6話
イズミール公、反撃開始――
「ラウル、おまえがさんざん大嘘を吐いたあげく、余を客人の前で辱めたことを悲しく思う。おまえがこのように横暴なふるまいをしなければ、余も黙っていただろうが、もう憐れみをかけるのはやめようと思う」
こう前置きして、従者から書類を受け取った。公が掲げたその書類はどうやら借用書のようだ。一枚だけではない。何枚もある。
「おまえ、余の名を勝手に使い、方々で借金をしているだろう? それだけではない。金庫の金も相当使い込んでいる。余が気づいて管理を強化しなければ、すっからかんになっていた」
え? どういうこと? 家の金を勝手に使い込んで、そのうえ借金までしてる?
決定的な事実を突き付けられたラウルは硬直した。フローラはなにも知らなかったのだろう。こちらも愕然としている。
「おまえが賭博にハマり、散財していたことは以前から把握していた。妻のヒステリー症のこともあり、黙っていたが、我慢の限界だ。おまえとは親子の縁を切る。借金の支払いくらいは、手切れ金代わりにやってやろう。だが、今後いっさい援助もしないし、城や屋敷にも近づくな。そこにおられるフローラ嬢と結婚したいとしつこく訴えていたが、それも好きにするがいい」
悲鳴を上げて、イズミール公の奥様は卒倒した。不倫を疑い、嫉妬に狂った奥様が私を殺す予定だったから、これで不安材料はなくなったと見ていいのかしら? うしろのアデルを見ると、ニィッと悪い笑顔を見せる。ああ、全部知っていたってこと? しばらくいなかったのは、ラウルの借金のこととかを調べていたからなのね。それにしても、ラウルってかなりのクズ男じゃない。いくらイケメンだからといって、こんなのと結婚したくないわ。
沈黙を守っていたイズミール公の反撃にラウルは為すすべもなく、しばし目をキョロキョロさせていたが、執事に「どうぞ、こちらへ」とやんわり退出を促された。同じく味方ゼロのフローラと連れ立って、大広間を出て行く。そして、卒倒したイズミール公の奥様も退出。ざわめきが収まってきたところで、イズミール公はふたたび口を開いた。
「お集まりいただいたご一同には、とんだ茶番を見せてしまった。だが、ご心配なく。余にはもう一人息子がいる。バルバラ嬢には、次男のアデルと婚約していただこうと思う」
アホ面をさらしていた父が満面の笑顔になる。単純だなあ。あなたのフロたん、どこかへ行ってしまいましたけど?……て、アデル!? え? 私、侍女と結婚するの!?
いつの間にか、アデルの姿がいなくなっていた。ずっとうしろにいると思っていたから不安になる。守ってくれるって、言ったじゃない! どこへ行ってしまったの!? 先ほどのラウルさながら、私は右往左往してしまった。
だが、そんな私の心配をよそに広間の扉が開いて、見たことのない貴公子が入ってきた。赤いジュストコールに両サイドをクルリンとさせた白髪のかつら。誰だろうとぼんやりしていたところ、近づいてくる。
ん? もしかして、アデル?? 男装しているの!? 男装もなにも今まで女装していたわけだから、この状態が本来の姿ってことだけど……君はモーツァルトかね? でもこれなら、ついさっきまでそこにいた侍女だってことに、誰も気がつかないかも。
イズミール公が息子のアデルだと皆に紹介した。やっぱりアデルだったんだ──と頭で理解しても、私はいつもとちがう彼に緊張した。だって、別人みたいなんだもの。服装と髪型から最初はうっかりモーツァルトを連想しちゃったけど、全然ちがうから! もっと王子様っぽいよ。ちょっと幼い感じはするけど、もんのすごい美少年なんだから!
アデルは私の前でひざまずき、「結婚してください」とプロポーズする。私は令嬢らしく手を差し出し、アデルは手甲にキスをした。緑の瞳に上目で見つめられ、ゾクッとする。私、いつしか恋に落ちていたみたい。
あとで聞いたところによると、イズミール公はあの奥様の猛攻を恐れて、表沙汰にしようと思ったらしいの。大勢のまえでラウルがクズっぷりを存分に発揮してくれたから、堂々と勘当できたってわけ。それで、アデルのことも正式に息子として迎え入れることができた。
奥様は以前からイズミール公の不倫に悩んでいて、心神喪失状態だったらしい。それ自体は気の毒なんだけど、周囲に攻撃性が向くのはやめてほしいよね。その後、不倫相手と刃傷沙汰を起こして、公とは無事離婚したとのこと。
ラウルは土下座までして謝罪したらしいんだけど許してもらえず、今は病気の母親のもとにいる。フローラとは速攻で別れて、また賭博にハマっているそう。フローラは娼婦になったと風の噂で聞いた。
そして、私。私は大好きなアデルと今日もイチャイチャ、庭園デートをする。
アデルってば、普段はモーツァルト風かつらを着けず、素のおかっぱ頭なんだ。いくらなんでも、スカートはもう穿かないけどね。頭をナデナデすると怒るのが、これまた堪らない。かわいい!
美少女→美少年へジョブチェンジ! 私はアデルのおかっぱ頭をいい子いい子しながら思う。どうか、これが夢なら覚めないでいて──
了