自己紹介
エマ視点です。
「あの私、吉川恵麻っていいます。これからよろしくお願いします」
おじさんの家に向かって歩きながらそう名乗る。
さっきはお互い座っていたからわからなかったが、横について見上げるおじさんは、すらっと背が高く、姿勢がよくて颯爽と歩くその姿はもうすぐ死んでしまう人のものだとは到底思えなかった。
やっぱり冗談だったのだろうか。
「ヨシカワエマ…あれ?発音違うかな?」
「あ、えっと…エマで!エマって呼んでもらって大丈夫です」
「僕はジークハイド。ジークでいいよ。さぁ、ついた。ここだよ」
連れてこられたのは年季を感じるが、しっかり手入れされた平屋の一軒家だった。
人が一人で住むには少し広い気がする。
小さな庭もついていた。
さっきの泉から距離はそんなに離れてはいない。
あの場所で心が折れなければもしかしたらここに一人でもたどりつけていたかもしれない。
(でも知らない土地で知らない人の家を夜にノックする勇気はない…ジークさんに会えてよかった)
そんなことを思っていると、玄関ドアが勢いよく開いた。
「ひゃっ」
中から若い男性が飛び出てきた。
僕には身内がいない、そう言っていたから家は無人だと思って油断していた。
「ジーク様!!」
ずいぶん慌てているようだったが、私たちを見て駆け寄ってきた。
「ふふ、びっくりさせてごめんね。友人のイルヴァンだよ。この家は彼の家の離れなんだ。時々こうして様子を見に来てくれているんだよ」
「そうなんですね」
一人で死ぬ、なんて言っていたから友人を紹介してもらえたことで少しホッとした。
本当に一人ぼっちというわけではなさそうだ。
「ジーク様…よかった。立ち寄ったらいらっしゃらないので…何か、あったのかと。ご無事でしたか」
あ、それはそうだ。
もう死ぬかもって人が帰ってこなかったらそうなるよね。
私が泣き止むのを待っていてくれたのが原因だ。
「あ、あの」
「ごめんね、女の子を口説いていたんだ」
謝ろうとしたのをジークさんにさえぎられてしまった。
「口説く…?」
何者か、そういう目でイルヴァンが私を見た。
「はじめまして!エマと言います!ジークさんの帰りが遅かったのは私のせいです、ごめんなさい!」
一息で言い切って頭を下げる。
「この世界に来たばかりだから、いろいろ助けてあげてほしい。僕が消えた後も。頼むね、イル」
その言葉を聞いたイルヴァンは少し驚いた顔をした後、悲しげに微笑んだ。
「わかりました。お任せください」
「エマ、イルはいい子だから。何かあれば彼を頼っていいからね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「さて、中に入ろうか」
ジークさんに促され、家の中へ入る。
家の中は見えるだけで、二人がけの小さなダイニングテーブルだけ。必要以上の家具はなく、また娯楽といえるものは何もなかった。
モデルルームでも、もう少し生活感がある。そう思うぐらい何もなかった。
最初の屋敷にも家具というものは置かれていなかったけれど…ここではそういうものなのだろうか。
そういえば家に入る前に庭もあったが、土色以外見えなかった。花でも植えればすごく可愛い家になりそうなのに…
ただ残り少ない時間を送るためだけにある家、そんな感じがして。
なんだかまた泣きそうになってしまった。
「君の部屋はここが空いているから好きに使っていいからね」
見せてもらった部屋は、使った形跡がまるでないただドアがついているだけの部屋だった。
「――っ」
ジーク様が今まで本当に一人だったのがわかる。
「私がいますからね」
思わず口に出ていた。
心細かった私の心を救ってくれたこの人に寂しい思いはさせない、絶対。そう思った。
「イル、悪いんだけど女の子が住めるように部屋を整えてもらえるかな?」
そんな無茶振りをされたイルさんの顔が明るくなる。
「もちろんです。お任せください。少し時間がかかりそうなので、今夜は私の屋敷へ」
「わかった。ごめんねエマ、ゆっくりできない家で。今夜はイルの屋敷に世話になろう」
「あ…はい。よろしくお願いします!」