09 共和国での新生活
「お父様、お母様、お久しぶりです」
「アイリス、無事について何よりだ」
「アイリスちゃん、久しぶりに会えてうれしいわ」
皇国での学園生活も終わり、ようやく私もお父様たちの住む共和国についたわ。
王国や皇国は王族、皇族、貴族が権力を持つ国だけれど、この国は部族や豪族が寄り集まってできた国で、それぞれに対立はあるものの特権階級というものが存在しない国なのよね。
学園の数が多いことでも有名で、世界中から学問を学びたいという人を受け入れている国なので、各国の貴族子弟が集まっているけど権力を振りかざすのは禁止されているから平民にやさしいとも言われているわね。
「お父様、例の物は?」
「コールマン印の新作魔導具だね。きちんと購入して別室に保管してあるよ」
「それより、アイリスちゃん。きちんと皇国の学園は卒業できたのね」
「お母様、私が落ちると思っていたのですか? 入学の時点で卒業は確定でしたから問題さえ起こさなければ大丈夫ですよ」
「アイリスちゃんは権力者に目を付けられやすいからね。皇子様に何かされていないか心配だったのよ」
「まあ……それは……」
お母様、鋭い。
「メリッサたちもお疲れ様だね。アイリスは突拍子もないことをしがちだから大変だったろう」
「旦那様。労い、ありがとうございます」
「ちょっと、お父様。私は迷惑なんてかけていませんわ」
「アイリスちゃん、知らぬは本人ばかりなりっていうのよ」
「……むー」
確かに王国にいた頃は魔導具の試作でいろいろ迷惑はかけていたけど、皇国ではそんなことなかったわよ……なかったわよね?
「それより、メリッサ。例の物を」
「はい、旦那様。こちらが皇国でのお嬢様の行動記録です」
「えっ!? なにそれ、聞いてないんだけど!」
「旦那様から新作小説の構想に使うだろうから、お嬢様の行動はきちんと記録しておくようにと仰せつかっています」
「いや~、王国での婚約破棄騒動を面白おかしく小説にしていたら、共和国でもベストセラーになっちゃってね。新作を求められていたんだよ」
「……私だってわからないようになっていますよね?」
「その辺はきちんとしているよ。王国から難癖付けられても面倒だしね」
まあ、お父様はその辺の倫理観はきちんとしているから、心配はしていないけれど、それでも実の娘の婚約破棄をネタにするとは。
「お母様の方は順調ですか?」
「ええ、王国では育たなかった花もいくつか育ててみてるんだけど、こちらのほうが気温が低いからいろいろ育てやすいわね。温室も作ったから、王国で育てていたのも形になってきたし」
ふむふむ、お父様もお母様も共和国での基盤はしっかりできているようね。
これは私が少しばかり長い間、学園に通って研究をしていても大丈夫そうね。
「お父様、お母様、面倒をおかけしますが、共和国で魔導具師になるため学園に通わせていただけませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。私たちもまだまだ働けるし、それに私は私で副業を始めることになっているからね」
「私の花も共和国のご婦人方に人気だからしばらくは大丈夫よ」
「ありがとうございます。……それで、お父様の副業とは?」
「実はアイリスが通う学園の講師をやってくれと頼まれていてね。王国宰相の経験を買っていただいて、経済学の授業を週にいくつか持つことになっているんだ」
「え~と、確か魔導具師になるために必要な講義ですよね。身内が講師の授業って受けても大丈夫なんでしょうか?」
「私の他にも経済学の講師はいるからそちらを取っても良いんじゃないかな? まあ、アイリスが私の講義を受けたければ学園長に話しておくけれど」
「いえ、結構です。お父様の授業は合格するのが面倒そうなので」
これは、はっきり断っておかないといけない。
お父様は授業中の雑談から問題を出したり、教科書に載っていない問題を出したりといろいろ面倒なのよね。
本人としては授業をきちんと聞いているかの確認とか、応用ができないと実地で困るとか言っているのだけれど……本当に他の教師が教科書からしか問題を出さないと知った時は衝撃だったわ。
「? まあ、アイリスが他の授業を受けたいならそれでもいいけどね。確か魔導具師は研究職なら魔導具関連の授業で、店を出すなら店舗経営学や経済学の受講が必須だったね」
「はい、魔導具関連の基礎学は皇国で学びましたので、魔物素材学、魔導応用学、魔道具制作実習を優先して受けようかと」
「研究職に進むのね?」
「優先するのは研究職ですが、画期的な新作が思いつかなかったり、試作が難しい場合には店舗経営の方も考えておきます」
お母様の言う通り、私としては誰もが使いたがる日常魔導具を作る研究をしたいけれど、学園に通ってみて理想が打ち砕かれることも考えておかないとね。
現在、市井に出回っている日常魔導具のほとんどは作れることを確認してあるから、多くを望まなければ店舗経営の魔導具師でも十分通用するでしょう。
「ふむ、アイリスが納得しているのならば私たちが何か言うことはないよ。アイリスの部屋に入学の書類を置いてあるから、記入を済ませておくと良い。入学は1ヶ月後だからね」
「はい」
お父様に促されて、私を含めて皇国から共和国に来たメンバーは私室へと下がる。
メリッサは私付きのままだけれど、この屋敷には他のメイドもいるから今日は休みね。
「う~ん、お父様たちに話した科目は受講必須だけれど、他には~……あっ、コールマン様が受け持つ授業もあるの!? これってどのくらいの頻度で来てくれるのかしら?」
とりあえず、部屋でうんうん唸りながら、入学の書類を埋めていく。
お父様の言うように週に複数コマがある授業は良いのだけれど、外部の講師を呼ぶ特別授業は講義時間がランダムだから、そっちをどう取るかを考えないとね。
魔導具の試作に使う時間もあるから、あまりキツキツに授業を入れすぎても大変だしね。
入学は1ヶ月後、書類の提出はその二週間前だから、まだまだ時間はあるし、ゆっくり悩もうかしらね。
皇国の学園での卒業実績があるから、入学試験はないし、入学まではバザーやお店をめぐって魔導具関連の素材の事前調査に行くのもいいわね。
くぅっ~、こうやって魔導具のことばかり考えていられると思うと、本当にあのバカ王子が婚約破棄してくれて万々歳って感じね!
まあ、国王陛下……マティアスが後を継いだから前陛下か……には悪いけど、やっぱり私は王太子妃や王妃よりも魔導具師の方が向いていると思うのよね。
「アイリス・エンダーハイム君、この入学書類に間違いはないかね?」
なんて色々考えて、悩みに悩んで埋めた入学の書類を提出しに来たら、なぜか学園長に学園長室に呼ばれてしまった……解せぬ。
「はい、間違いありません」
とはいえ、いつまでも呆けていても失礼だし、投げかけられた質問には答えないとね。
「ふむ、父君であるジョージの講義を受けないのはなぜ?」
「店持ちの魔導具師に経済学の受講が必須なのはわかっています。ですが、私の第一志望は研究職の魔導具師なので、限界が見えるまでは研究の方を優先したいのです」
「ふむ……やはり、ジョージに聞いた通り魔導具師を目指すのか。議会の方では女性文官や女性議員になってほしいとの声も聞こえているのだが……」
「お父様に聞いているのですね。確かに私は王国の元王太子の婚約者、政策にも秀でている自覚はありますし、そういったことを行うための努力も重ねてきました」
「ならば……」
「ですが、それは私の本質ではありません。お父様が宰相職についていながら小説を書いていたように、私も王太子の婚約者でありながら魔導具への興味を抑えられなかったのです」
「……魔導具師は難しい職業だ。芽が出ずに諦めた人間も多数いる」
「わかっております。ですが、それでもこの気持ちを嘘だとは思いたくないのです」
学園長の言っていることは分かるわ。
魔導具師というのは狭き門で、目指した人間がすべてなれるわけではないし、新作魔導具を開発する研究職ならなおさらよ。
だったら、既にある程度の実績を積んでいる文官を目指した方が、安定した生活を送れると思うのは間違いではないでしょうね。
「もういいだろう、このお嬢さんの覚悟は固まっているぞ」
学園長の後ろに立っていた男性……学園長よりもだいぶ年下の青年……が、声を出した。
学園長室に入った時から気にはなっていたけれど、一言も発しないから秘書か何かかと思っていたのだけれど、学園長に対する口調が砕けすぎているから多分違うわね。
「アラン……だが、アイリス君の才能は稀有なものなのだぞ」
「別に書類仕事など、少し努力すればだれにでもできるだろ。……それよりも、アイリスといったか、王国から来たのならアイのことを知らないか?」
知っているも何も、それは私の魔導具師としての名前だ。
資格を持っているわけではなかったから販売するわけではなかったけれど、それでも贈答用に前国王に制作依頼を受けていたから他の魔導具師の真似をして、魔導具にアイと刻んだのよね。
「……アイが何かしましたか?」
「知っているのか!?」
「知っているというか……というよりも、なぜ共和国の人がアイの名前を?」
共和国と王国は正式な国交はないから、前国王が魔導具を渡したという線は薄いけれど……うーん、可能性があるとしたら皇国、皇王陛下かしら。
皇王陛下とも例の外交の際に魔導具をプレゼントしているから、そっちの線もあるのよね。
「すまんな、アイリス君。こいつはアラン、新進気鋭の魔導具師なのだが、皇国から流れ着いてきた魔導具にご執心でな」
「何言っているんだ! 魔導具を持ち込んだ皇族が言うにはアイは魔道具を作り出してから3年であの精度の魔導具を作ったんだぞ! これがどんなにすごいことか!」
なんか、アランとか呼ばれた人がかなり興奮しているけれど、やっぱり魔導具の出どころは皇王陛下の様ね。
「えーと、どのような魔導具ですか?」
確か、皇王陛下にプレゼントしたのは魔導ランプとインク充填が簡単になる万年筆、あとは小型浄水魔導具だったわよね。
「ランプだよ! 魔導ランプ!」
あ~、魔導ランプか~。でも、あれってそんな画期的なことしたかしら?
確か新しい定着方法を思いついたから、それを試して、魔石の使用数が抑えられたんだっけ?
「落ち着け、アラン」
「落ち着けるか! 王国産の魔物素材を使用しているとはいえ、魔石の消費が2割も削減できているんだぞ!」
「え~と……大変興奮しているところ申し訳ありませんが、アイは私です」
どうしようか、悩んだけれど、もう面倒だから本当のことを言ってしまおう。
このままこの人たちの話を聞いていたら夜になっても帰れそうにない。
「「……は?」」
「ですから、王国で作られた魔導ランプはすべて私が作りました」
そもそも王国には過去には魔導具師がいたけれど、私が生まれてからは魔導具師はいなかったのよね。
そのせいで、誰かに教わることもできずに、魔導具の勉強は独学だったわけだし。
「おいおい、冗談もほどほどにしておけ。アイが君だったら、君は13歳から魔導具を作っているのか?」
あ~、入学書類に年齢も書いたわね。
王国にいたころに15歳になったけど、皇国にいる間に16歳になったのよね。
「いえ、皇王陛下に渡した魔導ランプは3年前に渡したものですので、魔導具を作り始めたのは10歳の頃からです」
「……くそっ、計算は合うな」
あ~、この人、皇王陛下から魔導具を渡された時期を知っていて、試したのか。
「疑問が晴れたのなら、お話は良いでしょうか? 家では両親も待っていますし、書類に不備がないのなら帰りたいのですが……」
「……あっ、ああ。書類に不備はないから問題ないよ。でも、いつでも文官の道を進んでいいんだからね」
「はい」
学園長が話を進めてくれて助かったわ、これで学園長室から退室しても失礼じゃないわね。
「待て! 君は俺の授業を受講するようじゃないか、その時に本当にアイなのかどうか確かめさせてもらおう!」
「はい?」
「だから! 俺の授業だ! そこで実力が確かめられたら俺の研究室に入ってもらうぞ!」
「アラン! 勝手を言うな! 研究室に入るかどうかは本人の意思次第だぞ! ……すまない、アイリス君」
「いいのですけど……私、この方の授業を受けるのですか?」
新進気鋭の魔導具師との説明だったけれど、講師だったのかしら?
それとも、受講する予定の特別授業を受け持っているのかしら?
「俺は、アラン・コールマン。俺の特別授業を受けるんだろ?」
「……は?」
「あー、アイリス君。信じられないかもしれないが、本当のことだ」
「……でも……だって、コールマンと言えば50年前から活躍する魔導具師ですよ?」
「50年前? 王国ではそう言われているのか? コールマンは200年前から活動している。50年前だと俺の爺さんの時だな」
……え? 200年前? 俺の爺さん?
「混乱しているな。コールマンは代々受け継ぐ魔導具師の名前で、アランは5代目なんだよ」
「ええ~~~!!??」
憧れていた魔導具師が、傍若無人を絵に描いたようなこの人!?
もう、共和国での学園生活はどうなっちゃうの!?




