はっきりした顔立ち、スタイルの良さに他の女性にはない強い空気を感じる。
貴族女性の憧れを形にする仕事をしているせいか、肌も白く陶器のようにツルっとしている。
ゲオルクが言っていた作香師のお姉様ね。
やっぱり働く女性は洗練されているわ。
私や周りの夫人のような世間を知らない雰囲気と違い、少し冷淡にも見えるさっぱりした媚を売らない雰囲気に、好感が持てる。
姫君のギフトの力を使った香りの商品なんて、私も欲しくなるもの。
ゲオルクとのデートはカリーナ様のお店も組み込んでもらおうかしら?
「それに、もう一つ人気が出そうですわ。ゲオルクにあげたアメニティの香りが、リリアーナ様からもするのです。不思議ですわね」
そう言って、カリーナはにっこり私に微笑む。
それはするでしょうね。
だってゲオルクがお風呂に置いているアメニティを私も一緒に使わせてもらってるんですもの。
ん?
んん!!
それって......
同じお風呂を使ってますって言っているようなものだわ。
まずい!まずいわ!
共同生活のことは誰も知らないんだった。
私は、さーっと顔色が変わり、指先が震える。
このパターンは考えていなかった。
「あら?まあ!リリアーナ様、早めに責任をとってもらわないといけませんわね。あらあら、仲がいいのは何よりだけどねえ。最近の若い方の貞操観念には不安が残りましてよ。本日初めてリリアーナ様が動揺しているお顔が拝見できて満足だわ」
嬉しそうに第一王妃の赤い唇がにっこり上がる。
「い、嫌ですわ。ゲオルク様の香りに包まれたくて、無理を言ってアメニティを分けていただきましたの。恥ずかしいですわ」
私は動揺しながら、なんとかやり過ごす。
「あらそうでしたの?第五王妃の話があったから、つい下衆な勘繰りをしてしまいましたわ。」
がっかりした顔の第二王妃だが、その目は全く信じていない。
しくじった。
どのみち偽戸籍の私には結婚や恋愛はかなわない夢だと思っていたが、独身貴族女性としてはあるまじき失敗をやらかしてしまった。
ゲオルクの婚約者候補を演じているだけでも、本来アウトなのに、これで一線超えた女になってしまったじゃないの。
瑕疵のある女の完成だわ。
もうお嫁に行けない。
寄ってこようとする男性だっていないわよ。
決定だわ。
扇子を持つ手がプルプル震え、第五王妃みたいにいっそ倒れたくなる。
初のお茶会は幕を閉じたが、第五王妃の件でも活躍の場もなく、完全に私にとっては大失敗に終わったのだった。




