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01 ブスだから婚約破棄したい?

「アイリス・エンダーハイム! 貴様との婚約は第一王子の権限で今夜破棄する!」


 公爵家のパーティーに参加していたら、突然私の婚約者……ラグランジュ王国第一王子ゲオルグ・ラグランジュが意味不明なことを叫びだした。

 ゲオルグの傍には見たこともない令嬢がしな垂れかかっているし、どうやら私の婚約者は隠れて浮気をしていたらしい。


「ゲオルグ様、一体どういうつもりか教えてくださいな。公爵家のパーティーで突然そのような戯言を言うなど……」


「うるさい! 貴様のようなブスは王妃に相応しくないのだ!」


「……ブ……?」


「俺様のような美形の隣には同じくらい輝きのある女性が相応しい。王妃がブスなど諸外国に馬鹿にされるではないか!」


 は? 私がブスだから婚約を破棄するって? 正気?

 そりゃあ、私は目鼻立ちがくっきりしてなくてのっぺりしてるから、美人とはお世辞にも言えないけれど、それを理由に婚約破棄するって……。

 大体、周りの人間もなぜ止めないの?

 ……ああ、そういえばこのパーティーを主催しているバラム公爵家は宰相職を狙う貴族で、一応お父様の政敵ともいえる存在だったわね。


「ゲオルグ様、正気ですか? そのような理由で婚約破棄など王子の瑕疵にもなるのですよ」


「黙れ黙れ! そこまでして俺の寵愛を得たいかっ? それとも王妃の座には自分こそが相応しいとでも思っているのかっ?」


 カチン、ときた。

 はあ? 寵愛? 王妃の座? そんなもの望んだことなんて生まれてこの方一度もないわよ!

 生まれた瞬間から決められていた婚約者に執着するわけないでしょ!

 大体、この婚約を望んだのはエンダーハイム家ではなく、貴方のお父様、国王陛下が仕組んだ婚約なのよ!


 はあ、もういいわ。

 こんなおバカさん相手に頑張る意味なんてないし、とっとと婚約破棄して今後どうするか考えたほうが建設的だわ。


「わかりましたわ、王子殿下。謹んで婚約破棄を受け入れます」


 もう二度とゲオルグ様などと呼んでやらない……婚約を破棄すれば他人になるのだからこれからは王子殿下で十分ね。


「ふんっ! 最初からそう言っておればいいのだ!」


「では王子殿下、婚約破棄に際して右手を差し出していただけますか?」


「は?」


「王家の婚約には契約魔術が用いられます。それは私と王子殿下の婚約も同様」


「それくらいは知っておるわ!」


 え、知ってたの? だったら最初から文句を言わずに右手を出しなさいよ。

 まあ、私は1歳の時に契約させられたからどういった契約かは知らないけれど、破棄の仕方だけは王子妃教育の一環で習っているのだけれど。


「では、その契約魔術を破棄させていただきます」


 王子が面倒そうに差し出した右手に対して、私も同じように右手を差し出す。

 両者の間に光があふれ、金色の契約文面が描かれた半透明な一枚の紙のような物体が現れる。

 契約魔術は神聖なもので綺麗とは聞いていたけれど、この光景が見られるのならこのバカとの婚約破棄なんて安いもの……そう思わずにはいられないほどの荘厳さね。

 契約魔術には私と王子の両方の名前と、契約に際する文言が書かれているけれど、文面自体は王子妃教育で習ったものと変わりない。

 双方の了承によってのみ破棄が可能、破棄後一年以内に新たな婚約者を見つけられない場合には王子は廃嫡、破棄した令嬢は二度と王族の伴侶になれない……まあ、要約するとこんな内容ね。


「私、アイリス・エンダーハイムは契約魔術の破棄に同意します」


「ゲオルグ・ラグランジュは契約魔術の破棄に同意する」


 私と王子殿下の誓約がパーティー会場に響いた瞬間、私たちの間にあった契約魔術は中央からびりびりと音を立てて破かれていく。

 契約魔術の破棄なんて歴史的イベントに立ち会えたのだから、今夜このパーティーに参加していた人たちは歴史の生き証人ね。


「では、王子殿下、これからのご多幸をお祈りしておりますわ。御前失礼いたします」


 契約魔術の破棄で呆けていた王子に対して、適当な挨拶をしてパーティー会場を抜ける。

 契約魔術の再契約は不可能だけど、またなんやかんや言われるのも面倒だし、私はもう完全に赤の他人だからね。

 王子妃の義務としてこういうパーティーにも参加していたけれど、本当はパーティーなんて面倒くさいだけで嫌いだし王妃に向いていると言われても私がやりたいことはそんなことではない。

 民の税金で暮らしていたからその分のお仕事はしていたけれど、王子の婚約者でもなくなったのならそういう面倒なことをする意味もない。


「メリッサ、馬車を出してくれる?」


「お嬢様? まだパーティーの終了までには時間がありますけれど早くないですか?」


「バカがバカなことをしたからパーティーはお開きよ。詳細は帰りの道すがらに説明するわ。あ、王宮じゃなくて伯爵邸に戻ってね」


 あのおバカな王子は私のエスコートなんてしたこともないから、私は当然伯爵家所有の馬車でパーティーに出席している。

 正直、教養もマナーもなってないようなおバカさんなんて隣にいるだけ邪魔なので、悲しいとか悔しいとか思ったことはないけれど、今日ほどエスコートしてくれなくてよかったと思ったことはないわ。

 だって、エスコートされていたら私は公爵邸から歩いて伯爵邸まで戻らなければいけないわけでしょ? そんなのごめんだわ。


「で、お嬢様一体何が起きたのですか?」


「王子殿下がパーティーの最中に私との婚約を破棄したいと言ってきたから破棄しただけよ」


「は?」


「だーかーらー、私が生まれた時に国王陛下が契約魔術まで使って無理やりした婚約を破棄したいと言われたのよ」


「り……理由は?」


「私がブスだからですって、失礼しちゃうわよね」


「「そんな理由でっ!?」」


 あら、御者席に通じる窓が開いたままだったから御者をやってくれている執事見習いのニールにも聞こえていたのね。


「あの王子にとっては重要な理由だったのでしょうね、容姿は。なにせ勉強もしないで肌や髪の手入れに熱心って話だったし」


 本来次期国王として学ばなければならないことがたくさんあるのにもかかわらず、あのバカ王子は勉強もしなければ視察にもいかずに肌や髪の手入ればかり、よほど王国貴族から褒められるのが嬉しかったのでしょう。

 でも、王国貴族は本当に素晴らしいと思って褒めていたわけではなく、あのバカ王子はそれしか褒めるところがないから容姿を誉めていただけ。

 それに乗って勉強をおろそかにするなんて本末転倒もいいところよね。


「でも、お嬢様との婚約は国王陛下との」


「そう、国王陛下たっての願いによって叶えられた婚約、本来は私にも王子にも破棄の権限はないわ」


「ですよね」


「でもね、契約魔術は契約した双方の了承によって破棄が可能になるの。だから、いくら国王陛下が嫌だと言っても契約者が破棄に了承すればこの婚約は破棄されちゃうのよね」


 本当に陛下が私と王子を婚約させたかったのなら、契約魔術なんかに頼らずにきちんと王子を教育して婚約者を大事にすべきだったって話ね。

 まあ、契約魔術を結んでいれば他国や他貴族からの介入は避けられるし、王子がこんなバカなことをするとはつゆほども思っていなかったでしょうから、陛下にとっては契約魔術での婚約のほうが良かったのでしょうね。


「でも、お嬢様はこれからどうするのですか?」


「お父様には今日の経緯を書いた文を魔導具で知らせてあるから、早速行動に移すでしょうし先に教えておくわ。エンダーハイム家は爵位を返上し、他国へ移住する予定よ」


「「は?」」


「もともとね、うちの家は権力闘争とか爵位にこだわりはなくて、文官として働きながらそれぞれの趣味に打ち込む人が多いんだけど、お父様が何の因果か宰相にされてお父様を引き留めるために私と王子の婚約が結ばれたの」


「確か宰相職には任期があるのでしたよね」


「ええ、領地持ちの貴族の専横が酷かった時代があったから下手に癒着できないように、宰相は5年で交代することになっているわ。……でもね、この法律には抜け穴があって王族はその限りではないのよ」


「王族?」


「本来は優秀な第二王子や第三王子を手元に置いておくための法律なのだけど、それを国王陛下が悪用して王子の婚約者の父親は王族同然と言い張ってお父様を無理やり宰相に置き続けたのよ」


 宰相職になりたがる高位貴族は多かったけれど、国王陛下が宰相職になりたければ王族になればいいとか煽っていたのよね。

 しかも、王子はあのバカ一人で他にはいないから私との婚約が破棄されない限り、お父様は宰相職から降りることは出来ない。


「でも、なぜ爵位を返上するのですか?」


「王国法で貴族は他国へ移住することは出来ないと明言されているからね。貴族でもない平民ならば移住は個人の自由だから止められることもないし。私もお父様も常々この国を出て他国に行きたいと考えていたのよ」


 領地持ちの貴族なら領民に対しての責任があるからこんなことは出来ないけれど、幸いにもウチは領地を持たない貴族だ。

 口さがない人間は次期王妃という役職を持っていたのに国を捨てることに不満を持つかもしれないけれど、そんなものこっちの知ったことではない。

 バカ王子が勝手にこちらを捨てたのだから、私がそれに対して責任を感じる必要はないし、なんだったらこれまで次期王妃としてやらなくてもいい仕事を押し付けられていた分で十分相殺できる。

 それだけ、私もお父様も他の貴族に比べて、この国に貢献してきたという自負がある。


「お嬢様や旦那様はそれでいいとして、わたしたちはどうなるのですか?」


 ニールが言うことももっともね。


「最終判断はお父様が下すことだけれど、移住先でも人手は必要だから付いてきてほしいわ。もちろん、王国に居たいというならそれなりの退職金は出せるはずよ」


 ウチの家族というか家系は趣味人が多くて、貴族としての収入以上に趣味で得た副業のほうが多いくらいなのよね。

 だから、メリッサやニールはもちろんのことウチで働いてもらっている人間すべてにある程度の退職金を払う余裕くらいはある。

 私は魔導具づくり、お父様は小説を書いていて、お母様は植物の栽培。

 私の魔導具は国王陛下がすべて買い上げているからあまり知られていないけれど、お父様の小説は平民貴族問わずに人気で、お母様の栽培しているお花は貴族夫人のお茶会には欠かせないものとなっている。


 私はともかく、お父様やお母様がこれを機にこの国から移住するとなったら、あのバカ王子や新しい婚約者には方々から突き上げが来るでしょうね。

 私はもう他人だから知ったことではないですけれどね。

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