良いご縁がありますように
探せば見つからない、諦めたら出てくる。
背伸びしても、無理しても仕方がない。
縁があれば繋がる 幸せが繋がる。
そう信じる二人。
うちの妻は、世話好きだ。
お盆休みの真っ只中、二人で歩いて行った夏祭り。
妻がどうしても、と言うので久しぶりに金魚掬いをやった。 昔は2、3匹獲れたものだが、
1匹も掬えなかった。
店のお兄さんがオマケで2匹、掬ってビニル袋に入れてくれた。
俺はそれを拒んだ。 獲れなかったものはしょうがないって。
妻もポツリと言った「縁が無かったのよね・・・」
病気がちで、よく体調を崩す妻が、
こんな暑い日に「祭りへ行きたい」だなんて、珍しかった。
二人で張り切って浴衣を買って、昼間の暑い中、近所の河川敷まで歩いた。
夜8時から30分だけ、2000発の花火があがるらしい、それも観たいって妻はハリキっていた。
今時珍しいかもしれないが、27歳でお見合い結婚をして今年で8年目。 僕らに子供はいない。
結婚して間もなくは、授かりものだからって、特に気にしてなかった。
もう今年で俺は35歳、妻は1つ上で36歳だ。
妻は専業主婦で、家に居る場合がほとんど。
寝起きや気圧変化やホルモンのバランスやら、本当の頭痛のタネが驚くほど多い。
この8年の間に、職場が2回も変わってしまった俺が悪いんだと思う。
俺は人付き合いが苦手で、どうも上手くいかない。
大学出て最初の会社は営業職だったので、すぐに諦めた。 なんとなく商社に入ったのがダメだった。
体育会のノリにまったく付いていけなくて、お酒も結構飲む機会が多くて、あっという間に輪から外れた。
しかし、当時の上司の薦めで妻とお見合いできたのは幸運だった。
妻は上司の大学時代の友人の娘だったんだが、人見知りが激しく、内向的で男性の免疫が無かったらしい。
同じく内向的な俺を二人は合うのではないか、と見定めた上司の人を見抜く力は凄いと思う。
そんな上司の恩に報いるために、と頑張ってみたものの、体調を崩して辞めた。
次は広告デザインの会社に勤めた、これも半分は営業だったけれど、モノ作りは好きだし、得意な方だったから苦では無かった。
たまに簡単なホームページ作成やチラシ作成ぐらいしかやってなかったけれど、安い給料だったけれど、居心地の良さはあった。
でも、会社が続かなかった。 紙媒体がメインの広告屋だったから、将来性ってどうなんだろうって思ってた矢先だった。
で、その次が設計会社で配管とか設備関係の図面を書く仕事、今年の初めからだから・・・。まだなんとも言えないか。
「お祭りなんて、何年振りだろうね?」
下駄の音を鳴らしながら、妻は嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。
白く華奢な妻の手を引いて、30分。 時々休みながら、到着したお祭り会場の河川敷。
「自転車で来たら良かったんじゃない?」と妻は言った。
「たまには歩けてよかっただろ? でも喉乾いたな」
そう言ったら間を空けずに小さな水筒が出てきた。
「サンキュ、もらうね」 俺は良く冷えたお茶で喉を潤した。
「私も」 妻も一口、二口と飲む。
辺りは徐々に日が傾き始め、サイリウムもった子供達がハシャギ走る。
近くで花火の音が聞こえて、乾いた空に響き渡った。
「どこで上がってる?」
嬉しそうに妻は辺りを見回した。
「まだ、明るいし合図的なヤツじゃないかな? 風向き見たりしてると思う」
そう言いながら屋台が立ち並ぶ河川敷上の車道を歩いた。
綿菓子、唐揚げ、クレープ、で 射的と金魚掬い・・・。
色々遊んでいる内に、花火が上がり始めた。
「はじまっちゃった! 座るとこ考えてなかったね!」
屋台の隙間を抜けて、河川敷の芝生の上に立った。 あまり人がいない場所を探して見上げて花火を眺めた。
様々な光と音が轟く25分、二人はずっと黙って見上げていた。
「私、最後のこれが一番好き・・・」
「前もそれ言ってた・・・ええっと しだれ柳・・・だっけ」
「そう、それ・・・柳のやつ・・・綺麗・・・」
妻は目を細めて、またじっと花火を見上げていた。
花火が終わるともう辺りは真っ暗だった。
「帰ろっか?」と妻に尋ねると
妻はコクンと頷いた。
帰り道の途中、玄関先で手持ち花火を楽しむ家族がいた。
友達家族も混ざって、大勢でワイワイと花火を楽しんでいる。
煙が風に乗って、こちらの方へと掛かる。
それを気に留めず、妻は手持ち花火をグルグル回す子供を見て、少し笑っていた。
「いいね、楽しそう」
「そうだね」
そんな会話をしながら、真っすぐ田んぼに挟まれた道を歩く。
街灯に照らされた交差点、そのガードレールの端に、
見慣れたビニル袋が下げてあった。
「あ・・・もしかして」
「そうだね・・・金魚」
誰かが置いていったのだろうか、赤い金魚が2匹。
「ふふ・・・縁があったんだね」
そう言いながら妻はビニル袋を手に下げた。
「飼うの?」 不安げに俺が聞くと
「うん、私が面倒見るから」
そうハッキリと言って妻はビニル袋持ち上げ、金魚と目を合わせていた。
その後の帰り道の妻は少しご機嫌で、
なんか鼻歌交じりに歩いていた。 少し若返ったかのように、少女のように足取りが軽かった。
家に着くと妻はそそくさと庭に回り、
バケツに水を汲んで歩いてきた。
「早く大きい、広い所で泳がせてあげなくっちゃ」
妻は金魚をバケツに入れようとした。
「ダメだよ! カルキ抜いて、水温は金魚に合わせてあげないと、死んじゃうぞ!」
自分でも俺の声の大きさに少しびっくりした。
「え・・・あ・・そうなの。 ・・・そうか何も知らなかった、ゴメン。 調べないと・・・」
俺の声で強張ってしまった妻だったが、携帯で金魚の飼い方、水の管理の仕方を調べ始めた。
「明日、ペットショップ行こう。 金魚鉢とカルキ抜く薬と、エサと・・・水草、砂利もいるね」
覗き込みながら、俺がそう言うと
「詳しいのね?もしかして飼った事あるの?」
「・・・まぁね、メダカだけど・・・母親が一生懸命世話してたから・・・」
俺の母親は中学の頃に亡くなっている、50歳で子宮頸ガンだった。
一人っ子だったから、母親と父親には愛されて育った記憶しかない。
父親はまだまだ元気だし、タバコを吸うヘビースモーカーだ。
母親はメダカの世話が楽しかったようで、鼻歌交じりに時折話しかけながら、
水を替えたり、掃除したり、エサを上げたり、
カルキ抜きのために日の下にバケツの水をよく晒していた。
年中よく手伝わされて、面倒なのに何故こんなの飼うのか、と子供ながらに思った事があった。
母親に聞くと
「ほら、ウチは借家だから、犬だって猫だって飼えないでしょ?だから・・・」
後から父親に聞いた、その頃は母親のお腹に赤ちゃんが居たって、でも・・・。
俺が弟か妹が欲しい欲しいって、低学年ぐらいまで騒いでたらしい?から。
「あの頃、母さんはお世話する事の大変さや楽しさを、命を教えてあげたいって言ってたんだぞ」
なんて父親が偉そうに言ってたっけ・・・。
次の日、朝からペットショップで飼育に必要な物を買い揃えた。
すぐに家へ帰って、バケツで晒していた水に薬を入れた。
金魚鉢に砂利を敷き水を入れ、ビニル袋のまま浮かべて水温に慣れさせて、
ようやく金魚を金魚鉢へと入れる事ができた。
「ようこそ、我が家へ・・・金魚ちゃん」
妻はそのまま朝からずーっと金魚を眺めてた。
耳かきみたいな小さなスプーンでエサをあげては眺め。
エアレーションのブーンという音とブクブクした泡を眺め続けている。
時折携帯で、何かを調べていて
「あ・・・この子たちカップルだね、ホラ!男の子と女の子じゃん!」
と嬉しそうに報告してきた。
また鼻歌交じりに足をバタバタさせながら、じっと2匹を眺めている。
そんな妻の後姿が愛おしくなり、俺は妻を抱きしめた
「え?どうしたの? 急に・・・」
クーラーの効いた部屋のせいで、妻の体は少し冷たかった。
外は静かで、締め切った部屋ではセミの音も聞こえない。
エアレーションの音だけが耳に入ってきていた。
「ううん・・・なんでもない。 なんとなく・・・いい?」
小声で耳元で囁いたら、妻は無言でコクンと頷いた。
そのまま昼間から二人で布団の中で泳ぎまわった。
お互いの体温を合わせながら、ゆっくりと。
「あ・・・今日はお盆・・・15日ね、変な一日になっちゃったね・・・フフフ」
妻は無邪気に笑ってた。
「15日か!そうだ・・・墓参り、墓参りいかなきゃ」
日が傾いて夕焼け空の下、慌てて支度して母親の眠る墓地へと車を走らせた。
妻は変わらず調子が良さそうで、機嫌も良さそう。 鼻歌が続いている。
「なんか嬉しそうだな?」
俺が聞くと
「うん・・・なんか良い感じなの。 幸せよね、私たち」
車の外の流れる景色をボンヤリ見つめながら妻が呟いた。
「そうだね」
そう言いながら、カーラジオのスイッチを入れた。
妻の鼻歌と同じ曲が流れてきた。
「この曲だったのか・・・」
「ふふ・・・縁があるね」
妻はニッコリと笑った。
暗い話になりそうでしたが、
良いご縁がありますように・・・です。
最後のピアノの音(ピロン♪)で 夫婦の未来の写真が見えたら良いなぁ。
企画を実施いただいた仙道アリマサさんに感謝申し上げます。