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『椰束』の秘密


 王宮から葛城宮まではほんの六町半(約八百メートル)、徒では少し時間を食うが、馬を走らせればあっという間だ。大路を横道に逸れ、田畑の間を抜けると、まもなく喧騒とともに葛城宮の板塀が大勢に囲まれているのが見えてきた。

飛利(とり)! 人麿(ひとまろ)!」

 皇子が叫ぶ。

 門前には馬上で三叉戟(さんさげき)を構える人麿と、やはり馬に乗り、剣で応戦する飛利がいた。槍を構えた十二、三人の兵士がそれを取り囲んでいる。どうやらこれが内殿警護兵ようだ。

 普通の警護兵とは違い、体つきが大きくがっしりしている。鉄冑(てつかぶと)の下に覗く顔つきも彫りが深く、目がぎょろりと大きかった。

 つ、強そう! これが隼人。

 矢を射かけても素手でへし折られそうだ。

「どけどけえっ!」

 そこに恐れげもなく皇子が黒駒を乱入させると、地面に立つ隼人たちはさすがに囲みを乱した。その隙に朔弥も馬を操って飛利の隣に並ぶ。見れば有利な馬上にもかかわらず、飛利も人麿もあちこちに傷を負っていた。

「くそっ!」

 それを見た皇子が腰の剣を抜き、なおも飛利に群がる兵士に斬りかかった。

「飛利どの!」

 血を滲ませた姿に呼びかけると、飛利はちらっとこちらを見た。

「大丈夫! 君は門の中に入って!」

「嫌です! 私にその剣をよこしてください。飛利どのこそっ」

「違う! 伊那(いな)(もち)様が武器を用意してるから塀の上から弓で牽制して!」

「でも……っ!」

「彼らは皇子に手を出せないんだ! だからいつもは皇子と人麿でこと足りた。でも今日は遅れをとった分、皇子は容赦しない。余計な血が流れる前に早く!」

 その言葉で朔弥は、人麿の大仰な武装が、皇子の護衛役として周囲を威圧するためだけではなかったことを理解した。

 ああ、だから。

 もちろん皇子は今日もこれあるを予期し、戻ってきたら門前で盾になるつもりでいたのだろう。ところがいつもなら罰が下されるのは皇后と会ったあとなのに、今日は参内した時点で兵を出されるなどという予想外の手を使われてしまった。

「……っ」

 朔弥はすぐに少し口を開けている門扉の向こうに駆け込んだ。

「椰束殿!」

 前庭では、武装した伊那持が朔弥の剣と弓を抱えて立っていた。足元には朔弥が見たこともないような武具が(むしろ)の上にところ狭しと並んでいる。

 な、何これっ!

 刃が片側に大きく湾曲した剣、三日月のような刃先の槍、横にした小振りの弓の真ん中に太い棒が渡してある奇妙な武具……。

「これは人麿殿から託された武具じゃ。が、椰束殿はこれが一番じゃろ。連中の手足を狙いなされ」

 剣と弓と、矢のたっぷり入った矢筒を下からグイと掲げられ、朔弥は慌てて手を伸ばし、矢筒を背負いながら弓を左手でつかんだ。剣は帯の右側に差し込む。

「わしは門の右側の岩から(いしゆみ)で打ちますからの」

 伊那持はあの奇妙な形の弓を手に取った。普段の好好爺(こうこうや)然とした物言いと、厳めしい胴鎧姿との落差が激しい。

「椰束殿は左の岩に登って狙いなされ。あんたの腕前なら塀の内側からでも矢は届きますじゃろ」

 彼はさらに筵の上から短い矢を幾つも拾うと、慣れた様子で門の右にある岩に走り寄り、サッと登って弩なるものを構えた。中心棒の上に矢を置き、弦を矢羽の頭に引っかけて棒の下をぐいと引く。

 シュッ!

「うわっ」

 朔弥が目で追った先で、大きな兵士の肩に茶斑の小さな矢羽が刺さった。兵士の動きが著しく鈍る。

 あ、だから手足か。

 つまり、飛利も伊那持も兵士の命を奪う気はないのだ。

 向こうは皇子以外、手加減なしなのに。

 複雑に思いながら門の左手にある岩に登り、板塀に身を乗り出して弓を構える。

 よし、なら気絶させてやるわ。

 朔弥はまず、馬上の飛利の足に槍を向ける兵士を狙った。動きに合わせ、力加減を決めて気を込める。目標は冑の真ん中だ。

 眉間を、強すぎない程度に。

 ビシッ!

「うあっ!」

 射られた兵士が後ろにもんどりうって倒れる。しかし冑は割れてはいない。狙い通りだ。

「椰束殿、お見事!」 

 伊那持の声が届く。朔弥はすぐに次の矢をつがえた。

「私はいいから皇子の周りを!」

 飛利が別の兵士の剣を受けながらこちらに叫ぶ。

「すぐですから!」

 朔弥は立て続けに三本を放ち、飛利に槍を向けていた三人を昏倒させた。彼が一息つくのを確認し、次は皇子のほうをと首を巡らせる。しかしそこで朔弥は目を剥いた。

 ーー!

 皇子が狂ったように剣を振り回し、それに手出しできない隼人たちが、一方的に切られながらもなお人麿に槍を繰り出している。

「な……っ!」

 あまりに不条理な光景に硬直していると、再び飛利の声が飛んだ。

「椰束! 彼らを皇子から遠ざけるんだ。もうすぐ大王様が命令を変えてくださるからそれまで持たせればいい」

「あっ……!」

 朔弥は内門で皇子が鎌足に知らせろと役人に命じたのを思い出した。

 鎌足さまが大君様から命令変更書をもらってくるんだ!

「今の皇子は頭に血が上ってる。早く止めないと!」

 朔弥はすぐに皇子の周りの兵士を狙って矢を放った。

「うおっ!」

「ギャッ!」

 次々と矢を放つうちにも人麿が三叉戟で相手の槍を絡め取り、柄で打っていく。さしもの勇壮で知られる隼人部隊も、徐々に動ける者の数を減らしていった。

「皇子! あとは私どもにお任せください!」

 飛利が叫ぶ。しかし皇子は剣の手を一向に緩めなかった。

「皇子さま! もう戦える隼人は減りました。大丈夫です!」

 反対側から人麿も叫ぶ。しかし皇子は再び飛利に向かってきた兵士を横から凪ぎ払った。それを必死によけた兵士の脇腹から血しぶきが上がる。

「皇子っ!」

 飛利の声に悲痛な響きが混じる。

 ああ――。

 朔弥は飛利の気持ちを悟った。

 この兵士たちは、皇后の命令には逆らえないのだ。葛城皇子には手を出さず、飛利たちを召し連れるまでやめることができない。それをよくわかっている飛利は、皇子に剣を向けられれば一方的に切られるしかない彼らを哀れみ、怒りに任せて剣を振るってほしくないのだ……!

 そんなことをちゃんと考えられたのはもっと後のことで、朔弥は咄嗟に弓を構え、兵士を斬ろうとする皇子の目前めがけて矢を放っていた。

「うわっ……!」

 突然、矢を射かけられ皇子は体を捻り、凄まじい形相でこちらを睨んだ。

「椰束! 何しやがるっ!」

 それに構うことなく皇子の周囲を楕円形に囲むようにして矢継ぎ早に矢を放つ。むろん人馬には一本たりとも当てない。

「椰束っ!」

 動きを封じられた皇子は剣を引いてやりすごし、相手の兵士も驚いたように動きを止めた。

「凄技じゃ……っ!」

 伊那持が岩の上から感嘆の声を上げる中、矢を打ち尽くした朔弥は弓を振り捨てて剣を取り、馬を駆って門を出た。そこには馬を御して矢を跨ぎ、地面から立ち上がった兵士に再び剣を向ける皇子がいた。

「やめてください、葛城さま!」

 朔弥は皇子の剣に己の剣先をぶつけた。彼は凄まじい形相で叫んだ。

「邪魔すんじゃねぇ!」

「嫌ですっ!」

「どうせ命令が変わらない限りこいつらは止まらない! あの女がいる限り繰り返すんだっ……!」

 まるで内側から絞り出すような声で叫ぶ姿に朔弥は見てしまった。

 これは悲鳴だ。

 強くて深い悲しみが皇子を追い詰めている。

 今、止めないともっと傷つく。

 頭で考えるよりも早く、朔弥は自分の馬を皇子の黒駒に体当たりさせた。

「うわっっ!」

 激しい衝撃に皇子が声を上げる。

 しかし一回りもガタイの違う甲斐の黒駒に当てるには、朔弥の馬は可哀想すぎた。結果、体当たりした瞬間、弾き返されたのは朔弥の馬のほうだった。

 あっ、と思ったときには体が宙を舞い、一瞬、背中が風を切ったあとに衝撃がきた。

 ガンッッ!

 肩から叩きつけられてバキバキッと音がする。

 あ、これヤバいやつだ。

 そう思ったのを最後に目の前が真っ暗になった。




 痛い。

 左肩がめちゃくちゃ痛い。

 誰かが肩をつかんでる。

「しっかりしろ」

 偉そうな声だ。なのに泣きそうにも聞こえる。

 泣きたいのは私よ。触んないで。息が苦しい。

「ちょっと我慢しろ」

 手にぐっと力が入り、肩を抱き起こされる。

 嫌だっ! 触らないで! 椰束を呼んで!

「辛抱してくれ」

 何か冷たいものが当てられる。

 いたぁ――いっ!

 あまりの痛さに動くほうの腕でそこにある何かにしがみつく。けれども冷たいそれがじわじわと痛みを遠退け、なんだか気分もふわふわしてきた。

「朔弥、朔弥……」

 耳元で囁く悲しそうな声。

 頭や頬を撫でながら、何度も繰り返してる。

 誰? 母上? 違う、もっと低い――…。



「……うえ、起きて」

「んぁ? 伊菜女(いなめ)? 容赦ないな。痛いんだって……」

「なに寝ぼけてんですか。いい加減、起きてください」

 ぺち、と額を叩かれ、朔弥は瞬きした。

 目の前には、薄暗い部屋の中に浮かぶ見慣れた童姿がある。

「あれ……椰束。ああ、夢か」

 どうやら屋形で寝ていたらしい。

「夢か、じゃないですよ。状況を思い出してください」

「うーん? んん? ……」

 あたりを見回すと、唐渡りの蝋燭の灯りが仄かな光を放つ中、薄暗いながらもどこか馴染みある天井と壁の木目が目に入った。しかし離れ屋形の自分の部屋ではない。葛城宮の舎人部屋とも違う。

 はて……、と考えながら首を動かし、ようやく気がついた。

「ここ、本家の離れ屋敷?」

 懐かしいのも道理で、ここは六年前まで住んでいた、本家の敷地にある別邸だった。

「なんで私、田辺にいるんだろ」

「父上が運んだからです」

 椰束が説明する。だいぶご機嫌斜めだ。

 わけがわからないまま体を起こそうとして、朔弥はもっと重要なことを思い出した。

「えっ! なんであんたがここに! っていうかそうよ私落馬して、バキバキッってヤバい音がして早く帰ってあんたに診てもらおうと」

「はーいはいはいっ。落ち着いて!」

 がばっと起き上がろうとして絹地の上掛けごと肩を押さえられ、ふと気づいた。

「あれ? あんま痛くない……」

「そりゃそうでしょうよ。僕がここにいるんですから」

 ペタリ、と板間に座り直した椰束に仏頂面で答えられ、ようやく事態を飲み込んだ。

「そうか。連絡がいって治しに来てくれたんだ。……って、あれから何日経ったの?」

 そんなに長いこと意識なかったのかなと首を傾げていると、椰束がズイと顔を近づけてきた。

「その前に僕は聞きたいんですよ。姉上は、葛城皇子さまに僕のことバラしちゃったんですか?」

 真顔で聞かれ、朔弥は驚きに目を見開いた。

 ――椰束を隠さなければならない最大の理由。それが彼の持つこの霊力だ。

 朔弥とは反対の、人の気脈を動かす力。それは即ち相手の気を高められるということ。

 気を高めればどうなるかといえば、体の状態が格段に良くなる。つまり病や怪我を治すことができるのだ。この秘密を守るために成長の遅さを隠しているようなものだ。

「んなことあるわけないでしょっ! 私が母さまのことを忘れたとでも!」

「ですよねぇ」

 椰束は姿勢を戻して嘆息した。

 これを知った人は当然、自身や身内の病や怪我を治してほしくなる。権力者であればなおさらだ。しかし人の気を高める行為は体力を消耗する。そして高める力より患者の悪化する威力のほうが勝ればどうしようもない。母を治すことができなかったように。

 かつて、これと同じ力を持っていた母は、父と出会うまで一族の命に従い、厳重な包囲と管理のもと、高額な金品と引き換えに力を使わされていたという。その結果、自身の寿命を縮め、齢三十五にして命を散らしたのだ。父の継麻呂が賀茂氏を嫌悪し警戒する最大の理由である。

「なんのために私が舎人をやってんの。すべてはこの秘密を守るためでしょ? そこを疑われたら叶わないわ」

 さすがに声は落としつつも心外な言葉に反論する。

「わかってます。けどじゃ、どうして僕は今ここにいるんだと思います?」

 愛らしい幼顔といっても中身は並みの十四歳を凌ぐ椰束だ。その彼に真剣な顔で覗き込まれ、朔弥は自分を押さえた。

「それは、……私の怪我がひどかったから、宮の誰かが父上に連絡して、父上が鳩で日向に連絡取ったんでしょ?」

「だったらわざわざ聞いたりしませんよ。姉上が怪我したのは今日の寅の刻(午後四時)くらいで、今は戌の刻(午後八時)です」

「は?」

「ちなみに父上は姉上をここに移すだけで手一杯だったそうです」

「………えっ?」

「僕もまだ詳しくは聞いてないんですけど、今日の騒動が、以前から噂のあった葛城皇子さまの内殿での揉め事の正体なんだそうですね。皇后さまが皇子さまにちょっかいを出しちゃ、大王さまが止めるっていうのがお約束だそうで。皇子さまの命を受けた鎌足さまから事情を聞いて、命令書を携えた鎌足さまと一緒に葛城宮に飛んだら、落馬した姉上が担架で皇子さまの部屋に運ばれるところだったと」

「皇子さまの部屋?」

「そう。葛城さまの寝室」

「なんで?」

「だから知りたいのはこっちですってば。で、運び込まれたら内側から鍵かけられて、父上が何度呼びかけても無視で。鎌足さまに説得してもらってようやく入れたときには応急手当がしてあったと」

「応急手当……」

 夢の中の光景が甦る。

 そうよ。あんまり痛いから、喚いたりしがみついたりした気が……あれ葛城さまっだったってことっ?

「も……もしかしてばれたの?」

 一瞬にして血の気か引く。

 うろ覚えだが、誰かに朔弥と呼ばれた気もしてきた。

 いやいやあの心細げな声は父上よ。

 わたわたと焦っていると椰束は首を横に振った。

「そこはまだ、誰からも何も言われていません。中着の上から絹布が巻かれていたそうだから、姉上の発達具合ならおそらく大丈夫かと」

 ちろ、と薄い胸元を見られ、思わず上掛けを胸まで被せる。失礼ねっ、と睨みつけると、椰束は髻の当たる耳の後ろを指先でこりこりと掻いた。

「とにかく。落馬の理由を知った父上は、部屋に入るなり皇子さまに食ってかかって、宮の方々が止めるのを振り切る形で田辺の屋敷への移動を手配したんだそうで。その最中に皇子さまが突然、部屋から飛び出していったらしいんですよ」

「飛び出した?」

「そうです」

 だからあれはその直後にとった行動だったんでしょうね、と椰束は嘆息した。

「僕はねぇ、なまじのことでは動じない自信があったんですけど。中庭の草木を眺めながら香耶(かや)の給仕で夕餉をいただいていたら、いきなり庭の横手から巨大な黒馬が乱入してきて、人が飛び降りたと思ったら縁側に駆け上がってきて『椰束が大怪我した! 頼む! 一緒に来てくれっ!』って土下座するんだもん。さすがに腰が抜けそうになりましたよ」

 ええ――っっ!

 今度こそ朔弥は飛び起きた。次いで「痛ててて」となったが、それでも押さえてやり過ごせる程度で、落ちたときの衝撃を思えば奇跡のような回復だ。

「葛城さま本人がっ? ど、どうやって! しかもそれって!」

 まるでこの奇跡の技を施してくれと言わんばかりではないか!

「僕もそう思いましたよ。これは知ってるなって」

 椰束は探るように聞いてきた。

「姉上は、僕のことも自分のことも、騙し道のことも一切皇子さまには教えてないんですね?」

「当たり前じゃない! って、偉そうなこと言えた身じゃないけど……」

 そもそも怪我なんぞしなければよかったのだ。

「それはしょうがないですよ。状況は聞いてます。でもそうなると、うーん」

 椰束は腕を組んで考え込んだ。

「手練れの者に騙し道を探らせておいたのか……とにかくそんなだったから、僕は何を確認する暇もなく、カッ拐われるようにして皇子さまの黒駒に乗るハメになりまして。容赦なく飛ばすから鞍にしがみついてるのが精一杯で、ろくに言葉も交わせないうちにここへ着きました。なんかものすごく早かったな」

 椰束はそこで困惑の表情になった。

「だからてっきり、これは姉上が瀕死の重症を負って、父上が皇子さまにすべてを話して、あの黒駒の駿足に期待して鳩ごと託したんだと覚悟したんです。なのに皇子さまは父上に会うなり『椰束がうわ言で弟を呼んでいたから、手の者に連れてこさせた』って言うんです」

「はあっ?」

「父上は父上で『それはどうも』って鵜呑みにしたきり確かめもせずに追い返しちゃうし」

 ……げげ。

「もし僕が夕餉を食べそびれていたら、衝撃と混乱と労働で今頃ヘトヘトの腹ペコですね」

「こ、ごめんね。体力使わせちゃって」

 朔弥が身を縮めると、椰束は「今度、蜜菓子作ってください」と言ったあとで息を吐いた。

「皇子さまは、何を、どこまで知ってるんでしょうね」

「………」

「これはちゃんと確認したほうがいいですよ。あの方が姉上を救おうとして、しかも最大限、内密に事を運ぼうとしたのは間違いない」

「……そうなのかな」

「寝室に運ばせたのも、怪我の程度が宮の方々にわからないように隠したんじゃないかな。大怪我があっさり治ったりしたら疑問を持たれますからね」

 つまり僕たちを守るためです、と確信を持って言われ、朔弥は目をぱちくりさせた。

「ずいぶんお株が上がったのね」

「そりゃ改めざるを得ませんよ。僕のこの力を知っていてあの態度だったなら、相当な胆力の持ち主ですから」

「えー? だったらあんな風にキレちゃわないと思うんだけど」

「だって、皇子さまはご自分で當麻(たいま)の屋形に辿り着けるんですよ? 皇后さまの干渉を止められる唯一のお方は今、病をお持ちです」

「あ……」

 そうだ。父上は体調が悪いと皇子も言っていた。

「探れば探るほど皇后さまの葛城皇子さまに対する言動は常軌を逸してます。案外、皇子さまのご乱行の原因はそこなんじゃないかな。あの方の立場で僕に手が届くなら、まずは大王さまのお体を(なお)させたいはず。それなのに自分が知っていることすら周囲に隠している。これって普通の貴人方じゃあり得ませんよ。父上は知らないからあんなこと言ってるけど」

「あんなこと?」

「落馬の件ですっかり頭にきちゃって。さっきから居間で伯父上に『舎人はやめさせます』って息巻いてるんですよ。早まった判断はできないって伯父上が止めてますけど」

「ええっ?」

 朔弥は布団をガバッと剥いで椰束のほうに膝を進めた。

「ど、どうして!」

「父上にしてみたら、半分脅すようにして舎人にしたくせに、怒りに任せて暴走したあげく大怪我させたバカ皇子ですからね」

「それは葛城さまのせいじゃないわ。誰だってあんな恐ろしい方が母親だったら……」

 あの圧し殺した悲鳴のような言葉を思い出すたびに、胸の奥がぎゅっと縮む。

「そうですね。だから姉上。ここはひとつ踏ん張ってください」

 椰束が小さな手を朔弥の肩に添えた。温かな霊力がほんわりと肩を包む。

「ちゃんと確かめるまでは、迂闊な判断をしないのが成果を上げるコツです。もしかしたら、僕たちは大変貴重な(あるじ)を見つけられたのかもしれませんよ」



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