05 皇国で初めての入学試験
「陛下、では娘のことをよろしくお願いします」
「うむうむ、エンダーハイム家にはこちらも儲けさせてもらったからな、特別なはからいは無理だが後見にはなろうぞ」
ラグランジュ王国から出国した私たち家族は隣国のバルディーニ皇国、その王城にある皇王陛下の執務室で皇王陛下とお話ししています。
皇国にある皇立学園は国営と言えど管理には皇室の人間は関わっていないから入学に際して皇室の許可は不要なのだけど、王国にいた時に皇王陛下とは面識があったから皇国での後見を頼みに来たのよね。
私としては何も皇王陛下ではなくても、適当に面識のある貴族に後見をしてもらおうと思っていたのだけどお父様とお母様はそれじゃあ不安だったみたい。
……というか、二人だけじゃなくて学園に付き添ってくれるメイドのメリッサを含めて、執事見習いのニール、料理人のバートンも、どうせお嬢様は騒ぎを起こすからなるべく権威のある人に後見についてもらうべきとか言いだしたのよね。
ほんと、失礼しちゃうわ。ちょっと空き時間に新作魔導具を作ろうとしたくらいで騒ぎを起こすって断定するなんて。
「特別なはからいなんていりませんわ、陛下。私こう見えても王国でもきちんとお勉強していましたから」
皇立学園は単位制を採用していて、入学試験で一定の学力を示せばその場で単位が与えられ、卒業を短縮できることで有名な学園だからね。
婚約破棄されるとは夢にも思っていなかったけれど、将来の選択肢を増やすためにも単位が得られる程度の学力は得られるように努力はしていたのよ。
「アイリスちゃんの学力は心配していないわよ。でもねぇ、アイリスちゃんは暇な時間があると直ぐに魔導具を作っちゃうから……」
「いやいや、頼もしい限りじゃないか。アイリス、新しい魔導具を作った際には余に報告に来るのだぞ」
「報告は良いのですけど、魔導具師の資格を取っていないので販売はできませんよ?」
「そこはそれ、知り合いへの贈答ってことなら問題ないからな。それはそうと、本当にこの国へ移住はしないのか? 相応の地位を与えるぞ?」
「アイリスが魔導具師の資格を取るためには共和国に行くのが一番ですからな。それに、私も政治のアレコレに関わるのに少し疲れましたから、これからは好きに小説でも書いて過ごそうかと」
「まあ、エンダーハイム家は相応に稼いでいたからな。自国の貴族ならともかく、平民とあっては無理に引き留めても余の評判が下がるだけか。引き留めは諦めるから新作魔導具と新作小説は頼んだぞ」
陛下の要請にはお父様ともども苦笑しつつも了承することにして、陛下の執務室を後にしました。
陛下が私の魔導具とお父様の小説を気に入っていることは知っていましたが、まさかあそこまで直球に言われるとは思いもしませんでしたわ。
「では、アイリス。私たちは先に共和国で基盤を作っておくからね。アイリスもあまり騒ぎを起こさずに学園生活を楽しみなさい」
「お父様たちも道中お気を付けて。それとくれぐれも……」
「わかっているよ。共和国でコールマン印の新作魔導具が売っていたら手に入れておけばいいんだね?」
「はい!」
そう、私の憧れのコールマン印の魔導具。奇抜で使い道のない魔導具が氾濫している今の世で、堅実で地に足を付けた魔導具が多くて参考になるのよね。
この間、発表された新作魔導コンロは火の魔石の消費が30%も抑えられている画期的な魔導具でしたしね!
「お嬢様、学園に手続きに参りましょう」
お父様たちの馬車を見送ると、メリッサが声をかけてきました。
今は平民とはいえ、元貴族が馬車もなく歩いていくなんて不用心と思われるかもしれませんが、皇立学園は皇立だけあって皇城の敷地内にあるから普通に歩いていけるのよね。
まあ、私が貴族にしては運動をしているから普通の貴族子女に比べれば体力があるっていうのもあるけど。
「これはこれは、エンダーハイムのお嬢様。この度は皇立学園にお越しくださいまして誠にありがとうございます」
「学園の入学試験を受けたいのですけど、よろしいでしょうか?」
「ええええ、陛下からのお達しが来ていますので準備は出来ていますよ。ラグランジュ王国の才媛と名高いエンダーハイムのお嬢様が入学してくださるなら皇立学園の名も高まるというものでしょう」
うーん、学園の事務だから平民の方なのかしら、こっちも平民になっているというのに過剰な持ち上げで少し居心地が悪いですね。
まあ、学園に入学してしまえばある程度は態度も緩和されるかしら。
「はい、ではこれから採点をいたしますから、1時間ほど経ってから事務室の方にもう一度来ていただけますか?」
「1時間? この量の採点が1時間で済むのですか?」
私が受けたのは基礎学習項目3科目、専門学習項目4科目で1人で普通に採点をしていたら1日かかってもおかしくない量があるのですけど……。
「ええ、専用の魔導具を使用しますからね」
「え、採点用の魔導具ですか?!」
確かに試験の答えは選択式で、解答用紙の選択肢の上部の四角を塗りつぶすという形でしたけど、王国にいた頃はそんな魔導具の情報はなかったはず。
「5年前から試験をしていて、昨年から採用された魔導具で我が国の魔導具師が専用で作ったものなのですよ」
「まあ! 私、魔導具には目がなくて、お見せ頂いてもよろしいですか?」
「ふむ、確かアイリス嬢は入学後は魔導具制作の授業も取られるつもりでしたね……詳細をお教えすることは出来ませんが、見るだけならば大丈夫でしょう」
やった、やった! まさか皇国に来て早々に私の知らない魔導具が見られるだなんて思いもしなかったわ!
「こちらの上部の隙間から順番に用紙を入れていくのです」
見た感じ、50センチ四方位の立方体の魔導具ね。解答用紙が30センチ×50センチくらいだから、魔導具に合わせた解答用紙にしたのか、解答用紙に合わせて魔導具を作ったのか……。
「入れる順番は決まっているのですか?」
「はい。解答をあらかじめ入力していますので、入れる順番を間違えると酷いことになります。この魔導具での採点が20分ほど、誤作動がないか人力でチェックするのに30分程度かかるのですよ」
まあ、いくら魔導具とは言え誤作動もあるし、最終的に人力でのチェックも必要よね。
とはいえ、何時間もかかりそうな作業を1時間に短縮できるのは確かに大きいわね。
「大変素晴らしいものを見せていただきましたわ。私も学園に入学した折にはこのような素晴らしい魔導具を作れるように精進いたしますわ」
「では、採点終了までは自由にお過ごしください。来賓室も空いていますので、そちらでお休みになられるなら終了後に人をやります。もし、どこかへ行く場合には事務室に一言お伝えください」
「はい。ありがとうございます」
とりあえず、学園内を見て回りたい気持ちもあるけれど、1時間で終わるのなら来賓室で待っている方がいいわね。
それにしても素晴らしい魔導具ではあったけど、少し用途が限定的ね。私が作るなら書類の仕分けや複製の魔導具の方が重宝されるかしら。
あの魔導具の機構を真似して、書類の四隅のどこかにチェックのための場所を作ってチェックされた場所によって書類を仕分けるのがいいかしら。
書類の複製をするなら、版の用意やインクの補充が欠点になるわよね……。
「お嬢様、考え事をなさりながら歩いていると転びますよ」
「でもね、メリッサ。あのような魔導具は初めて見たのよ」
「お嬢様は教師になるわけではないのですから、採点用の魔導具など関係ないのでは?」
「世の中が便利になるというのが素晴らしいのよ! あの魔導具を改良すれば採点だけでなく書類の仕分けや複製も可能になるかも」
「仕分けですか……確かに旦那様が愚痴っていましたね。ですが、複製の方は印刷機が増えてきたと旦那様が仰っていましたよ」
「ああ、あれね。なんでも印刷機は1ページの印刷を作るために職人が1時間ほどかけて版を作るらしいのよ」
昔みたいに1ページずつ手彫りするよりは格段に速くはなっているけれど、それでも時間がかかるのよね。
「魔導具ならもっと速くできるということですか?」
「もっと速くできるようにするのが魔導具師の仕事よ。……版の作り方やインクの補充をどうすればいいかなんかの問題もあるから直ぐにとはいかないけどね」
「考えてばかりでは行き詰まりますよ。旦那様も小説のネタが浮かばないと気分転換をよくしているじゃありませんか」
確かに、お父様は小説のネタが浮かばないと仕事を始めたり、遠出をしたりと気分転換をしていたわね。
「じゃあ、気分転換としてまずはお茶を一杯頂こうかしら」
「それがよろしいかと」
小さなころから知られているというのもあるけど、本当にメリッサにはかなわないな。
あの堅苦しい王国から出られて皇国にやってきたことで、やっと自由に魔導具が作れる環境になったことで逸っているのがバレバレみたいね。
「メリッサも一緒にお茶する?」
「お嬢様、普通のメイドは主とともにお茶はしないものですよ」
「私はもう平民だから使用人とお茶しても問題ないんじゃない?」
「平民でも仕事中の人間を捕まえてお茶を飲ませることはないですよ」
「そっかぁ」
皇国にはメイドのメリッサ、執事見習いのニール、料理人のバートンが一緒に滞在してくれることになっているけれど、ここにいるのは私とメリッサだけ。
入学試験でお付きがぞろぞろついてくるのは外聞が悪いから、ニールとバートンには学園の外で待ってもらっているけど、二人のためにも早く試験の結果を教えてほしいものね。
「失礼いたします」
ノックの後に入ってきたのは、先ほど試験を担当してくれた教官ね。
「採点が終わりましたか?」
「はい。アイリス嬢の入学試験の結果は全教科合格。単位取得の得点ラインをすべて超えていましたので、アイリス嬢の望む期間での卒業が可能です」
「ありがとうございます。入学はなるべく早く、卒業は入学から1年後を予定しています」
合格は予定通りだけど、試験は初めてのことだから思いのほか緊張したわね。
共和国の学園に入学するためには1年間の通学実績が必要だから、1年間通うのは確定事項だけど、なるべく早くお父様たちに追いつかないとね。
「諸々の手続きがございますので、入学は1週間後でお願いします。当学園は全寮制ですので、寮に入っていただくことになっていますが、こちらは準備済みの部屋がありますので今日からでも入寮が可能です」
「では、本日よりお世話になります。帯同者はメイド1人、執事見習いと料理人の男性が2人ですので、それに合わせた部屋をお願いします」
「複数名のお付きとともに入学する生徒も多いので対応させていただきます。寮の管理人には伝えておきますので、夕刻には寮にお入りください。入学に関する書類については後日、寮のお部屋にお届けします」
ふー、とりあえず皇国での基盤は出来たわね。
ニールとバートンを拾ってメリッサと一緒に昼食を取りつつ、皇都を堪能させてもらいましょうかね。




