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怖い?授業  作者: にな
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実は怖かった?

これは今書いている小説「桜と雪景色」の一部抜粋です。本来高校3年生の物語ですが、これは過去編です。

※千咲、瑠美が出てきますが2人とも苗字は違います。「魅力に気づいて」の登場人物とは別人物です。


うちの高校は理科実験に割と力を入れていて、科学研究という授業もある。それは高校に入ってから半年が経った頃のこと。初めての解剖をやることに。豚の心臓の解剖である。みんな臆せずにやっている。あたしも中学生の時も解剖をやったことがあるのもあって割と慣れている。インターネットには絶対に載せない、という約束で解剖の写真まで撮らせてくれた。みんな携帯を出して、記録のために解剖の様子を細かく写真に撮っている。

そんな中、心臓に解剖バサミを入れた途端、遠い席からうわずった声が聞こえた。そして気分が悪くなったのか目を伏せてしまう人が出た。それが千咲だった。千咲の隣の席の藤野や、向かいの席にいる真由香も心配そうに大丈夫かと言っている。他のクラスメイトたちも、心配そうにしている。

「あー、女の子はこういうの苦手な子多いからねぇ」

生物の大垣先生はそんなことを言っている。この場面で「女の子は」なんてわざわざ言うところが、なんか気持ち悪い。

千咲は涙ぐみながらもゆっくりと立ち上がり

「大丈夫です、ちょっと気分悪くなっただけなんで」

と言った。先生には思い切り嫌そうな顔を向けていた。その後はいつも通り、授業が進められる。大垣先生は多くの女子に嫌われていて、千咲も嫌っていたと思う。わざわざ、「女の子は」なんて言わなくていいじゃないか。

生物の授業の後、理科室の隣のトイレに千咲と一緒に行った。学校のトイレはほとんど改修されて綺麗だけれど、このトイレだけはまだ汚い。

「あのちっちゃい子、誰だったっけ?」

秋穂(堀川秋穂)がとま(苫田さくら)と一緒に、鏡の前で髪の毛を直しながらそう言う。明らかに見下した目だ。

とまが笑いながらそう返す。秋穂は

「そっか、思い出した。男に媚びてんじゃねーよ」

「秋穂、すごいよね、そういう性格の悪さ」

「まぁ、あたし男に媚びるやつ嫌いなんだよね。授業妨害してでも目立ちたいのかな」


トイレに入った途端、そんな会話が聞こえた。授業妨害といえど、目を伏せただけでキャーキャー騒いだわけではあるまいし。秋穂は千咲を見るなり、千咲とは別の方向を向いて中指を立てた。千咲はビクッとして

「ごめん、瑠美、やっぱり先戻る」

と言って足早に教室に戻った。

とまは一瞬のけぞってたけど、クスクス笑いながら

「秋穂、こわーっ!言い過ぎ!まぁでも言いたいことはわかるよ」

と同調している。この2人は、元から千咲には物を投げて渡したりとか何かと当たりがきついところがあった。あれは本当に怖がっていたのに、媚びるとか媚びないの問題じゃないだろう。イライラする。そもそも、千咲が男子に話しかけるところなんか見たことないし、隣の席の男子に落とした消しゴムを拾ってもらっただけでもちょっとビクビクしてるじゃないか。

「ねえ、人が本気で怖がってるのを媚びてるなんて言うのどうなの?おかしいよ!さっきは秋穂たちだって心配してたじゃん!」

あたしは秋穂についそう怒った。今まで言えなかった思いが、ここで爆発した。だって、気分悪くなってしゃがんだ人に対して「男に媚びてる」なんて発言はどうしても許しがたいから。秋穂は顔をしかめて

「瑠美には関係ないじゃん、あんなん男子の前だから狙ってたでしょ!本当に気分悪かったら、立ち上がれるわけないじゃん!そりゃ気分悪くなってしゃがんだ人が出たら心配するよ!」

と言った。とまは千咲の方を見て、一瞬申し訳なさそうな顔を向けた。この話に、果たして男子がどうこうは関係あるのか。半年前、高校に入った頃は秋穂やとまとも仲良くなったけれどこういうところに嫌気がさして、ゴールデンウィーク前にグループから離れた。


とまも続いて

「瑠美、男子に絡むこと多いけど自分がモテると思って調子乗んなよ」

と言ってきた。唐突なこの言葉にイラッときた。あたし、中学から彼氏がいたことあるしそれなりにモテるもん。秋穂やとまは男子の前で声がワントーン高いし、男子のいるところだと悪口なんか言わないし、秋穂こそ男に媚びてるじゃないか。男子がいないところだからって、何を言っても許されるわけじゃない。この悪口、教室だったら言わないよね?女子トイレという、男子の目がないところだから言うんだよね?

「秋穂と、とまよりはモテてるもん!藤野とは付き合ってるし!あたし!文化祭の時もしょっちゅうナンパされたし!」

ついそんな言葉を口走った。なんて余計な、関係ないことを言っちゃったんだ。秋穂は

「怖っ、瑠美ってばすぐキレるよね、そのうちすっごいヒステリー起こしそうじゃない?」

と笑う。キレてしまいそうだ。

「もういい、次の授業始まるし行こ」

「中学のとき、小出さんにテストの順位で勝てたこと1度もない、あんな奴に負けてたとか悔しすぎる!あたしいつも(180人中)15位とかだったの!」

「えー、小出さんは何位だったの?」

「いっつも10番以内には入っててさ、テストのたびに廊下に名前貼り出されてた」

「うそっ、あれで学年1桁?」

2人はそんな会話をしながら教室に戻った。もうすぐ授業だから、うちのクラスの人はみんな教室に戻っている。人目がないと、こんなに悪口を言いたい放題なのか。2人に言いたいことはなにも言えなかった。

次の英語表現の授業にはギリギリ間に合った。さっき気分を悪くしていた千咲も、秋穂も、とまも、藤野も、みんないつも通りに静かに授業を受けた。英語表現の先生は

「ずっとこの学校に勤めていたい、この学校の生徒はみんな勉強熱心だし、頭の出来もいいから教えがいがある。」

と嬉しそうに言っては

「前に勤めてた高校ではねぇ、まず授業中に席にちゃんと着く生徒すら少ないからそこから教えないとだし、授業中に喧嘩も起こるし本当に大変でね〜」

と、前に勤めていた学校のことを笑いのネタにしていた。その話を聞いて、みんなは小馬鹿にするようにクスクス笑った。趣味なのか難しい話やら応用問題を勝手に進めてたりする。アメリカ英語とイギリス英語の言い方の違いやら、そんな話もあった。正直、応用問題も出されたけどついていけない。

学校の先生なんてきっと、表面的な部分しか見ていないんだ。確かにこの学校は、中学のときに優等生だった人ばかりだからなのか制服を大きく着崩す人もいないし授業妨害をするヤンキーもいない。


英語表現の授業が終わって、昼休みに入る。

「瑠美、一緒にお昼にしよう」

千咲がすがりつくような声でそう言う。ちょうどその時

「1年6組の河内(かわち)さん、苫田(とまだ)さん、堀川さん。至急、職員室に来てください」

と放送がかかった。まさか、呼び出されたのはあの口論の件なのか?

「瑠美、なんかあった?」

不思議そうに訊いてくる。男子たちからも

「河内、なんか問題起こしたかー」

と笑われた。

どちらに対してもさあ、としか答えず笑ってごまかした。


職員室に行くと、担任の寺尾先生がいた。寺尾先生は、優しいおじいちゃん先生なんだ。案の定、生物の授業の後の口論の件だった。

「河内さん、揉めていたらしいけど何かあったの?」

怒っているわけでもなく、ただの質問みたいな話し方だ。

「いや、あの、生物のとき、小出さんがちょっと気分悪くなってしゃがんだんです。それを見て、堀川さんたちがその…小出さんに向かって媚びるなとか言ってて、それに腹が立ってつい、本気で怖がってる人にそんなこと言うのおかしいと言い返しちゃったんです。そしたら、その、喧嘩みたいになっちゃって」

どうしてこんなにたどたどしい言葉しか出ないんだろう。自分でも嫌になる。寺尾先生はふむふむ、とうなずいて

「河内さん、あなたは友達想いなのはいいところ。ちゃんと悪いことを悪い、と言えるのは偉かった。でも、気が短すぎる。もう少し落ち着きなさい。話はこれで終わり、戻っていいよ」

話はあまりにもあっさりと終わった。この先生は、普段は何も注意したりしない。なのに友達思いだなんて、寺尾先生はそんなところまでも見てくれているのか。中学ではずっと優等生扱いされたけど、高校は真面目で勉強ができる人だらけだから優等生扱いなんてされない。それが逆に、本来の私を見てくれてる気がして心地いい。ちゃんとこうして、中身を見てくださる人がいるんだ。気づけば目がうるうるしていた。


秋穂ととまはまだ職員室から出てきておらず、まだ何か言われているらしい。先生の激怒した声のトーンが聞こえた。

あたしは千咲がどこにいるか、クラスメイトに聞いたけど

「わかんない、1人で教室の外出ていくのは見たけど」

とだけ答えが返ってきた。千咲の席にお弁当箱はなかった。あたしはなんとなく、お弁当を持ってふらっと学校の裏門から敷地の外に出た。

「あっ、瑠美!」 

千咲の声がした。涙ぐんだ声だ。

「今日さ、コンビニ行かない?私、今日お弁当持ってきてないんだ」

千咲はそう提案した。たまたまその時のコンビニは、誰もお客さんがいなかった。コンビニの中に入ると、千咲は少し表情をやわらかくして

「この曲、コッペリアの円舞曲だったっけ?弾いたことある」

と独り言のように呟いた。これは、確かそうだったかもしれない。明るくて優雅で、聴いていてほっとするような曲だ。コンビニで食べ物を買った後、公園に行った。今日は暑くも寒くもない、爽やかな秋晴れだ。平日の昼間の公園も、これまた誰もいない。千咲は少しずつ泣き出して、あたしに

「ねえ、さっき、なんで、呼び出されてたの?先生に、何か言われた?」

と訊いてきた。ドキッとした。

「えーっと、それは、小テストの成績悪すぎるからって呼び出されたの!あたし、この学校にギリギリ入れたから授業ついていくのキツくて」

この場で咄嗟に、嘘が出た。千咲の席は隣ではないし、お互い小テストの成績なんて知らない。正直にあの言い合いの件だなんて言ったら、千咲は余計に気に病んでしまうだろうと思って咄嗟に出た嘘だ。

「え?小テスト?そんなことで呼び出される?友達なんだからさ、ほんとのこと言ってよ!」

千咲は顔をしかめている。あたしはつい頷いた。呼び出されたのは小テストが原因ではない。でも、この前の小テストで0点をとったのだって、中学の時に必死で勉強してギリギリの成績でこの学校に入れたのだって事実なんだ。

「そんな、小テストなのにできなかったからってわざわざ呼び出される?」

千咲はまだ疑っている。思い切って本当の理由を言おう。


「あの、呼び出された本当の理由言うね。言いにくかったけどさ、実は千咲が教室に戻った後にちょっと秋穂たちと言い合いになってね。それで呼び出された」

千咲は言い合いにまでなったのか、とびっくりした顔をしている。

「千咲を巻き込みたくなかったから、先に教室帰したんだ」

千咲は涙声で、ありがとう、と言ってくれた。

「今日さあ、ほん、とぉ、に、怖、かっ、たんよー!解剖。初めて、だった、からさ、媚びてる、なんて、言われて、悔し、かっ、たんよぉぉ」

と咳き込みながら言う。確か千咲は喘息があるので、それがぶり返したのかもしれない。あたしは隣で背中をさすっていた。これが、学校の外に出たから出る本音なんだ。

「大変だったね、初めてだったからしょうがないよ」

あたしは励ました。なんで言えばいいかわからなかったけど、こんな言葉しか出なかった。

「瑠美が、瑠美がいてくれてぇぇ、よかったぁぁ!瑠美は、まん、が、のヒーロー、みたい!」

千咲は最後にそう言って泣き止んだ。発作を起こしたのは、どうやら3年ぶりだったらしい。いくら死んだ動物といえど、臓器にハサミを入れるのは精神的にくるものがある。

昼休みが終わる頃には、すっかり泣き止んでいたけど目は腫れていた。教室に戻って、またいつも通りに午後の授業を受ける。授業が始まる前に、千咲はクラスメイトに心配されたけれど、泣いた理由はうやむやにしてごまかしていた。みんな、この時の千咲には何も言えなかった。

秋穂たちをチラッと見ると、クラスの男子に絡んでいた。

「瑠美ってば、トイレでたまたまばったりすれ違っただけなのにいきなり喧嘩売ってきたの、怖くない?」

「やべー、瑠美ってあんな可愛いのにそんなことするのかよ!?」

という会話が聞こえた。


次の日。千咲は学校を休んだ。この日から昨日までの天気が嘘のように、突然寒くなった。

ホームルームの終わりに、寺尾先生は

「最後に話しておきたいことが1つある」

と真剣な顔で言った。その後に続けて

「人は誰しも苦手なことだってある、それを非難したり責めたりしてはいけない。特に生物の解剖なんて、高校生どころか医学部や薬学部の学生さんも怖がるんですよ」

とだけ言い残して教室を出て行った。医学部や薬学部というのは、パワーワードかもしれない。クラスのほとんどの人が、昨日の悪口の件を知らないからいきなりどうしたと言いたそうな顔をしていた。普段は全然怒ったりしない、優しいおじいちゃんな寺尾先生がこんなに重い口調で、真剣な顔で話すのを見るのはこれが初めてだ。先生は、意外とこういうところは見ているんだな。それ以来、千咲が解剖を怖がってしゃがんだことは誰も話題にしなかった。あたしは一部の男子から、「喧嘩を売った怖い奴」としばらくネタにされたけど、あのとき余計なことまで口走ったこと以外は全然後悔していない。正しいことをしたんだ。

それどころか、実は昨日の解剖が怖かったと言い出す人までも結構出てきた。なんだ、臆せずやっているように見えても本当は怖いんだ。とままでも、秋穂のいないところでは

「秋穂が怖かったから、つい同調しちゃったけど本当はあたしも解剖は怖かった」

と言っていた。それからというもの、とまは相変わらず秋穂とつるんでいたけど千咲にだけキツく当たることもなくなった。

今思えば、寺尾先生は本当に大切なことを教えてくださる素敵な先生だった。高1の1年間しかこの学校にいなかったのが、本当に惜しまれる。

解剖の授業は私も経験しましたが怖かったな…と思いながら書きました。

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