4
チャルメラを食べ終えると私は部屋着からワンピースに着替え、頭の上のちょんまげも下ろし、コンビ二へ向かうため義母と家を出た。どうせマスクをするのでわざわざメイクはしない。義母には靴が無かったので私のサンダルを貸した。
梅雨の終わり、蒸し暑い夜の田舎道を並んで歩く。辺りの空気はたっぷり湿気を含み、体にまとわりついてくるような嫌な感覚があった。夏の虫がどこかで小さく鳴いている。空には雲がいくつも浮き、その隙間から星が見えた。私たちの歩く路地はほとんど街灯もなく、真っ暗だった。
最寄りのセブンイレブンは家から南東へ二十分ほど歩いたところにある。歩くうち、私はどんどん酔いが回ってきてすっかりいい気分になった。さっきまでは怖くてしかたなかった義母の存在も、今は出てきてくれてむしろうれしいような、こうして再会することをずっと待っていたような気さえしてきた。
セブンイレブンに向かう住宅街の中を歩きながら、私たちは昔の思い出話でずっと盛り上がっていたのだが、そのうち私の幼馴染の恵太のことが話題にのぼった。私は恵太と今も付き合いがある。
「そうだ、今から恵太呼んじゃおっか? 多分あいつまだ起きてるよ」
酔った私は調子に乗ってそんな提案をした。
「えー、さすがに恵太くんに悪くない?」
「いいのいいのお義母さん! あんな奴に気を遣わなくたって。どうせハゲなんだから。ははは」
私はミニショルダーバッグからスマートフォンを取り出し、歩きながら恵太に電話をかけた。十回くらいコールした後でようやく恵太が出た。
「はい?」
「ああ恵太、あたしあたし」
「うん。お前さあ、いくら暇だからってこんな遅くに――」
「ちょっと聞いてよ! 今ね、お義母さんいるの、いるっていうか見えてるの、隣に。お義母さん。真空さん」
「はあ? お前とうとう――」
「幻覚なのか幽霊なのかはよく分からないんだけれども。なんだか私とお酒が飲みたくて出てきたんだって。それで今酒買いにセブンに向かってるとこ」
「……」
恵太は電話口の向こうで沈黙した。数秒間沈黙が流れてから、
「お前、クスリとかやってないよな?」
「やってない! なに言ってんの? とにかくそういうわけでこれからお義母さんと飲むからさ、恵太もうち来なよ、昔みたいに三人でしゃべろうよ。朝まで。だってこんなのもう二度と無いよ? 酒はこっちで用意しとくから」
「本当に酒飲んでるだけなのか? どれくらい飲んだ?」
私は少しカチンときた。
「うるさいなあ、なんで信じないわけ? だからお酒はこれからお義母さんといっぱい飲むの。あ、じゃあお義母さんと代わるよ、それで信じてくれるでしょ?」
そう言うと私は恵太の返事を待たずに、
「お義母さん、ちょっと代わって。恵太だよ」
義母にスマートフォンを渡した。
義母は足を止めて手渡されたスマートフォンを不思議そうに眺め、
「これ、こっちに耳当てればいいの?」
と私に使い方を聞き、慣れないその電子機器を耳に当てた。
「恵太くん? 久しぶり、真空です」
義母はうれしげに優しい声を出した。何か恵太が返事をしたのが微かに私にも聞こえた。義母は会話を続けた。
「そう、ふふふいや違うよ、そう私です。……そうだよねもう声なんて覚えてないよね。……恵太くんはもう寝るの? 朱里ちゃんが遊びたいみたいだから、よかったらうちに来ない? ご迷惑かな。……うん、うん、分かった代わるね」
そこで義母は会話を止めると、私にスマートフォンを返してきた。私が「もしもし」と出ると、
「お前なあ、誰か知らんけど人まで用意してお義母さんのふりさせて、タチ悪いぞ」
恵太は怒っているようだった。
「何言ってんの? 本当にお義母さんだから」
「……」
「信じられないなら確かめにうちにくれば? もうすぐセブンに着くから、四十分後くらいには帰ってるよ」
「分かった。行く。だけどな、お義母さんがいるかどうかを確認するなんてバカバカしいことするためじゃないからな。……お前の頭がちょっと心配だからだ」
「そう! じゃあまた後で」
恵太はああ、と答えるとプツッ、と電話を切った。
「恵太来るって」
私はスマートフォンをしまいながら義母に言った。
「そう、良かったね」
義母はにこにこしながらそう答えた。「お義母さんのこと見たらあいつどんなリアクションするかな」などと私は言いながら歩みを再開させた。
マスクをし、義母にもマスクを渡して「今は新型ウイルスが流行っているから」と説明して着けさせて、セブンイレブンに入った。義母と連れ立って雑誌コーナーから店内の奥に向かう時、ふと右側のガラス窓を見ると、黒々としたガラスには私だけが映り、義母の姿は全く映っていなかった。私が渡したサンダルも今着けさせたマスクも映っていない。それを見て私はさすがにぞっとした。
赤ワインと、恵太用に芋焼酎を、義母用に缶入りカクテルを三缶、それからつまみにピスタチオ、さきイカ、ポテトチップス二袋を選んで買い物カゴに入れた。ついでに言うと私はこんなカロリーの高いつまみは食べたくないので、家でたたきキュウリや大根の梅サラダなどを作って自分のつまみにすることにした。
レジ対応をしてくれた店員は二十代と見える生真面目そうな男性で、私はさすがにこの時間に酒とつまみを大量に買い込むことが恥ずかしかった。私の斜め後ろで会計が済むのをほけーっと待っている義母に向かって、
「それにしても困るね恵太の奴、こんな時間から突然飲みに来るなんて言うから」
と話しかけ、いかにも男友達に飲みに付き合わされている風を店員さんに装ってみた。
「うん? そうだね」
義母は機微を感じ取れなかったらしく、ぼんやりそう答えた。
店員さんはそんな私の言い訳を気にも止めず素早く袋詰めを済まし、
「○○円になります」
と張りのない声を出した。