ディオン皇太子殿下とルディーン・ソナルデの恋
これを書いていて、皇太子殿下の方が、別れたくない。辛いって訴えてくるんですよね…参りました。
黒竜魔王討伐も終わった…セシリア様も懐妊した…
もう、愛人の立場は辛くて仕方がない…
俺はあの人を愛しているのに…あの人の愛はセシリア様の元にある…
やはりそろそろ潮時ですかね…
あの人の元を去りましょうか…
とある夏の日の午後、マディニア王国の王宮の廊下で、フローラ・フォルダン公爵令嬢は見知った顔にばったりと会った。
幼馴染で、友人のマディニア王国騎士クロード・ラッセルである。
「クロード。お仕事お疲れ様。正騎士の姿も様になってきたわね。」
銅色の鎧を着て、聖剣を腰に差し、歩いて来たクロードは、正騎士になって3か月程経っていた。
クロードはフローラの言葉ににっこり笑って。
「有難う。所でフローラ。王宮に何か用?」
「ディオン皇太子殿下に呼ばれたのよ。西宮で執務をしていると言うから。」
「あれ?俺もこれから西宮へ行こうと思っていたんだ。皇太子殿下に呼ばれて。私室じゃまずい話なのかな。」
「あああ…私達が呼ばれるって嫌な予感しかしないわ。」
「絶対に…多分だけど…彼の事だよね。」
二人は西宮のディオン皇太子殿下の執務室の前へ行き、扉をノックすれば、
「入れ。」
と、声が聞こえて、中に入れば、執務机で仕事をしていたディオン皇太子が、書類を置いて立ち上がり。
「二人揃って来たか。そこのソファに腰かけてくれ。」
ソファに二人並んで腰かける。
クロードが聞いてくれた。
「何の用です?皇太子殿下。」
「お前達を呼んだのは…。ルディーン・ソナルデの事だ。」
フローラとクロードは顔を見合わせる。
ああ…やはり彼の事ね…。
ディオン皇太子は、
「セシリアが懐妊した。長年、子が出来なかった俺としては非常に嬉しいんだが。」
「「おめでとうございます。」」
二人で揃って言ってしまった。
フローラはにっこり笑って。
「公爵家からお祝いを送らせて頂きますわ。」
クロードも、
「俺達夫婦からも祝いを送らせて貰います。本当に良かったですね。」
「いやそれはとても嬉しい事なのだが、奴がいなくなった。お前達、ルディーンの行方を知らないか?週に2回の愛人契約をほっておいて、どこへ消えたのだ?」
そう、このディオン皇太子という男、破天荒の勇者と言われ、強気な外交を行い、非常に有能なイイ男なのだが、セシリア皇太子妃という、最愛の妻がいるにも関わらず、ルディーン・ソナルデという男の愛人を持っていた。
彼とは薔薇の館でディオン皇太子が足を開いて以来、執着して、追いかけまくって、結局、愛人契約をした男である。
フローラが首を振って。
「心当たりはありませんわ。ソナルデ商会はなんて言っているんです?」
ルティーンが会長をして経営しているジュエリーショップ、ソナルデ商会。
マディニア王国や5つの魔国で、有名なジュエリーショップである。
「会長は長期出張していると、居場所は知らないと言われた。俺との契約をほっておいてどこへ逃げた。こうなったら、手配書を配布し、捕まえてやる。マディニア王国、隣のアマルゼ王国、ジュエル帝国、ニゲル帝国、第一から第五魔国。それ以降の国と魔国は無理だが、俺から逃げきれると思うな。」
クロードが慌てて、
「皇太子殿下の名声が地に落ちてしまいますっ。愛人を探すために手配書をばらまくなんて…」
フローラも必死に宥める。
「そうですわ。ここは冷静になったら如何かしら。いくら、ルディーンに逃げられたとはいえ。」
「そうですよ。皇太子殿下。この際、あの男の事は諦めて。新しく生まれて来る子と、セシリア様を大切にしたらよいのでは?」
クロードの言葉にディオン皇太子は不機嫌に。
「お前がそう言うか?俺がいかにルディーンに執着しているか解っているだろうに…。」
「俺、ルディーンの気持ちが解るんですよ。多分ですが、セシリア様に子が出来た事を区切りに身を引いたのではないかと…」
フローラも頷いて。
「きっと彼も、皇太子殿下とセシリア様の世を楽しみにしていると思いますわ。新しく生まれて来る王子様か王女様の事も…ここは、諦めるべきかと私も思いますわ。」
ディオン皇太子は寂しそうに。
「諦めるなんて出来ない。誰も俺の気持ちを解ってくれぬのか…。」
クロードがため息をついて。
「俺は皇太子殿下のお陰で良い伴侶に巡り合えました。こうして、騎士団の騎士にもなれましたし…恩があります。心当たりがあります。」
「ん?どこにいるのか知っているのか?クロード。」
「まぁ…。どこにいるのかしら??」
二人の問いにクロードは。
「多分ですが、魔界のソナルデ商会の工房に籠っているのではないかと…、
第二魔国のレスティアスと、第五魔国のロッドの所に、姫が生れたじゃないですか。」
ディオン皇太子殿下は頷いて。
「ああ、知っている。我が王家からも祝いの品を贈ったが…」
フローラが成程と言う風に
「お父様が、祝いの品をソナルデ商会に注文を出していましたわ。
ディオン皇太子殿下。魔界では魔王の一族に姫が生れると、高位魔族は宝石をあしらった首飾りを祝いで送る風習があるのです。ソナルデ商会は魔界でも有名なジュエリーショップですから、注文が殺到していると思いますわ。」
「だから、工房に籠っているって事だな。クロード。俺をそこへ連れて行け。命令だ。」
「うわっ…そう来ると思いましたよ。ルディーンは今、疲れていると思いますから、ほどほどにしてあげて下さい。」
転移鏡を取り出し、大きく展開して、
「それじゃフローラ。俺は皇太子殿下を連れて行くけど。」
「私は帰るわ。それでは皇太子殿下、失礼します。」
「ああ、呼び立ててすまなかったな。」
クロードとディオン皇太子は、転移鏡で転移していった。
フローラは思った。
ああ…ルディーンの事、余程、好きなのね…。
先行き、セシリア様との仲に禍根を残さないといいけれども…
その頃、魔界のソナルデ工房では、ルディーンは魔族の彫金師達を指図して、忙しく働いていた。
「次は、この仕事にとりかかってくれ。」
デザインをし、細かい指図をしてある紙を彫金師の一人に渡す。
「解りました。」
彫金師達も必死だ。毎日残業をし、大量な注文に間に合わせようと働いている。
ルディーンは椅子に座り、再び紙に何やら書き始める。
そういえば、ここ数日ろくに寝ていない。
少しは寝ないと、持たないですかね…。
ふと顔を上げてみれば、見知った顔が目の前に立っていた。
「何て顔をしている…。倒れてしまうぞ。」
「ああ…追いかけて来たんですか?皇太子殿下…」
「俺がお前を逃がすと思っているのか?」
「もう、終わりにしましょう。黒竜魔王退治も終わって、セシリア様もご懐妊なされた。
だからもう終わりに…」
ディオン皇太子は、首から下げていた首飾りを外した。
以前、第一魔国から貰った、魔族が魂に干渉する事が出来なくなる首飾りである。
「魂の分割を…俺にしてくれ…。俺の全てをやる事は出来ない。
マディニア王国の王になり、セシリアと共に良い国を作りたい。
クロードがグリアスにした魂の分割と同様の…お前の魂の半分を俺の魂に憑依させることにより、俺の命の危機にお前は飛んでくることが出来る…そして、お前が死んだら俺も生きることが出来ない。逆に俺が死んだらお前は寝たきりになる。確かそんな制約があったな。
後、時々相手の心の声が聞こえるとか、魂の世界で会う事が出来るとか…。」
「別に皇太子殿下の命の危機に俺が飛んでくる必要性はないですよ。俺より貴方の方が強いんですから。それに貴方のせいで寝たきりになるのもごめんだ。俺なんかが死んで、貴方が死ぬ未来も望んじゃいない。この首飾りは外してはいけないものですよ。」
そう言って、ディオン皇太子から首飾りを奪うと、改めて、その首にルディーンは着けてやり。
「さようなら。今度こそ…俺の望みは貴方がセシリア様と良い国を作る事…それだけです。」
「だったら俺を…さらって行け…。俺はお前を愛している…。」
クロードを始め、周りにいた彫金師達は一斉にこちらを見た。
ルディーンは泣きそうな顔で。
「出来るはずないでしょう…。でも、嬉しいですよ。俺も貴方を愛しています。ディオン皇太子殿下。」
ルディーンはディオン皇太子をぎゅっと抱きしめた。
そして、耳元で囁く。
「遠い先に…貴方がやるべきことをやったら…さらって行ってあげますから…
貴方には負けましたよ。愛人契約続けてあげます…。」
「本当か?」
「ええ…ただ、ちょっと半月ほど待ってくれませんか。御存じの通り。ソナルデ商会は今、納期に追われていてね。俺も大変なんですよ。」
「ああ…解った。だが無理をするな…今にも倒れそうだぞ。」
「ええ…そろそろ限界を感じていたんで、ちょっと寝ますよ。」
「それじゃ、添い寝をしてやる。感謝しろ…」
「はいはい…それじゃ一緒に寝ますかね。」
二人は顔を近づけて口づけをした。
そして、二人が寝室へ向かったのを見て、クロードは、
「危なかった。ルディーンがさらって行ったら…いかにフィリップ第二王子がいるとはいえ、外交的混乱は避けられなかったよね…本当に、ほっとした…」
とりあえず、ディオン皇太子はルディーンと寝ているようなので、クロードは一旦帰る事にした。
ディオン皇太子はルディーンを抱き締めて、安心したように眠りについた。
ルディーンは、ふと目を開けて、その顔を見つめ、
ああ、本当にこの方からは逃げられない…
辛い恋だけれども、愛の告白を聞けただけで、俺は…
俺も愛していますよ。ディオン皇太子殿下…全身全霊をかけて…
遠い先に…貴方の魂をもらい受けますから…そうしたら俺だけの物にしていいですかね。
貴方の魂を抱き締めて、遠い世界へ行きましょう。