08 皇国で過ごした一年間
「お嬢様、皇国で過ごした一年間は有意義なものになりましたか?」
皇国から出国中の馬車の中でメリッサが私に聞いてくる。
「そうねえ、目新しい発見というのはあまりなかったけれど、魔導具の基礎を学びなおせたのは大きかったわね」
王国にいた時にも魔導具の基礎については勉強していたけれど、所詮は文献による独学だったから実際に資格を取得している先生から実地で学べたのは良かったわね。
「目新しい発見はなかったのですか?」
「ええ、バートンは皇国の料理で何か発見はあったかしら?」
「いえいえ、こちらも王国に伝わっているもの以上には特にありませんでしたな。ただ、王国に伝わっていない生の野菜をいくつか発見できたくらいでしょうか」
皇国から王国に渡ってくるのは干し肉とか乾燥野菜のように保存性の高いものが中心だから、確かに生の野菜や果物は新鮮に映ったわね。
私としても書類仕分けの魔導具や複製の魔導具なんかは発明できたけれど、それ以上には特に何もできなかったのよね。
資格がないというのもあるけれど、皇国の学園では手順ややり方が洗練されていたから特に新しい何かというのはなかったのよね。
まあ、あのおバカな皇子の生徒会長のせいでいろいろ大変ではあったけれどね。
「お嬢様としては何か出会いはありましたか?」
「出会い?」
「ええ、お嬢様は王国で婚約者を捨てられましたでしょう? だったら新しい出会いを求めても良いのでは?」
バートンったら、婚約者を捨てただなんて。
確かに、あんな婚約者なんて捨てたいとは思っていたけれど、破棄してきたのはバカ王子の方からだったのに。
「そうね、確かに私には婚約者はいないから新しい出会いを求めても良かったかもね。でも、平民の方とは仲良くできたけれど貴族からは遠巻きにされていたし、出会いはなかったわね」
「そうなのですか? 皇国の方も見る目がありませんな」
バートンはそう言ってくれるけれど、王国でも皇国でも平民は平民と、貴族は貴族と結婚するのが習わしだから、貴族から平民になった私はどっちつかずなのよね。
それに王国でバカ王子に言われたことじゃないけど、私の容姿はのっぺりとしてて不美人と言われることも多いし、そもそも異性にモテないのよね。
「結局皇国でお嬢様に求婚したのは……いえ、あれを求婚と呼ぶのも憚られますが……王国の新国王と皇子だけでしたね」
メリッサが気の毒そうに言ってくるけど、確かにあれを求婚とは呼びたくはないわね。
「あれは求婚ではなく仕事のスカウトって感じでしょ。二人とも女としての私ではなく仕事人として雇用するような条件しか言ってこなかったし」
そもそも契約魔術の影響でマティアス国王とは結婚できないしね。
「ですから、見る目がないのですよ。お嬢様はこんなに綺麗なのに」
「いやいや、バカ王子じゃないけど私ってそんな風に言ってもらえるほど容姿が整ってないからね」
「お嬢様がそう感じるのは個人の勝手ですが、美醜など時代や国、個人の感性で変わるのです。ねえ、バートンさん」
「ええええ、そうですよ。お嬢様くらいの年代の方は目鼻立ちがくっきりしている方が美人と感じるようですが、もっと上の世代からはお嬢様はかなりの美人に思われていますよ」
うーん、そうなのかしら? でもその割には特段、容姿について褒められた記憶もないけれど。
「不思議そうな顔をしていますけど、お嬢様は王太子の婚約者だったのですから、褒めることができなかっただけですよ」
あー、嫉妬とか、そもそも婚約者のバカ王子が私の容姿を貶し続けていたから、それに逆らってわざわざ褒めるのも変か。
「私としては代わってくれるのならとっとと誰かに代わってほしかったくらいだけどね。あんなバカ王子のお守りなんてデメリットしかなかったし」
「それです。あの新国王や皇子との話し合いにわざわざ皇王陛下を巻き込む必要はあったのですか?」
「確かに色々と条件をつけてお願いした形だから結構デメリットもあったけど、きちんと必要はあったのよ」
皇王陛下との仲は良好だから無茶な条件ではなかったけど、マティアス国王との会談に付き添ってもらう対価として、共和国で資格を取った後に作った魔導具を一部融通することになったのよね。
「私の立場は今やただの平民だからね。マティアス国王に不敬だなんだと言われた際には、王国へ身柄を引き渡すってことになりかねないの。でも、皇王陛下が後見人として同席してくれたことで、そういった圧力から逃げることができたわけなの」
まあ、普通は会談を望んだ側が他国で不敬罪を適用なんて道理は通じないのだけど、あの貴族王族が一番って考えの王国の人間だからね。
それもマティアスは王族としての権力をふるいつつも、国王にはなりたくないという考えの人間で、自分が実務をしないためには何でもやるって印象だったし。
「ですが、お嬢様の負担が増えたのではないですか?」
「まあ、増えたと言えば増えたけれど、新作魔導具を作った時に皇国……というか、皇王陛下に3つ融通するってものだからね。そこまでの負担ではないかな」
どうせ新作魔導具を作るときには試作でいくつか作るのが普通だし、追加で少し数を増やすくらいはそこまでの負担ではないのよね。
「でも、そこまでかばってはいただけなかったような……」
「まあまあ、皇王陛下にも王国との関係というものがあるからね。それに皇子の方ではかなり、けん制してもらったから」
正直、マティアス国王の方はそこまで脅威とは思ってなかったのよね。
王国法では女性の雇用に関しては難しいし、肝心の婚姻による政策に関わらせる方法も契約魔術の制約で無理だから、それこそ監禁して誰にも知られず無理やり仕事をやらせるくらいしか。
まあ、そもそも無理やり仕事をやらされてもまともにやる保証なんてないし、私だったら一見王国のためになるけど長期的には王国が破滅する方向にかじ取りするけどね。
「皇子……なにやらハーレム? 後宮? だとか、よくわからない思想の持ち主だったようですな」
「そうなのよね、王国でも皇国でも……というかこの辺りの国では一夫一妻制が普通の考えで上流階級ほど重婚は認められないのに」
大昔に多夫多妻を認めていた大国で、王族や皇族による圧政が敷かれていたことから、この辺りの地域では一夫一妻制が主流なのよね。
圧政も戦争や天候不順による飢饉ならまだしも、増えすぎた王族や皇族が贅沢をするためだったというのだから、それは認められないわよね。
そんなこともあって、この辺りでは王侯貴族が多夫多妻をすると、かなり冷たい目で見られるのよね……平民ではあまり褒められはしないけど、認められているけどね。
「しかも! お嬢様をその後宮の調整役にしようなんて! しかも皇子の恋人は平民ばかりらしいのですよ!」
メリッサがかなり激怒しているけれど、まあ普通はそうなるわよね。
皇子ともあろうものが、平民の女子を複数囲って、そのお世話のために王国の元王太子の婚約者をこき使おうなんて、普通に考えて王国に対する宣戦布告に等しいもの。
「まあ、マティアス国王もあのバカ皇子も相応の天罰は食らうでしょうね」
マティアス国王は自分の手で国政を動かさなければならなくなるから、当初の悠々自適な暮らしとは程遠い生活になるだろうし。
皇子の方はあの考え方自体が国教に反するものだから、そもそも皇国の唯一神の選別ではじかれるでしょうね。
唯一神の選別ではじかれれば、皇族としての資格なしとされるらしいし、下手したら市井に放り出されるのでしょうね。
皇子にすり寄っていた人たちはその時皇子を助けてくれるのか、その時に皇子の人望がわかるのよね。
「それにしても、皇王陛下はやり手と聞いていましたけど、子育てに関してはそうでもなかったのでしょうか?」
「ああ、そういうわけじゃないのよ。皇国では基礎教育は施すけど、それ以上のことは本人の好奇心に任せるというのが基本方針だからね。とはいえ、城の中には周辺国で一番の蔵書量を誇る図書室もあるし、学びたいことはなんでも学べるようになっているけどね」
お父様の小説も全シリーズ揃っていて驚いたけれど、皇王陛下に聞いたらファンだから優先的に図書室にも入れてるんだって。
陛下の私室にもあるらしいけど、図書室にあるのは布教用だって話だし、本当に熱狂的なファンっていうのはすごいわよね。
「「「へ~」」」
メリッサやバートンだけでなく、御者をやってくれているニールも感心したように返事をしたから、やっぱりこのことは公表されていないのね。
そういえば、学園の教科書でも皇族に関する記述は少なかったし、私も王太子妃教育の一環で学んだだけだから、あんまり知られていないことなのね。
「それよりも、これからは共和国のことを考えましょう。お父様たちからの手紙では基盤は出来たとのことらしいから、三人も何かやりたいことがあったら積極的にしてみてね」
「ふむう、共和国の食材で新しい料理を開発してみますかなぁ」
「わたしは当然、お嬢様のお世話です」
「うーん、僕はクラウスさんについて執事の仕事をきちんとできるようになりたいです……かね」
「もう、三人とも。王国でも言ったけれどエンダーハイム家はもう貴族じゃないから、使用人以外のことでもいいのよ?」
「王国でも言いましたが、貴族の生活が染みついているエンダーハイム家の方々を放っておくなどできません。それに、お嬢様たちならきちんとお給料を払ってくださるでしょう?」
「うむうむ。様々な食材を使って料理ができるなどエンダーハイム家以外では難しいですからなぁ」
「僕も今更、他の就職先を探すのも大変ですし」
まったくもう、本当に我が家は使用人に恵まれているわね。
本当に共和国についたら、みんなに苦労をさせないためにも頑張らないと。




