13 夢と現実の違い
「まったく!侯爵なんだからオルランドの親父が来ている事ぐらい、想像できただろうが」
私たち三人、ヤコブさんから額にチョップをもらう。
「なんかあのクソ親父見てたら、腹が立ってたまらなかったんだよ」
「俺は任務をとことん追求して演じきったぜ。みんな、俺たち二人見て破廉恥な想像してただろうが!」
「すいません。父はまだ想定内だったのですが、シルビア様を見たらつい怒りが湧き上がってしまって。で、でもギフトは使ってないですからね。」
グレイ、ゲオルク、私の三人は、それぞれチョップを喰らって痛む額をさすって言った。
女性にチョップって酷すぎないかしら?
むうっと手鏡で額を見る。
「で、あれから、オルランド侯爵からは何か言ってきたのか?」
ヤコブは心配そうにグレイの顔を覗き込む。
「執事を通じて家に帰るように連絡はありますけど、無視です。今まで散々リリアのことを言った時にはあっちが無視してきたんですからお互い様です。ただ、執事のヴァンから家の情報は少し入ってきました。」
「ヴァンは、お父様の味方じゃないの?」
私の不安を感じたのかグレイはふっと口の端を上げる。
「我が妹は品行方正な素敵なお嬢様だったらしいから、屋敷の大半のものが、お前たちのことを心配してるよ。特にヴァンとマーサはギフトの事情を唯一知っていたからね」
そう聞いて、私のことを今でも心配してくれた人たちはいたのだわと胸がいっぱいになる。
それだけのことがこんなに嬉しいなんて。
「それに、シルビアは評判が良くない。散財も激しいし、メイドに対して態度が悪いらしくてね。
母上はああ見えても、屋敷の切り盛りはしていたらしい。お前を隠そうと思ったのも理由にあるんだろうがね」
少しでも私のことが疑われたらいけないのだ。
だからこそ、使用人の管理はきっちりしていた。
貴族教育だけではなく、学ぶ名目で私に使用人の仕事もさせていたのもカモフラージュの一面もあったんだわ。
侯爵家の娘を働かせるなんて誰も想像もしないわよね。
「メイドはお母様が揃えていた人材だもの。シルビア様の息のかかった人に全員入れ替えたら屋敷は回らない。敵に回れば使用人も怖い存在だわ。」
お母様もしたたかだわ。お父様は、全て屋敷のことはお母様に任せていた。
ヴァンとマーサを味方にしなかったら、あの家は回らないって知っているし、自分がいないと困る状況をちゃんと作り上げていたのね。
「あと、シルビアの妊娠は間違いないそうだ。出産予定日は三ヶ月後。離婚した時期とうまく出産日の帳尻を合わせようと思ったみたいだが、舞踏会の件で世間はそうみなくなった」
「まあ、そうだろうな。俺としては、グレイが廃嫡にならないようにも動いたつもりだよ」
ゲオルクは悪びれずに、グレイの報告を頷いて聞いている。
大事なのは世間がどう思うのか?
生まれてくる子に罪はないが、不貞の時の子供となれば父の子がどうかも怪しいという目で見るだろう。
侯爵家の嫡男にとお兄様を押し退けようと画策することもできない。
「まあそんなわけで、父上とシルビアも日々言い争いが続いていて、夫婦関係も破綻寸前だ。
今更ながらに、父は、過去の馬車で、シルビアに殺されかけた話を出して言い争うこともあるらしいよ。」
「まあ、本当に今更だわ」
思わず眉をきゅっと寄せる。
ギフトで助けてあげた娘にした仕打ちが、家から追い出すことだったのに、殺そうとした相手を選んだんだもの。
わかって結婚したわけじゃないの?
「なのに、君のギフトで、いつ命が脅かされるかわからないと恐れているらしいよ。俺からしたら、前妻と娘を殺そうとした女と結婚する方がイカれていると思うけどね」
お兄様も同意見だったらしい。
肩をすくめてグレイは皮肉げに微笑みながらも呆れ顔をしている。
「いろいろあれから試したんだけど、私のギフトは願いのものに触れないといけないみたい。──例えば枯れた花に触れるとか、二人が生き返るように願った時の遺体もそうよね。」
「じゃあ、会うことがない父上やシルビアには効かないじゃないか」
ゲオルクは勝手に怯えている二人に呆れ顔だ。
「せめて隠すんだから、娘だった人間のギフトの範囲ぐらい把握しておけばよかったんだよ」
グレイも、父親に対して全く同情の余地はないと話す。
「恐れてるって人聞きが悪いわ。極悪非道なことをしてきたのはお父様とお母様とシルビアなんですからね。」
私はぷんぷんむくれるが、ゲオルクはそんな私の頭をよしよしと撫でた。
そんなゲオルクにヤコブは噛み付く。
「ゲオルクもいつも以上に目立ちすぎだ!おかげでリリアは話題の的になりすぎた。埃はたたないようにしているが、いろんな奴らがリリアの出自を調べ回っているからな。」
「へえ、早速か。」
ヒューっと口笛を吹いてゲオルクが面白そうに笑い始めた。
「リリア、お前も嫌なことなんて全部笑って吹き飛ばしてしまえ。その方がいろんなハプニングも楽しめるってもんだ」
楽しそうに話すのは、ゲオルクなりの優しさだ。
私は目を細めて、ぎゅっとゲオルクに引っ付いた。
「うぉっ!」
「何がうおっ!よ。せっかく、あなたの愛するリアが抱擁してあげたのに。あーあ、私こうみえても社交界の世界に憧れてたんですけど、こんな裏の男たちの顔は見たくなかったわ」
優しいハンサムな男性に甘い言葉を囁かれて、みんなドキドキしながらやり取りをするって聞いたのにね。
「現実の両親は仮面夫婦だったし、父は実子を押し退けて愛人と結婚しても上手くいってないし、甘い言葉をかけるハンサムな兄と王子は腹黒だしね。」
私はゲオルクの言う通り、ニイッと口角を上げて面白おかしくしてしまえと笑いかけた。
ううん、少し泣き笑いだったかもしれない。
それを見て、ゲオルクも少し切なそうな顔をしたがすぐに、
「そうだそうだ!笑っちまえ」
私の髪をぐしゃぐしゃにして笑い飛ばした。
グレイお兄様が
「こらっ!俺は腹黒じゃない。泣きたければお兄様の広い胸で泣きたまえ」
ふざけて、参戦する。
そんな私たち三人をヤコブは何も言わずにしばらく見ていたが、次の爆弾を落としてきた。
「リリアーナ、君が次に潜り込むのは、第一王妃の私的な王宮のお茶会なんだ」
三人はピタッと止まる。
第一王妃のお茶会って、絶対に逃げられないやつじゃない?
招待状があるってことよね。
しかも、私的というのは...ゲオルクのことがあるからよ。
ゲオルクの表情も険しくなる。
第一王妃に良い印象がないことがそれだけでわかる。
「そこには妊娠中の第五王妃もくる。問題は──」
ヤコブは、メガネを外し、眉間に指を当てて呟くように伝えてきた。
「第五王妃の侍女の中に、グレイとリリアーナの母親がいることだ」
えっ??
私とお兄様は思わずふざけ合っていた手を止めて、お互いに顔を見合わせる。
「お母様が?実家に帰ったわけじゃなかったの?
なんで王宮にいるの?それも第五王妃の侍女に?」
グレイお兄様も慌てたように、なんだそれ!聞いてないぞと呆然としたまま呟いていた。




