3話
その晩、晩餐の席にて、蜂に襲われた話は笑い話として紹介された。
立派なカイゼル髭※のお父様、エレヴァン侯爵は腹を抱えて大笑い。あの……あなたの娘、死にかけたんですけど……
「ぎゃはははは……こりゃ、笑える。バルバラなら、蜂も撃退できそうだがな?」
招待された国王の弟イズミール公も苦笑いだ。公は父親と向かい合う私の左隣に座る。右隣には令息のラウル。フローラは大笑いする父の隣だ。
イズミール公は上品な口髭を生やしたイケオジである。光沢のあるブラウンヘアーをオールバックにしている。ゲームでは私、このイズミール公と不倫して、奥様に殺される運命なのよね。
イケオジ公爵とイケメン令息に挟まれて、両手に花状態の私。
無神経な父親の横で、フローラは目をウルウルさせていた。
「本当に恐ろしかったですわ……死ぬかと思いました」
「んー、ダイジョブ、ダイジョブ。フロたんのことは、パパが必ず守ってあげるよぉ」
フローラに甘々な顔を見せる父……キモい。そうそう、父は昔からこんな感じだったと私は思い出す。強そうな私に対しては雑な扱いで、女の子らしいフローラには激甘だったのだ。まあ私、フローラをいじめたくもなるよね。腹立つもん。
……にしても、フローラはあの場にいなかったのに、なにが怖かったのだろう。これ、アデルの言うとおり、彼女が仕組んだことだったら、かなりヤバくない? サイコパスか?
そのアデルは私のうしろでお給仕中だ。イズミール公はアデルの父親だそうなんだけど、アデルとはちょっと目を合わせる素振りをしただけで、知らんぷり。なぜかというと、令息のラウルはアデルの存在を知らないようなんだよね。正妻(私を殺す予定の人)に知られると、大変なことになるからコッソリ、家で匿っているそうなの。
んで、蜂の話はまだ続いていた。イズミール公が口を開く。
「しかし、逃げてきたフローラ嬢をうちのラウルが助けたそうで、お手柄だったな、ラウル!」
声をかけられてラウルは、はにかむ。イケメンだ。眉毛太めなのに目と平行だから、クールで甘い。まえの世界で黒髪長髪のイケメンなど見たことがなかったが、彼は有り得ないぐらい美しい。背後にいる女装男子とは似て非なる美しさ。アデルは完璧な女顔で、ラウルは男らしい美男子である。
あああ、譲るのもったいない……。しかし、背に腹は代えられぬ。イケメンをあきらめるか、死ぬか選べって言われたら、やっぱりあきらめるほうを選ぶでしょうよ。命のほうが大事だよ。
上機嫌で話す父親を放っておいて、私は食事を楽しむことにした。今日、狩りで捕獲したという鹿の丸焼きが大皿に載せられている。これを給仕係が目の前で切り分け、ソースをかけてくれるのだ。
皿の上にドデンと置かれた姿は結構グロいのだが、切り分けてお皿に載せられると、ローストビーフのようである。モモの部分を切った断面は、鮮やかなピンクだ。それに、ソースをトロリ。ホースラディシュ、クレソンを添えて食べる。
……うんまっ!! これ、高級フレンチとかそういうレベルじゃない? さすが、貴族! しかも、食べ放題だよ。
私は何度もお代わりして、モリモリ食べた。だって、父親たち、何しゃべってるか、わかんないし、フローラやラウルとも共通の話題がない。食事を楽しむくらいしか、やることがないの。せっかく転生したんだし、贅沢しなきゃ!
五皿目に差し掛かったころ、背後のアデルに小突かれた。
「食べすぎだ」
小声でも強い口調で言われる。そんなに怒ることないじゃない。でもまあ、太るのも嫌だからそこまでにしておいた。美人に生まれて、太ったら台無しだもんね。
マイペース? 鈍感?……な父が本題に入るまでは時間がかかった。イズミール公と政治経済の話や狩猟の話で盛り上がってしまって、忘れていたっぽい。そして、フローラとラウルは恥ずかしがりながらも、たどたどしく言葉を交わし、お互いの距離を縮めていたようだ。微笑ましいことよ。さては恋に落ちたな? どうぞ、私のことは気にせず、好きにやってください。
デザートのソルベがやってきて、やっと父は思い出したようだった。
「ハッ! そうそう、まだバルバラには話していなかったんだ。親同士の交渉の結果、イズミール公のご息男、ラウルとの婚約が決まったから! よかったな!」
桃のソルベにたっぷり蜂蜜がかかっているのよ。華やかじゃない! だから、この晩餐の目的だとか私、すっかり忘れていたわけ。サラッと発表されて、口の中にあったソルベをうっかり飲み込んでしまった。もう、変な所に入ったりしたらどうするのよ?
そこで気づいたんだけど、桃ってお茶会の時にもらった香水のフレーバーよね? で、蜂蜜って……偶然にしても皮肉が効きすぎてるわ!
「どうした、バルバラ? 変な顔をして? もっと喜べ。おまえはフローラとちがって、評判が悪いから心配していたんだぞ? ほら、おまえの好きそうなイケメンだし、公爵令息という肩書もイケているだろう?」
あの、お父さま、「エサだ、ホレホレ」みたいな言い方やめてください。私、どんだけバカだと思われてるのよ?
「ラウルもすまんな? 今は亡きバルバラの母はイズミール公の妹だったのだ。ゆえに君とバルバラは従兄妹という関係性。キツい性格に見えて、案外単純だから仲良くできると思うぞ?」
「すまんな」って、なんで最初に謝ったし。それに、しれっと貶しながら、自分の娘を紹介するのやめろ。なんか、厄介物件を押し付けて、ニヤニヤしてる不動産屋みたいよ? ラウルもどう反応したらいいかわからず、微妙な表情しているじゃない。
二口目のソルベをゴクン飲み込んで、私は言ってやることにした。
「お断りします」
みんな唖然として固まる。芸人風カイゼル髭の父もあんぐり口を開けてアホ面さらしているし、イズミール公の目も点になっているよ。あれ? 私、なんかやっちゃいました?
ああ、そうか。格上の公爵家との縁談を平然と断ったから、こんな感じなのね? それなら、フォローする。
「私にはもったいなさすぎる縁談なので、お断りしたほうが良いかと思って。私とラウル様では不釣り合いですわ」
令嬢風に謙遜して言ってみた。これなら伝わるだろう。さ、桃のソルベを食べるぞ! しゃべっている間に溶けちゃう!
私が三口目のソルベを口に入れようとした時、イズミール公が声をあげた。
「すばらしい!!」
「は!?」
「最初は高慢で意地が悪いという噂を聞いていたので、縁談の話は二の足を踏んでいたのだが、まったくそんなことはない。慎み深い、いいお嬢さんじゃないか!」
な、なにかものすごい勘違いをしてますよ、公爵閣下。私、断ってるんだよ? どうしてそうなる?
父親も父親で、ナプキンで目を拭きながら、
「成長したなあ、バルバラ!!」
なんて褒めてくる。おバカな不良がたまに良いことをして、大げさに褒めるみたいな仕草はやめなさいよ。てか、私、一人で鹿のロースト、五皿もお代わりする人だよ? 慎み深いわけないじゃん。そして、桃のソルベを食べたい。
私は意地でも完食するつもりだった。ええい、どうにでもなれだ!
※カイゼル髭……先っぽがクルリンとした口ひげのこと。