第二話:『動き出す歯車』
激しくぶつけ合う金属音が辺りで鳴り響き、擦れた金属片が熱を持ち火花となって辺りを仄かに照らす。
暗闇の中でそこかしこにに物言わぬ骸が横たわる。床に壁に天井におびただしく飛び散った血糊がその建物内での激戦と惨状を物語る。
「シャロン! まだ開かねぇのかっ!」
「ヴィちゃん! もうちょっち耐えて! あと少しだから!」
頑丈に閉じられた鉄扉の鍵穴に向かって一心不乱に解錠を試みる女へ俺はがなりながらも進捗状況を問いただしてみたが、その返答は要求で返されちまった。
「頼むから早くしてくれよっ! こいつら思ったよりも強ぇ!」
「アイ・サー!」
くそがっ! どうしてこうなった!!
『捜し物』をぶんどりにパガーニ商会ファルメール支店に忍び込んでみりゃ先客がいやがった。
しかも商会の人間を皆殺しとか……。勘弁してくれよまったく……。
「オーマスっ! そっちは抑えられそうかっ!?」
「なんとかっ! だけどこれ以上は俺らにも被害がでちまうぞっ!」
「チィッ! デニスっ! こっちはいいからオーマスの方に加勢してやれ!」
「へい!」
パガーニ商会の連中を脅して『捜し物』を確保後、とっととずらかる予定だったから少人数でしかも軽装で来ちまったのが仇になったな。
俺やオーマス、シャロンなら此奴等程度なら相手になんねぇんだが連れてきた部下はそうはいかねぇ。
万全な態勢だったらなんてこたぁねぇんだが。こいつら『覆面』野郎ども。ただの押入り強盗ってわけじゃぁなさそうだな。
剣術、体術、連携。
どれをとっても一級品だ。こっちの急所を的確にそして効率的に狙ってきやがる。
おそらく……。暗殺者。
「野郎共! こいつら暗殺者だ! 夜目が効く! あんまし散開するな各個撃破されるぞっ!」
俺は部下たちへの注意喚起と戦術方針を号令した。
これでちったぁマシになりゃいいがな!
「応っ!」
とは言え、やっぱ分が悪ぃ。
あっちはこの暗闇での戦闘に長けてやがる。一方のこっちゃぁ、想定外の戦闘で全く準備ができてねぇ。
今はなんとかなってるが、ちょっとしたきっかけで崩されかねねぇ。
――そんな折! 来たぜ『朗報』!
「ヴィちゃん! 開いたっ!」
「!? でかしたシャロン! 『彼女』をすぐに確保だっ!」
「任せてっ!」
鉄扉の鍵を解錠していた女『シャロン』へ次の指示! お次は戦闘中の部下へ発破!
「野郎ども退路をこじ開けろっ! 撤退するぞっ!」
「おおおおおおっ!!」
防戦に徹していた部下たちが気勢を上げる。今度は一気呵成に攻め立て退路をこじ開ける番だ!
オーマスを先頭に覆面野郎どもの一角を食い破っていく。
「オラオラオラオラオラー! 道を開けやがれ下郎共がっ!!」
やっぱオーマスは守勢よりも攻勢で真価を発揮するな。
さすがの覆面野郎共もオーマスの闘気に当てられては怯むか……。
まぁ、俺でも心構え無しでオーマスの闘気をいきなり当てられると一瞬怯むからなぁ。
「よしっ! オーマスが道を開くぞ! 他は退路を維持しろっ!」
「応・サー!」
オーマスが食い破ってできた退路を俺や他の部下で維持する。
「ヴィちゃん! 連れてきたっ! 離脱離脱っ!」
シャロンはその背に『捜し物』の『彼女』を背負い俺らが確保した退路を駆け抜けていく。
途中覆面野郎共からの投擲攻撃を受けるが、人一人背負いながらもシャロンは流麗に投擲された武器を避けていった。
さすがは我らが『紅魔旅団』の『瞬姫』。人を背負ってもその速さは衰えねぇな。
「野郎共シャロンに続けっ! ずらかるぞっ!」
この深夜の夜襲は、パガーニ商会強盗襲撃事件として翌日瞬く間にファルメール全域に知られることになる。
そして更に数日後。
「だーかーらーっ! 何遍言えばわかんだよぉ! パガーニ商会に行ったことは間違いねぇがパガーニの連中を殺ったのは俺達じゃねぇ!!」
はぁ……。まったくもって面倒くせぇったらありゃしねぇ……。
このやり取りだけでどんだけ時間取られてんだよ全く。いい加減理解しろやっ、マジで……。
俺とマクベルは、今朝早くに『ドミニンク商会』からすぐに商会に来るよう伝令を受けてここにいて、そして俺はドミニンク商会会頭のラーヴェと堂々巡りな話を続けてる。
「そのお言葉をそのままそっくりとお返ししますよヴィカス殿。先日のパガーニ商会襲撃事件であなた方が現場から走り去っていくのを目撃したという人が多くいます」
「それも説明したろうがよっ! パガーニへ行ったらわけわからん覆面野郎どもがパガーニの連中を殺ってたんだ。そのとばっちりを俺らもくらって交戦しながらそこから離れただけだ!」
「……はぁ。わかりましたよ。よしんばその話が本当だったとしても、あなた方が斬り捨てたその『覆面野郎』の遺体がまったくなかった。そして何よりも深夜にパガーニ商会へ何をしに行ったのですか? その時間にパガーニ商会にあなた達がいたということが問題なんですよ」
ラーヴェの言っていることはごもっともだ……。この不毛なやり取りで知ったことだが、俺達はあのときにそこそこの数の覆面野郎共を斬り捨てた。
なのに現場に『覆面野郎』の遺体が一体もなかったとのことだ。
明らかに組織だっての犯行であることは疑いの余地はねぇな。ただ、それを理解できるのが俺たちだけってところがまた悩みのタネなんだよなぁ……。
「昨日ファルメール都市市長府から『紅魔旅団団長』は事情聴取のため市庁舎へ出頭するよう命令が出されています。ヴィカス殿」
「うげっ! マジか……」
「ええ。こちらが出頭命令書です。今回我々があなた方のギルドへ指名依頼を出して『紅魔旅団』が請け負っている関係で私共のところに書状が来ましたので」
そう言ってラーヴェから封蝋で閉じられた封書を手渡された……。
あぁ~こりゃ間違いねぇな、書状にはファルメール市長府印の封蝋がつけられていやがる。
この印が使えるのはファルメール都市統括委員会会長しかいねぇからな。
「……はぁ。めんどくせぇなぁ……」
「ヴィカス殿。くれぐれも出頭命令を無碍になさいませんように。あなた方が国賊として追われるだけじゃなく、私共も少なからず影響を受けますので」
流石にそこまで常識外れじゃないが、こう念を押されるとなんか癪に障るな……。
まぁ、たしかにこっちが勝手に動いたことでドミニンク商会にゃ既に迷惑かけちまってるからな。
「わーってるよ。ちなみに出頭はいつで何人連れて行っていいんだ?」
「出頭日は明日で二名です」
二人か……、ちぃとばっかし心許ないな。
場所が市長府だから何か起こるとは考え辛ぇが、腕の立つ団員を連れて行くか……
「あ、それと都市統括委員会の他にも『王国軍所属――」
その名を聞いた瞬間。大きく内臓がぶれるほどの重い衝撃が突き上げた。
心臓から脊髄を伝い脳髄に電撃が走る! 視界が明滅し爆ぜる! 全身の毛が逆立つのがわかる。
「団長」
マクベルが耳元で静かに。だが、はっきりとした声が俺の耳をうった……。
ふと目の前のラーヴェを見ると『驚き』と『恐怖』がないまぜになったような困惑した顔を俺に向けていた。ラーヴェだけでなく周りにいた家人たちも同じだが大半が腰を抜かしてる……。
あぁ、これはやっちまったな。どうにもこうにもまだまだ俺も未熟だな。たかだか『ヤツら』の名を聞いただけで思わず『殺気』を放っちまった……。
「あぁ、なんだ。わりぃな。ほら、俺ら傭兵としちゃぁ王国軍所属騎士団となるとな。犬猿の仲なんだわ。ハハハ……。それじゃ、出頭命令書はしかと受け取ったんで俺らはもうそろそろ御暇させてもらうわ」
「……。しょ、承知しました。私もこのあと用事がありますのでここで失礼させていただきますね。見送りは家人で見送らせていただきます」
「あ、あぁ、丁寧にどうも」
ラーヴァの奴。平静を装っているがその実、相当おっかなびっくりしてんだろうな……。わりぃことしたな……。
――商会からの帰り道。
「お気持ちは察しますが、少々箍が外れすぎましたね。あの会頭のことです。あの殺気で何かしら感づくかもしれませんよ」
ドミニンク商会を出て少し経ってからマクベルがそう切り出してきた。
「……だろうな。すまん。俺の失態だ」
「いえ。省みておられるのであればよいのです。ただ……。いろいろと面倒になりましたね」
「だな。ドミニンク商会に関しては今後の動き次第でどう対応するかは臨機応変にいこう」
「わかりました。出頭命令の方はいかがいたしましょうか」
そうなのだ。まだ都市統括委員会だけだったのならどうとでもできるが……。
「蒼星騎士団の奴らが出張る以上、こちらとしては『正体』を気取られねぇように立ち回らねぇといけなくなった。明日連れて行く二名はなるだけ騎士団と縁のない奴らを連れて行く」
「であれば、デニスとアッシュがよいかと」
「……。そうだな。その二人でいこう」
俺は返事を返しながら思考を深める。
商会でのラーヴェの言葉を反芻する。
『あ、それと都市統括委員会の他にも『王国軍所属蒼星騎士団』の方も同席されるそうですよ』
なぜ、蒼星騎士団がファルメールに? たしかに衛星都市としてファルメールはそこそこでかいが、奴らが出張るようなところじゃない。
それにおかしい。あまりにも唐突すぎる。あんなでかい事件が起きた後とはいえ、まだそれほど日は経っていない。だってのにあまりにも都合良すぎやしないか?
……。まさか。奴らも『彼女』がここにいることを『知って』いた?
「あと、ここ数日での出来事にしちゃぁタイミングが良すぎだ。確証はねぇがもしかしたら覆面野郎どもが蒼星騎士団の奴らと何らかの関係があるかもしれねぇな」
俺の言葉にマクベルも少し思考を巡らせ。
「『彼女』絡み…、ということであれば確かに可能性はありますね。では、そちらは私の方で動いてみます」
「おう。頼む」
やっぱマクベルは頼りになるな。マクベルだけじゃねぇ。『俺』の旅団員は皆、良く動いてくれる。
さぁて、このまま明日。穏便に事が運ぶとは思えねぇ空気になってきちまった。
……。
……面倒だな、一思いにその場で奴らを『皆殺し』にしてやろうか……。
「……団長。早まったマネだけはしないでくださいね」
マクベルの言葉に俺は『ハッ』となっちまった。
「あぁ、大丈夫だ。大丈夫」
「……。なら良いですが」
そうだ落ち着け俺。今はまだだ。
まだ……その時じゃねぇ。
――ラーヴェ・ドミニンク視点
「スタンレーグ。先程のヴィカス殿をどう見る」
ドミニンク商会会頭こと私ラーヴェ・ドミニンクは、自らに侍る家令へ意見を求めた。
「僭越ながら。あれ程の『殺気』は、常軌を逸しております。一刻も早くあの場から貴方様を遠ざけたいという焦燥感と少しでも動けば次の瞬間には私の命が消えてしまうという恐怖で恥ずかしながら身動きが取れませんでした。家令として主を命をかけてお守りする役目も有りますれば、此度の件。如何様な罰もお受けする所存でございます」
「はは、あの場にいた誰もが同じ様に感じたはずだ。スタンレーグ。君だけを責めるのは酷だよ。安心したまえ」
「ご高配。痛み入ります」
数日前に起こった事件で疑惑の目を向けられている傭兵団『紅魔旅団』。
私が指名依頼で傭兵ギルドに依頼してここファルメールにやってきた傭兵団。
初めて会ったその時は『いかにも』といった荒くれ者たちの傭兵団だと思った。
だが、その考えがつい先程大きく間違っているのではないかと思い始めている。
「武芸に疎い私でも一瞬先で自分の首が胴体と分かたれた感覚を強烈に味わったよ……。あれが『殺気』というやつなのだな」
「仰る通りでございます。私めも過去赴いた戦場においてもあれ程の『殺気』を受けたのは数える程しかございません」
「はは……、流石だねスタンレーグ。歴戦の戦士は伊達じゃないね」
スタンレーグはその昔、大きな戦争で様々な戦地に赴き生き抜いてきた猛者だ。その彼をしてここまで謂わしめる紅魔旅団団長・『赤き悪魔』ヴィカス。
「いえ。ラーヴェ様もあの『殺気』を前に踏みとどまれておりました。その胆力は素晴らしいものです」
「やめてくれよ。私は切った張ったの命のやり取りはしたくない。私がやるのは化かし化かされる商売・政治だよ。……それにしてもヴィカスか。知り合って数える程しか顔を合わせていないが、謎の多い男であることは確かだな」
普段の素行は褒められたものではないが、その行動にはどこかしら『気品』を感じさせる。
そして先程見せた、凄まじいまでの『殺気』。一体彼は何者? それに明らかに王国軍の名を発した直後だった。
彼の言うように本当に『犬猿の仲』だけであれ程の『殺気』を放てるものなのか?
「では『草』を使われますか?」
「……そうしてくれ。ただし、近づきすぎないようにくれぐれも気をつけてくれ。あれらは只者ではないということは確かだ」
「御意」
傭兵ギルドへの指名依頼によって紅魔旅団がやってきたのは偶然だ。
だが紅魔旅団があの晩にパガーニ商会へ押入ったことは偶然なのか? 私と初面会のその日の夜だぞ……。
何かしらの裏がありそうだな。確かパガーニ商会も今回の奴隷オークションに商品を出展する予定だったな……。
「……。いけないな悪い癖だ。気になりだすとどうにも落ち着かない。少し調べてみるか……」
かな~り、大変、長らくおまたせしてしまって申し訳なさの極み……。
お待たせしました。WoZ小説版ヴィカス編第二話となりますっ!
ヴィカス編を執筆してて思ったことは……。めちゃくちゃ大変!
だけど書いててなんか自分も執筆の構成力が上がるのを実感できる手応え感を味わってます。
まだまだ遅筆ではありますが、引続き小説版『WAR of Zodiac』を只々楽しんでいただければ嬉しいのです!
その上で評価ポイントやブックマークしていただけるとワタクシ!
飛んで跳ねて発狂しながら喜びますので何卒何卒!!
同名アプリゲーム『WAR of Zodiac』も気にかけていただけると嬉しみっ!
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