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5話

 運命の婚約パーティーの日、アデルが私のために見繕ったのは真っ赤なドレスだった。それはもう、ド迫力の派手派手なドレス。悪役のドレスなんていちいち覚えてないし、ゲームでも同じ服だったかは記憶が定かではない。でも、フローラは白とピンクのふんわりした乙女チックなドレスを着てくるはずだ。私、どっからどう見ても悪役だよなあ。


 鏡に映る自分の姿はまごうことなき悪女なのに、寸前になって怖くなった──死にたくない。トラックに轢かれて死んで、また転生先でも殺されるなんてサイアクだよ。

 鏡台の前で動かなくなった私を侍女が急かしてくる。もう、パーティーは始まっています、って。だけど、自分が死ぬかもしれないパーティーに平然と出席できるほど、私は強くないよ。腰を上げようとしても、膝が震えてしまって立てないの。察したアデルが侍女たちを下がらせてくれた。


「どうした? 怖いのか?」


 アデルの問いに私は首肯する。ここから、今すぐにでも逃げ出したいと目で訴えた。

 アデルの答えは“否”。私、たった一人の味方にまで突き放されたような気がして、目の奥がジンと熱くなった。


「なっ、泣くなっ!! 大丈夫だ! 俺が守る!!」


 不意に手を握られて、今度は頭が真っ白になった。男にしては小さい手だけど、とっても熱い。私の手が冷たかったから、なんだか溶かされていくようで自然と体のこわばりまで解けていった。

 アデルはこぼれ落ちた私の涙を拭いてくれた。


「なにがあっても、俺が守るから。約束する」

「本当に?」


 アデルはコクリ、うなずく。私たちはそのまましばらく、見つめ合った。

 手はずっと握ったままだった。屋敷の大広間についてからもずっと──



 パーティ会場の大広間には、たくさんの人が集まっていた。私、一番最後だったみたい。父のエレヴァン侯爵はプリプリ怒ってきた。ま、全然怖くないんだけど。


「もーー、バルバラ遅いよー! これまた、刺激的なドレスを着て! 目に焼き付くようだよ……ふぅん、今そういうのが流行ってんの? パパ、全然わかんない」


 褒めてるんだか、けなしてるんだか……


 私はひと通りお客様にご挨拶し、ラウルの近くに立った。彼の横にはフローラがいる。やっぱり白とピンクのドレスだ。わざと出した(おく)れ毛の他は全部まとめ上げている私とちがい、三つ編みハーフアップで垂らしている。絶対、あっちのほうが男性ウケがいい。黒髪長髪イケメンのラウルとはお似合いだよね。

 ラウルは私と目を合わせようともしなかった。声をかけても、適当な相槌を打つだけで明らかに避けられている。

 私は前を向いたまま、真後ろで控えているアデルのほうへ手を伸ばした。挨拶している間は、手を握ったままというわけにいかなかったの。アデルはすぐさま気づいて、ギュッと握ってくれた。


「お集まりいただいた皆様に重大な発表があります」


 しばらくして、ラウルが大きな声を出して視線を集めた。私はこのあとの出来事を予測して、握る手に力を入れた。アデルは痛いくらいに握り返してくる。


「お集まりいただき、誠に申し訳ないのですが、バルバラ嬢との婚約は破棄させていただきます」


 この爆弾発言を聞いて、機嫌よく大口開けて笑っていた父が固まった。(あご)を上げた状態で停止したもんだから、鼻の穴が丸見え。それこそマヌケ面である。だが、私は笑っていられる場合じゃない。このあと、断罪されるのだ。


「バルバラ嬢は長年に渡り、ここにいるフローラ嬢を(しいた)げてきた。僕はその行為を許すことができません」


 客たちはざわざわ言い始めた。「そんなことで」とか「ウソだろ」とか「くだらない」といった批判的なものが大多数だ。でもこのあと、逆転するのを私は知っている。


「聞いてください! バルバラはフローラのことを中傷しています! 部屋から物を盗んだり、嫌がらせの手紙まで送りつけてきました! それに……」


 女同士のいざこざに、好んで首を突っ込んでくる男性はめずらしいよね。それほど、フローラに入れ込んでいるってことなんだろうけど、少々見苦しい。お客さんたちも白けた顔をラウルに向けている。イケメンが四面楚歌だとなんだか憐憫の情が湧いてしまうなあ。いかん、いかん……てか、今言ったこと全部、私がやられてることじゃん。ラウルの頭、どうなってるの!?


 思いがけず、ひょんなところから助け舟が現れた。いつも、私の着替えとかを手伝ってくれる侍女だ。


「あの、よろしいでしょうか? 物を盗んだりというのは、明らかに誤りでございます。わたくしどもはいつもお側におりますゆえ、存じております」


 あれ? こんなシーン、ゲームであったっけ? どっちにしろ、侍女さんありがとう。でも、ラウルにギロリとにらまれて、身を縮こまらせちゃったよ。かわいそう。ラウルって、こんなキツい顔もするんだ。

 その侍女のうしろから別の侍女が声を上げた。


「むしろ、逆でございます。バルバラ様の私物がフローラ様のお部屋で見つかることが多々あり、わたくしどもは対処に困っております」


 この一言をきっかけに、周りにいた侍女たちが「そうよ、そうよ」と同調し始めた。とても、ありがたいことよ。あなたたちも立場ってものがあるでしょうに。なんだか、ゴメンね。


「バルバラ様はお気の強い方ですが、その場でハッキリ意思表明なさいます。おっしゃられるような、陰湿なことは決してなさいません」


 こんなことまで言ってくれる。そう、たしかにバルバラって意地悪で嫌な奴にちがいないんだけど、バカだからそんなにあと腐れないのよ。


「ウソをつくな! だまれ!!」


 ラウルが鬼の形相で怒鳴りつけたもんだから、侍女たちは静かになっちゃった。私なんかのために、申しわけない。すると、静まり返った大広間に落ち着いた中年男性の声が響いた。今度は壁際から、ニュッと執事長が出てきたの。


「嘘ではございません。執事のこのわたくしめも、侍女たちから何度も同じ相談を受けております」


 年配者に対してはひるんでしまうのか、ラウルは即座に言い返せずにいた。そんなラウルの着火剤となるのはフローラだ。いつものイジメられた哀れな子モードで、泣きついてくる。


「ラウル、もういいわ。誰もわたしの言うことなど、信じてはくれないもの」


 ウルウルした目で訴えられたラウルは持ちこたえた。うん、呼び捨てか。いつの間にか仲を深めていたのね、この二人。そしてとうとう、ラウルは父であるイズミール公に助けを求めた。イズミール公は私たちからそう離れていないテーブルの近くで、私の父と一緒にいる。


「父上、どうお考えですか? 父上はだまされています。僕のところには父上がバルバラの色仕掛けに引っかかって、婚約の話を勧めたのだという情報も入っております」


 これに激高したのはイズミール公ではなく、奥様のほうだった。つり目の教育ママっぽい怖そうな人だよ。ザマス口調で話しそうな感じ。いよいよクライマックスが近づいてきた。私、ころされる……


「なんですって!? あなた、本当なの!? それは??」


 ぐいぐいイズミール公につかみかからん勢いで迫ってくる。私、もう逃げたほうがいいと思って、背後のアデルを見たの。そうしたら、


「大丈夫だ、俺を信じろ」


 小声で言って、男みたいな強い視線を投げてくる。いや、男なんだけどさ。私、一歩下がって、アデルに背中を預けた。

 でもね、激おこの奥様と反して、イズミール公はなぜか落ち着いていた。その隣でわたわたしているウチのアホ父とは雲泥の差だ。クールでかっこいい。


「ラウル、この父にまで偽りの言葉を吐いて愚弄する気か」

「偽りではありません。本当のことです」

「ならば、いつどこで余がバルバラ嬢の色仕掛けにあったのか、教えてくれるか?」

「えっと、それは……」


 ラウルは言いよどんだ。当然よね。そんな事実どこにもないんだから。なんで、こんな根も葉もないことで私がビクビクしないといけないの?

 私はうつむくのをやめ、堂々と胸を張ることにした。アデルが背後を守ってくれているし、殺されるにしても情けない最後だけは嫌だと思ったのだ。

 ラウルは上を向いて少し考えていたが、ハタと思いついて、


「そうだ、あの時! 一昨日の夜会で父とバルバラの姿が見えなかった! たぶん、その時……」

「その時なら、イズミール公はわしと一緒に別の場所で酒を呑んでいたぞ?」


 ここでダメダメだった我が家のお父さま、スポットライトを浴びる。ナイス! よくぞ、アリバイを証明してくれた!……と思ったんだけど、


「うん、あれだ? いつもの、行きつけの、な?」


 なんかそのあとの歯切れが悪い。こりゃ、たぶんいかがわしい店だな……ほんとにしょうもな。

 私が呆れていると、手のぬくもりが消えて、アデルがズイと前に出た。


「バルバラ様はその日、お屋敷にいらっしゃいました。侍女のわたくしが証明いたします」


 ラウルは手詰まりになった。まったく、嘘を言うにしても、もっと上手につきなさいよ? そもそも根拠もなにもないから、立証するのは無理だろうけど。


 ここからイズミール公の反撃が始まった。

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