通学電車の恋〜女子大生の私とアラサー彼氏のクリスマス〜
通学電車の恋の千尋と大地のクリスマス編です。単品でもお楽しみ頂けると思います。
「もう22時過ぎてるんだけど……」
そう呟いても返事をする相手は居ない。今日は付き合ってから初めてのクリスマスイブなのに社会人の彼は仕事。大学3年の私も昼間は学校に行ってたけど冬季休み前の今日は試験だけ受けて午後からは授業もなかった。だから仕事終わりに来る予定の彼の為に料理を作って待っていたのだ。
ネットで調べて初めて作ったローストビーフに、作り慣れたポテトサラダ。ピザも予約して彼の帰りを待って2人でクリスマスパーティーとなるはずだったのに……。彼からの連絡は21時過ぎにに『遅れる』と一言あったっきり何もない。元々21時前には着くって話だったのに。
接客業の彼は仕事中に私用のスマホに触ることはほとんどないらしい。そして残業なんかもしょっちゅう。だからデートの約束も仕事がある日は大体遅刻。連絡が全く来ずに30分待つなんて良くあること、遅刻が当たり前だった。
「今日は早く上がれるようにするって言ってたのに。どうせならケーキ買ってきて一人で食べてれば良かった」
思わずそうため息をついてしまう。スーパーで働く彼は、販売のノルマがあるからと自分の店のケーキを予約してくれていたのだ。どれでも良いからと選ばせてもらった2人分には少し大きいホールケーキ。生クリームが苦手な私でも食べれるチョコムースのケーキ。有名チョコ店とコラボしたそれは少し高かったが、別に良いと言って予約してくれたのだ。
それを楽しみに何も食べずに待っていたのにきっともう今日は来ないだろう。23時過ぎになる時は大体『今日はごめん。遅いからそのまま帰る』ってLINEが来る。次の日が休みなら泊まりで来てくれることもあるが、あいにく明日も出勤日だからそれもないだろう。彼の職場から私の一人暮らしの家まで片道2時間なのだ。高速を使えばもう少し早いらしいが、それでも1時間はかかるだろう。
そんな彼は大学の友達には『最低な彼氏』って評判だけど仕方ない。だって社会人の彼を好きになったのは私だもん。今日も周りの友達カップルがクリスマスマーケットやイルミネーションを見に行ったりと楽しそうな予定を話してくれた。私はそう言ったデートには縁がない。彼が平日休みが多いため、学校終わりに会うか彼の仕事終わりに会うかになってしまうから、大体夕飯を食べるか映画を観てデートの時間は終わってしまう。普通のデートへの憧れもあるが、彼と付き合った時にそういったことが難しいのは散々聞かされて、それを受け入れて付き合うことが出来たのだ。普通のデートがしたい、きっとそう言ったら別れを告げられてしまうかも知れないと思ってしまう。
用意していたプレゼントもクローゼットの中に戻す。年末年始は私も実家に帰る予定だから次に会うのはきっと年が明けてからだろう。
もうご飯も食べる気にもなれず、シャワーを浴びて寝ようと動き始める所でスマホに通知が入る。その通知を確認しようとすると手に持ったスマホが振動を告げる。
「……」
『ごめん!! クレーム入ってその対応で連絡出来なくてさっき上がった!!』
「……うん」
『せっかくのクリスマスに悪かった。怒ってるよな? まだ起きてるか?』
「起きてるから電話出てるんだけど」
遅刻されるのに慣れてるとは言えやっぱり嫌なものは嫌だ。疲れてる彼にそんな態度を取っちゃいけないと思うのに、私の声はムスッとしていて怒っているのが伝わってしまっているだろう。
『本当ごめん! 予約したケーキが違うってクレーム来て、他店に余ってないから連絡したりしてたからLINEする余裕もなかったんだよ。ごめん……。今からじゃ遅いよな?』
「今からってこの時間だといつも来ないじゃん。遠いでしょ? 無理しなくて良いよ」
本当は今からでも来て欲しいけど、我儘を言ってはいけないと思ってつい良い子ぶってしまう。こう私が言えば、きっと彼は次の時埋め合わせするからと言い電話を切ってしまうのに。
『あと高速使っても1時間掛かるから遅くなるけど今からケーキ持って行くから』
「え? 本当に?」
『あぁ、だから寝ずに待っとけよ。寝ても良いけど俺が着いたら鍵開けてくれ』
そう言いたいことを言うと電話は切れた。
◇
ピンポーン。
「本当に来た……」
覗き穴から覗くと暗闇の中彼が立っていた。どうしようか迷いながらも、寒い中来てくれた彼を早く入れてあげなければと思い招き入れる。
「悪い。遅くなったけどメリークリスマス」
「……遅いよ」
「だよな。でもお前の顔みれて良かった」
「……そういう言い方ズルい」
「分かってて言ってる。こう言えば許してくれるだろう? 俺は悪いおじさんだからな」
そう言って笑ってみせる彼の笑顔で本当に許してしまう私はなんて扱いやすい女なのだろう。そう言って悪ぶって笑う顔も年上なのに可愛いと思ってしまう私は重症だ。
「何か食べたの?」
「何も。休憩入ったのも早かったから腹減ってる。ご飯作ってくれたんだろ? それ、食べさせてくれる?」
「もう全部食べたし」
「じゃあ冷蔵庫の中適当に食べるから。納豆常備してるだろ? それでいいから開けるぞ」
そう言われて慌てて冷蔵庫の前に移動する。全部食べたなんて嘘あっという間にバレてしまうのになんで嘘ついたのか。それでもなかなか素直になれない。一緒に食べるのを楽しみに待っていたのに。そんな簡単に気持ちを切り替えられないのだ。
「お前が先に食べてる訳ないじゃん。楽しみに待っててくれたんだろ?」
「……うん」
「ほらお前の好きな酎ハイ買ってきたから、クリスマスパーティーやり直そう」
そう言われてやっと素直に頷くことが出来る。やっぱり私は彼の手のひらで転がされているのだ。
ピザを温め直して、ローストビーフとポテトサラダもお皿に盛り付け、彼の待っているローテーブルの上に並べる。
「すげえな。これお前が作ったんだろう? いつの間にこんなん作れるようになったんだ?」
「ネットで作り方見たの。結構簡単だったよ」
「それでも手間は掛かってるだろ? ありがとな。じゃあ乾杯」
私は缶チューハイ、彼はお茶で乾杯する。お酒を飲まないということはこの後帰る予定なのかな。そう思うが詳しくは聞かない。聞いたらこの時間もすぐに終わってしまう気がして、今はこの時間を少しでも長く一緒に過ごしたい。
「どう? 美味しい?」
「うん、上手い! このソースも手作り? すげえな。料理上達してんじゃん」
「そうなの! すごいでしょー!」
そう得意げにすると笑いながら頭を撫でてくれる。彼の大きな手に撫でられるとすごく安心して心地良い。
用意したご飯をぺろっと平らげてしまうと、ケーキを出してくれる。
「保冷剤入ってるけど冷蔵庫入れた方が良かったかもな。忘れてた」
「てか今から食べたら太るんですけど」
「じゃあ食べない?」
「食べる。この時間にご飯食べた時点で手遅れだし」
少し膨れてみたがあっという間に彼に元通りの空気にされる。私の反撃は全く効かないみたいだ。
彼から受け取ったケーキをインスタにアップする。さっきまで友達のキラキラした投稿ばかり見ていたから、やっと私もそれらしいものを投稿することが出来た。
「うん! 美味し〜〜!! さすがコラボ商品! めっちゃチョコが濃厚!!」
「だよな。甘過ぎずちょうど良い」
「そう言えばクレームのあったケーキってどれだったの? あの表紙に乗ってたイチゴが沢山乗ってたやつ?」
「いや、これと同じやつ。これが今年の1番人気だからな」
「え? これと同じやつだったの……?」
「ああ」
「だったら別に他店に行かなくてもコレを渡せばすぐ終わったんじゃないの?」
「そう。だからお前の名前で予約取ってたやつ渡した。そんでお前の分のやつを他店に電話して探して取りに行ってたら時間掛かって遅くなった。たまたま当日受け取りに来なかった分が1つ余ってた」
「わざわざ私の分を取りに行ったの?」
「ああ。お前の名前で予約取ってて良かったよ。そのおかげで助かったし、他店に移動の処理するのもスムーズに出来た。これが俺の名前で予約取ってたらただ返金されて終わりだったからな」
「そんな……。ケーキなんて無くても良かったのに」
「だってお前楽しみにしてただろ? ホールケーキ買うの憧れてたって。それにあの時間からじゃホールケーキなんて買えないし、コンビニでショートケーキ買うくらいしか出来なかったから。お前生クリームダメだろ? だからちゃんと移動処理して持って帰った方が良いだろうなって。思ったより道路も混んでて時間掛かっちゃったんだけどな」
「私の為に? 馬鹿じゃないの。それに私の名前で予約したって持って帰るのは大地なのに。自分のってバレバレでしょ」
「一応親戚に頼ませた分だからって誤魔化しといたけどバレバレだろうな。まっ俺に年下の彼女が居るってみんな知ってるから別に良いさ」
「バレバレなんだ……」
本当に大地のバカ。ケーキの為に残業して、デートにも遅れてきて。ケーキなんかより大地と会える方がずっと嬉しいし大切なのに。そう思うのに、私のことを思って行動してくれたことが嬉しくてなる。そして職場に私のことを話してくれてるのも聞けて嬉しいし、安心する。
「それ食べ終えたら出掛けるから準備しろよ」
「え? 今から?」
「だって今日は楽しみにしてたクリスマスデートだろ? 今日残業した分、店長が融通してくれて明日の出勤が少し遅くなったからいつもより余裕あるんだよ。行きたくない?」
「行きたいけど、大丈夫なの?」
「いつも色々我慢させてるから今日は特別。明日1日の寝不足位なんとかなるだろ。お正月の売り場ももう作り終わってるし発注も終えてるから事務仕事もほぼないしな。いける」
「分かった! すぐ食べて準備する!」
さっきまでの怒りはもう完璧に飛んでいってしまった。普段は睡眠優先の彼が寝不足も覚悟してくれているのだ。早く食べなきゃと大きな口を開けると、彼は笑いながら焦るなと言ってくれる。2人で1カットずつ食べ終えると残りは冷蔵庫にしまう。
ダウンにマフラーにニット帽を被る。お気に入りのバックを手に取り財布とスマホ、それにクローゼットにしまったプレゼントをバレないようにバックに入れる。彼はスーツにコートだけなので少し寒そうだ。
「マフラー貸そうか? 寒くない?」
「車までだから別に良い。お前がちゃんと暖かくしとけよ」
「分かった。じゃあしゅっぱーつ!」
「しんこー」
「テンション低いよ! もっとテンション高く!」
「今何時だと思ってんだよ。30のおっさんにはキツいっての」
「正確には31ね」
「うっせえよ。そこは30超えたらみんな一緒なんだよ」
「ねえどこ連れてってくれるの?」
「……内緒」
「えーー」
話しながら彼がいつも止めてる駐車場に着く。先に車に乗り待ってると、支払いを終えた彼が温かいペットボトルのお茶を渡してくれる。こうした気遣いが好きなのだ。駐車場代も私も出すと言ったのだが、良いからと言って毎回払ってくれる。そうしたスマートな所が同級生と違って大人だなと思う。
車のエンジンを着け、彼が目的地をナビに設定しスマホを渡してくれる。彼のスマホが車とBluetoothで繋がっているから、ドライブ中のBGMは私が担当なのだ。今日はクリスマスだからクリスマスソングを選んで流して行く。
「目的地まであと1時間だって。結構遠くまで行くんだね」
「まぁ道路もこの時間は空いてるからもっと早く着くと思う。ガム取ってくれる?」
「はい」
彼はやっぱり眠そう。それもそうだ。試験を受けただけの私と違い、彼は働いてきた後なのだ。しかも今日は3時間近く残業したはず。
「お疲れ様、ありがとう」
「ああ」
そっけない返事だけど横顔を見れば優しい顔をしている。私は少しでも彼の癒しになれてるのだろうか。私ばっかりが好きな気がして毎回不安になる。人生経験も何もかも彼の方が圧倒的に豊富だ。私が彼に与えられることなんて若さくらいじゃないだろうか。
「おっ。この曲最近店で流れて気になってたやつ。誰の歌?」
「これはえーーと……」
そんなたわいも無い話をしてドライブを楽しむ。そしてあっという間に目的地に着いてしまった。
車を降りると少し歩くらしい。彼に着いて暫く歩くと公園に入り、階段を登って行く。
「わぁ……すごい!!! 綺麗!!」
「だろ? イルミネーションはもう消えてるけど、夜景はこの時間でも見れるからな」
「こんな風に夜景見たの初めて! まるで映画のワンシーンみたい!」
階段を登った先には丘になっており、街並みが一望出来る。オレンジ色の光に街並みが包まれて暖かく感じ、まるで映画の中に入ったような気分になる。
「実際に映画やドラマの撮影でも使われる有名な所だからな」
「でも私達以外の人は居ないね」
「この時間だからな。きっと今日なんかカップルだらけだったんじゃないか」
「そっかー! 遅く来てラッキーだったかもね」
「……そう言ってもらえると助かる。ほら、これクリスマスプレゼント」
「ありがとう! 開けて良い?」
「ああ。どうぞ」
彼からもらった紙袋をよく見ると、有名ブランドのロゴが入っていた。
「えっこれ……」
中を開けると某ブランドの長財布が入っていた。
「財布が古くなってきたから新しいの欲しいって言ってただろ?」
「ありがとう……でもこんなブランド物わたしには勿体無いよ」
「年上彼氏らしいだろ? 同級生に自慢してやれよ」
「ふふ、何それっ。訳わかんない理由」
「……こんなブランドくれる彼氏が居るってちゃんと周りの男にも伝えとけよ」
「もしかして男よけに?」
「……そうだよ。あとはいつも遅刻したりデート連れて行けなかったり我慢ばっかさせてるから。こんな所でしか年上の甲斐甲斐しさ発揮出来ないだろ?」
「そんなプレゼント目当てで付き合ってる訳じゃ無いのに。でもありがとう」
そう言って彼に抱きつく。このブランド物に相応しい大人の女性になりたい。彼の隣に立っても違和感ないような。
「それで、お前からのプレゼントはないの?」
「私は……ごめん。用意してなかった。次の時に渡すね」
こんな高価な物を貰ってしまったら私のプレゼントなんて渡せない。そう思ってつい嘘をついてしまう。
「何気にしてんの? 俺はお前からのプレゼントが欲しい。お前が用意してない訳ないだろう。プレゼント頂戴? 千尋」
「ずるい」
普段はお前呼びなのに、時折こんな風に急に名前を呼ばれる。それに弱いと分かってるのだ。
「千尋? 俺今日を楽しみに仕事頑張って来たんだけど。ご褒美に鞄に入ってるそれくれないの?」
「……はい。高価な物じゃ無くてごめんね。今度またプレゼントするから」
そう言って私はしばしばバックから袋を取り出す。
「おっ! もしかしてこれ手作り!?」
「うん。慣れてないから所々ほつれちゃったんだけど」
私があげたのは手編みのネックウォーマー。本当はマフラーをあげたかったんだけど、初心者の私にはマフラーは長く編まなきゃいけない分難しかったから挫折して短くても形になるネックウォーマーになってしまった。
「おっ、これすごいあったかい。さすが手編みだな。ありがとう」
早速彼がつけてくれる。うん、シンプルな黒のネックウォーマーはスーツでも違和感ない。想像通りだ。
「でもよく見たら結構ボロボロだし、無理してつかなくて良いよ」
「お前が一生懸命作ってくれたんだろ? それだけですごい嬉しいし、絶対使う」
「ありがと」
「なぁ、お前分かってないでしょ。俺がどれだけお前のこと好きか」
「えっ?」
「お前が思ってる以上に俺はお前のこと好きだよ。千尋に会いたいし、会ったら離したくないって毎回思う。お前が横でヘラヘラ笑ってるのを見て癒される」
「なっ! ヘラヘラって」
「それに好きじゃなきゃもうとっくに別れてる。もうすぐ1年だろ? 好きでもなきゃ仕事終わりに頑張って会いに行かない。休みの日に予定開けたりしない。俺がどれだけ千尋のこと大事に思ってるか分かった?」
「うん……」
彼の言葉を聞いて涙が止まらない私は頷くだけで精一杯だった。
泣いてる私を抱きしめてキスをしてくれる。こんな夢見たいなシチュエーション期待してなかったのに。いつも彼は私の欲しい言葉をくれる。私が憧れていたことを実現してくれる。
こんなことがあるから、いつもの遅刻だって許してしまう。だって私の彼はこんなに素敵なんだもん。
暫く夜景を堪能するとまた車に戻り私の家まで帰る。
「なあ、年が明けたら旅行行くか」
「旅行? でも休み合わないし」
「正月終われば一旦閑散期になるから有給取れるさ。有給とって旅行しないか? さすがにバレンタインは休めないからその前祝い。お前の誕生日と1年記念と。来年はお前も就活で忙しいからその前に」
「うん!! 嬉しい! どこ行こっか!」
「お前も学校あるから1泊2日で行けるとこだな。のんびり温泉でも良いし、行きたがってたUSJでも良いし。まあ休み取るとしても月末くらいにしようと思うからゆっくり考えよう」
「うん! 楽しみ!」
やっぱり彼は私を幸せにしてくれる。みんなから見たら最低の彼氏でも私から見たら最高の彼氏だ。
「大地! 私今世界一幸せだと思う!」
「それは大袈裟だろ。でもそうだな……今が1番幸せかもな」
「違うでしょ! これからも幸せになるんだもん!」
「そうだな。よろしくな」
「うん!」
クリスマスにギリギリ間に合いました。
遠距離&歳の差カップルの2人はなかなかなすれ違い生活でも順調に愛を育んでいるようです。
ご覧頂きありがとうございました。