第四話:『包囲網』
もう少しで太陽が空の正中に差し掛かり昼を迎える頃合い。
そろそろ昼の休み時で外が徐々に賑やかになり始めていた頃。
往来する人々の視線が、その時と場所には似つかわしくない非日常的な空間へ注がれていた。
人の往来する大通りのちょうど中央。
そこには三人の男たちとそれを取り囲む全身を黒の装束と覆面で身を包んだ複数の怪しげな集団。
三人の男たちの足元には二人ほどの黒ずくめの人間が血を流し地に伏せっていた。
あまりの唐突な出来事に周囲の人々はその非日常的な出来事にまだ脳の処理が追いついていない。
その光景に誰が発したかわからないが疑念、訝しみの声が上がる。徐々にそれが伝播していく。
そして事態の処理が追いつくと唐突に人は、その精神的ストレスを内に抱えないように無意識下での防衛本能が作用し、【悲鳴】となって周囲へ警告を促す。
同時に【悲鳴】は恐怖の意思伝達へと昇華し混乱を発生させた。
現に今この場は阿鼻叫喚の坩堝と化し、人々は我先にとその危険から身を守るために忙しなく逃げ惑っている。
「はぁ~……。ありえねぇ……。マジでありえねぇ……。穏便に事が運ぶとは思っちゃいなかったけどなぁ……」
なんか……、こう煩わしいとか鬱陶しいとかそういう感情を通り越して呆れというかなんというか、俺は思わずかけねなしの全力のため息と悪態をついちまった。
「ですね。まさか市庁舎に着く前に事態が動くとは思いもしませんでした」
「頭……、こりゃ異常ですぜ……」
アッシュもデニスも俺と同じ気持ちだったらしいな……。
俺たち三人はファルメール都市市長府から、先日起こった『パガーニ商会強盗襲撃事件』に関する事情聴取のため、出頭命令で市庁舎へ向かっている途中だった。
いろいろと状況が状況なだけに間違いなく何かの思惑で事態が動いていると踏んでいた俺たち『紅魔旅団』だったが、事態が動くにしても市庁舎での事情聴取時かその後だと踏んでたんだが……。
まさかその市庁舎へ赴く道中、白昼堂々と【奴ら】が仕掛けてくるとは思わなかった。
「こんな真っ昼間から……。しかも衆目の多い往来でとなると。奴さん達。相当焦ってんのか?」
俺が言う【奴ら】というのは、先日パガーニ商会を襲撃した真犯人の【覆面野郎】共だ。
こんな白昼堂々と自分たちの姿を衆目に晒してでも俺等を襲う理由がいまいちわからねぇ。何が目的だ?
「団長。ここで派手に立ち回るには、無関係な市民が多すぎる。どうする?」
アッシュの問いかけは最もだ。俺たちはまがりながりにも『傭兵団』だ。一応ギルドの看板を背負ってる。
そんな俺達が街中で周囲の被害度外視で暴れまわったとあっちゃ、ギルドだけじゃなく『傭兵団』という存在そのものに対して泥を塗っちまう。
「とにかく人が居なさそうなところへ一旦退く。デニス! 頼むぞっ!」
「お任せぃ!」
話が纏まるやいなや即座に走り出し、デニスを先頭に俺とアッシュはその場から退いた――。
――俺たちは大通りから脇道にそれ、そのまま迷路のような裏通りを疾走。
人気の少ない場所へ退く道中でも二、三人の【覆面野郎】を切り捨てたがどこからともなく新手が現れやがる。
大通りでは数人だったのに今じゃ十人近くが俺たちを追跡してきてやがる。
「頭! この先にほとんど人の居ない裏路地の広場がありやす!」
デニスからの情報を聞いて軽く首肯き、俺は即座に頭の中で応戦の意思を決め、二人へ告げる。
「よしっ! そこで迎え撃つぞ! かなり早まったが作戦通りにアッシュは適宜敵の行動を真言術で妨害しながら応戦! デニスは俺の援護! この人数程度なら問題ねぇ! 叩き伏せるぞっ!」
「承知したっ!」
「アイ・サー!」
狭い路地での【覆面野郎】共の執拗な飛び道具の攻撃を掻い潜りながら走ること数瞬後にデニスの言う通り、少し開けた小広場のようなところに出た。
中央密集陣で俺たちは走ってきた方向に構えてから直ぐに追跡者共が小広場に躍り出てきた!
「フッ!」
俺は軽く覇気を吐き出し、最初に飛び出してきた【覆面野郎】の出鼻を挫くようにそいつとの間を一瞬で『零』にし、俺の間合いに持っていく。
【覆面野郎】は明らかに驚愕しているのが覆面の上からでも雰囲気で感じ取れた。
左腰の帯剣から抜刀。抜刀の勢いをそのまま活かし【覆面野郎】の右腰よりやや上、脇腹から左肩にかけて逆袈裟で一刀のもとに両断。
俺の無意識下ではその一瞬の時の流れがまるで流水の如く緩かやかにそして滞ることのない動きで敵を屠ったことを知覚し、次なる獲物の気配を辿る。
俺が斬り伏せた【覆面野郎】のすぐ後ろ、俺から見て左手に二人目!
体が自然と動き、俺は抜刀した時の腰の捻りを殺さずにそのまま時計まりに体を回転させつつ左方向へ重心を移動、回転の遠心力をそのまま剣先に乗せて二人目を真一文字に薙ぎ払い、二人目を斬り伏せた。
この間、数瞬で二人の同輩が斬り伏せられたのを目の当たりにした残りの【覆面野郎】共は、直接俺にあたるのは無謀と判断したのか散開し、距離をとってから攻めるつもりのようだ。
だが、それは甘ぇ! 散開しようが逃しゃしねぇんだよ!
次の瞬間、一人の【覆面野郎】の側頭と首に投擲ナイフが深々と喰い込んだのを俺は視界の端に捉えた。デニスだ。
あいつの投擲技術は『紅魔旅団』でもトップクラスだ。特にこういった乱戦時ともなると恐らく団内でも一、二位を争うほどだ。
投擲ナイフは同時に【覆面野郎】どもの次の行動の牽制となって動きを鈍らせた。
すると突然! 【覆面野郎】の何人かの足元に円系の漆黒の影が現れ、その漆黒の影から無数の蛇のようなものが【覆面野郎】の三人に絡みついた。感のいい奴は即座に円の外へ退避したようだ。
蛇の影は捉えた【覆面野郎】の手足、腹部胸部、首やら頭やらにガッツリと齧りついてぐるぐる巻にしたと思ったら、体全身の骨を砕くエゲツねぇ音が響く……。そして蛇の影は捕らえた【覆面野郎】たちを円形の漆黒の影へと引きずり込んでいき完全に影に沈んだ後に影は跡形もなく消え失せた。
やべぇ。多分ありゃ~、アッシュの真言術だ……。色形から恐らく『闇属性』なんだろうな。
『闇属性』なんか扱える真言術士なんて希少も希少だ。俺も初めて見る。案の定、奴さんらもめちゃくちゃ驚いてるのが雰囲気で丸わかりだ。
俺たちの中に真言術士がいることと、たった十数秒程で瞬く間に半数がやられたのを見て残りの連中らは不利と思ったのか即座に撤退していきやがった。
奴らの気配が遠のき状況が終了したと判断した俺は、軽く深呼吸し戦闘態勢を解く。
「おぅ。デニス、アッシュ。大事無いな?」
「へい。自分は大丈夫っス」
「俺も問題ない」
互いの状況を確認して俺たちの被害は皆無。反対に奴らの方は半数が脱落。まぁ、状況的には俺等の完全圧勝だわな。
「さてさて、この死体共。どうすっか……」
「このまま市庁舎へ持ってって、襲撃事件で出くわした奴らは此奴らだって言ってやります?」
「いや、流石に死体をそのまま運ぶのは醜聞がわりぃし、市庁舎に入る前に衛兵に捕まっちまうな」
「で~すよね~……」
マジでどうすっか……。まぁ、街の警邏を呼んで対応してもらうしかねぇかな……。
「団長。複数の人間がこっちにくるぞ」
そんな益体もないことを考えていると路地から出てきた奴らを見た瞬間……。
土手っ腹からどす黒い気持ちの悪い不愉快なものが全身を駆け巡り視界がチカチカとチラつく。全身の毛穴という毛穴が逆立つのを感じた。
だが、思わず吹き出しそうになった『殺気』を咄嗟に根性でねじ伏せた……と思う。
そこに現れたのは白銀の甲冑を身を包み、翻るは蒼き外套。
「……蒼星騎士団ッ!」
俺の口は意思とは関係なく、その言葉が漏れ出していた。
「ほうほう。通報を受けて来てみれば。これはこれは。まさかの殺人現場かな?」
歳は30半ばくらい、身長は180後半ってところか? 無遠慮且つ横柄。目の前の騎士の顔は厳つくて如何にもって感じで威圧を放ってやがる……。
――あぁ、いけ好かねえ。たたっ斬るか……?
「!? 貴様。分を弁えよ。傭兵の分際で吾輩への無礼は即切り捨てぞ? それを承知で殺気を向けるか」
ッ!? やべぇっ! 無意識に殺気を出しちまった……。
くそっ、面倒になりそうだな……。
「あんたら。『蒼星騎士団』の人間か?」
「だとしたらどうだというのだ?」
この野郎……。態度が気に食わねぇ!! だが……。我慢だ我慢!
「……。いや、そうならいい。すまない。ついさっきまでそこに転がってる斬り伏せた奴らに襲われてな。おさめたつもりだったがまだ殺気を消しきれてなかった」
「……ふん。まぁいい。そういうことにしておいてやる。二度はないと知れ」
……。やべぇ。我慢できっかな……。
「ではそこに転がっているのはお前たちを襲っていた『賊』ということで良いのだな」
「ああ」
「ではそいつらはこちらで処理しよう。……お前たちは市庁舎へいかねばならんのだろ?」
「なんだ。気づいてたのか」
「当然のことよ。今このファルメールにおいて貴様らを知らん者は居らんだろうてな」
はっ! どの口が言いやがる。どうせ俺たちのことは既に調査済みだろうがよ。
まぁ、とりあえず『殺気』については何とか誤魔化せたか……。
「なら話は早い。そうさせてもらうよ」
俺たちはその場を蒼星騎士団に任せて早々に立ち去った……。
「団長」
俺たちが裏路地から大通りに出たところでアッシュが小声で話しかけてきたが、恐らく内容は蒼星騎士団のことだろうな。
「蒼星騎士団か?」
「ええ。どうも腑に落ちない点が多い」
「そうな。それは俺も思う」
そうなんだよな。今回パガーニ商会の襲撃事件からこっち、あまりにも蒼星騎士団の動きや対応が早すぎる。
マクベルに【覆面野郎】共と蒼星騎士団との関係有無の調査を頼んどいたが、こりゃぁ勘だが限りなく黒に近ぇかもしれねぇな……。
「もしかしたら、既にこの白昼の襲撃も何らかの伏線の可能性が高ぇな」
「……。……まさか!」
アッシュが何か気がついたか。
「団長。覆面共の今回の襲撃で我々は手の内の一端が露見した」
「そうだな」
アッシュめ。いい読みだ。
そして、俺とアッシュの掛け合いを聞き、居てもたっても居られなくなったんだろうな。
「え? ど……、どういうことで?」
デニスの問いかけ。まぁこの状況下で置いてけぼりはねぇな。
「蒼星騎士団の対応が早すぎる。通報を受けて来たと嘯いていたが、もとから奴らは近くに潜んでいたんだ」
「なんでまた?」
アッシュの話を受けて今度は俺が答える。
「確証がねぇからここからは推測だ。蒼星騎士団と覆面野郎どもがグルだと仮定すればいろいろと筋が通る」
デニスは数瞬考え込んでからどうやら答えに至ったらしい。
「……!? 俺たちの力量を図った……」
「だろうな」
「えっ? ってことは!」
デニスが言わんとしていることをアッシュが受けての言い回し。
「彼我の戦力を知るは、勝利への定石だ」
アッシュってなんでこんな難しい言い回し知ってんだろうな? 過去に軍役の経験でもあんのか?
まぁそれはそれとして……。
「恐らくは俺等をふん縛るための当て馬に【覆面野郎】共を使ったんだったら、とんでもねぇ狸野郎だぜ。さっきの騎士様はよ」
アッシュがしばらく黙り込み何かを思案しているのが様子でわかる。
そして頭の中で何かが取りまとまったのか徐ろに話しだした。
「……。団長。このまま市庁舎に入るのは得策じゃない」
「だな」
「そこで俺に考えがある。市庁舎に入る前にちょっとした仕込みがしたい」
「わかった。任せるわ」
「承知した」
「デニスもいつでも戦闘に入れる準備はしとけよ」
「へいっ!」
あぁ~くそ。マジで面倒なことになりやがった。
だが、【覆面野郎】共と【蒼星騎士団】が繋がっていることが確定すりゃぁ、奴らの目的も確定する。
その場合、間違いなく。奴らの目的は『彼女』だ……。
まだ推測。だが限りなく黒に近い。もはや奴らはグルと考えて行動すべきだろうな。
お待たせですっ!WoZ小説版ヴィカス編第四話となりますっ!
今回はヴィカスの直接的なバトル描写が入ってます!
つよつよ感を出すのってやっぱむずい……。
そしてアッシュが使う真言術!
もしゲームアプリ版WoZをプレイしたことある方であれば、あ!もしかしてあのルインか?と思っていただけるとうれしいのですわー!
まだまだ遅筆ではありますが、引続き小説版『WAR of Zodiac』を只々楽しんでいただければ嬉しいのです!
その上で評価ポイントやブックマークしていただけるとワタクシ!
飛んで跳ねて発狂しながら喜びますので何卒何卒!!
同名アプリゲーム『WAR of Zodiac』も気にかけていただけると嬉しみっ!
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