16 仕組まれた罠
「そうなの?いろんな音が聞こえるなんて眠れなくなりそうな力ね?」
ゲオルクの申し訳なさそうな顔を見て、なんで嘘をついたのだろうと一瞬考える。
そういえば、盗聴された時に、ピアスで会話やトイレ、全てを管理されるのだと思った私が自暴自棄になったんだったわ。
「あっ!」
思わず口に手を当てる。
すっかり共同生活も長くなって、音なんて気にしなくなっていたわ。
というよりも、演技とはいえ、社交界のあのデレデレの密着度合いのほうがよっぽど恥ずかしいわよ。
「い、今は全く気にしてないわよ。もしかして気を使わせたのかしら?」
「それもあるが、盗み聞きされているかもと思うのは気持ち良いものではないとわかっている。ただ、初日に、君が信頼に足りるかどうかを警戒していた時以外はギフトは使ってない。本当だ」
ゲオルクは、ずっと気にしていたのね。
自分のギフトだって、彼らから受け入れてもらえたから良いけど、気持ち悪がられたらきっと私も塞ぎ込んでしまうわ。
ゲオルクが私の顔をずっと心配そうにみているのを感じて、なんだか可哀想になってきた。
「大丈夫よ、もう、ゲオルクもお兄様と一緒に過ごして結構経つんだもの。家族みたいなものだわ。」
「すまない! 俺も知ってたのに、訂正するのをすっかり忘れてた」
グレイお兄様も、慌てている。
だが、こっちは反省してもらわなきゃね。
忘れる前に伝えて欲しいわ。
「ゲオルクは言いにくいのはわかるからいいわ。でも、お兄様の言い忘れはダメよ」
私はツンと、グレイお兄様から顔を背けた。
そうだわ!
ここは、せっかくの機会だから罪悪感につけこまないといけないわ。
私は、再びくるっとお兄様とゲオルクを見る。
「そうね......ヤコブさんが許してくれるなら...この件が終わったら、お兄様の奢りで外で美味しいものを食べてみたいわ。そうしたら許してあげる。だって、生まれてからまだ一度も、自由に外に出たことがないんですもの」
「えっ?外に出たことがない?」
ゲオルクとグレイは、そういえば...と顔を見合わせて目を丸くする。
二人とも、私が本当の箱入りだってこと忘れてるんじゃないのかしら?
色々忘れすぎだわ?
「そ、それなら、人の目もあるから俺も行こう!俺が奢る。」
ゲオルクが慌てて、その話に飛びついてくる。
「そう?確かに、あなたが婚約者候補なのに、グレイお兄様と一緒だったら変な噂が立ちそうね。じゃあ、お兄様には、本を買ってもらおうかしら? 恋愛の小説がいいわね。
ゲオルク、約束よ。頑張って生きて帰ってくるわね。ふふ!外の世界を歩けるなんて!楽しみだわ」
思わず手を叩いて喜ぶ私に、ゲオルクは眩しそうな目で微笑んだ。
「ああ、必ず。初めての街歩きを、最高に素敵なデートにしてみせるよ。気ををつけて」
そのゲオルクの微笑みに、私はやったぁと思いっきり頷いた。
◇
いよいよだわ......
ごくっと息を呑み込んで、大きく深呼吸する。
私は、リリアーナ公爵令嬢を演じ切る。
目の前のお茶会の部屋の扉が音もなく開いた。
第一王妃から声をかけられた後、
「本日はお招きいただき光栄に存じます」
私は招待のお礼を言い、静かにカーテシーでご挨拶をする。
ここまでは完璧なはず──
そっと第一王妃の観察に入る。
第一王妃は、お母様より少し上ぐらいの歳だろうか?
40代ぐらい?
上品なブロンドの髪をうまく襟足でまとめ上げている。
美しさが冷たさに変換されて見えるのは......きっと、気のせいじゃない。
眼光は鋭く、今もビュンビュン飛んでくるような刺す視線なんですけど.....
私の視線から入るかどうかの少し下がったところにヤコブが静かに待機している。
流石ヤコブさんね。
最高の侍女に成り切っているわ。
そして、すでに全員ご着席──
こっちも鋭い視線が、瞬時に矢のように降ってくる。
もちろん、親しみを込めたものはない。
本日のお茶会の目的は、私の一挙一動をみんなで観察することなんだ。
この時、ゾッと背筋が凍りつく感覚になるが、表情を出さないようにだけ意識していく。
体はそのままにすでに着席した参加者に、ゆっくり視線をみんなにくばりながら、軽く頭を下げた。
いた───お母様が、壁際に無表情で立っている。
驚きも、ぴくりとも、顔色すら変わらないのね。
娘の心配ぐらいしなさいよ。
ここまで攻撃的な視線に晒されてるのに!
なんだか腹立たしいわ。
しばらくわざとらしい静寂がある。
私は、案内されるまでただ微笑を浮かべるのみだ。
案内されなかったらどうするのかしら?
そんな声が聞こえてきそうだ。
わざと何も言わずに反応を楽しんでいる。
物語でも、席がなかったりしておろおろしていたら、意地悪な位の高い人から主人公が虐められるのよね。
あら?座れとも言われないなんて、なんか私って、まさにその可哀想な主人公みたいじゃないの?
「ふふ、ゲオルクの良い方と聞いたけど、あの子も母親と違って教養のある女性じゃないと王室には向かないって気付いたようね。素敵なお嬢様のようだから安心したわ。
席にご案内したいのだけど、その前に.....」
にっこり微笑み、さりげなく扇で口元を隠す第一王妃。
さて、私の席は末席にあるのを先ほど確認したわ。
来た早々、第一王妃は、私に何をさせるつもりかしら?
私は、感情がでないように微笑み続ける。
「ここにいるみんなは、ゲオルクの母以外、私と同じく王を支えている王妃たちやその娘たちなの。」
ゲオルクの母以外......
どんなに扇子で口元を隠しても、意地が悪いわ。
わざわざあの世にいった人にそこまでいうのね。
これは生きていた時にはゲオルクのお母様は相当やられたとみえる。
これが本当の恋人なら腹が立って顔色も変わるのかしらね?
でも、残念ながら違うんです。
私は、別のところに心を置いてきてしまったような気持ちになった。
「そうね、皆さんにお顔を覚えていただいたら如何かしら?お茶を注いでくださる?」
第一王妃は、視線だけをワゴンに向けた。
まあっ!
来てすぐに座らせずに、みんなにサーブしろって、これはもう必ず物語に出てくる悪役のすることじゃないの。
あんたはこの場で一番格下、私のメイドよりもね!
そんな感じだわ。
私はひそかにその物語の世界の可哀想な主人公になった気がしてますますワクワクしてきた。
私は、無表情でそのワゴンに向かう。
ヤコブさんの動きが心配だが、今のところ動き出しそうにない。
ここで、ヤコブさんが手伝おうとしても減点。
私を心配そうに見ても減点よ。
王妃が何も言わないところを見ると、本当にヤコブさんもこういう場に慣れた身分よね
ヤコブさん、何者なの?
さて、自分で言うのもなんだけどサーブは慣れたものだ。
お母様からもマーサからも厳しく躾けられている。
まさか王宮で、お母様の目の前でサーブをすることになるとは思わなかったけどね。
上座から順にお茶を注いで回り、いよいよ第五王妃だ。
第五王妃は私と歳が変わらない、いや、下手すると私よりも年下かもしれない可愛らしい方だった。
でも、緊張からか、肌が白く手が少し震えている。
当然だわ。わたしだって、物語の主人公だと想像しないとやってられないもの。
でも、私と年の変わらない女性を支えるのが、お母様だと思うと欲しかったものを奪われたような、胸が苦しくなる気持ちが襲う。
その第五王妃にも、静かに紅茶を注いだ。
静かに全員にサーブして、ワゴンを元の場所に仕舞ったところで私は、自分の席に案内された。
(サーブでも、何も言われなかったので現時点では及第点かしらね)
第一王妃が紅茶を口に含む。
「美味しいわ。リリアーナさん、あなた上手にお茶を淹れることができるのね」
「恐れ入ります」
微笑みながら第一王妃が口にしたのを見て、みんなも紅茶のカップを持ち、私も飲もうした時──
うっ!!
第五王妃が突然口から泡を流し、苦しみ始める。
毒だ!
そう思い、思わず立ち上がる。
「お茶に!お茶に何かが!」
誰かがそう叫び声が上げると、みんなの視線が一斉に私に集まった。
しまった!
これは、罠だ。
私が第五王妃を手をかけようとしたとする罠だ。
第五王妃だけ?
第一王妃は飲んだわ。
だとしたら、カップ??ミルク?砂糖?
思わずヤコブを見ると、行けという合図。
私はみんなの視線を振り切り、第五王妃の元に走ったのだった。
明日の日曜日も12時10分と、いつもの21時20分の2回あげる予定です。




