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悠久の魔女と古今東西グルメ伝説  作者: ノワール


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バブルアイスとスターソーダ 天竜暦2789年エディオン

 入り口の自動ドアが開き、僅かな外気の風と共に、客の入店を知らせる音楽が鳴った。スタッフの「いらっしゃいませ」の声が昌和する。

 若い女性がターゲットの店なので、スマイルと明るい声は徹底して教育しているのだ。


 ここエディオンの首都、アルティケールのメインストリートに店を構えて三年。今日もオープンから途切れない客足に、店主のカッツォは機嫌もよく、きびきびと働いていた。


 アルティケールのメインストリートといえば、科学世界と魔法世界が分たれて戦争していた数百年前の頃から、文化の中心地だ。あらゆる流行は、当時から中立国だったエディオンで生まれる。その中でも首都の中心地だ。観光の名所であり、最高のレストラン、最高のシアター、最高のブランドショップがひしめいている。


 当然ながら土地代も恐ろしく高いし、競争も過酷。そもそも人気がありすぎてテナントに入ることも難しいのだが、カッツォは働いていた飲食チェーンの協力もあり、融資を受けて自分の店を持つことができた。


 コツコツと資金を貯めていた頃から思い描いていた店だ。今までにない店であり、SNS映えも最高なので、オープン数ヶ月で人気店にすることができた。

 科学世界、魔法世界問わず世界中から観光客が集まるアルティケールのメインストリートである。一度バズれば宣伝すらせずとも、勝手に客が拡散してくれる。





 入店してきた女性は非常に美しい若い女性だった。艶やかな黒い髪に陶器のような真っ白な肌。まるでAIのような完成された美しい顔は、しかし整形とは思えない自然な美であった。瞳が輝くような真紅であり、おとぎ話の大魔女のようだな、と思った。


 男性客は当然として、カップルや女性客、従業員までもが二度見して見惚れている。


Hi, Just(こんにちは。 ) a table(ひとり) for me(です)


 その女性は流暢な英語を喋った。科学世界か中立国からの旅行客だろうか。ここまで突出した美人が地元にいたら、流石にカッツォでも知っているだろうから。


 女性スタッフが店内かテラスかを聞いた。


「テラニェの泉が見える二階のテラス席が、ちょうどさっき空いたところです」


 さりげなく誘導してテラス席に案内する。店の裏手には広い公園がある。テラスから見える人口泉は有名な映画のワンシーンで使われた観光スポットなのだ。


 泉が一望できて人気の席であり、また泉に来る観光客からもとんでもない美人が見え、最高に映えるはずである。

 今日明日はSNSを入念にチェックしなくては。


 さて、バブリウムと名付けたこの店がどんな店かと言うと、カフェである。ただし、一風変わった新感覚のカフェだ。客の99%は定番のセットを頼む。カッツォはもちろん店主として全ポジションをこなせるが、忙しい時はフル回転で定番セットを作り続けることになる。


「テラスA席のご新規様、BAセット、バニ、チョコミ、スタソーです!」


 先ほどの女性の注文もやはり定番セットであった。


 冷蔵庫の専用ボックスにスコップを突っ込み、小さい球体「コアチョコレート」をザッとすくうと、直径1メートルもある無重力プレートの上に放り投げる。重力無効化フィールドに入るとコアチョコレートはその勢いを失い、フィールド内の空中をふわりふわりと漂いはじめた。


 店内の客はもちろん、ガラスの向こうでは通りを歩く観光客も足を止めてこちらに注目している。携帯端末を構え、皆が写真を撮り始める。


 パフォーマンスを意識しつつ、天井から伸びるアイスガンのホースを手に取り、コアチョコレートに向かって吹き付ける。コアチョコレートに持たせた引力に引き寄せられ、特殊な製法で作った、泡のようなふわふわのアイスは、綿菓子のようにまとわりついた。たくさんのコアチョコレートに、バニラとチョコミントのアイスが色とりどりとなっている。さらに星の形のクッキーや星座をかたどった飴細工、チョコチップを投入すれば、プレートの上には立体プラネタリウムのような、小さな宇宙が誕生していた。


「バニチョコミ、上がり!」


 スタッフがプレートごと席に運ぶ。二階の席なので、あの女性の反応は見えないが、初めて来た客はみんな歓声を上げるので、彼女もそうなるだろう。





 レイアは歓声こそ上げなかったが、紅の目をキラキラと輝かせてバブルアイスを迎えた。


 見た目はまさに宇宙だ。泡とチョコとクッキーでできた宇宙だ。これは映える。女の子なら全員写真を撮るだろう。レイアは悠久の時を生きる魔女であり、携帯端末など使わなくても、()()()()()()()()()()()()()()ので、写真は撮らないが。


 さて、見た目だけではいけない。

 科学世界と魔法世界の戦争が終わって以来、紛争や戦争がなくなったわけではないとはいえ、世界は比較的平和である。しかし、平和ボケと携帯端末の普及に伴って、どうにも見た目の映えや話題性に振りすぎて、肝心の味は微妙なスイーツなども多い。


 レイアは『料理は見た目や体験も重要だけれど、何よりも味が最も重要』と考えている。


 このアイスに関して言うのであれば、一般にも安く普及してきた無重力プレートを使ったアイディアが素晴らしいのであり、クッキーやチョコレート自体は既存のものである。味の特徴としては、やはりバブルアイスだ。


 長いピックを使い、まずはバニラの泡をいただく。コアチョコレートに突き刺し、口に運ぶ。


 美味しい。


 特殊製法と無重力状態のお陰で、通常のアイスでは味わったことがないふんわり食感と滑らかさ。不思議なことに密度の低い泡の状態だというのに、固形のアイスより数段鮮明に味が引き立っている。


(昔、ふわふわなかき氷が人気だったこともあったわね)


 雪のようなきめ細やかなかき氷が大盛りになっている映えスイーツを思い出すが、このバブルアイスはあれを超える。あくまで氷にシロップをかけたものとは違い、アイスそのものが究極の滑らかさなのだ。


 散らしてあるクッキーや飴細工も、見た目で楽しませるだけでなく、見事に味のアクセントになっている。


 さらに飲み物のスターソーダも良い。

 ジュース内に星が煌めいているかのようなきめ細やかな泡の輝きがあるメロン味のソーダである。


 刺激の強い炭酸ではアイスの滑らかさを打ち消してしまうのではないかと思ったけれど、炭酸で刺激されることにより、これまた不思議なことに、アイスの味や滑らかさが一層際立つのだ。


(うーん、これは素晴らしい!)


 レイアは満足げな笑顔で次々と泡の星や星座を口に運び、ソーダを堪能した。


 ちなみに、本人は注目されることに慣れすぎていて気付かなかったが、お菓子とアイスでできた宇宙を前に笑顔を浮かべる絶世の美女はあまりにも幻想的で、店内や公園にいる人々もレイアに釘付けであった。


 誰かが無断で撮影したその動画はSNS上でとんでもないバズり方をした。


 それだけバズればレイアが悠久を生きる本物の伝説、大魔女アルトラヴィクタであることも知られ、さらにバズった。


 かの大魔女はグルメであることでも有名である。遥か昔から、大魔女の気に入った店は百年の繁栄を約束されると言われてきた。


 カッツォは次々と世界中に系列店を出し、バブリウムは一大チェーン店となるのだが、それはまた別なお話で。

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