表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

母の忘れ物

作者: かき

 母は家事のせいか体質のせいか、いつも手が荒れていた。手袋をつけ忘れることも多く、そのせいでスマホがよくワセリンの後だらけになっていた。


 「またワセリンだらけにして。たまには画面拭きなよ。スマホの画面って結構汚いんだよ。」

少し攻めるような口調で言うと、決まって「うーん」と軽く笑って流される。それがなんだか癪に障って、機嫌を損ねることもよくあった。


 あるとき、母の若い頃の写真を見た。私が小学校を卒業する頃にはもう体が大分丸くなっていたけれど、その写真の母はたぶん30手前くらいだったのだろう。細身で顔立ちも整っていたし、肌も驚くほどきれいだった。シワひとつない美人で、なんなら今は輝く父親の髪もちゃんとあった。

 「昔、こんなだったんだ」とつぶやいたけれど、そのときは特に感慨は湧かなかった。


 一人暮らしをして久しぶりに帰省した。玄関のドアに触れると、手が滑った。ドアノブに母のワセリンが付いていた。


 「また手袋忘れたの?」と苦笑いして言ったが、母もいつものように軽く笑って流した。そのとき、私はもう怒る気にもなれなかった。ただ、それがなんとなく母らしいと思えた。


 それからしばらくして、母は亡くなった。帰省する理由も変わってしまい、子供ができた報告をする頃には、家には父親だけが残っていた。玄関のドアに触れたけれど、もう手が滑ることはなかった。


 年月が経ち、子供が一人暮らしを始めた。父も亡くなり、実家は売ろうという話になった。


 最後に実家ドアを開けようとした。私は玄関のドアに手を伸ばしたが、触れた瞬間手が滑った。

「ああ、私も忘れたのか。」

その感覚が、なんだか無性に嬉しかった。

評価、いいねお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ