第一話 迎えの日
「なんでも今日から、田舎娘をこの城に招き寄せると聞いたが確かか?」
玉座の間で、妃は扇を揺らしながら言った。
「ええ、お妃さま。たいそう美しい娘だと聞いております」
「ほう。それは楽しみだ。到着次第、すぐに通すように」
「御意」
大臣は恭しく頭を下げた。
そのやりとりに、余分な言葉はなかった。
***
城門をくぐったとき、私は自分の足音がやけに大きく響くのを感じていた。
馬車を降ろされ、名前を呼ばれ、何度も「こちらへ」と導かれる。
やがて、私は広い部屋へ通された。
「ほう……」
玉座に腰掛けた妃が、私を見て言った。
「大きな瞳、整った鼻、花のような唇。
美しい。そなたを迎え入れて、私は幸せだ。
もっと近くに来てみせておくれ」
妃は、ためらいもなく手を伸ばした。
白い指先が、私の顎に触れる。
持ち上げられる、というより、
位置を直される、という感覚だった。
妃の顔は、美しかった。
冷たく整えられた輪郭と、揺らぎのない微笑。
その近さに、胸の鼓動が早くなる。
怖いとは思わなかった。ただ、息が詰まるようだった。
「かわいそうに、こんなに震えて、緊張することはないわ」
妃は優しく言った。
「ここでは、誰もあなたを傷つけない」
私はうなずいた。
それが正しい返事だと、なぜか思えたから。
やがて大臣が現れ、私の前で恭しく一礼した。
「エリナ姫。身支度の準備をいたしましょう」
女官長が私の手を取る。
その手は温かく、力があった。
私は導かれるまま、大きな鏡の前に立たされた。
動かないように、と言われたわけではない。
けれど、動いてはいけない気がした。
背後から、いくつもの手が伸びてくる。
結び目がほどかれ、布が外され、飾りが外される。
まるで、花びらを一枚一枚はがしていくように。
誰も急がない。
誰も迷わない。
その代わり、新しい布が重ねられ、
新しい色が添えられていく。
新しい花びら。
私は、鏡の中の自分を見ていた。
けれど、そこに映っているのは、もう私ではない気がした。
女官長が一歩下がり、全体を確かめる。
「……まあ」
その声には、疑いがなかった。
「なんて素晴らしい美しさでしょう。
侯爵様も、きっとお喜びになりますわ」
侯爵様。
その名を、心の中でなぞる。
顔も、声も、思い浮かばない。
けれど、喜ばれる、ということだけはわかった。
身支度が終わると、女官たちは一斉に手を止めた。
完成を告げる合図のように。
女官長が静かに近づき、私の肩にそっと手を置く。
その仕草は、驚くほどやさしかった。
「お幸せに」
祝福の言葉だった。
疑いも、皮肉も、含まれていない。
だから私は、
どう答えていいのかわからなかった。
うなずくことも、
微笑むこともできず、
ただ、そこに立っていた。
扉が開き、私は静かに外へと促される。
背後で、鏡が遠ざかっていく。
私は一度も振り返らなかった。
振り返る理由が、もう残っていなかったから。




