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家に帰ると私は軽くメイクをした。それから義母とリビングで酒とつまみの準備をしていると、インターホンが鳴った。
玄関へ行きドアを開くとそこに恵太が立っていた。
「おう」
「うん」
恵太は髪をきちんとセットしてきたようで、それが私を少しいらだたせた。私一人に会いにくる時は、髪の毛なんて大抵セットしないで、帽子を被って済ませるのに。こっちは恵太に会う時にはいつもわざわざメイクをしているのに、恵太には帽子で済まされるとなんだか負けたような気がするのだ。
恵太は私たちの地元で小さな理容室を営んでいる。店の近くの一軒家に年老いた両親と一緒に住んでいる。女はちょくちょく入れ替わってきたが、今の彼女とは結婚も考えているらしい。そういう点ではリア充(死語?)と言えなくもない。
見た目は中の上っていう感じ――顔は目鼻口と道具立てが大きくて、全体としては悪くないんだけど鼻が団子っ鼻でイケメンにはちょっと遠い。でも中背の体はよく引き締まり、今夜もそうだけど(今夜はTシャツに細かい水玉模様の半袖シャツを羽織り、下は細身のブルージーンズという格好)、接客業に携わる人間らしく服装には気を使う方だから総じて言えば男ぶりはまあまあだ。
だけど。
私は知っている。こいつの決定的な外見上の欠点を。恵太はまだ三十四歳だが、致命的にハゲてきているのだ。
今日も恵太は理容師という職で培ったその技術でもって、巧妙にハゲを隠していた。
具体的に言うと恵太の頭は前額から前頭部、頭頂部の前の辺りにかけてかなりきている――ハゲが進行している――のだが、それをまず金髪に染めて薄毛を目立ちにくくした上、サイドをツーブロックに近い感じで短くカットしてトップのボリュームの少なさを目立たないようにし、更には頭頂部の真ん中から後ろ辺りに豊富に残っている髪を自然らしく伸ばし、それを前へ前へ持ってきて、頭頂部から前頭部に蓋をするようにしてハゲを隠しているのだ。
いったいどうセットすればそうなるのか、私はこいつの執念の深さにもはや感心させられるのだけれども、ヘアーワックスで固めたのだろうその頭は見事に金髪で隠れて、見る者に「あれ? ちょっと額が広いかな?」くらいの印象を持たせる程度になっているのだ。
しかし私は知っている。一年ほど前にこいつと二人で家飲みした時、どういうわけか暑いさなか家の中でハンチング帽なんて被ってやがったから、酔っ払った私はふと席を立った際に奴の後ろに回り込み、さっとハンチング帽を取ってやったのだ。
そうしたら。引くほどその頭はハゲていて、私は笑うことすらできずぎょっと固まり、
「あっ、お前、返せ!」
と慌てる恵太にこっちも焦って帽子を返して、恵太は急いで帽子を被り直し、それからあと一時間くらいはお互い気まずい空気の中で過ごすはめになった。
今夜も恵太は盛大に頭頂部の髪を前へ持ってきていらっしゃった。
「おう」
玄関口で私と向かいあった恵太は、ぶっきらぼうにそう挨拶したわけだが、私は「うん」と挨拶を返しながら彼の髪の毛に目が行ってしょうがなかった。その頭に正面からふーっ、と息を吐きかけて、髪の蓋を開かせてやろうか。恵太の髪は夜ひらく。
私が酔った頭でそんなことを一瞬考えていると、私の背後でリビングのドアが開いて、
「恵太くん!」
義母が微笑みを浮かべながらとっとっと、とその白い素足を廊下に鳴らしてやってきた。
「……!」
私の体越しに義母を見た恵太は絶句した。三秒くらいフリーズして、それから右手で二回顔を素早くこすり、信じられない、という思いが一面に溢れた顔で再び義母を見た。
「久しぶり! 会えてうれしいよ、恵太くん元気にしてた? 私はこんな感じ」
義母がそう声をかけ、両腕を横に開いて「こんな感じ」である様子を見せつけると、恵太はようやく、
「ああ……、ああ、はい、元気です」
と返事をした。