12 娘からのざまぁ
それから2週間。
私は、ゲオルクをパートナーに、王室主催の舞踏会に足を運んでいた。
「リア、とても綺麗だよ」
馬車から降りる私にゲオルクが、普段の「リリア」呼びから「リア」呼びに変えて手を差し伸べる。
私はスカートの裾を少し持ち上げ、体を横にそらしながらゲオルクの手を優雅に取って、柔らかい微笑みを浮かべる。
こんな隠密活動に淑女教育が役立つなんて!
ゲオルクが王子だって聞いてからは、本当に王子にしか見えないじゃないの!
今の私たち二人は、お互い見つめ合い、寄り添い、誰がどうみても想い合うカップルだ。
決して外に出ることがなかった私。
幼い頃から、決して動くことがない屋敷の馬車を使って、執事のヴァンと何度も淑女らしい馬車の乗り降りを練習した。
ヴァンは、あの時、そんな私をどう思って見ていたのだろう。
「今日は俺が君にゾッコンだと周囲に認識させる予定だから離れないでくれ。大半の会話は俺がする。何があるかわからないから、飲み物も食べ物も俺が持ってくるもの以外は口にしないように」
耳元で囁くゲオルクに、私は、笑顔で恥ずかしそうに聞くふりをする。
何があってもおかしくないわけね。
怖いわ、王室。
だが、私はかなり胸が高鳴っていた。
素敵な弦楽器の音楽、美しいドレスで着飾った女性や楽しそうに語らう人々が集まる空間。
食べられないのは残念だけど、見るからに美味しそうな一口サイズのお食事が並ぶ。
いつも綺麗に着飾ったお母様とその母をエスコートするお父様を見送っていた。
まるで物語に出てくる世界だわ。
私も、見るだけでいいから見てみたい。
そう思いながら、いつも二人が帰ってから社交界の話をねだったのだったわね。
まさに今、外だけ見たら私も夢のような世界の一員だ。
私をエスコートするゲオルクは王子で、改めて見ると、ゲオルクは綺麗な顔立ちだから目を引く。
あちこちから視線を感じるから、どうやらかつて兄が話したように女性に困らないのは本当らしい。
「ゲオルクは人気者なのね」
「王族というタグが人気なのさ」
まるでとろけるような笑顔で夢のないことを言わないで欲しいものだわ。
私も腹で毒づきながら、とろけそうな表情で微笑み返す。
「まあっ!」
「あの方どなたなの?」
「ゲオルク様がおいでなんてめずらしいわね」
素敵な物語は表面上。
腹の中では探り合いがもう始まっている。
「おや、ゲオルクじゃないか?そちらの美しい女性を紹介して欲しいな」
予定通り、グレイお兄様と合流。
ゲオルクは笑顔でくいっと私の腰に触れる。
「ああ、グレイ。彼女を紹介させてくれ。結婚を前提にお付き合いしているリリアーナだ。レストニア国、公爵家のゆかりのものなんだ」
レストニアにある公爵家はヤコブが関係しているらしく、口裏を合わせることが可能らしい。
ヤコブさんも何者なんだか?
調査課のメンツが、王族に侯爵嫡男に、他国の公爵にゆかりがあるなんてね。
だが、周囲のどよめきが更に強くなる。
「レストニアといえば大国じゃないか?」
「これはもう本決まりかもな」
「ゲオルク様、ご無沙汰しております。私にもそちらの美しい女性を紹介していただけませんかな?」
「まあ、お美しい方ですこと。今度うちのお茶会にお招きしてもよろしいかしら?」
「あら、素敵なドレスですこと。いろいろお話し伺いたいわ」
一斉に裏に含みのある言葉が飛び交う。
私の出自が気になる方と....
お茶会という名の女性目線の値踏みのためのご招待ーー
そしてドレスがどこから来たのかを知りたいわってところかしら?
「ふふ、流石は僕のリアだ。もうみんなを惹きつけてしまうんだね」
「嫌だわ、ゲオルクってば。あなたが私のためにプレゼントしてくれたドレスが目を引いているのよ。」
そう恥ずかしそうに謙遜してみる。
「お茶会のお招きありがとうございます。光栄ですわ。ゲオルク様と相談して、また...」
ゆったりとした微笑みをかわしながら、リリアーナという女性はゲオルクに愛されているアピールを欠かさない。
これで、王室に私が出入りしたり、社交界で私とゲオルクが出歩いてもおかしさはない。
ただ、この国で私の結婚は望めないも等しいものになってしまったけど。
「ゲオルク様からドレスを...」
「ゲオルク様のそんな姿初めて拝見しましたよ」
「寵愛なさっておられるのね」
恥ずかしそうに頬を赤らめる。
ここまでは、完璧。
その時ーー
掠れた聞き覚えのある声
「なんで....なんでリリアーナが......」
思わず出てしまった言葉というように、口を抑える男性。
お父様…
私は、ハッとして父と視線が交差する。
その横には、かつて屋敷で私とぶつかったシルビアもいる。
瞬時に、ゲオルクが憎悪の顔で、私を自身の背に庇い、父を睨む。
「私の最愛の女性を呼び捨てにする権利を与えたつもりはない。しかも、彼女は他国とはいえ公爵家ゆかりのものだ。オルランド侯爵が、勝手に名前を呼ぶ権利はないが」
「す、すいません。父が失礼なことを」
そばにいたグレイが、わざと大袈裟に大きな声で、慌てて謝る。
その声で私の一瞬の動揺は消える。
冷静に。
私はもう、お父様の娘ではない──
グレイの謝罪の声に、周りの視線を一気に浴びる。
「なにかしら?」
「あそこにいるのはオルランド侯爵と嫡男だな」
「後妻様と揉めてらっしゃるのかしら?」
あらみんな、わざとらしい。
思わず口角が上がりそうになる。
その声に、シルビアがキッと私を睨みつける。
私を殺そうとしたくせに──
なんで、睨まれる筋合いがあるの?
ゲオルクに、添えた私の手が僅かに震える。
手袋越しにも震えが伝わったのだろう。
ゲオルクが、そっと私の肩を抱いた。
そうこうしている間に周辺の視線や会話の中から「あらっ?」とどこかで囁く声が聞こえる。
「シルビア様、少し...ドレスにゆとりがあるわよね」
「なんだか、体のシルエットが目立ちにくいような...」
「ヒールも低いし。」
なるほどね。
急いで離婚しないといけなかったわけだわ。
ざわっと空気が揺れ、シルビアに動揺が走る。
「奥様はご懐妊なのですか?」
私の瞳は薄暗く燃えていたと思う。
「えっ?」
シルビアとお父様の顔色が変わる。
「お盛んなのはいいけどね。私のリアを突然呼び捨てにしたり、明らかに離婚前から関係を持つのはいかがなものかな」
ゲオルクもその口調に合わせる。
「すいません。父上、恥ずかしすぎるだろう。」
更にグレイお兄様も、困った顔をしながら悪ノリする。
「ま、まあ、ただ最近体型を気にしているのだけど、嫌だわ、そんなこと初対面の方に言われるなんて」
シルビアが震えた声で言い返す。
お腹は隠しても、胸はしっかり強調してるじゃないの。
私が初対面なのに失礼だと周りに認識させたいのかしら。
なるほど──
「あら、ごめんなさい。私はゲオルク様から幸せを運ぶ力があると言われているから、初めてお会いしたあなたにもてっきりお幸せなことが待っているかと思ったの。」
私はしゅんと落ち込んでいるふりをする。
「ああ、周囲の声に反応してつい、リアが失礼してしまったようだ。リアは素晴らしいギフトの持ち主でね。リア、ぜひ君の素敵な力で、オルランドご夫妻に幸せが降り注ぐようにしてあげたらどうかな?」
お父様とシルビアはギョッとする。
わたしのギフトは、私の思う方に結末を少し変える力。
思う方に...ね。
「ふふ、そうですね。幸せをお祈りいたしますわ」
そう私が告げるとシルビアがガクガクと震え始める。
私が願えば.....
それを知っているのだ。
「し、失礼しますわ」
シルビアは後ずさる。
その姿を見て、お父様はカッとする。
「お前は!!」
私が優しい父しか知らないように、父も自分に騙されている世間知らずの砂糖菓子のような娘しか知らなかったのだろう。
拳を震わせ、固く握りしめる。
そして一歩、私に近づくところで、グレイとゲオルクが抑える。
その雰囲気と恐怖に、周囲からキャーッと叫び声が上がり、私は思わず体をすくませる。
「父上、何をされようと?」
「オルランド侯爵が、ご乱心だ。退席してもらってくれ」
ゲオルクが冷たく告げ、私を抱え込む。
「お前は育ててやった恩も忘れたのか!あいつに似たあばずれが!」
お父様は、私を見て怒りが止まらないようだ。
これが父の本性だったのか。
あの屋敷の日々はなんだったのだろう。
「父上、育ててって何血迷ってるんだ?子供は俺一人だろ!ゲオルク様、申し訳ありません。父はおかしくなっているのです」
グレイは、まるで本人は分かってないのだと言わんばかりに悲しそうに叫ぶ。
お兄様!ノリノリだわ。
周囲も、
「侯爵は認知症だろうか?これは世代交代が近いな」
「そういえば生まれてすぐ亡くなった娘の名前もリリアーナだったわね。可哀想に」
憐れみの目が、父に注がれ
「ち、ちがう!娘!娘だ。リリアーナは娘だ」
周りや、グレイお兄様に縋るように、正直に言えと叫ぶ。
「正直に───お伝えしていいんですか?父上?」
耳元でそっとグレイが囁く。
「正直に娘を隠していたことを告げれば、父上は重罪だ。どうしますか?」
「うっ…」
世間にとっても、父の子供はずっとグレイ一人だった。
そうでなければ、ならないのだ。
「シルビア様と再婚されてからおかしくなったわよね」
「シルビア様、本当にご懐妊なのかしら?」
「あら嫌だ。まだ結婚されて間もないのに、お腹が目立つなんて...いつお生まれになるのかしらね」
そんな声の中、父の姿に、私がかつて受けた愛情は、すべてこれから生まれてくる子供に注がれることを悟った。
「リア、大丈夫かい?グレイ、侯爵は一度誰かに見ていただいた方がいい。不愉快だ。僕たちは退室させてもらうよ」
退室を促す王室関係者達を振り払おうと騒ぐ父を背に、
震える私を大切そうにゲオルクは抱き抱える。
そうして、会場を後にする。
だがーーーお父様もこの舞踏会を境に社交界の人々の間で
「精神面や判断に最近不安があるらしい」
そんな噂が静かに広がっていった。
それからというもの、社交の場でお父様の姿を見ることは急速に減っていったらしい。
オルランド侯爵家の実権が、それからまもなく兄グレイに移っていくのだった。




