10 魔導具づくりと共和国での学園生活
「お嬢様、おひとりで学園に通うなど無謀です!」
「と言われても、お付きが教室内に入るのはダメって言われてるし」
「でしたら……でしたら、せめて教室の前で待っています!」
うーん、これから共和国の学園に初めて通うんだけど、メリッサがついてくるって聞かないのよね。
皇国は貴族も通っていたから、お付きがいるのは平気、というかお付きがいるほうが普通だったんだけど、共和国は貴族制じゃないからね。
「じゃあ、メリッサには休憩室で待ってもらったら? 確か学園生なら誰でも使える予約式の休憩室があるってジョージが言っていたわよ?」
「そうなのですか、お父様?」
「ああ、学園には他国の貴族も通っているから御者やお付きが休めるように休憩室があるんだよ。私の方で借りておくからメリッサもそこにいると良いよ」
「ありがとうございます。旦那様」
は~、これでメリッサのことは何とかなりそうね。
とはいえ、学園にはあのコールマンを名乗る無礼な男もいるし、何やら面倒なことにもなりそうなんだけどね~。
「本日は魔道具制作の初回授業だが、早速魔道具制作に入ってもらう。今回の課題は光の魔導具だ」
やっぱり面倒なことになるなんて思わなければよかったわね。
初回の授業だっていうのにいきなり実習、しかも講師の隣にはあのコールマンと名乗ったアランなる男性もいるなんて。
まあ、私としては魔導具制作に早速関われるなんて嬉しい限りだけど、周りのみんなは悲鳴を上げているわね。
「制作に関する素材はとなりの収集室にある物なら何を使ってもいい。各々、この学園に入れたという実力を示してくれたまえ」
うーん、光の魔導具かぁ。
普通に考えたら魔導ランプなんだけど、せっかく魔導具制作の授業を受けているんだから変わったものも作ってみたいのよねぇ。
とりあえず、収集室にある素材を見てから考えようかしら……あんまりおもしろそうな素材がなければ普通に魔導ランプを作ればいいしね。
えーと、当然だけど魔導ランプを作るための素材は豊富に準備されているし、そっちのほうにみんな向かっているわね。
まあ、そっちはあとあとゆっくり見るとして、他には~……あっ、すごい! 王国では希少だった狼系の魔物の素材が毛皮だけじゃなくて内臓までそろってる!
あっ、こっちは昆虫系の素材があるのね……えーと、サソリとかトンボ系の魔物素材は王国で使ってたわね……あっこれ、銀ボタル!
うん、普通に魔導ランプを作っても面白くもなんともないし、今回は銀ボタルを使って前々から考えていた魔導具を作ってみようかしら。
「おい、なにを持ってきているんだ!?」
あら、アランとか名乗った男性……まあ面倒だし流石に失礼だからアラン様と呼ぶことにしようかしら。
共和国は貴族制じゃないけれど、講師らしいし流石に敬意は払うべきよね。
「銀ボタルの鱗粉です」
「魔導ランプを作るのにその素材は必要ないだろう。それとも王国では銀ボタルを使うのか?」
「王国でも魔導ランプを作るのに使うのはフレームバードの火炎袋か、赤竜の喉仏ですが、指示されたのは光の魔導具ですよね?」
「……光の魔導具といえば魔導ランプだろう?」
「それじゃあ、面白く……もとい、普通の魔導具よりも革新性のある魔導具を作る方が有意義ではないですか」
「……お前、面白くないって」
「そうは言っていません! 魔導ランプは確かに便利ですけど、火が出るので持ち運びが難しいですし、持ち歩ける光の魔導具があったら便利だと前々から思っていたのです」
魔導ランプは魔石を燃料としたランプで、魔石を交換することで半永久的に使えるから便利なんだけど、火が直接出てくるから持ち歩くと危険でもあるのよね。
火が揺らめいたり大きくなることはないから固定してあれば早々危険なことにはならないけど、転んだり落としたりしたら燃え移ることもあるからね。
「持ち歩く……だが、普通は光の魔導具を持ち歩くことなどないだろう?」
「アラン様はお偉い方だからそうかもしれませんが、街中の警邏をする兵士や、夜中まで仕事をする人など、持ち歩ける光の魔導具を欲する方はいるはずですわ」
「……ふむ」
うーん、納得してくれたのかどうかわからないけど、考え込んでしまったし、とにかく魔導具の制作に入りましょうかね。
まずは魔導ランプの底部にも使っている魔力導通の良い銀板をメインに据えて、そこに銀ボタルの鱗粉を固定化するのが良さそうね。
銀ボタルはお尻が緑色に光るほか、鱗粉が銀色に光る魔物で夜中に狩りをするのよね。
魔石は銀板の裏にセットできるようにして、銀板自体には持ち手も必要よね。
うーん、なんだろ? すごいちっちゃい盾みたいになっちゃったわね。
試しに付けてみるけど……うん、魔導ランプに比べたら明るくはないけど、夜中なら足元や周りが確認できるくらいには光ってるわね。
「うん、こんな感じかしら」
「何っ!? もうできたのか!? ……ふむ、確かに光を発しているし、光の魔導具と言っても差し支えはないか……。だが、魔導具の造形が悪いな」
「むっ! これは試作品ですから造形を突き詰めるのはこれからですよ!」
「俺なら持ち手は円筒型にして、手前に反射材、手前に向かって光源を設置するな。……よく見ておけ」
そういってアラン様は銀板や魔鉄を手でどんどんと加工していく。
……これが教本にも載っていた、魔導具師が使う加工魔術なのね。
「ふむ、これでいいだろう。これなら銀ボタルの鱗粉も少なくて済むし、遠くまで見通せるようになるだろう」
「……本当にコールマン様なんですね」
「何をいまさら。最初から……ではないが、きちんとコールマンだと名乗っただろう」
「そうですけど……それより、加工魔術を使えるなんてすごいですね」
「すごいって……お前だって魔導ランプを作っているのなら師匠に教わっているんだろう?」
「私に師匠はいませんよ。言ったと思いますけど、王国には魔導具師はいなかったので私は教本頼りの独学です。魔導ランプに使っていたのは皇国の魔導具師に加工してもらったのを鍛冶師と協力して切り出したものです」
教本には加工魔術は魔導具師の第一歩って載っていたけど、使い方がきちんと載っていなかったからよくわからなかったのよね。
定着魔法はわかったから魔導具の制作は問題なかったけど、魔物素材の加工は既存の鍛冶技術を使ったりで強引に何とかしたのよね。
「……師匠が……いない? ……ふむ」
「アラン様?」
まーた、この人は考え込んでしまったわね。
まあ、いいわ。他の人もちらほらと魔導具が完成して講師に提出しているから私も提出に行きますかね。
「ふむ。エンダーハイム君は魔導ランプではないのだね。とはいえ、動作もきちんとするし、要件は満たしているか」
「……どうでしょうか?」
「いいだろう。指定の魔導具を作る試験ならダメだが、今回は光の魔導具としか言わなかったからな」
ふ~、とりあえず肩の荷は下りたわね。
初回から自分の欲望に負けて他の人とは違う魔導具を作っちゃったけど、資格をきちんと取るまではこういうのもあまりしないほうが良いのよね。
「アイリス嬢! やはり君は俺の研究室に入るべきだ!」
え~と、席に戻ると考えこんでいたアラン様がまた何か言っているわね。
「アラン様、先日も言われていましたが、私は研究室なるものが何かを知りません」
「研究室は生徒と講師が課外に集まって行うグループ活動のようなものだ。試験の対策を行うところや、店舗経営に際してのヨコの繋がりを作るところなど、様々な研究室があるが、俺のところは新作魔導具を作り出すことを重視している」
皇国の学園にあった派閥とか、グループと呼ばれていた集まりのような物かしら。
確か皇国では令嬢が集まってお茶会とか、騎士になりたい人が集まって自主練とかしていたわよね……私には関係なかったけれど。
「研究室……う~ん、でも新作魔導具の試作なら家でもできますし、そもそも入学したばかりでどれくらい自由時間が取れるかもわかりませんし」
「俺の研究室には王国にない魔物素材もわんさかあるぞ。もちろん、今回使った銀ボタルの鱗粉も俺の研究室からこの収集室に分けたものだ」
「へっ!?」
王国にない魔物素材と言うと、もしかしたらスノータイガーやドラゴンの素材なんかも!?
「もちろん、どの素材も使い放題というわけではないが、俺が承認したものなら生徒でも自由に使うことができるぞ」
「……素材……使い放題」
「当然、俺や他の生徒が作った新作魔導具をいち早く確認もできるし、時間さえあれば検討や討論も行っているぞ」
「……新作魔導具……討論」
正直どれもこれも魅力的なのよね。私は王国では一人で魔導具を作っていたし、皇国でも基礎的なものばかりだったから復習みたいなものだったし。
それに王太子の婚約者、次期王妃だったから周りにいたのも嫉妬心むんむんか、忖度しておべっか使う人ばっかりだったから。
騎士団がワイワイ訓練しているところとか、文官が政策について徹底的に討論してる姿を見て、いいなぁって思ってたのよね……。
「どうだろうか? 他の研究室では君には物足りないと思うし、俺の研究室には魔導具への熱意を持っている生徒が多いんだ」
「……少し……考えさせてください。両親にも相談しなければなりませんし」
……うん、お父様やお母様に相談するのはもちろん、学園に付き添ってくれているメリッサに何の相談もなしに決めてしまうのは違うわよね。
研究室に入るのなら、帰る時間が遅くなることも多くなるだろうしね。
「ふむ。俺がこの講義に出られるのは今日だけだ。俺の特別講義もしばらくはないから、研究室の場所を教えておこう。気が向いたら課外に来てみてくれ。いつも誰かしら居るし、君のことは研究室の面々に教えておくからな」
「……わかりました。……でもアラン様はどうしてそこまで私を研究室に入れたがるのですか?」
「単純なことだ。君の魔導具が素晴らしいと思ったからだ。俺を含めて新作魔導具を作ろうと思っている連中は高価で威力の高いものを作る傾向にある。だけど、君は安価で誰にでも使える魔導具を作ろうとした。それが素晴らしいと思ったのさ」
「あ……ありがとう……ございます」
確かに、私が作ろうと思っている魔導具はそういう理念のもとに作っている。
市場に流出している魔導具は高価で、貴族や豪商しか買えないものが多いけれど、もっと庶民でも買えるような魔導具が普及すれば人々の生き方も変わるだろう……と。
それに簡単に作れて安く売れる魔導具が増えれば、魔導具師を諦めて他の職業に行く人を引き留められるかもしれないし。
でも……私のそんな考えを魔導具1つ見ただけで、わかってしまうなんて……。
なんだろう……この気持ち。前国王陛下に執務の成果を褒められた時に感じたのとも、皇王陛下に政策について意見して褒められたのとも違う。
胸の奥がじんわりと温かくなるような……すごい……ドキドキしている。




