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異世界に来たら余命わずかな彼に看取ってほしいと言われました  作者: 壱真みやび
召喚された少女と、優しい彼が死ぬ理由
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初めて会った人

エマ視点です。

歩いて歩いて――もうすっかり日は落ちてしまった。

どれくらい歩いただろう。手元に明かりはない。これ以上動き回るのは危ないかもしれない。どこか休める場所を探さなければ。

そう思った瞬間、何かに足を取られて転んでしまった。


「~~~~~~っっ!!」


ケガは…してない。よかった。

「うわぁ…こんな普通に転ぶなんて小学生以来かも…疲れてるな…私…」




ふと、何か周囲の感じが変わった気がして顔を上げる。


「水の音…?水だ!!」


全然気がつかなかった。

転ぶまで何も見えなかったし、聞こえなかったと思ったのに…こんな近くにあったなんて。

それは池でも沼という感じでもない。泉という表現がぴったりな綺麗な場所だった。


「泉なんて初めて見た…生水だよね…飲めるのかな…」


生水なんてほとんど口にしたことがない。

神社なんかにあるご利益のある湧き水だって、今まさに岩から流れ落ちているような水だし、それでさえちゃんと人が管理しているものだろう。

こういったすでに溜まっている生水を飲んだ経験なんてない。正直ちょっと怖い。

それでも背に腹はかえられないほど、喉が渇いていた。

おそるおそる手にすくってみる。大丈夫、サラサラしてるし臭くない。

口に含んでしまえば、もう体は欲していたのだろう。

味を確認するまえに飲み込んでしまっていた。


「~~~~っ。染み込む~~っっ」


やばい、泣きそうだ。

ちょっとの生水への警戒を残しながら、それでも渇きに抗えず夢中で水を飲んだ。




渇きが癒え、少しだけ心に余裕が生まれる。

そういえばなぜかさっきより周囲が随分と明るく感じた。


「わぁ…っ!!」


なんで明るいんだろう?そう思って空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。

赤や青、白や黄色、緑っぽい星など色とりどりの星が瞬いていた。

そして大きな青白い月。


「すごい…なにこれ綺麗…」


普通じゃない。自分の知っている夜空ではない。

そしてさっきまで明かりを求めていくら空を見上げてもモヤがかかったように薄暗かったのに。一体何が――。


「こんなところで何してるの?」


誰もいないと思っていたのに、急に声をかけられて体がビクリとはねた。

人だ――男の人の声だ。


「ご、ごめんなさい!人がいると思わなくて…勝手に水を飲んでしまいました。ここの持ち主の方ですか?」


慌てて立ち上がって、頭を下げる。

不審者だ、泥棒だと怒られるだろうか。

敵意はないと全身で示す。怪しいのは間違いないだろうけれど、悪意はないのだと伝わって欲しい。その一心で頭を下げた。


「いいや、ここの持ち主じゃないよ。ただの通りすがりだ。君はこのあたりの子かな?」


怒られるわけではないとわかって、ホッとしながら顔を上げると、そこにいたのはずいぶんと年上の…初老といってもいいような年頃の男性だった。

とても優しい声をした、穏やかそうな、とても落ち着いた佇まいのおじさん――というよりおじさまというような風貌の男性。


「あの、私、よくわからなくて。ここに住んでいたことはありません。気がついたら近くの森の中にいて、ずっと歩いてここにたどりつきました。あなたがここに来て初めて会った人で…ちゃんと、人と…会えて、よかったっ」


心細かった。

パニックを起こしたら命取りになるかもしれない、そう思ってずっと気が張り詰めていた。

男性の優しい声や雰囲気に気持ちが緩んでしまったのかもしれない。涙が止まらない。


「あぁ…そうか、君が…」


そう小さく呟いたと思うと、そっと歩み寄ってきて泉の近くに腰を下ろした。

そしてポンポンとふわふわの草をたたき、少し座るといい――そういうようににこりと微笑んだ。


「今まで心細かっただろう。よくがんばったね。ここには恐ろしいものはいないよ。安心していい」


そう言って男性は私が泣き止むまで、どこにも行かずに同じ場所にいてくれた。

急かすことも、不用意に近づいてくることもなく、ゆっくり腰掛けてただ同じ空間で星空を見上げていた。

すごく、安心させてくれる雰囲気の人だった。


***


「ごめんなさい…もう、大丈夫です」


もしかしたら、ただ星を眺めているだけで別に私を待っているわけではないかもしれないけれど、一言声をかけた。


「そう?それじゃあ、行こうか」


おじさんが立ち上がる。


「あ、あの!」


一人になりたくない、行かないでほしい。せめて、他に誰か人がいるところまで。

そんな言葉が口から出る前に、おじさんが穏やかに微笑んで口を開いた。


「一緒においで。困っているんだろう?うちに住むといい」


え。それはそれで、ちょっと怖い。申し訳ないけれど…知らない人だし。

どう答えたものか、困っているとおじさんがほほ笑みながら続けた。


「僕はね、もうそう長くはないんだ。僕が死んだら、家も財産も、全部君にあげるよ。ずっと住み続けてもいいし、他へ移りたいなら売って生活の足しにするといい」

「…え?」


ちょっと何を言っているのか…冗談…?

でも冗談というには、おじさんの雰囲気はふざけているわけではなさそうだった。


「いやいやいやダメでしょう。そんなこと簡単に口にしちゃダメですよ。私が悪い人だったら全部持ってかれちゃいますよ。とても危ないです!!」


優しそうな人だとは思っていたけれど、これじゃ悪人にとってはいいカモだ!

危険なおじさんじゃなくて、おじさんが危険!!



私の言葉に、おじさんは驚いた顔をしている。そして少し笑った。


「君は悪い子じゃないだろう?」

「いやいや何を根拠に…」


たしかに悪人ではないけれど。こんな人となら一緒に行くのはとてもありがたいけれど。

善意が大きすぎやしないか。

でも…こんなわけのわからない場所で一人になりたくない。

どうしよう。なんだか私に都合が良すぎる気がする。

本当に善意だけなら、この優しい人を利用するようで、なんだかいやだ。

ぐるぐると考えていると、おじさんがまた提案してきた。


「もしどうしても君が嫌だというのでなければ、この話、受けてほしい。実はね、僕は身内がいなくて。死んだとしても一人なんだ。君がよければ僕を看取ってほしい。孤独死なんて、むなしいだろう?本当は僕のわがままを通したいだけなんだよ。君は何も気にすることはない」



これは…気を使わせているのかもしれない。

きっと優しさから、そんな言い回しにしてくれただけだ。そんな気がした。

最初は怖気づいていたけど、この人のそばにいるのは嫌じゃない、そう思った。


「…わかりました。私も一人になりたくないんです。一緒に行かせてください!それと――死んじゃった後のことは置いておいて、あなたのお世話は私がします!元気な日も…そうじゃないときも」




泣き止むのを待っていてくれたから。

優しく声をかけてくれたから。

この人には寂しい最期を迎えてほしくない――そう思った。

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