一緒に食事を
ジークハイド視点です。
「ジーク様!一緒にご飯食べましょう!」
エマとこの家で同居生活を始めた。
僕もこんな生活は久々だったから少し戸惑ったりもしたけれど、二人ともだんだんと生活のリズムが整ってきたように思う、そんな頃。
エマがお盆の上に二人分のランチを持って家へ戻ってきた。
「どうしたの?」
こちらの離れで生活をしているが、食事はイルの屋敷でとるようにすすめたはずだ。
僕は料理なんて出来ないし、異世界に来たばかりの彼女に家事を負担させるなんてことは出来ないと思ったからだ。もちろん家事要員として一緒に住むなんてつもりも一切ない。
毎食屋敷へ出て行く手間はあるが、その方が準備も片付けも必要ないし、何より出来たてを食べられるだろう。それなのにどうしたのだろう。
「さあ、どうぞこちらへ!」
僕の質問には答えず、二人がけの小さなダイニングテーブルに料理を並べていく。
僕も彼女も席につく。
「ふふ、おいしそうですね。いただきます」
彼女が嬉しそうに食べ始める。
僕はあまり食事に関心がない。昔からそうだ。
いつも食べるときは一人だったし、遠い記憶にある両親から与えられた食事は一家団欒とはほど遠いものだった。何かあれば口にはするが、なければ別に空腹でもなんとも思わない。
試したことはないが、きっと僕は空腹ぐらいでは死なない。
それを補うだけの力があったから。
そんな風にいつも積極的に食事を摂らない僕を心配して、イルが様子を見に来るほどだ。
それに――今となっては、すぐに死ぬだろうに食事をとるのも無駄な気がしていた。
まぁ今回はせっかく用意してくれたのだし、いただくことにしよう。
しばらく二人とも黙って食事をすすめた。
彼女はとても綺麗に食べる。しっかり教育を受けてきたのだろう。
「エマ?僕のことは気にせず、好きなときに食事を楽しんでおいで?」
「…………」
もぐもぐと口は動かしながらも、彼女の手が止まってしまった。
視線はお皿を見ているような…ちょっとどこを見ているのかわからない。
僕の視線に気づいたのか、彼女が申し訳なさそうにそっと小声で話しかけてきた。
「ジーク様、このトマトみたいなの、好きですか?」
彼女のお皿を見ると、赤い実の野菜だけが避けられている。これが彼女の言うトマトか。
「うーん、どうかな。嫌いじゃないけど」
「ほんとですか!?じゃあ…証拠隠滅、お願いします!」
そう言って、彼女は避けたトマトを僕のお皿に乗せてきた。
「すみません。マナー違反ですよね。嫌でした?」
申し訳なさそうに僕の様子をうかがっている。
「いや、大丈夫だけど…嫌いならイルの屋敷の料理人に話しておくよ」
「いえ!いいんです!実は私、好き嫌いが激しくって…お屋敷で食べると残すのがすごく申し訳ないし…マナーだってよくわからなくて、なんだかすごくいたたまれなくて。だからジーク様に一緒にここで食べてもらいたいんです!ダメですか!?」
一気に言い切った彼女になんだか笑ってしまった。
「わかった。いいよ。証拠隠滅ね」
そうして僕たちは毎食3食おやつ付きで、毎回一緒にこの小さなダイニングテーブルで向かい合って食事をすることになった。
一緒に食事をするようになって、わかったことがある。
彼女は食べることが好きらしい。特におやつの時間がとても待ち遠しいようだ。
いつもキラキラと目を輝かせて、それはそれは幸せそうに、おいしそうに食べる。
あとは――本当は好き嫌いなんてない、嘘付きだってこと。
いつの間にか僕のことも様付けで呼んでいるし、きっとイルと僕について話す機会があったんだろう。
あれ以来、彼女が僕に証拠隠滅を頼んだことは一度もない。
嘘をつくならそんなにおいしそうにトマトを食べてはいけないよ…言わないけどね。
そしてそんな彼女につられるように――僕も彼女との食事の時間が楽しみになっていた。