07 バカな国王とバカな第一皇子:ルチアーノ(第一皇子視点)
いやー、良い拾い物をした。
代々の皇子は生徒会長をしていると言うから、やっていたがこれが、雑務ばかりで面白くもなんともない。
しかも私が楽しいイベントを提案してやっているというのに、どいつもこいつもそれは前例がないだとか、予算がとか言って却下ばかりする。
しかも、皇子である私に向かって書類の整理をしろだの、決済のために計算をしろだの、馬鹿にしているにもほどがある。
そんなもの、そちらでやればいいだろう、皇子とは、皇王とはもっと素晴らしいことをやるべきだろう!
しかし、あの王国から来たという転入生、なかなかどうして使える奴で私の仕事がほとんどなくなった。
しかも調べてみれば平民ではなく王子の元婚約者だとか、それならば私が卒業し立太子した暁には正妃に据え、後宮の世話係にするのもいいな。
なにしろ私には愛する女性が二十人もいるからな、全員を平等に愛してはいるが、機会を均等に割り振れているかと言えば私一人では難しい。
彼女にはそういった調整をやらせ、ついでに皇王になった後の仕事も彼女に任せれば私は愛する女性と幸せな生活が送れるじゃないか。
まあ、彼女も他の女性に比べれば劣るが、それでも見られないというほどでもないし、たまに慈悲をやれば素直に従うだろう。
しかし、卒業まであと一か月だというのに父上に呼び出されたが、一体何の話だろうか。
ふむ、もしや私が生徒会長として立派に過ごしていることを褒めていただけるのだろうか。
なんにせよ行ってみればわかるか。
「ようやく来たか」
「父上、お呼びと聞きましたが、なぜその少女が?」
応接室に入ると父上と生徒会を手伝わせている転入生、それに見知らぬ男がいた。
「王国からアイリス嬢を訪ねてやってきたものがいるのでな、ルチアーノにも同席してもらおうと思ったのだ」
アイリス嬢……確か転入生の名前がそうだったな。
「皇王陛下、お話をはじめさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ふむ、まあ一応紹介くらいはしておくか。ルチアーノ、この方は王国で新しい王になられたマティアス陛下だ。マティアス陛下、こちらは愚息のルチアーノです」
「よろしくお願いします」
「ああ」
ああ? 次期皇王である私に向かってそんな適当な返事で済ます気か?
しかし、父上が何も言わない以上私が今言えることはない。
だが、私が皇王になったあとは王国とは付き合い方を考えなければならないな。
「エンダーハイム伯爵令嬢、どうか王国に戻ってはいただけませんか?」
「私はエンダーハイム伯爵令嬢ではなく、ただのアイリス・エンダーハイムです」
「戻っていただけるのならエンダーハイム家は直ちに伯爵家に、いや侯爵家に格上げさせていただきます」
「そのようなこと貴族議会が認めるわけありませんよね。それに私もお父様もお母様も王国には未練などありません」
「ですが、エンダーハイム家がいなくなってから王国は混乱のただなかなのです。ゲオルグは廃嫡にしましたが、それでも政治の分かる人間が必要なのです」
「それは王家が責任を取る話。被害者である私にそんなことを言われたところでそうですか、としか言いようがありませんわ」
話がよく見えないが、王国で転入生を婚約破棄した元王子は廃嫡、次に国王に任命されたマティアスとかいうこの男が転入生を連れ戻しに来たのか。
「マティアス陛下、いささか道理が通っておりませんな。そもそも王太子の婚約者という立場だったアイリス嬢一人がいなくなった程度で政治が回らなくなるならそれは、王族の怠慢ということでしょう」
「ですが、宰相だったエンダーハイム伯爵もいなくなっているのです!」
「それとて同じこと、そもそも貴国では宰相は任期制でアイリス嬢の父親は既に任期を大幅に過ぎているという話、それ自体がイレギュラーな状態と言えるでしょう」
「ですが!」
「そもそも、王国では女性の官吏の登用はされていないはず。私が戻ったところで王太子妃になれない以上、お手伝いなどとてもとても。それはただの一文官にもどるお父様も同様ですわ」
「君は伯爵令嬢としても王太子妃としても国費を享受していた立場だ。国民が苦しんでいるというのに手助けしようとは思わないのか」
「お言葉ですが、いただいたお金以上に仕事で還元していましたし、そもそも国民を助けなければならないのは他の貴族や王族も同じ。私に国に戻って何とかしろというのなら、それよりも前に王国にいる他の方々がなんとかするべきでは?」
「アイリス嬢の言うことはいちいちもっともだな。マティアス陛下、平民となったアイリス嬢に頼む前に自国の侯爵令嬢や伯爵令嬢、それ以前に陛下や廃嫡になった元王子が何とかすべきでしょう」
「ですが! エンダーハイム家の人間以上に能力のある人間はいないのです!」
「そのような考え方だから、私達は平民となり王国を出たのだとまだわからないのですね。もう一度言います。エンダーハイム家は爵位を返上しただの平民となりました。既に王国に対して義務は十分以上に果たしましたし、王国に戻る気はさらさらありません」
「ここまで頼んでもか」
「貴方たちは、王国の王族は私達エンダーハイム家を能力でしか見ていません。私たちを人ではなく仕事をする何かとしか見ていない人とは信頼関係など築けませんわ」
「……そのようなことは」
「でなければ、再会して最初の一言は謝罪か心配の言葉だったでしょう。エンダーハイム家のことを仕事をさせて当然と考えているから謝罪でもなく、戻れと言ったのでしょう」
「……いや……それは」
「もうよい。マティアス陛下、この国に居る間、アイリス嬢は余が後見をしている。これ以上アイリス嬢を煩わせるのはやめてほしいものだ。……おい、陛下を客室へ案内しろ」
「はっ!」
部屋に控えていた侍従と侍女が父上の命に応えると同時に、マティアスと名乗った王は連れていかれた。
結局、婚約破棄した転入生を連れ戻しに来たというわけか、自分の能力の無さを棚に上げて連れ戻そうなど浅はかとしか言いようがないな。
「アイリス嬢、苦労をかけたな。これで王国からの突き上げは何とかなるだろう」
「いいえ、私としても陛下に同席していただいて助かりましたわ。私一人だったら不敬だなんだと言いがかりをつけられていたでしょう」
「では、もう戻ってよいぞ。共和国に向けて準備もあるだろう」
「はい」
「待ってください! 父上、お話があるのです!」
正直、なぜ私が同席させられたのかはよくわからないが、転入生がいる以上、彼女を皇太子妃に推すチャンスだ。
「ルチアーノ、余に話があるだけなら、アイリス嬢は部屋に返した後でよいだろう」
「彼女に関わる話なのです。父上、私は皇太子になった暁には彼女を皇太子妃にしたいのです」
そう宣言すると、父上と転入生の目つきが変わった。
それまではお互いに対してはにこやかに、私に対しても普通の視線だったはずが、なにやら……そう、不思議なものでも見るような目になった。
「第一皇子殿下は皇国法をご存じないのでしょうか?」
「いや、入学前に学んでいるはずだし、皇族ならいつでも確認できる立場にあるはずだ」
「何をおっしゃっているかわかりませんが、彼女のように素晴らしい執務能力のある人間が平民で居るなど損失です!」
「ルチアーノ、お前は同席させた意味を全く分かっていないようだな。……ルチアーノ、皇太子妃は皇国貴族の中から選出しなければならないと皇国法に載っているのは知っているな?」
は? 貴族の中から?
「父上、それは差別というものです。有能ならば貴族平民問わず重用されるべきでしょう。それに皇国法でそうなっているなら、そうだ! 爵位を与えればよいではないですか!」
「はあ、皇国法には貴族になるためには国籍を取得してから二年以上経ったものに限るとある。これは国教を学ぶ期間であり、唯一神様に祈りをささげる期間だ。いくらアイリス嬢が優秀であろうともそうやすやすと爵位を与えられるわけがなかろう」
「では、皇太子妃の選定を二年後にすればよいではないですか」
「そもそも、なぜルチアーノが皇太子になれる前提なのだ?」
「なぜもなにも、私は第一皇子ですよ? 皇太子になるのが道理ではないですか?」
「はあ~、お前はそこまで……。ルチアーノ、皇太子になれるかどうか決めるのは唯一神様だ。学園を卒業した皇族は唯一神様の選別を受ける。それまでは第一皇子であろうと、皇太子になれるかどうかわからないのだ」
は? 父上は何を言っているのだ? 第一皇子である私が皇太子になれないかもしれない?
「そもそもルチアーノ、お前の学園での評価は聞いている。平民の女生徒を侍らし、勝手な思い付きで教師や生徒を巻き込み、そのくせ自分は何もしていないらしいな」
「侍らすなど人聞きの悪い。私は愛する女性を平等に愛しているだけ、それに皇族として民を楽しませるのは義務でしょう」
「ルチアーノ、皇国は一夫一妻制なのだ。複数の女性に現を抜かしている時点で普通ではない」
「古臭いのですよ、父上は。アイリス嬢、アイリス嬢は分かってくれますよね?」
「陛下、よろしいですか?」
「ああ、どうやらこのバカは同席させた意味も余の言葉も通じないらしい」
「第一皇子殿下、私は愛し愛されるのは唯一人で十分です。他の方に愛を囁く方を伴侶にしたいと思ったことなど一度たりとてありません。そもそも、私にとって第一皇子殿下は勝手に仕事をさせるという印象だけで、愛だのなんだのを語る間柄ではありません」
「だが、アイリス嬢がいれば私の後宮計画は実現できるのだ! 私が皇王として振舞うためにも君の力が必要なんだ」
「後宮計画……影から聞いた時点でバカなと思ったが本心だったとは」
なんだ? 父上の見る目がゴミを見るような……。
「能力があるから自分のために動くべきだ、と。……第一皇子殿下は先ほどいらしたマティアス陛下と同じことをおっしゃるのですね」
私が? ……あの愚か者と一緒?
「下らん! アイリス嬢、もうこれ以上こ奴の妄言など聞かずともよい! ルチアーノ、アイリス嬢は直ぐにでも共和国に旅立つ。それまでお前は謹慎だ。……ルチアーノを自室に軟禁しておけ!」
「はっ!」
父上が命令すると、先ほどの王のように私も連れ出されてしまう。
おかしい、こんなはずじゃなかった……いや、そうだ、私が皇王になった暁にはあの転入生も父上も今日のことを後悔させてやる!
あの女はどこにいようと、私の代わりに仕事をさせてやるし、父上には、そうだ土下座だな、土下座して私に詫びてもらおう!
……そう思っていたはずなのに、私は結局、唯一神様の選別で王の資格なしと判断された。
私がどれだけ喚こうと、不正だと叫ぼうとその判断は覆されず、平民として城から放り出された私には誰も付いてこなかった。
あれだけ愛した女性たちも誰も私の味方にはならず、結局誰もかれも、私が皇族だから阿っていただけで本心から愛してくれたものなど誰一人いなかったのだと知ってしまった。




