異世界生活開始
エマ視点です。
イルヴァンさんがものすごい早さで家を整えてくれた。
今日から私はジークさんと二人、あの平屋で暮らす。
ご飯も食べた。しっかり眠った。私は元気だ、大丈夫。
もともとクヨクヨするタイプではない。
今、私はちゃんと生きている。そして生かしてくれた人たちがいる。
守ってくれる、頼っていいと言ってくれる人たちがいる。
私は…とても幸運なはずだ。
私は私にできることをやる。それは日本でも異世界でもかわらない。
リリン…鈴の鳴る音が聞こえた。何の音だろう?
音の出所がわからなくて、きょろきょろと部屋を見回していると家の外から大きな声が聞こえた。
「お荷物です!置いておきますね!」
宅配!こっちにもそういうのあるんだ!
急いで玄関ドアを開けるが、宅配の人の姿は見当たらなかった。
そこにあるのは何もない庭に置かれた大きな荷物だけ。
その荷物を見て愕然とした。
一人で持ち上がる気がしない大荷物が、そこに置いてあった。
「え、さっきの人、これを持ってきたの…?」
さっさとドアを開けて、部屋の中に入れてもらえばよかった。しかしもうしょうがない。
荷物の中身を確認したかったが、布に包まれていてわからない。
「勝手に外で開けるのはよくないよね…でも柔らかいし、割れ物じゃない…きっと」
「ふうぅぅぅっっんん!!!!」
持ち上がらない。そんなの見た時点でわかっていた。それでも渾身の力を込めて持ち上げようと試みていた。
「しょうがない…あとで、掃除します、すみませんっっ」
持ち手が見当たらないが、荷物の端を持って引きずっていくことにした。
「――くぅぅっっ!!」
じりじりと移動している。時間はかかるが、いける!!そう思ったのとは反対に、手に握っていた部分がすっぽ抜けた。
「うわっっ!!」
力いっぱい体重もかけていたため、派手にひっくり返った。尻もち覚悟――!!
「おっと」
穏やかな声に少しだけ焦りと驚きが混じった声が頭の上で聞こえた。
一人奮闘していたところに、何事かと顔を出したのだろう。ジークハイドに後ろから抱き止められた。
「――つ!!」
「びっくりしたね。心臓に悪いよ」
そう言って笑うジークハイドに咄嗟に言葉が出なかった。
会った時から思っていたが、この人は中年ぽさがない。なんだろう。
見た目は初老の男性なんだけど、妙に違和感がある。
姿勢もいいし、体もなんだか思ったよりがっちりしている。
うちのお父さんとはあまり会えてはいないからわからないけれど、友達のお父さんはこんな感じじゃなかった。もっと所帯じみているというか…。
最近の中年――異世界の中年はこうなのだろうか。
そしてなんだか…すごくいいにおいもする。
今もすっぽりとジークハイドの体に収まっていることに、なぜかドキドキとしていた。
「エマ?大丈夫?」
動かない自分を心配そうにのぞきこむジークハイド。
「――っ!!大丈夫です、ごめんなさい!!」
飛び起きる。いけないいけない。気持ち悪い子を拾ったと思われたくない。
異世界の人はかっこいい!そういうことにしておこう。
「そう?エマは女の子なんだから、何か困ったことがあったら僕を呼んでね」
そう微笑んで置いてある荷物を持っていく。あんなに重かったのに軽々と。
およそ人間が持ち上げられるサイズ感ではないのに…なんとも不思議な光景だった。
「さあ、中に入ろう」
荷物を運び終えて、中身を確認する。
中の布をほどくと、そこには女性用の服や靴、小物や装飾品…はたまた部屋に置く置物?や食器など生活用品の類がたくさん詰められていた。
「あ、僕が頼んだやつだったのか。びっくりさせてごめんね。女の子がどんなものを好きなのかわからなくて、お任せで用意してもらったんだ」
こんな大荷物が自分のために用意された品だとは思わなかった。
「あ、ありがとうございます!こんなにたくさん――」
「あたたたた…っ」
「えっ!?」
ジークハイドがうずくまる。
「ふふ、ジジイなこと忘れて、カッコつけたら足つっちゃった。かっこ悪いね、いたた」
「!!!!」
困ったように笑うジークさんを見て、さっき押さえ込んだドキドキが、また少し顔を出したのをギュッと胸の内に閉じ込めた。