大戦犯は癒しの聖女
終わらない戦いなどない。いくら相手が強かろうと、どれだけ数的不利な戦況であろうと、勇者は必ず勝利する。それがこの世の摂理というものだ。
魔王は打ち倒されるために生まれる。そして勇者の剣の一撃によって最期を迎える。あらかじめ誰かが決めた運命のように、全ては幸せな結末に向かって進んでいくのだ。
そう信じていた。
だがこれはなんだ。敵の軍勢と交戦を始めてもう2日と10時間が経過しているというのに、まるで状況が変わっていない。敵の数は減らないし、こちらのパーティーも誰一人として傷一つ負っていない。
エミルは頭を抱えた。勇者として魔王討伐の旅に出てはや3年。こんな意味不明な戦場は経験したことがない。もちろん戦闘から逃げていたわけではなく、むしろ死闘を繰り広げる2日間だった。仲間たちだってそう。戦士は大剣を振るって、襲い来る魔物をなぎ倒していたし、魔法使いは最大火力で辺り一帯を焼き払っていた。
それなのに。それなのになぜ全員ピンピンしている。
「お前のせいだ!」
エミルに怒鳴られて肩をビクッと震わせたのは、先日パーティーに加入したばかりの新米僧侶、リーネだった。
「ご、ごめんなさい。私が悪かったです」
「何が悪いか言ってみろよ」
「えっと、私に戦闘能力がないからですか…?」
「違う」
「それじゃあ、昨日の宿屋で私のいびきがうるさかったとか」
確かに聖女らしからぬ騒音だったが、今問題なのはそれじゃない。
「俺が怒ってるのはお前がすぐに…」
リーネに指を突きつけて説教を始めようとした瞬間、エミルの背後で苦し気なうめき声が聞こえた。
パーティーの古株である戦士のガロルドが敵将の腹部を突き刺していた。ガロルドがそのまま剣を振り上げると、相手の体は真っ二つに裂け、辺りにはどす黒い血が飛び散った。
「さすがだガロルド!これで敵軍も戦意を喪失するはずだ」
「どいてください!」
戦の功労者に賛辞の言葉を送っているエミルを押しのけ、リーネが敵の死体へと向かって走る。ただの肉塊となったモンスターの前に膝をつくと、リーネの持つ杖の先から黄金色の光が広がってゆく。その場にいた全員が手を止めて彼女の行動に注目した。
まばゆい光が徐々に消えてゆくと、そこには満足げな顔のリーネ。そして完全に復活した敵将の姿があった。
「もう大丈夫ですよ」
リーネは眉を八の字にして、慈しみたっぷりの笑みを浮かべた。
「命は平等なんです。誰も傷つくべきではありませんから」
そう、すべての元凶はこいつだ。敵味方関係なく、すべての傷を癒してしまう迷惑すぎる僧侶。なぜリーネをパーティーに入れてしまったのだろう。エミルは勇者人生における最大の失敗を、悔やんでも悔やみきれなかった。